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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
61/214

第2章:47 『よろしくね――』

「――はぁ」


 鬱屈とした息を長々と吐くのは、バルコニーに備え付けられた手すりに体を預けるシャルナ・バレンシールだ。

 彼女は現在とある貴族の護衛任務を終え、その報告をしに王城へと出向いていた。

 報告自体は先ほど済ませてきたのだが、その際に気に食わないおっさんにからかわれ、挙句の果てには偶然居合わせたジジイに小言を貰い、現在、絶賛ナイーブなのだ。


 おっさん――ベッシュ・ウゥユ・ヴジトは団長、つまりシャルナの所属する王家直属近衛騎士団のトップだ。だから、任務達成の報告をするために彼と顔を合わすのは仕方のないことだと割り切っている。――本当は凄く、それはものすごーく嫌なのだが、割り切っている。


 だが――、


「まさか、ジジイまでいるなんて……ついてねー」


 何度目とも知れぬため息を吐くシャルナが言う「ジジイ」とは、シャルナと同じ階級――つまり、副団長であり、シャルナの指導役とでも言うべき存在の、グリストア・ジャイルのことだ。


 ジャイルが何やら一人で訳ありの任務に当たっているのは知っていたが、まさかその報告と被るとは想定外である。

 今日は厄日だと嘆きながら、シャルナは今日の任務時に起きた出来事を思い返す。


 本日の護衛対象だった貴族は、丸々と太った中年のおっさんだった。顔に浮かぶ脂汗が太陽の光を反射し、贅肉に圧迫された肺が空気を求めた結果、無駄にはぁはぁと息が荒く、シャルナからしたら悲鳴を上げたくなるような、生理的に受け付けられない奴だった。


 それだけでも悶絶ものなのに、あの豚ときたら――、


「何がわしの愛妾にならんか、だ! お前みたいな短足豚野郎と一緒になるくらいなら、こっから身投げした方が数億倍は増しだっつーの!」


 シャルナはその時の光景を思い出したのか、手すりの柵を足でげしげし蹴り付けながら端正なその顔を嫌悪に歪ませる。

 もし本当の彼女を知っていたなら、あの貴族もそんな戯言を言わなかっただろう。たぶん、おそらく――。

 というのも、普段のシャルナは、今の彼女とは似ても似つかない立ち振る舞い、そして喋り方をしている。


 何故そんなことをしているかと問われれば、その方が何かと都合がいいからだ。

 今日もそうだったように、下心丸出しの貴族から贈り物をされたり、ちやほやされたり、崇められたり、尊敬の眼差しを送られたりと、いいこと尽くしなのだ。


 無論、いいことだけではない。今日のような誘いが一体どれほどあっただろうか――。

 騎士になってから一週間で、両手の指の数を超えた辺りからもう数えるのはやめている。

 時にはネジの飛んだ熱狂的なファンが家に直接押しかけてきたり、挙句の果てには任務中に声をかけてくる輩まで現れる始末。


 それでもシャルナは、この表裏一体の『シャルナ・バレンシール』をやめる気はさらさらない。無論、考えなしでと言う訳ではなく、ちゃんと彼女なりに損得を天秤にかけたうえでの決断である。


 ――まあ、ぶっちゃけた話、天秤にかけたのは三秒くらいだ。


「――――ん?」


 帰ったらおいしいものでも食べて、ぐっすり眠って今日のことは忘れようと考えていたときだった。

 何やら不意に影が差したような気がして、シャルナは天を仰いだ。

 すると、何やら甲高い音が遠くから聞こえてくる。同時に、やはり先ほどの影はストレスからくる錯覚などではなく、徐々にシャルナに向かって落ちてきている。


「んん――?」


 眉を寄せて徐々に大きくなっていく影に目をこらす。このままいけば、あの影は真っ直ぐシャルナの所に落ちてくるだろう。

 しかしここで、シャルナは音の正体に気付いた。――声だ。徐々に接近してくる影に合わせ、何やら悲鳴のような――声質からして女性であろうことが窺える叫び声がシャルナの耳に滑り込んできた。


 やがて落下してくる影の全容が見えてくると、その悲鳴が明瞭なものへと変わる。


「きゃあああああああああああああああああああ!!!!」


 目を細めると、何やら空中で必死に手をばたつかせる少女が、甲高い悲鳴を上げながらシャルナ目がけて落下してきた。

 その距離が近付く、近付く、近付く、そして――、


「よっと」


「ぐえっ!?」


 シャルナは落ちてきた少女を片手で軽々とキャッチする。しかしその衝撃で、空から落ちてきた謎の少女の口から潰れたカエルのような苦鳴が漏れた。

 もちろん、普通の人が同じことすれば、二人とも潰れるだろう。シャルナの並外れた技術があって初めてできる芸当だ。しかしそれでも、衝撃を全て殺し切るのはさすがに無理だった。


 シャルナは不審げに眉を寄せながら、その少女を床へと降ろしてやる。

 すると、少女は呆然とした表情でシャルナを見上げてくる。そんな少女の視線を受け、シャルナはぎょっと目を見開いた。

 それは何故か。理由は少女の姿――というより、色にあった。


「ち、ちょっとアンタ……どうしたってーの、その血!?」


「ぅえ?」


 未だ状況を飲み込めていないらしい少女は、全身を返り血で真っ赤に染めていた。

 シャルナが見た事のないデザインの上着は、血を吸って赤く染まっている。顔にも少なからず血のりがこびり付いており、その赤色の隙間から覗く少女の青みがかった瞳が不安げにシャルナを見上げていた。


「――つか、なんで空から落ちて……」


 眉を寄せて不審なものを見る目で少女を見ていると、不意に少女の目尻にうっすらと涙が浮かんだ。

 シャルナは「ちょ!?」と声を上げ、慌てて腰を落として少女と目線の高さを合わせる。

 すると――、


「う、うええええええええええええん!!」


「どわっ!」


 何やら堪えきれなくなったらしい少女が、シャルナに抱き着いてきた。しかし、少女の体は血まみれだ。必然、抱き着かれたシャルナは――、


「ああ! ちょ、離れろっつーの! 血が付く、血が――だああ!!」


 金色の鎧に顔を埋めてびーびー泣く少女を無理に引き剥がすこともできず、シャルナはため息を吐くと、しばらくこのままでいさせてやることにした。


「ひっく……お兄、ちゃん……何が……どう、なって……うぇ」


「――――?」


 何やら少女が呟いているが、シャルナの鎧に顔を埋めているせいで上手く聞き取れない。

 その後も何やら「死んじゃった……」やら、「白……羽が……」など断片的に聞こえてくるが、その詳細は判然としない。

 シャルナは困った顔で後頭部を掻くと、少女が落ちてきた晴れ渡る空を見上げて、


「ほんと、今日は厄日だわ……」


 心の底から疲れ果てたように、長いため息を再び漏らすのだった。



――――――――――――――――――――



「ごめんなさい……服、汚しちゃって……」


「いいって、もう。どうせ洗えばいいんだし」


 ようやく解放されたシャルナは、しゅんと肩を落とした少女に謝られていた。

 確かにお気に入りの鎧やその下の服が血で汚れたのは物凄く不快だったが、別に洗えばいいやとため息を共に忘れることにする。

 そして、未だうるうると自分のことを見上げてくる少女に、シャルナは頭を掻きながら、


「アタシの職業柄、返り血浴びる事なんてザラだし、気にすんなって。……いいから、ほら!」


「あ」


 未だに座り込んでいた少女に、シャルナは手を差し出す。少女はシャルナの顔と手に視線を何度も往復させたのち、ぱっと顔を綻ばせてシャルナの手を握った。

 シャルナは少女を引っ張って立たせながら、あそこでガキどもの相手してて良かったわー、と胸中でほっとする。そうでなければ、今頃シャルナはこの少女の対応に頭を悩ませていただろう。


「ねえ、金色のお姉さん」


「ん?」


 ようやくまともに口を開いた少女が、シャルナを呼ぶ。それに眉を片側だけ上げてシャルナが反応すると、少女は困り顔で首を傾げ、


「ここって……どこですか?」


「……はあ?」


 眉間にしわが寄るシャルナだったが、眼前の少女は辺りを忙しなくきょろきょろと見回している。どうやら本当に自分がどこにいるのか理解できていない様子だ。

 シャルナはどう対処したものかと思案するが、ここは正直に答えてやることにした。


「ここは王都トランセルだけど……てかアンタ、なんでそ――」


 ――空から? と問いかけようとしたシャルナの言葉は、ずいっと顔を寄せてきた少女の大声に中断させられた。


「王都!? なんですかそれ!? てゆうか、なんでお姉さん目が赤いんですか!? 見た感じ外国人っぽく見えるけど、日本人って言われても納得できそうな……あ! もしかしてハーフ!?」


「…………ッ」


 ぐいぐい来る少女に圧倒され、シャルナは手すりまで後退させられてしまう。

 まだ詰め寄ってきそうな勢いの少女の肩を掴んで猛進を止めると、シャルナは面倒くさそうにため息を吐いて、納得する。おそらくこの少女はアレだ。


「よーし、ちょっとここで待ってろよー。今、偉いおっさん連れてくるからなー」


「え?」


 言うや否や、シャルナは少女をその場に置き去りにして歩き出す。ベッシュを呼びに行くことにしたのだ。

 シャルナの『メンドくさいセンサー』が告げている。この少女に関わると碌な目に合わないと。――というか、空から落ちてきて血まみれという時点でもうお腹いっぱいだ。

 つまりシャルナは、先ほどからかわれた腹いせに、ベッシュにこの少女のことを丸投げしようという魂胆なのである。


「そういや……」


 ここでシャルナは少女の名前を聞いていなかったことに気付く。ベッシュに報告する際に血まみれの少女が空から――なんて言っても、馬鹿にされて頭を心配されて大笑いされるのがオチだろう。

 しかし、名前が分かっているとあれば少しは信憑性が増す。


 そう判断すると、シャルナは少女に名前を尋ねるために後ろに振り返り、


「アンタ、名前――……あり?」


 シャルナが振り向くと、そこには床に血痕が残っているだけで、先ほどまでそこにいたはずのうるさい天空少女の姿はどこにもなかった。

 空から降ってきたかと思ったら、今度は忽然と消えると言う強烈なインパクトを残して去って行った。何とも不思議な少女だ。


 しかしここでふと、聞き覚えのある悲鳴がシャルナの耳朶を打った。


「も、もういやああああああああああああああああああ!!!!」


「――――?」


 片手をかざして日の光を遮りながら、シャルナが悲鳴の聞こえた空へと視線を向ける。

 すると、徐々に遠ざかって行く悲鳴と共に、遥か彼方に何やら小さな点が見えた。その点は尋常ではない速度で北へと飛んでいく。


「…………」


 助けてやろうにも、あれだけ離れられたら無理だ。

 数秒だけどうしようかと思案するシャルナだったが、突然、腰に手を当てて胸を張ると、「よっしゃ!」とやる気に満ちた顔で、


「帰って寝っか! そして今日の事は全部忘れる!」


 そう言い残し、シャルナ・バレンシールは鼻歌を歌いながらスキップして帰路に着くのだった――。



――――――――――――――――――――



「めでたし、めでたし――と」


「どこがだよ!?」


 シャルナの話を聞き終えたシンゴが、唾を飛ばしながらツッコミを入れる。

 先ほどのお返しとばかりに飛んでくる唾にシャルナは目を剥くと、


「ちょっ!? きたな! 唾飛ばすな!」


「あ? さっきお前も飛ばしてたろ」


「アタシの唾とアンタの唾じゃ格が違うんだっつーの!」


「唾に格とかあんのかよ……つか、それより――」


 独自の理論を展開するシャルナにシンゴはジト目を向けるが、すぐに意識を切り替える。


「間違いねえ……それは絶対にイチゴだ。――でも、なんで空から……?」


「そりゃこっちが聞きてえっての」


 シンゴの問いを受け、シャルナは片手を腰に当てながら嘆息してそう答える。

 すると、カズがシンゴの横に立ち、


「おいシャルナ。今、お前はコイツの妹が北に向かって飛んで行ったって言ったな?」


「あん? そうだよ。たぶん何かでっけえ鳥にでも攫われたんだろーさ。今頃は雛鳥の腹ん中――」


「シャル」


「――に入るにはちょっとデカすぎるな。あ、でも細かくすれば……ひっ」


 ぽんと肩に手が置かれ、シャルナは顔を青くさせながら背後を振り返る。

 次の瞬間、アネラスのお仕置きフルコースが炸裂した。正直、具体的に言うのがはばかられるほどの壮絶なお仕置きだった。


「失礼したさね。あたしゃ王城に戻って、修道院の立て直しの件について大臣どもと話してくるさね」


「私も同行いたします」


「ん。助かるさね」


 ぐったりとしたシャルナを片手で引きずりながら、アネラスが退出して行く。それに同行する形で、サラスもここから出て行くようだ。

 サラスは扉の前でシンゴたちに振り返ると、


「私はアネラス様に同行いたします。また来ますので、それまではおくつろぎください」


 そう言い残し、サラスはアネラスの後を追って退出して行った。

 残されたアリスとカズ、そしてイレナは顔を見合わせる。そのときだった――、


「――っしゃああああああああ!!!!」


「――――!?」


 突如、静寂を破り、ガッツポーズをしながら上を向いてシンゴが吠えた。

 突然のことに驚く面々に振り返ったシンゴの顔は、抑えきれない笑顔が弾けていた。


「やったぞ! ここにきてイチゴの手がかりが手に入った! つか、なんでシャルの奴イチゴのことほっといたんだよ! それがなけりゃ今頃……でも! とりあえずは北だ! イレナ、こっから北に行くと何がある!?」


 溢れ出る喜びが抑えきれない様子のシンゴに満面の笑みを向けられたイレナは、仕方ないわね――というような苦笑を浮かべながら息を吐くと、


「ここから北で、一番近いのは『ウォー』って都市よ」


「――『ウォー』……か」


「どうしんだい、カズ?」


 『ウォー』と聞き、カズが思わしげな表情と声音でその都市の名を口にする。

 何やらその様子に不穏なものを感じ、アリスがその真意を尋ねる。すると、カズは顎に手を当てながら片目だけ閉じると、


「いや……ウォーは、ちょっとばかし治安が悪いというか、好戦的な奴らばかりがいると言うか……」


「え? まじで?」


 カズのその情報に、シンゴは嫌そうに顔をしかめる。

 この王都だけでもかなり大変な目に合っている。吸血鬼の力がなければ、何回死んでいたか分からない。そんな王都よりも治安が悪いと言う『ウォー』。しかし――、


「ま、行かねえなんて選択肢は鼻っから存在しないな。なにせ、イチゴがいるかもしんないんだろ? だったら答えはもう出てる」


 たとえこの王都で受けたものよりさらにひどいことが待っていようと、そこにイチゴがいるかもしれないというだけで我慢できる。頑張れる。前に進める――。

 一人決意するシンゴに、アリスとカズも笑いかけると、


「当然、ボクも行くよ」


「ああ、お前一人じゃ宿にも泊まれねぇだろうしな」


「アリス……カズ……!」


 思わず涙腺が緩みそうになるのをなんとか堪え、シンゴはサムズアップすると、


「目的地は決まった! 明日、『ウォー』に向けて出発だ!」


「うん!」「よっしゃ!」


 シンゴの声に、アリスは小さく拳を突き上げ、カズはシンゴの真似をしてサムズアップし、各々の反応でその心意気を示した。


「――――」


 そんな三人を、イレナはどこか寂しげな視線で見詰めるのだった――。



――――――――――――――――――――



 ――翌日、シンゴは天蓋付きの巨大なベッドで目を覚ました。

 くあ――と大きな欠伸を一つ零し、ぐっと伸びをする。

 正直、このベッドは平凡な一般庶民であるシンゴにとって落ち着けるものではなく、なかなか寝付くのに時間を要してしまった。

 しかし、ここで二度寝をするという選択肢はない。何故なら――、


「よっしゃ!」


 シンゴは頬をはたくと、頭の芯に絡み付く眠気を無理やり吹き飛ばす。

 そして勢いよく跳ね起きると、隣の衣裳部屋へと移動する。

 部屋の中にはずらっと制服が並んでおり、シンゴはその内の一つを手に取ると、手早く着替える。


「――ん、全く違和感なし!」


 どれだけ精密に再現したのか分からないが、着てみた感じ違和感はない。どころか、長年着ていたのではないかと錯覚するほどの安心感がある。

 シンゴはそのことに改めて感心するが、こんなことをしている場合ではないと我に戻ると部屋に戻り、昨日のうちに用意しておいた荷物を背負うと、勢いよく部屋の外に飛び出した。


 階段を二段飛ばしで駆け下り、両足で着地する。すると、既に用意を済ませていたらしいアリスとカズの姿が確認できた。

 向こうもシンゴに気付き、笑みを向けてくる。


「よぉ、寝坊助。ちょうど起こしに行こうかアリスと相談してたとこだ」


「おはよ、シンゴ。……すごい寝癖だね」


「まじで?」


 カズを無視したシンゴは、アリスの指摘に己の頭部へと手を当てる。確かに、凹凸感が手の平に伝わってくる。

 そんなシンゴに苦笑すると、アリスが背後に回って髪を整えてくれる。


「――なんか、新婚の夫婦みたいですごくいい……」


「そうか? オレから見たら母親とガキなんだが」


「うっせ!」


 ほくほく顔から一転、カズの冷やかしに顔をしかめるシンゴ。そんなシンゴに、


「動かないで」


「はい……」


 何やら真剣モードに突入してしまっている様子のアリスから、鋭いお叱りが入る。

 一方カズは、そんな二人のやり取りを顎に手を当てて見やり、


「やっぱ、母子のやり取りにしか見えねぇな……」


「あっそ……」


 げんなりしつつ、アリスに髪を整えられるシンゴ。見れば、アリスとカズの背にも、シンゴ同様に大きなリュックが背負われている。

 現在時刻は午前七時。天気は快晴。気温は暑くもなければ寒くもない、とても過ごしやすい温度だ。


「――よし、できた」


「――!? だっはははははは!! お、お前……その頭……ひー、腹いてぇ!」


「――――?」


 アリスがドヤ顔と共に完成を告げたシンゴの頭髪は、何故か先ほどよりひどい状態となっていた。

 そんなシンゴを見て大爆笑するカズ。「え!?」と声を上げ、頭に手をやり愕然とするシンゴ。自信があったらしく、それを馬鹿にされてむっとなるアリス。


 王都トランセルを旅立つ朝を、三人はそんな和気藹々とした雰囲気で迎えた――。



――――――――――――――――――――



 三人はマイホームを出ると、まず始めに王城へと向かった。お世話になった人たちに挨拶するためだ。

 朝早くから警備に当たる騎士に挨拶し、王城へと入るシンゴたちを最初に出迎えたのは――、


「お、アンリとリドルじゃねえか!」


 二人で仲良く並んで廊下を歩くアンリとリドルに出くわした。あの事件以降の二人の関係は、まあ見ての通りである。

 すると、向こうもシンゴたちに気付いた様子。そんな二人のうち、最初に口を開いたのはアンリだった。


「あ、アリスとカズと――誰だっけ?」


「うおい!?」


 あれだけ壮絶な事件を共に乗り越えておいて、まさか自分だけ名前を忘れられるとは思ってもみなかったシンゴは、目を剥いて唾を飛ばすと、廊下に響き渡る大声で吠えた。

 そんなシンゴを見てしてやったりとほくそ笑むアンリだったが、隣のリドルが彼女の頬をつねってきて、


「アンリ、駄目じゃないか。シンゴさんたちには凄くお世話になったんだ。そんな意地悪は、めっ! だよ?」


「う……悪かったわよ、シンゴ……」


「――ちっ、朝からイチャイチャしやがって……」


「シンゴ?」


「いてててててて!?」


 アンリとリドルのやり取りを見たシンゴが不快げに毒を吐くが、そんなシンゴの頬をアリスがむっとしてつねる。

 男女の役割が違えばやっていることの変わらない二組を見やり、カズは「けっ」と顔を歪ませると、


「オレのセリフだってぇの、この野郎どもが」


 一人、そう吐き捨てるのだった――。



――――――――――――――――――――



「失礼しまーす……」


 周りの扉と違い、一際大きく、そして目立つ扉をノックする。中から「どうぞ」と返ってきたのを確認し、シンゴは若干の緊張を孕んだ声で入室の意を告げた。

 すると――、


「シンゴさん! それに皆さんも!」


 ぱっと表情を明るくさせたユピアがシンゴたちを出迎えてくれた。

 見れば、ユピアは机に向かっており、その上には大量の書類がこれでもかと置かれている。滞っていた政務が、ユピアが王となったことで再開されたのだろう。


「わるい、忙しいところに邪魔しちゃって……でも、王都を出る前に挨拶しとこうと思ってさ」


「いえ、構いませんよ。むしろ、よく顔を出してくださいました。私はそれだけでも頑張ろうって思えますよ!」


「――そっか」


 気丈に微笑む彼女の隣には、サラス・リネルガの姿がある。

 サラスはシンゴたちの分の飲み物を用意すると、黙ってユピアの横に控える。相変わらず必要最低限のことしか話さない彼女は、基本無言だ。


 シンゴたちは用意された椅子に腰かけると、淹れて貰った紅茶のようなものに口をつける。一息に飲み欲し、シンゴはほっと満足げに息を吐く。


「やっぱ、サラスさんの淹れてくれるこれ、凄くうまいな」


「うん、程よく甘くて、それでいて渋みもある。凄く飲みやすいよ」


「ん? 確かにうまいが、オレのは別に甘くねぇぞ?」


「え? 俺のは甘いけど、渋みはないぞ?」


 それぞれで味の感想が異なり、三人は顔を見合わせて首を傾げる。そんな三人の反応を見て、サラスがどこか誇らしげにタネ明かしをする。


「前回みなさんがいらした際、それぞれのお好みの味を調べさせていただきました。今回はお口に合えばよろしいのですが」


「あ、あんだけの感想から……」


 さすがはメイド長というべきか、サラスの妙技に驚く面々。

 そんな様子を楽しげに見やり、ユピアがシンゴへ向けて口を開いた。


「それで、皆さんは次にどこへ行かれるのですか?」


「ええ、ユピア様。わたくしどもは、ここから北――『ウォー』へ向かう所存です」


「うっわ……出たよ、カズの変態モード……」


 げんなりするシンゴに、苦笑するアリス。無表情のサラスという各々の反応の中、行き先を聞いたユピアは「そうですか……」と頷くと、顎先に人差し指を当てて何ごとか思案するように上を見やり、


「……そういえば、『ウォー』には“あの人”が出向いていたような……サラス?」


 ユピアに視線で確認を求められたサラスは、こくりと頷くと、


「はい、現在あそこには“あの人”がいます。――ですがユピア様、この件は内密にとのことでは?」


「あ」


 口を開けて固まったユピアは、サラスに睨まれて視線をあちこちに彷徨わせる。が、やがてぺろっと子供のように舌を出すと、


「てへ」


「はあ……」


 頭痛でもしてきたのか、ユピアの反応にサラスは天を仰いで眉間を揉む。

 その様子には、さすがにシンゴたちも苦笑いするしかない。――若干一名ほど、狂ったように涙を流している男がいるが、敢えて無視するシンゴたちは慣れたものである。


 やがて、シンゴはカップを空にすると立ち上がり、


「んじゃ、あんまし邪魔すんのもあれだし、俺らはそろそろ行くよ。ユピアも頑張れよ、王様」


「はい、ありがとうございます。今度は可愛い妹さんにも会えるのを楽しみにしていますね」


 微笑み、首を少し横に倒すユピアに、シンゴもサムズアップで返す。


「お世話になったね、ユピア。あと、美味しかったよ、サラスさん」


 アリスの賛辞にサラスは腰を折ると、


「ありがとうございます。次回は、シンゴ様の妹ぎみの分も用意してお待ちしております。――それと」


「――――?」


 何やらサラスが一冊の辞書のような本を手渡してきた。

 黒い革で出来た表紙に、年期を感じさせる古びた匂い。厚さは辞書ほどではないが、それでも割と分厚さはある。


 受け取ったアリスが首を傾げるが、それは同様にシンゴたちにも言えることだ。

 頭に疑問符を浮かべるシンゴたちに、サラスがその本について説明を述べる。


「この本は先日、王城内の書類を整理していた際に出てきた魔道書です。中には簡単な初歩の魔法が記されています。アリス様は魔法を習得されたばかりだと聞きましたので、どうぞ持って行ってください。我々には不要な物ですので」


「――! ありがとう、凄く助かるよ!」


「いえ」


 アリスは現在一つしか魔法を使えない。当初はそれで十分だと思っていたが、カワード・レッジ・ノウとの一件を通し、力不足を実感していたところだったのだ。なので、この魔道書とやらの存在は大変ありがたかった。

 そして、そう感じていたのはアリスだけではないらしく――、


「アリス、オレにも道中で見せてくれ。『ウォー』に行くってなると、さすがにもう少し使える魔法が欲しい」


「うん」


 カズに頷き返し、アリスは背負っていたリュックの中に魔道書を仕舞い込む。

 それを横目に、カズからカチッと何かが切り替わるような気配が伝わってきて、シンゴは「まさか……」と目を細める。そしてその予感は見事的中し――、


「ああ、ユピア様! 待っていてください! このカルド・フレイズ、男を磨いて帰ってきます! その時には是非――」

「はいはい、行くぞー。まだババアとイレナんとこ行かなきゃなんねえんだから。――アリス、頼んだ」


「お、おい待てアリス! オレにはまだユピア様に伝えなきゃなんねぇことが! やめ……ユピアさ――」


 苦笑いのアリスに連行されるカズの声が半ばで、閉まる扉の向こうに消えた。

 遠ざかる騒々しい声を扉越しに感じながら、ユピアは遅すぎる反応を口にする。


「ユピアで結構です――というのは、もう立場上難しいですね」


 そんな三人を見送り、楽しそうにくすくす笑うユピアだったが、そんな彼女の気分に水を差すように、サラスが山のような書類をどん――と目の前に置く。


「さあ、ユピア。続きです」


 ユピアのことを「様」を省いて呼び捨てにしたサラスが、ニヤリとした笑みをユピアへ向ける。


「次に皆さんがいらした際、立派になったアナタの姿を見て貰いましょう」


「……もう」


 たとえ表立った対応が変わっても、こうして二人のときは素のままで接してくれるサラス。そんな彼女にユピアは心の中では感謝しつつも、態度では膨れて見せるのだった――。



――――――――――――――――――――



「よっ、ババア」


「――とうとう惜しげもなくその呼び名を使うようになったさね……」


 サラスにアネラスたちの所在を尋ねた結果、子供たちと中庭にいるということで、シンゴたちは早速、中庭へと足を運んだ。

 子供たちが遊ぶのを遠目に見ていたアネラスを見付け、シンゴが発した掛け声にアネラスが顔をしかめて反応したのが、冒頭のやり取りである。


「――で、もう行くのかい?」


「はい。このあと、王都を出る予定です」


 年寄りを労わる精神性皆無なシンゴの耳を引っ張りながら、アリスがこの後の予定を簡潔に述べる。

 そして、ようやくアリスのホールドから耳を解放されたシンゴは、涙目で耳をさすりながら先ほどから気になっていたことをアネラスに問う。


「なあ、ババア。どっかピクニックでも行くのか?」


「あん?」


 シンゴが眉を寄せながら指差すのは、アネラスの背中に背負われた大きなリュックだ。

 修道服を着た老婆が大きなリュックを背負うその光景は、見る者全員に猛烈な違和感を感じさせる。


「――ああ、これはこの後に必要なものさね」


「ふぅん……」


 背中のリュックを揺らして見せるアネラスに、シンゴが興味のなさそうな声を上げる。

 そんなシンゴの隣では、何やらカズがきょろきょろと視線を辺りに彷徨わせている。そして眉を寄せながらアネラスへと視線を戻すと、


「イレナはどこだ?」


「……ほんとだ、イレナの姿が見えねえ」


 シンゴとアリスも辺りを見渡してみるが、あの活発な少女の姿はどこにも見当たらない。

 そんなシンゴたちの様子に、アネラスは困ったように眉尻を下げて苦笑すると、


「それがさね……今朝からイレナの姿が見当たらなくてねぇ。どこに行ったのやら……」


「そうっすか……」


 彼女に挨拶もせずにここを出て行くのは忍びないが、このまま彼女を探していても日が暮れるだろう。

 もちろん、イレナにも今日の朝に王都を発つと告げてあるので、知らないということはないはずである。


「……もしかして」


 そうぽつりと呟いたアリスに、周り視線が集まる。しかし、どうやらアリスは口に出すつもりはなかったようで、続きを述べてもいいのかどうか逡巡するが、やがて意を決した様子で、


「イレナ、お別れするのが嫌だったのかな……って」


「…………」


 アリスとカズは違うが、シンゴはもうここには戻ってこないかもしれない。故に、当初はカズともあまり親しくはしまいと思っていたが、今はこうして行動を共にしている。

 そういう事情もあり、シンゴにはアリスの言っていることが――本当にそう感じているのかは定かではないが、イレナの別れを惜しむ気持ちが痛いほど分かる。


 ――だから、ここはこのまま別れを告げずに行ってしまった方がいいのではないだろうか。


「――ま、二度と会えないってわけじゃないさね。だから、アンタらは気にせず行きな」


「――――」


 違う。違わないけど、これで最後になる可能性だって十分有り得る。

 本当は最後に一目見てから行きたい。でも、会えばつらくなる。考えるだけで、既に胸の奥が締め付けられるような痛みを感じる。


 シンゴは目を伏せ、逡巡する。


 ――そして、決めた。


「――だな。もう二度と会えないってわけでもねえしな!」


 嘘だ。そんな可能性はどこにもない。


「イレナが帰ってきたら、また会おうって言っておいてくれ」


「……分かったさね」


 頷くアネラスに対し、シンゴは無理やり笑みを作ると、すぐに背を向ける。


「――シンゴ?」


「――――」


 無言で歩き出すシンゴに、アリスが続きながらも声をかけてくる。そんな彼女に続き、カズも思わしげな視線を向けてくる。

 おそらくアリスは薄々だが察しているのだろう。カズは異世界のことについては話していないので、シンゴの様子に疑問を持っているはずだ。


 それでも――、


「行こう、『ウォー』へ――」


 後ろ髪を引かれる思いを振り切るように、己に言い聞かせるように、シンゴは前を見据えてそう告げた。



――――――――――――――――――――



「……マザー」


「――! イレナ、どこに行ってたんだい!」


 シンゴたちを見送り、そろそろ子供たちを呼んで中に入ろうとしていた時だった。アネラスの後ろから、顔を伏せたイレナがどこからともなく現れた。

 彼女の様子を見て、アネラスは一目でイレナの心情を悟る。当然だ、イレナはアネラスが育ててきたのだから。


「…………」


「はあ……」


 そんなアネラスだから分かる。イレナは顔を伏せているが、おそらく今にも泣きそうな顔をしているのだろう。

 アネラスは無言でイレナを見詰めると、優しい声音で声をかけた。


「――イレナ、あの子たちと別れるのはつらいさね?」


「…………うん」


 消え入りそうな声だった。心なしかその声も震えているように感じられる。

 そんなイレナに、アネラスはふっ――と苦笑して息を吐くと、背負っていたリュックをイレナに差し出した。


「――マザー、これは……?」


 目を見開き、呆然とした様子でそのリュックを受け取るイレナ。そんなイレナに、アネラスは優しい笑みを向けると、


「行ってきな」


「――! で、でも……」


 イレナの碧い瞳が揺れながら伝えてくる。行きたいけど、いいの――と。

 そんな愛娘を見て、アネラスは再び苦笑した。そして目を閉じて、おどけるように言ってやった。


「もちろん、遊びに行かす訳じゃないさね。イレナ、アンタはあの子を――アルネを連れ戻してきな」


「――――!」


 イレナの目が大きく見開かれる。

 そんなイレナの様子に漏れ出そうになる苦笑を堪えながら、アネラスはさらに続ける。


「あたしゃの勘だと、あの子たちの行く先には必ずアルネに繋がる手がかりがあるさね。――もちろん、アルネを見つけるまでは帰ってくんじゃないさね? 分かったら返事!」


「は、はい!」


 イレナがアネラスの声にびくっとなり、背筋を正す。

 そんなイレナを愛おしげに見やり、アネラスは背を向けると、


「さっさと行きな! あの子らは既に王都を出ている頃さね!」


「――ぅ……うん!」


 イレナが駆けて行くのを後ろに感じ、振り向きたくなるのを必死に堪える。

 すると、そんなアネラスの背中に――、


「――お母さん! 行ってきます!」


「――ッ! 速く行っちまいな!!」


 その会話を最後にイレナの気配が遠ざかり、やがて完全に消える。

 すると、今の騒ぎを聞き付けた子供たちが集まってきて、下からアネラスの顔を見上げてくる。


「マザー……イレナお姉ちゃん、行っちゃったの?」


「……ああ、アルネお姉ちゃんを探しに行ったのさ」


「マザー……どこか痛いの?」


「……ああ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……胸の奥が痛いだけさね――」



――――――――――――――――――――



「はあ、はあ、はあ――!」


 走る、走る、走る――。

 上がる息。疲労を訴える体。それでも、心は急げと、もっと速くと、イレナを執拗に急かしてくる。

 心の奥からとめどなく溢れてくるその感情に従い、イレナはさらにスピードを上げる。


 すると――、


「見えた――!」


 関所だ。中から出る分には何の問題もない。

 イレナは風のように関所を駆け抜けると、王都の外へ飛び出す。そして急いで辺りをぐるっと見渡すが、どこにも三人の姿は確認できない。


「だったら――!」


 イレナは人目のつかない所まで素早く移動すると、高くそびえる『インプレグナブル・ライン』を見上げる。


 ――次の瞬間、イレナの体は『インプレグナブル・ライン』の上にあった。


 あの時も、今回と同じ手を使ってリドルを探した。今回も同じ手で、三人を探す。

 『ゼロ・シフト』の代償として膨大な体力を消費し、肩で息をするイレナの髪を風が激しく吹き乱してくる。


 イレナは暴れる髪をうっとうしげに掻き上げると、眼下に広がる景色へと必死に目を凝らした。


「どこ……どこなの……どこに――」


 彷徨うイレナの視線がある一点で固定され、目が大きく見開かれる。


 ――遠く、北に向かって歩く小さな影が三つ見えた。


「見つけた!」


 イレナは自らの顔が自然と綻ぶのを感じながら、目を細めると座標を定め――飛んだ。



――――――――――――――――――――



「――――」


「……ねえ、カズ」


「ああ……」


 会話するアリスとカズから離れ、無言で先を歩くシンゴ。そんなシンゴの背中を見やりながら、二人はため息を吐いた。

 アネラスとの別れの会話の後から、ずっとこの調子なのだ。

 二人が時折、話しかけようとも、返ってくるのは「ああ」だの「そうだな」といった短い返事のみで、とても会話と呼べるようなものではなかった。


「シンゴ」


「……ん?」


「――引き返すか?」


「な――!?」


 カズが放った突然の提案。これにはさすがにシンゴも明瞭な反応を示した。

 見開いた目を背後のカズへと向ける。視線の先、カズの顔には冗談の色は窺えない。

 すると、カズの隣に居たアリスも同調するように頷き、


「うん、戻ろう。別に今日、絶対に王都を出なければならないって訳じゃない」


 アリスの真剣な眼差しに射抜かれ、シンゴは言葉を詰まらせる。しかし、次には作り笑いを纏い、


「……なんだよ二人とも、急にどうし――」


「イレナと、最後に話したいじゃないのかい?」


「――――ッ」


 間を開けずに放たれたアリスの核心を突く言葉に、シンゴがはっと息を呑む。

 そんなシンゴを二人は黙って見詰めている。先ほどの提案にシンゴが答えを出すのを待っているのだ。


「お……俺は……」


 顔を伏せ、唇を噛む。

 ついさっき振り切ったはずの感情が息を吹き返し、シンゴの中でぐるぐると回りながら問いかけてくる。


 ――最後に一目見るくらいなら。でも、それをすれば、さらに別れがつらくなる。


 そもそも、シンゴは一度決めたはずだ。イレナとは会わずに王都を出ると。

 それが今になって、アリスとカズの優しい言葉に揺れている。

 なんと優柔不断で、意地らしいのか――。


「シンゴ、君が今、本当にしたいと思っている方を選ぶんだ。――後悔しない方を」


 アリスの強い言葉で、シンゴの中の天秤が動く、傾く。


「――――」


 つらい。嫌だ。別離は嫌だ。

 シンゴの脳裏に浮かぶのは、誕生日の夜に引き裂かれた妹の眩しい笑顔だ。

 別れはつらい。あれに近しい痛みを感じるなら、会わない方がいい。


 でも、でも、できることなら――、


「……あいつと、もう一度だけ、会いたい」


 顔を上げたシンゴの顔は、二人には見せたくない表情で――。

 それでも二人は優しく微笑んでくれて――。


「――うん」


「――戻るか」


 優しくシンゴの我が儘を受け入れてくれる。

 なら、自分も受け入れよう。つらく、悲しく、重い、別離の痛みを――。


「……ごめん。我が儘、聞いてもらって」


 泣き笑いの一歩手前の表情で、シンゴが告げる。

 そんなシンゴに二人は笑うと、


「ボクもイレナに会いたい」


「ああ、オレももう一度アイツの顔見てから行きてぇ」


「……ごめん」


 改めて二人の優しさに謝罪し、シンゴはもう遠くに見える『インプレグナブル・ライン』を見やる。

 そして、行きと比べると軽くなったように感じる足を一歩、王都へ向けて踏み出そうとした――その時だった。


「――おぶっ」


「――!? シンゴ!」


「どうした!?」


 突如、前触れなく頭上に重みが生じ、シンゴはそのまま抵抗する間もなく押し潰された。

 突然のことに身構えるアリスとカズだったが、シンゴの上にのしかかるものの正体に気付くと同時に、その顔が驚きの色に染まった。


「お、重……」


 倒れ込んだ衝撃でチカチカする頭を振り、シンゴが自分の上にのしかかる重みに対しての率直な感想を呟いた。

 そんなシンゴの呟きに対し――、


「お、重いなんて……失礼ね……」


「――――!?」


 上から発せられた息の上がった苦しそうな声に、シンゴははっとなる。

 自分の上に乗るものが人だったから驚いたのではない。その声に、聞き覚えがあったからだ。


「――――」


 ゆっくりと、自分の上に乗っている者へ首を傾ける。


 ――目が合った。


 碧い目がシンゴを見詰め返してくる。その少女の髪は茶。左右で二つに結われている。

 上は白いシャツの上に朱色の服を重ね着し、下は上と同じ朱色のズボン。その下には黒いスパッツのようなものを穿いている。


 そう、シンゴの上に乗るこの少女は――、


「――イレナ」


「……顔、近いんだけど」


 シンゴに名を呼ばれた少女は、息がかかりそうな距離で困ったように笑った。


「――って言われても、どいてくれねえと俺も動けねえんだけど……」


「……ごめん、ちょっと無理みたい」


 抱き合うように倒れ込む二人。そんな二人の周りにアリスとカズがやってくる。

 イレナは目を見開く二人に笑いかけ、


「えへへ、付いてきちゃった」


 そう小さな声で告げてくるイレナに、二人はおおよその事情を察して微笑み返す。

 しかし、察しの悪い奴がここに一人――、


「なんでいんだよ、お前?」


 イレナの下敷きとなったまま会話する間抜けで鈍感なシンゴの言葉を受け、アリスとカズがため息を吐く。

 そんな二人の反応に眉を寄せるが、上に乗ったままのイレナが察しの悪い馬鹿に言葉にして伝える。


「あたしも付いてく!」


「――――は!?」


 間を置いて目を剥くシンゴの反応にイレナは頬を染め、まるで照れ隠しをするように早口で告げる。


「あたしはアルネを探しに行くために付いてきたの! ちゃんとした理由があってこの場にいるのよ! だから、えっと……とにかく、あたしも一緒に行くの!」


 最後には子供のように理屈を放り出すイレナ。そんな彼女の言い分を聞き、シンゴは顔を伏せると、


「そっか……それなら、しょうがねえよな」


「うん、しょうがないね」


「ああ、しょうがねぇな」


「そうよ! しょうがないことなのよ!」


 四人の意見が一致する。アリスとカズのは同調した形だが、それでも本心の部分はこの少女を歓迎している。

 それを感じ取っているのか、イレナは疲れを忘れたように、まるで太陽が弾けるように笑い、言った。


「これからもよろしくね!」






 ――王都『トランセル』。この国の中で起きた様々な出来事の始まりは、今思えばこの少女との出会いが発端だったのかもしれない。それならば、終わりもまたこの少女が一緒でなければ締まらないというものだ。


 だが、終わりは始まりと背中合わせだ。終わり、そして始まる。次なる物語が、始まる。

 行く先に待ち受ける困難、苦難。それらに立ち向かう準備をしよう。抗うために足踏みを揃えよう。新たに一人を加えた、この四人で――。


これにて第二章終わりです!


本当はもっと短い予定だったのですが、気が付けばこんなに長くなっていました。もちろん『虚飾のアリス』はこれから先も続きます。


次はいよいよ三章に入ります!

三章はあの人とあの人が出てきます! ネタバレになるので言えませんが……笑

もちろん、新キャラも出てきますよ!


さて、頃合いも丁度良いので、この辺りで失礼させていただきます。

これからも『虚飾のアリス』、そして竜馬にお付き合いいただければ幸いです。

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