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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:1 『東西南北』

お待たせいたしました、三章開始です!

マイペースに不定期更新ですが、楽しんで貰えれば幸いです!

「――――」


 人が一人だけ通り抜けられるほどの、綺麗に切り抜かれた穴が空いている。

 そこから吹き込む風が、その穴の前にて無言で佇む女性の長髪を揺らした。


 起伏に富んだ体。緑の長髪。緑色の軍服を着て、緑色の瞳を持った、美しい女性だ。

 しかしその顔に浮かぶのは壁に穴を空けられたことに対する怒りではなく、むしろ目の前の現実に歓喜するような、満足げな薄い微笑だ。


「テラ、シア」


「「はい」」


 女性の口から発せられたのは、おそらく人名であろう二人の名称だ。

 その呼びかけに間を置かず反応するのは、いつの間にそこにいたのか、傅く女と男。


 女性はちらりと視線を背後にやる。

 女性から見て右――男と女からしたら左。そこで頭を垂れるのは紅の髪に藍色の服を着た、一目で美しいと断言できる少女だった。


 そしてその隣には、同じように膝を着く少年がいる。

 少年の髪は藍色。服は紅。僅かに見える少年の顔は、隣の少女と瓜二つ。こちらも美少年と断言できる美貌の持ち主だ。


 二人の姿形から想像できる通り、この二人は姉弟だ。

 そして、女性の部下の中で最も腕が立つのがこの二人だった。


「すぐに彼女を追ってくださ〜い」


「「は」」


 女性はその二人へ、場にそぐわ間延びした声でそう命令した。

 命令された二人は息の合った返事を返し、これまた息の合った動作でさっと立ち上がると、そのまま部屋から退出して行った。


 そんな二人の背中を微笑みながら見送った女性は、空いた穴の近くまで移動する。

 その穴から見えるのは、石でできた家々に、石でできた道。何もかもが石で作られた『石の都』だ。


 ――ここは『ウォー』。


 無法者の聖地でもあるこの都市は、日夜喧騒が絶えることはない。

 ふと遠くから、はやし立てるような大歓声が上がった。どうやら早速誰かが喧嘩をおっ始めた様子。


 女性はその喧騒を楽しそうに聞きながら、ちろりと舌を艶めかしく唇に這わせる。

 そして女性は緑眼の奥に妄念にも似た『欲』の炎をちらつかせながら、その粘つくような強い『欲』を言葉に多分に含ませて呟いた。


「『肉欲』……その権威、必ず私の手中に収めてみせるわ〜」


 そう呟くと、女性はぶるりと身体を震わせた。その顔は赤く上気し、見る者によっては胸やけを起こしてしまいそうな色香が漂う。

 最後に女性は空いた穴の縁に細い指を這わせると、名残惜しそうにその場をあとにした――。



――――――――――――――――――――



「――――」


 陰険で、悪質で、粘つくような悪意を向けられる。

 いや、彼らからしたら、そんな感情など微塵も抱いてはいないのだろう。

 あるのはただ、面白半分な周りと同調することでその意識が己に向かないようにするという、自分可愛さによる保身だけ。


 ただ、それを向けられる側からしたら、そんな楽観的な感情は抱けない。

 つらく、苦しく、悲しく、心がどこまでも沈んで行ってしまいそうになる。

 立場が違うだけで、モノの見方は百八十度も変わる。例えそれを理解していても、その理解を超えようとする者は少ない。


 それを超える事ができるのは、おそらく――、


「――――」


 逃げ道を塞ぐように周りを囲む、己へ向けられる理不尽な敵愾心。

 心は当の昔に折れた。それでも、まだまだ落ちて行けそうだ。

 それほどまでに人の悪意というものは、恐い。それほどまでに人は、一人では生きていけない。


 ――もう限界だ。全て終わりにしたい。


 己という存在に自ら引導を渡す事で、この現実からの逃避を図りたい。

 でも、そんな勇気もなくて――。


 泥沼。どこにも逃げ道など存在しない。

 悪意の届かない所へ逃げても、心に刻まれた悪意に苦しめられる。

 ここから自力で這い上がる事は、普通の人ならできないだろう。

 そんな者がもし、ここから這い上がる術があるとするなら――、


「――――」


 不意に、何者かの背中が周りから向けられる悪意を遮った。

 その背中は、よく見知った背中で――。

 振り向いたその顔は、今一番会いたい人の笑顔で――。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん! 私が……イチゴが付いてるから――!」


 この地獄から這い上がる方法。それは、他人から差し伸べられた手を必死に掴むこと。

 絶望の淵にいるその男に、絶望と悲哀の涙で頬を濡らす兄に、少女は手を差し伸べる。

 震える手で、その小さくも力強い手を握る。信じられないほど強い力で、地獄の底から引き上げられた。


 ――ふと思う。


 もし、手を差し伸べてくれるこの少女のような人がいない者は――彼は、一体どうなったのだろうと。


 知っている。彼は、もう――



――――――――――――――――――――



「――ゴ、シンゴ」


「――え?」


 自分を呼ぶ声に、キサラギ・シンゴの意識は現実へと回帰した。

 眼前には心配そうな顔で己を覗き込んでいる、アリス・リーベの姿がある。


「また、ぼーっとしてたんだよ、君。このところ多いけど、大丈夫かい?」


「おいおい、またかぁ?」


 シンゴが答える前に、呆れた声が前方から飛んできた。

 視線をその声のした方へと向けると、心底呆れたといった顔をこちらに向けている青年の姿があった。


 シンゴはバツが悪そうに頭を掻くと、


「別に、何でもねぇよ……」


「ほぉ……」


 顔を背けながらそう答えるシンゴに、青年――カルド・フレイズ、通称カズは、半眼にした目を向ける。

 そして「はぁ――」とため息を吐くと、


「どうせ変な夢でも見て、怖くて怖くてたまんねぇとか、そんな理由だろ?」


「――――!?」


 カズが放った憶測の一言に、シンゴの心音が跳ねた。

 ――そうなのだ。最近シンゴはとある夢に悩まされている。それも毎日見るのだ。

 その夢というのが、己が苛められるという内容の夢だ。


 シチュエーションや苛めてくる輩は毎回バラバラで、必ずシンゴが苛められる側だというのは固定だ。

 これがただの夢であれば起きて忘れることもできるだろう。しかしこの夢は忘れることはなく、まるで記憶にへばり付くようにして現実にまで付いてきてしまう。


 殴られれば痛みを覚え、悪口を囁かれれば心は黒く淀んでいく。

 しかし本来の夢ならそれらは曖昧に表現されるのだが、この夢はまるで実体験をしているかのような“現実味”があった。


 夢が現実にも影響を及ぼしている。最早どちらが現実であり夢なのかが、ふとした拍子に分からなくなる。

 眠ることへ忌避感を感じ、日に日に睡眠時間が減ってきている。だが、一つだけ嬉しいことがあった。


 それは、夢の最後に現れる妹――キサラギ・イチゴに会えるということだ。


 苛められ、心が折れそうになったとき。どこからともなく彼女が現れ、シンゴをどん底からすくい上げてくれる。そしてそこで目が覚めるのだ。

 もしイチゴが夢に現れなければ、とっくの昔にシンゴの精神は異常をきたしていただろう。


 ――この悪夢は、王都を旅立ってからずっと続いている。


「なに、本当に悪夢にうなされてるの?」


 横からシンゴの顔を覗きこむように見上げてくるのは、茶の髪をツインテールにした少女だ。彼女の名はイレナ・バレンシール。

 王都で起きた事件で行方知れずとなったとある女性を探すため、シンゴたちに付いてきたのだ。


「そんなの、何かおいしいものでも食べればすぐに忘れられるわよ!」


「……別にうなされてないって」


 満面の笑みでそう言われ、シンゴは顔を逸らしながらそう答えた。

 そのとき、不意に吹いた風が肌を撫で、シンゴは思わず体を掻き抱くようにして身を震わせた。


「さっぶ! なあ、俺のことはいいんだけど、この辺ってやたらと寒くねえか?」


 震えながら話題転換を図るシンゴに、イレナは「そりゃそうよ」と言うと、たたっ――と走って歩くシンゴの前に躍り出ると、その場でくるりとツインテールをなびかせながら振り向く。


「だってあたしたち、北に向かってるのよ? 寒くなるのは当たり前よ」


「……なんで?」


「え?」


 シンゴの返しに目を見開いて固まるイレナ。

 そんな二人のやり取りに苦笑して、カズが助け船を出す。


「イレナ。その馬鹿に一般常識を語っても無駄だぜ? なにせ、お前よりも馬鹿なんだからな」


「「馬鹿じゃない(わよ)!!」」


「あはは……」


 息の揃った二人の返しに、アリスが隣で苦笑いを浮かべる。

 シンゴはイレナと共にぐぬぬ――と歯ぎしりしてから、そういえば今まで聞こう聞こうと思っておきながら、結局後回しになっていたこの世界の気候について尋ねる絶好の機会だと考え至る。


「だったら教えてくれよ。この世界の気候ってやつを……この馬鹿な俺に、分かりやすくな!」


「なんでアンタ、そんなに偉そうなのよ……」


 イレナの呟きを無視し、「カモン!」と手をクイクイさせるシンゴに、カズはため息を吐くと、「いいか、馬鹿」と説明を始める。


「お前にも理解できるように説明するとだな……まず、オレらが向かっている北は寒い。東は程よい気候。南は暑い。西は少し肌寒い。こんな感じだ。オレの言っている意味、分かるか?」


「さすがに分かるわ!?」


 あんまりなカズの言い分にシンゴが目を剥いて吠える傍らで、アリスが「へえ……」と興味深そうに頷くと、


「それってつまり、春夏秋冬が東西南北で分かれてるってことかい……?」


「ああそうだ。……つかアリス、お前もか?」


「え? ……あ」


 今まで何かとシンゴの馬鹿に隠れていたが、アリスもこちらの世界の事情などさほど知らない。故にカズの言い分は、当たらずといえども遠からずである。

 アリスはしばらく狼狽えた後、すっと真顔になると、何ごともなかったかのようにシンゴの後ろにそっと隠れた。


「…………」


 シンゴが無言で背後のアリスを見詰めるが、アリスは視線を逸らして目を合わせようとしない。心なしか少し頬が赤いようにも見える。

 どうやら恥ずかしかったらしい。


 すると、そんなアリスにイレナが突然抱き着き、頭をよしよししながら、


「ああ〜可愛い! あたしずっとこんな妹が欲しかったのよ〜」


「……ボクと君って、たしか同い年だったはずだけど……?」


 むすっとするアリスだが、イレナに「じゃあ双子で!」と言われ、観念して撫でられるのに身を任してしまう。

 そんな女子勢のやり取りに、話しの途中でほっぽり出されたカズが咳払いをした。そんなカズが不憫で、シンゴは苦笑しながら話題を振った。


「じゃあさ、王都はどんな気候になってんの?」


「王都か。あそこは決まった気候はない。時間と共に暑かったり寒かったり、その間だったりって感じだ」


「へえ……つまり四季があるってことか」


「……お前、よくそんな言葉知ってんな?」


「夜道に気を付けろよ!」


 カズのからかい文句にそう返しておきなきながら、シンゴは頭の隅で静かに納得する。今の王都付近は四季でいうところの『春』に近い気候なのだろうと。

 すると、半ば抵抗することを諦めたアリスに頬ずりしながら、イレナが「そういえば!」と手をぽんと打つ。


「どした?」


「昔マザーからこんな話を聞いたんだけど、東西南北、その果てには宝を守る神様がいるんだって!」


「ああ、それか。オレもおふくろから聞いたことがあるな」


 イレナのおとぎ話にカズも頷いて答える。

 シンゴはこういう話しは嫌いではない。むしろ好物である。


「なあ、もっとその辺のこと詳しく教えてくれよ!」


「そうだな……」


 カズは顎に手を当てて思案するような素振りを見せたあと、口の端をにやりと持ち上げた。


「この際だ。他にもちょっと一般常識を交えて話してやる」


 そう言ってカズは腕を組むと、人差し指だけをぴんと立てる。


「いいか? まずオレたち人間が住んでんのが、王都を中心とした東西南北の中央だ」


「人間……ってことは、その他にもいるってことだね?」


 アリスの鋭い指摘に、カズは「ああ、そうだ」と頷いてからアリスを指差し、


「まずはアリス。お前のお仲間でもある『吸血鬼』だ。アイツらはここからさらに北に進んだ極寒地帯で鎖国してる」


「は? 鎖国?」


 目を見開くシンゴに、カズは困ったような苦笑を浮かべて頷く。


「そう、鎖国だ。そのおかげで『吸血鬼』について分かることが少なくてな。しかも『星屑』どもが『吸血鬼』で構成されてるときた。基本的に毛嫌いされるってことが多い。ま、オレの村じゃそんな風習は皆無だけどな」


「そうか……それでアリスを見ても何も……」


 シンゴは背後のアリスをちらりと窺い見てみる。

 アリスはイレナにいいように弄ばれながらも、そんなことに気が回ってない様子で難しい顔をしている。


「さて、次は『獣人』だ」


「獣人っていえば……『血塗れバニーさん』か……」


「あはは……最初にユネラが思い浮かぶ辺りアレよね……」


 それも当然だろう。あれほどインパクトの強い者などなかなかいない。

 しかしここでイレナから驚くべき事実が告げられた。


「でも、ユネラやリースたちは『獣人』じゃなくて、『半獣人』よ?」


「……え?」


 驚くシンゴと、イレナの腕の下で目を見開くアリス。

 しかしカズとイレナの視線はシンゴにのみ向けられており、二人は呆れたと言わんばかりにお互い顔を見合わせる。


「おい、馬鹿。アイツらが『獣人』なわけないだろ。あんだけ“人間の色”が出てんのに、それも分かんねぇのか? それともお前……」


 呆れを通り越して哀れみの成分が含まれ始めたカズの視線に、シンゴはぐっとサムズアップして、


「初耳、初目はつもくです!」


「……なんか色々ツッコミたいが、それはまた今度だ。んで、話しは戻るが、『獣人』はもっと動物に近い。そして奴らは東をテリトリーにしている」


「ほぉ……東か」


「ああそうだ。そして次に西なんだが……」


「次はどんな種族が……もしかしてエルフとか!?」


 期待に目を輝かせるシンゴだったが、カズは首を傾げると、


「えるふ? んなもんじゃねぇよ。西は『魔物』のテリトリーだ」


「正反対もいいとこ!?」


 頭を抱えて「おぉぉおぉ……」と慟哭するシンゴの後ろから、アリスが首を傾げながら“最後”の方角について質問を飛ばす。


「じゃあ、南は何が生息しているんだい?」


「…………」


 しかし返ってきたのは、無言で押し黙るといった反応だった。見れば、アリスの首に手を回してしがみ付いているイレナまでもが難しい顔で押し黙ってしまっている。

 そんな二人の様子に訝しげに首を傾げるアリスと復活したシンゴ。

 十秒にも届こうかという沈黙のあと、ようやくカズがその重く閉ざされた口を開いた。


 曰く――、


「分からん」


「は? 分からんって……」


「カズの言ってることは本当よ」


 アリスをシモア直伝の熱い抱擁から解放したイレナが、嘆息と同時にそう告げる。


「南の果てに向かった人たちは、誰一人として帰ってこないのよ。だから、その先に何があるかは謎。ただ――」


 イレナはそこで言葉を切ると、視線で続きをカズに促した。

 カズも特に文句は言わずに頷くと、指を三本立てた。


「ただ、分かっていることが三つだけある」


「それって……」


 シンゴとアリスがごくりと喉を鳴らす中、カズは指を一本折る。


「一つ目がさっきも言ったように、南はめちゃくちゃ暑くて、『神』が何かを守っているってことだ。まぁ、『神』は伝説みたいなもんだから漠然と捉えてくれていい。内容的には暑いと神とお宝で三つになったが、既に伝えたことだから纏めて一だ」


 カズは二本目の指を折り、


「そして次に、南に進んでいくと視界を覆い尽くすほどの『霧』が現れるってことだ」


「霧……?」


「ああ、この『霧』が一種の境界線みたいなもんだな。そっから先に踏み込んで帰ってきた奴はいねぇ」


「…………」


 シンゴはこの辺りの気候だけが原因ではない、何か薄ら寒いものを感じてぶるりと肩を震わせた。

 そんなシンゴを後ろ歩きで見詰めながら、カズは三本目の指を折った。


「そして三つ……その霧を超えた先には、『星の足跡』があるって噂だ」


「星の……足跡って……でも、それじゃ――」


「そうだ。誰も帰って来れねぇはずなのに、なんでその先にあるものが分かるのかって話しだが……これも色んな議論がされた。ただの噂だの作り話しだの、まだ結論は出てねぇ。ただ、その中で一番有力な説が――」


「誰か『霧』の向こうから無事に生還した人がいるんじゃないか――って説よ」


 カズの最後の言葉を引き継いだイレナがそう締め括る。

 しかし次にはその表情を明るいものに変え、


「ま、色々と大丈夫よ! 気にしたら負け負け!」


「色々と大丈夫って……」


「イレナの言う通りだ。むしろお前は自分の頭の心配をしてろ」


「その喧嘩買うぞオラァ!?」


 シンゴがカズに牙を剥いて飛び掛かろうとしたときだ。

 シンゴの突進を躱したカズがそのままシンゴの首に手を回して捕まえ、その顔をにやりと笑みに彩らせた。


 不審がるシンゴに、カズは前方を指差しながら告げた。


「着いたぞ……『ウォー』だ」


 石の都。無法者の聖地。『ウォー』への到着だった――。


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