第2章:29 『招かれし主不在の城』
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――朝での一件の後、イレナにアリスの無知っぷりをなんとか説明。それを受け、イレナは事の重大さに気付くと同時に、除け者にされて少しいじけていたアリスの手を引っ掴み、自室へと連行。十数分ほど後に、顔を真っ赤にして俯いたアリスを連れて出てきた。
その後、朝食等を済ませる間、誰とも口を聞こうともしなかったアリスだったが、徐々にその状態も落ち着き、なんとか普段通り会話できるレベルまでには回復した。
まあ、最初の第一声が裏返っていたのは、なんとも微笑ましかったが――。
シンゴは“オール・イン・ワン”によって破られた服の代わりに、前に着ていたインナーと色も同じ、アルネから渡された新しい黒の服に袖を通すと、その上から穴の空いた部分等を直してもらった制服を身に纏う。
しかし――、
「ぷっ、よく似合ってるわよ、その服……!」
「似合ってるって言ってんのに、なんで笑うかね! ぇえ!?」
吹き出すイレナの視線の先では制服の前が全開となり、どこか一昔前のヤンキー風となったシンゴが、そんなイレナの評価に不満を顕にしている。
というのも、アルネ曰く、ボタンの予備がなく、ほつれた部分を縫って直すくらいしかできなかったとの事。
しかし、シンゴとしては案外このスタイルが気に入っているので、しばらくはこのままでいようと思っている。――たとえ、イで始まってナで終わる誰かさんに笑わるのだとしても、だ。
「さて、そろそろ出るか」
「そ、そうだね……時間的にもそろそろ出れば、丁度いい頃合いになるだろうしね」
頭をわしわし掻きながら歩いてきたカズと、未だに少しだけぎこちない様子のアリスが、修道院に備え付けられた時計を見て出発の時を告げてくる。
シンゴも「だな」と頷きつつ、その時計へと視線を向ける。
この世界の時計は、シンゴの元いた世界の時計となんら変わらない。短針と長針がシンゴのよく見知った数字を指し示し、人々へ現在の時を知らせる。
さらに驚くべき事に、この世界の年月も元の世界と全く同じらしい。
さすがに元の世界と被る文化等があるというのには慣れてきたつもりだったのだが、まさか年月の計算の仕方まで同じだとは、シンゴとアリスもさすがに驚いたものだ。
一年――三百六十五日。しかしそうなると、必然的に生まれる疑問がある。
シンゴは丁度、九時を指し示す時計から視線を外すと、近くで肩をぐりぐり回していたカズに早速その疑問をぶつけた。
「なあ、一年間が三百六十五日だろ。じゃあ、周期? みたいなものにズレとか起きないのか? あんだったら、微調整のために日数を増やしたり、減らしたりとかすんの?」
そんなシンゴの疑問を受け、カズは回していた腕をピタリと止める。そして、錆び付いて動きが悪くなった機械のように、ぎぎぎ――とシンゴへ顔を向けると、その表情を驚愕に染め上げ、
「お……お前がそんな頭良さそうな事を言うなんて……死ぬのか?」
「だから、なんで俺をそう殺したがるんだよ!? ってか、それはいいから、さっきの質問! どうなんだよ!?」
「……いや、ズレを修正するような日数の増減はねぇな。だからたぶん、三百六十五日でピッタリなんじゃねぇか? ……つぅか、ホント急にどうしたよ、お前?」
「カズが俺の事をどう思ってんのかは今度、小一時間くらいかけてきっちり問い詰める必要があるな。――まあ、なんだ……ちょっと気になっただけだよ。あるだろ? ふと疑問が湧いてきて、無性にその答えを知りたくなる時とかさ」
「まぁ……言いたい事は分かるが……」
不審そうに眉を寄せるカズに、シンゴは「ならいいじゃん!」と言って、この話題を打ち切る。
そんな二人に、イレナが「ねえ!」と大きな声をかけ、
「こんな所で長話してないで、早く行きましょうよ!」
待ちきれない、といった様子で鼻息の荒いイレナが修道院の扉を開ける。
すると、速攻で外に飛び出そうとするイレナに待ったをかけるように、シンゴの後ろから、
「イレナ、くれぐれも迷惑をかけんじゃないさね? 分かったかい?」
「何であたしにだけ言ってくるのか分かんないけど、もちのろんよ! マザー!」
「ほんとかねぇ……」
顔をしかめるアネラスに、満面の笑みで敬礼を返すイレナ。
そんな二人のやりとりに苦笑しながら、シンゴ達も外へと出ると、アネラスに各々「いってきます」をそれぞれの形式で告げる。
後ろに扉が閉まる音を聞きながら、シンゴはふと空を見上げた。生憎、今日の空模様はくもりだ。
ウキウキ気分に水を差されるような天候だが、逆に、シンゴが王城へと行く、もう一つの目的を思い出させてくれた。
王都の中心である、王城。つまり、一番情報が集まる所である。
宿屋や酒場などにも、そこでしか手に入らないような情報があるのは確かだろう。しかし、それらは既に調べた後だ。
正直、王城にシンゴが求める情報がなければ、王都以外の都市に足を運ぶ事も視野に入れなければならない。せめて、シンゴの求める情報――イチゴの事について何も手がかりがなかったとしても、次に行くべき都市のオススメなどを聞ければ及第点である。しかし当然、得られるはイチゴの所在に直接つながる情報が一番だというのが本音であり、また理想だ。
――そうやって、空を見上げたままシンゴが思案の海に沈んでいると、
「シンゴー! 早くしないと置いてくわよー!」
空を見上げて固まっていたシンゴに、イレナから催促の声がかかる。
シンゴは視線を普段の高さへと戻し、「今行くって!」と手を上げて答えると、王城へと向かうために駆け足で移動を開始した。
――――――――――――――――――――
「――やっぱ、でっかいなあ……」
眼前にそびえ立つ王城を見上げ、シンゴの口から自然とそんな感想がこぼれる。
王城を見るのはこれで二回目だが、一回目は見通しの悪い夜で、しかも遠く離れた所からだった。
しかし今回は何もやましい事はなく、ちゃんとした招待を貰っての参上である。なので、現在シンゴ達がいるのは王城の真正面――王城へと通ずる道を塞いでいる城門の前だ。
城はぐるっと城壁で囲まれており、とてもではないが上を乗り越えて行くのは無理そうだ。
しかし、魔法等を使えば越えられない事もないだろう。アリスなら素の状態でも行けそうだ。もちろん、そんな事は重々承知なのだろう。城壁の上には見張りが――おそらく恰好からして騎士だろう――等間隔で配備されている。
そして、シンゴ達の眼前を塞ぐ城門の前にも門番のように騎士が二名ほどおり、こちらへ鋭い視線を飛ばしてきている。
シンゴ達はそんな騎士達に愛想笑いで近付いていくと、イレナが王女直筆の招待状を、一応、本人のプライバシーを守るために下の部分を伏せ、上の部分のみを開いて提示する。
騎士二名はその手紙を食い入るように見やり、次いでシンゴ達の顔を見る。そしてその双眸を鋭くさせる。
シンゴは、何かよろしくない感じ?と胸中、冷や汗だらだらだったが、騎士の一人がイレナからさっと手紙をひったくった。
「あ……」
イレナの顔が軽く引き攣るなか、手紙の下の部分まで目をしっかり通した騎士は突然、脱力したように張り詰めていた警戒心を緩め、眉間を揉みながら天を仰ぐと、そのまま持っていた手紙を横のもう一人の騎士へと渡す。
受け取った騎士も最後まで読み終えると、横の騎士と同じように天を仰いだ。
どうやらこの二人、ユピアの性格についてだいたいは知っている――というより、脱走の度にひいひい言いながら探し回っていた口だろう。年齢も中年くらいなので、十分ありえる話だ。
「――で、あたし達が何もやましい事を考えてない、ちゃんと招待を受けてるお客様だって分かってくれた?」
そんなイレナのドヤ顔を受け、騎士二人は苦笑いしながら、
「「ようこそおいでくださいました、王女様がお待ちです――」」
綺麗な敬礼でシンゴ達を出迎えてくれたのだった――。
――――――――――――――――――――
「王城って言うだけあって、結構厳重な警備だな……」
開かれた城門をくぐり終え、シンゴ達がくぐり終えると同時に閉まる城門を見やりながら、シンゴがそうこぼす。
「たぶん、星屑を警戒しているんだと思うよ」
ようやくまともに会話ができるようになった、少し大人になったアリスがそんな推測を口にする。それを受け、シンゴが「な〜るほどね〜」と興味なさそうに答えるなか、そんなシンゴの隣では、カズが城へと続く石でできた道を数回踏み鳴らしながら、
「これは大理石ってやつか? 見るのは初めてだな……」
「――へえ、大理石……ね」
そう呟き、シンゴも城へと真っ直ぐ伸びる道を作る、白い石に視線を向ける。その石をカズと同じように叩くように踏んでみると、堅い感触が足の骨に響くように伝わってくる。
当然の事ながら、シンゴには石を見分けるような目はないので、これがシンゴ達の世界の大理石と同じものなのかは分からない。でも――、
「少なくとも、似たり寄ったりな感じではあるな……」
「うん、確かに大差ないように感じられるね。……あくまでボク主観での感想だけど」
同じようにこの世界の大理石を踏み鳴らすアリスも、およそシンゴと同じ見解を示す。
そんなアリスにシンゴは肩をすくめ、
「ま、大理石なんて普段は全く意識して見てないからな。実物を見た、もしくは触った事があんのかどうかすら分かんねえんだけどな」
実際、大理石という言葉は聞いた事もあるし、写真やテレビなどで見た事はある。しかしシンゴには、石に対する興味というものは皆無と言っていいほど存在しない。宝石とか、そういった冒険心くすぐられる方面でなら興味はあるが。
そんなシンゴの興味ありませんでした宣言を受け、アリスはクスリと笑うと、
「ボクも同じだよ。普段、あまり意識する事じゃないしね」
そう同意の意を返してくる。
そんななか、しゃがんで大理石をこんこん叩いていたイレナがふと顔を上げると、その顔を綻ばせ、
「久しぶりじゃない!」
そんな声を上げ、城の方へとぶんぶん手を振る。
シンゴ達もイレナの視線を追って、城の方向へと顔を向ける。そんなシンゴ達の視線を浴びながらやってきたのは、メイド服を着て、光を反射して輝く銀髪を肩にかかるくらいのショートにした、美しい女性だ。
面々がそのメイドの女性に対して各々の反応を見せるなか、そのメイドの女性はシンゴ達のすぐ目の前までやってくると、深々と腰を折って、
「大変長らくお待たせしました。王女様の準備が整いましたので、今より皆様を案内させていただきます。私はメイド長をしております、サラス・リネルガと申します。何かお困り事があれば、なんなりと私にお申し付けくださいませ――」
そう言って顔を上げたサラスの顔は、近くで見てみるとまた一段と美しく、その相手の心を見透かすような鋭い銀色の双眸と相まって、真面目で凛々しい印象をシンゴに与えてくる。
ぱっと見た感じでは、シンゴよりも年上だろうか。――正直、年上の美人と相対して、シンゴは内心バクバクである。
シンゴはそんな思春期の男子特有の緊張を咳払いで誤魔化すと、すっと前に出て手を差し出し、キメ顔で歯をキラリと輝かせながら、
「お姉さんって呼んでいいですか?」
「――――」
周りの面々が口を開けて硬直するなか、サラスはシンゴの差し出した手を数秒ほどじっと見詰めるが、やがて――
「それではご案内しますので、私の後に付いてきてください」
さっと後ろを向き、王城へと向かって歩き出した。
キメ顔で固まるシンゴに、カズ、イレナ、アリスが順にぽんと肩に手を置いて、その横を通り過ぎて行った――。
――――――――――――――――――――
「…………三回は死にたい」
どんよりとした重苦しい負のオーラを纏ったシンゴが、先の突発的な己の行動に対する後悔と羞恥の結果に得た感想をぼそりとこぼした。
そんなシンゴにはなるべく関わらないようにしようと決めた面々は、シンゴに心の傷を負わせたサラスを先頭にして、王城の中へと入っていく。
中に入った面々をまず出迎えたのは、真っ直ぐのびる長い廊下だ。
その廊下の上にはいかにも高級そうな赤い絨毯が長々と敷かれ、さらにその隅には等間隔で台が並べられており、その上にこれまた高級そうな花瓶が置かれ、そこに様々な色合いの花が生けられている。
そんな豪華で眩しい光景に、驚きと感嘆を交えた吐息がアリスとカズの口から自然とこぼれ落ちた。
イレナは前にも来た事あるといった様子なので、これといったリアクションはない。サラスは当然の事ながら澄ました顔で、最後の一人であるシンゴはというと、
「うぐっ……これが格差社会――いや、生まれ持ったお家柄の差ってやつか……! 人は生まれながらに平等じゃない……そんな世の中を俺は……!」
何やら一人拳を握って、この世の理不尽に対して憤っていた。
そんなシンゴを放置し、そのシンゴのせいで先ほど聞きそびれた事をアリスがイレナへと問いかける。
「ねえ、イレナ」
「なに?」
口角の高い表情で「?」と首を傾げるイレナに苦笑し、アリスは言葉の続きを口にする。
「さっきの君の反応は、サラスさんと昔からの知り合いみたいな感じだったけど……」
アリスの質問を受け、イレナは「ああ――」と納得した様子で理解の意を示すと、先導するように歩いていたサラスに駆け寄り、背後から抱き着いて、
「まあ、色々とあってね! この通り、サラスとは――って、ちょ!?」
「――――」
イレナを首にぶら下げたままズルズルと引きずるようにして、サラスは反応を返さぬまま歩みを続ける。そんなサラスにイレナは「あ、あれ?」と笑顔を引きつらせながら、
「サ、サラス? サラスさ〜ん? ……ねえ!? どうして無視するの!? あたし、サラスを困らせるような事、何かした!?」
イレナは捨てられた子猫のような、泣きそうな顔でそう叫ぶ。――すると、サラスはピタリとその歩みを止め、しがみ付くイレナを肩越しに見下ろすと――、
「ええ、たくさん」
「…………ッ!!」
サラスのそんな一言を受け、衝撃を受けたように固まるイレナ。サラスはそんなイレナを一瞥して、呆けた顔で固まるシンゴ達三人を見やると、
「こちらです、付いてきてください」
と言って、そのまま歩き出した。
イレナは先の衝撃から未だに立ち直れていないらしく、サラスを拘束していた手がスルリと離れる。
歩いて行ってしまうサラスの背中を見て、わななかせた手を力なく伸ばすイレナ。
シンゴ達は顔を見合わせると、アイコンタクトを交わし、お互い視線で「どうぞ、どうぞ」という意を押し付け合う。
やがて根負けしたシンゴが嘆息しながら、
「お前、過去にいったい何やらかしたんだよ?」
シンゴの問いかけに、イレナは泣きそうな顔でこちらを見やると、ふるふると首を横に振り、
「何も……。追いかけっことかよくして遊んだんだけど……」
「ほう、追いかけっこね。……で、どんな?」
「ユピ姉の手を引いている人がサラスに追いかけられるっていう――」
「とんだ苦労人じゃねえか、サラスさん!?」
たぶん、サラスは昔、イレナ達がユピアを城から連れ出そうとする度に、そんな彼女らを必死に追いかけていたのだろう。
それは私も連れて行って欲しいという、仲間外れにされた子供が抱く感情なのか。それとも、幼少の頃よりメイドとしてこの城で働き、その務めを必死に果たそうとして――結果、イレナ達に振り回されていたのだろうか。
――おそらく、
「……なあ、サラスさんって、昔からこの城でメイドやってたのか?」
「そうよ?」
「サラスさん……ッ!」
サラスの苦労が垣間見え、シンゴは哀れみの涙を噛み締めた。
アリスとカズも廊下の先に見えるサラスの後ろ姿を、シンゴと同じように哀れみを込めた瞳で見やる。
すると、シンゴ達が付いてきていない事に気付き、サラスは振り返ると、
「――みなさん、どうかなさいましたでしょうか?」
シンゴ達の哀れみの視線に、困惑した顔で首を傾げるのだった。




