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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:36 『焦がす黄色』

「くそっ! イレナの奴、もう姿が見えねえぞ!」


 雨粒のカーテンを突き抜けて疾駆しながら、シンゴが毒づく。

 入り組んだ迷路のような路地裏は、毎回の事ながらシンゴの方向感覚を狂わせてくる。しかし、修道院の周りが軒並みこのような迷路なのだから、ここを通らなければどこにも行く事は叶わない。なんとも不親切な設計である。


「さすがにボクの勘も、今回は反応がないよ」


「どんだけ自分の勘に自身を持ってらっしゃるので!?」


 アリスが悔しそうに呟いた一言にツッコミを入れつつ、シンゴは一応の確認でカズにも意見を訊いてみる。


「カズ、イレナの奴がどっちに行ったとか分かるか!?」


「馬鹿か! んな能力も魔法もオレには備わってねぇよ!」


「ちっ、使えねえ!」


「聞こえてんぞ!?」


 うっかり口に出たシンゴの本心にカズが目を剥くが、正直、シンゴは結構カズを頼りにしていたのだ。と言うのも、やはりシンゴとアリスはこの世界とは違う世界の育ちだ。この世界で元々暮らしていたカズに、根拠の無い期待を抱くのも当然と言えようか。


「(いや、やっぱり俺がただ性格悪いだけだな!)」


 そう心の中で前言を否定し、シンゴは八方塞がりのこの状況にどうしたものかと頭を悩ませる。しかも、勢いで真っ先に飛び出してしまったため、現在の三人の進行方向の舵取りはシンゴしている状態だ。正直、シンゴが先頭を走っていては、地図があろうと目的地に辿り着ける自信はない。


「――と、早速分かれ道か……!」


 眼前の道が前と左右の三方向に別れている。

 シンゴは咄嗟の判断で――、


「左だ!」


「えい!」


「ごっ!?」


 左に折れるために走る速度を緩めて停止し、左を向いた瞬間。可愛らしい掛け声と共に、シンゴの体に何者かのタックルが突き刺さる。

 吹っ飛び、二回ほど前転したシンゴは、痛む体を押さえながらすぐさま立ち上がり、自分に突っ込んだ相手を確認する。


 さっきの今でこれだ。追跡に気付いた誘拐犯が、シンゴ達を待ち伏せしていた可能性も十分有り得る話だ。

 しかし――、


「え……あんた……」


 今しがたシンゴにタックルをかまし、唖然として声を発する下手人の姿を確認した瞬間、シンゴは大きく目を見開いてその“少女”を指差し、


「アンナ!」


「だからアンリよ!」


 どうやら、シンゴにタックルをかましたのはアンリのようだ。しかし、何故そんな事をする必要があったのだろうか。

 シンゴの頭に浮かんだそんな疑問を、追い付いたアリスが代わりに言ってくれた。


「どうして君がここに? それに今、シンゴの事を……」


 アリスに声をかけられ、アンリは不機嫌そうにそっぽを向くと、


「…………リドルを連れ去った奴らの仲間かと勘違いしただけよ」


「間違いかよ!?」


「シンゴ、今は黙ってて」


「あ……はい」


 シンゴを一声で黙らせたアリスが、未だアリスと顔を合わせようとしないアンリの目線に合わせるように腰を落とすと、


「アンリ。君はリドルを連れ去った黒服が、どの方角へ向かったか分かるかい?」


「…………」


 アリスの問いかけをむすっとした顔で無視するアンリに、しかしアリスはその肩に手を置き、真剣な声音で、


「君は、リドルを助けたいんだよね?」


「…………ッ!」


 アリスのその一言に、アンリは目を見開いてアリスと目を合わせる。

 アリスはアンリの目を覗き込みながら、優しく微笑み、


「ようやくボクを見てくれたね。――さあ、教えてくれないかい?」


 アンリは一瞬だけ躊躇するように目を伏せるが、やがて強い光を宿した瞳でアリスの黒眼を見返して、頷く。

 そして三本の道のうち、真っ直ぐのびる真ん中の道を指差し、


「あっち」


「――ありがとう」


 アリスの感謝の言葉に、アンリはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 そんな彼女の態度に苦笑して、アリスは「さて」と膝を伸ばすと、


「アンリ、君は修道院に帰るんだ。帰り道は、君なら分かるよね?」


「な――!?」


 アリスの言葉を受け、アンリが驚いた表情を見せ、次いでその顔を不満に染めてアリスを睨み付ける。


「嫌よ! リドルは私を庇ってアイツに捕まったのよ! だから、私が行かないと……!」


「でも――」

「いいぜ、案内してくれよ、アンリ」


「――! シンゴッ」


 右目を閉じて吸血鬼の瞳を隠したシンゴが、アンリの同行に許容の意を告げてくる。そんなシンゴに、アリスが珍しく逼迫した声音で彼の名を呼んだ。

 そんなアリスの態度に驚きつつも、シンゴはぽかんとした表情で自分を見上げる少女の頭に手を置き、


「アリスもある程度はこの迷路を把握してるとは思うけど、さすがにその点ではアンリに軍配が上がるな」


「……彼女に、道案内をさせるっていう事かい?」


 瞳を細めて発せられたアリスの言葉に気圧されながらも、シンゴが「いや、それもあるけど――」と指を二つ立て、


「まず、さっき俺がアンリにタックルされたみたいに、リドルを攫って行ったって奴の仲間が、まだこの辺をうろついてるかもしんないだろ? そんな中、一人で帰すのは危険だ。確かに推測の域を出ねえけど、こういう場合は用心しすぎなくらいが丁度いいと思う。――死んだら、元も子もねえからな……」


「シンゴ……」


 最後の一言で憂いを帯びたシンゴの顔を見やり、アリスの表情がシンゴを気遣うものに変わる。それを見て、やっぱ優しいな――とシンゴは心の中で苦笑する。

 すると、今まで静観を貫いていたカズが口を挟んできた。


「オレも、シンゴの案に賛成だ」


「カズまで……」


 眉尻を下げるアリスに、カズは視線を向ける。そして親指で背後のシンゴを指し示し、


「この馬鹿の言ってる事は、珍しく理に適ってる。最悪の可能性は潰しておくべきだ。……なに、お前が心配で心配でたまらねぇってのは分かりやすいほど伝わってくる。だから、アリス。お前がこの子に危害がおよばねぇように全力で守ってやれ。当然、オレも力を尽くす。……そこの馬鹿は肉の盾になるからよ」


「そういう事! 死んでもカズの盾にはなんねえけど、アンリとアリスを守るためなら三回くらいまでなら盾になってやるよ。――それ以上は俺の精神がもたん」


 進み出てカズの横に並んだシンゴが、サムズアップでにかっと笑いながらそう告げる。

 二人のそんな説得に、アリスはしばしの沈黙の後、深々と嘆息して腰を落とすと、アンリと視線を合わせて、


「アンリ。君の事はボクが全力で守る。だから、決してボクの傍を離れないで。――分かったかい?」


「――うん」


 アンリの首肯を確認して、アリスは視線を元の高さに戻すと、ふと思い出したように、


「シンゴ、二つ目は?」


「ん? ああ、二つ目な――」


 アリスの問いかけに、シンゴは改めて指を二つ立て、アンリに視線をやり、


「こんな小さい子が好きな子のために頑張ってんだ。応援したくなるだろ?」


「〜〜〜〜ッ!!」


「痛――ってえッ!?」


 シンゴの不用意な発言によって意中の相手をバラされたアンリが、シンゴの足の小指をかかとで踏み抜いた。



――――――――――――――――――――



「――――」


 アンリが指し示した道を真っ直ぐ進んだ一同が辿り着いたのは、一つの屋敷だった。

 周りには特にこれといった建物が見受けられない事から、ここがかなり怪しいのだが。


「…………」


「どうした、アリス?」


 じっと眼前の屋敷を見据えていたアリスに、シンゴが眉を寄せて声をかける。そんなシンゴの問いかけに、アリスは屋敷を見据えたまま、


「……間違いない。ここだよ」


「――勘か?」


「うん」


 屋敷から視線を外したアリスがシンゴに向かって頷く。

 アリスの勘が馬鹿に出来ない事をこれまでの経験から学んでいるシンゴとカズの、この屋敷に対する不信感という名の確信が信憑性を増す。

 すると横から――、


「ここは……!」


「――? アンリ、ここが何――ってか、誰の屋敷なのか分かるのか?」


 屋敷を見上げて目を見開いて反応するアンリに、シンゴが尋ねる。

 先のシンゴの擁護の発言が効いたのか、現在アンリはその小さな手でシンゴの手を握っている。

 そんな子供らしい一面をちゃんと覗かせたアンリが、シンゴの質問にこちらを見やると、「確か……」と自信なさげに眉を寄せ、


「カワード・レッジ・ノウのお屋敷……だったと思うわ」


「…………カワードだと?」


 思わぬ名がアンリの口から飛び出し、シンゴ達三人はお互い顔を見合わせる。

 王位の座を争っている相手――ユピアが密かに通い詰めている修道院の子供を攫った不審者を追った先に、そのもう一方の相手の屋敷がある。

 これは――、


「怪しさぷんぷんで、鼻がひん曲がるレベルだな……」


 鼻をつまむジェスチャーでもって顔をしかめるシンゴ。そんなシンゴに対し、アリスは「でも……」と口を開くと、


「どうしてそんな事をする必要が……」


「決まってんだろ。少しでも自分達が優位に事を運べるように、少しでも材料――使える手が多いに越した事はねぇからな」


「…………」


 異世界と言えど、政治が絡む事情の裏側には、世界の隔たりによる差異はさほどないらしい。

 世の中のそんなドス黒い部分を垣間見て、シンゴは嫌悪に顔を歪ませる。

 シンゴの顔を歪める要因となったのは、今しがた語られた政治絡みの汚い部分なのは事実だ。だが、シンゴが嫌悪を示すのには、もう一つの事情があった。――否、むしろもう一つの方が割合的に多いくらいである。


「あんの優男……やっぱり分厚い面してやがったか……!」


「ああ、オレもたった今そう思ってたところだ……!」


 シンゴが苦々しく口にした内容に、カズも同じように顔をしかめて同意の意を示す。

 おそらくリドルを攫ったのは、カワード陣営が雇った何者かの仕業だろう。その目的は当然、裏での脅迫や取引材料だ。


 憤り、腹の奥底から湧き上がる理不尽な怒りにシンゴが震えていると、はたとアリスが辺りを見渡し、そして慌てた様子でシンゴの顔を見やり、


「シンゴ、アンリは!?」


「は? 何言ってんだよアリス、アンリならここに――」


 繋いでいた手の先を見やり、そこにアンリの姿が無かった事にシンゴの目が見開かれる。シンゴ達の意識の隙間を突くような、そんな綺麗な消え方だった。

 最悪のタイミングで嫌な才能の片鱗を見せてくれたアンリに舌打ちし、シンゴ達は慌てて辺りを見渡し、やがてその視線がある一点に止まる。


「おい……嘘だろあいつ……ッ!」


 シンゴ達の視線の先では、不自然に片側だけ開かれた屋敷の正門が。

 シンゴは再び舌打ちをして駆け出す。シンゴに続くように、アリス達も走り出す。


「ふざけんなよ、アンリ……! リドルが大事なのも分かるけど、これじゃあまりにも――ってか! 鍵はちゃんと付けて、門番くらい雇いやがれよ! ――どっちも困るけどッ!」


 しかも現状、先に駆け出したイレナの姿をまだ確認できていない。

 一足早くこの屋敷に辿り着いたのか、それとも見当違いの場所を探しているのか。それすらも、今この状況では後回しにせざるを得ない。


 芝生に左右を挟まれた白い砂利道を疾駆するが、シンゴの内心は違う意味で穏やかではない。と言うのも、仮にも次期国王候補の屋敷を、これだけ堂々と中央突破しているのにも関わらず、先からシンゴ達を咎める者など一人もいない。――どころか、本当に人が一人として見当たらない。


 罠らしい罠も特に見受けられず、何やら不気味さを覚えるほどである。

 そうこうしてる間にも、シンゴ達は屋敷の正面玄関へと到着する。

 見れば、眼前の正面玄関の扉は無造作に片側だけ開けられている。おそらくアンリが開けたのだろう。


「ったく、どんだけ足速いんだよアンリの奴……ッ」


 そう毒づきながら、シンゴは躊躇う事なく扉を全開にして屋敷の中に飛び込んだ。

 そんな不用心なシンゴに呆れつつも、アリス達も続く。


「――どこだ……?」


 玄関をくぐったシンゴ達を出迎えたのは、広々とした玄関ホールだ。

 そのホールの先には、ホールより幅が狭まった廊下が真っ直ぐ伸びており、さらにホールの右側を見れば、上へと続く階段が見える。


 シンゴは咄嗟の判断で――、


「とりあえず、真っ直ぐ進――」


 ――衝撃。


 人が行き交う道で、すれ違う人と肩がぶつかった時のような、そんな軽く小突かれたような衝撃がシンゴの右の二の腕付近に生じた。


「――――は?」


 そして、シンゴはそんな気の抜けた声を上げながら、己の右手を見やった。


 ――見えなかった。


 いくら首を捻っても、シンゴは自分の右腕を見る事ができなかった。

 そこにあるはずの腕が、シンゴの網膜に映らない。

 そしてふと、鼻につく焦げ臭さをシンゴの脳が認識した次の瞬間――脊髄を掻き毟るような激痛がシンゴの体を駆け抜けた。


「あ、がぁぁぁぁあああああああああああああああッッ!!??」


「シンゴ!?」「どうした!?」


 突然の絶叫を上げて蹲ったシンゴに、アリスとカズがぎょっと目を見開いて声を出す。――次の瞬間、ぼとりと音を立て、地面に何かが転がった。

 アリスとカズが“それ”を見やる。――“それ”は、どこからどう見ても人の肩から生えていなければならないモノで――。


 というか、キサラギ・シンゴの右腕だった。


「あ、あぁぁぐぅッ!? あっ、ったい……! 痛い痛いぃぃぃいいい!!?? ああ、ああ、あぁぁぁぁぁっつい! あっっつ……痛いッ、いっっったぁぁぁがぐぁぁぁぁ――ッ!!!!」


「シンゴッ!!」


 アリスが声を上げ、腕を押さえてのた打ち回るシンゴに慌てて駆け寄る。そして咄嗟にシンゴに手を差し出そうとするが、その手はシンゴに打ち払われてしまう。

 驚いて手を引っ込めるアリスだったが、ここである事に気付く。


 しかし先に、アリスの横から苦しむシンゴを見下ろしたカズがその答えを口にした。


「おい……どうしてコイツの腕、治らねぇんだ!?」


「あづい! あちうい、あっづぅぅああああ、ああぁぁぁぁぁああああああああああああッッッッ!!!!」


 絶叫し、狂乱したように頭を地面に打ち付けるシンゴ。そんな彼の傷口を見やり、アリスがはっと目を見開く。


「その炎は……!」


 シンゴの腕の切り口に、何やら“黄色い炎”が纏わり付いていた。

 その不可思議な色をした炎の存在にカズも気が付き、


「何だ……黄色い炎? なんなんだそれ!?」


「それは、『陽焔』です――」


「「――――!?」」


 カズの疑問の声に答えるように、美しく澄んだ声がホールに響いた。

 咄嗟にカズとアリスがその声のした方へと視線を向けると、そこには金と赤が入り混じった豪奢な鎧に身を包み、同じく金と赤の入り混じった長剣の柄に手を置いた、内にウェーブがかった肩までの金髪を揺らす美しい少女が、シンゴ達三人をその燃えるように真っ赤な双眸で見据えていた――。


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