第2章:28 『幻覚』
シモアの話によると、“オール・イン・ワン”は“特異種”を中心として意思疎通をはかる事ができるらしい。
なるほど、確かにそれなら、あのめちゃくちゃな連携もお互いの意思が伝わっているからだと納得できるし、死角からの攻撃を見ずに避けて見せたのも、他の“オール・イン・ワン”が目視で得た情報を“特異種”を介して得ていたからだという事が理解できる。
そして“特異種”の『角』は、そのテレパスの所謂アンテナのような役割をしているらしい。
だから、シンゴが“特異種”――“突然変異種”の『角』をへし折った際に、まとめて“オール・イン・ワン”が行動不能となったのは、その衝撃が“オール・イン・ワン”の意識にダイレクトに伝わったかららしい。
まあ、“突然変異種”に限っては、それで気を失うほどやわではなく、だから最後まで意識を保ったまま抵抗できたのでは、というのがシモアの見解である。
つまり今回の件は、あの三枚の依頼書の中からシンゴが選んだために、不幸にも難易度がぶっち切ったという話だったという事だ。
しかし、何も悪い事ばかりだったわけではない。
シンゴ達には、思いもよらぬラッキーが――いや、当然の結果が付いてきた。それは何かと言うと――、
「いや〜、やっぱ世の中、金だよな!」
シンゴは硬貨でパンパンの袋をじゃらじゃらと揺らしながら、何度目とも知れぬ頬ずりをする。
そんな馬鹿を呆れた顔で見やりながら、カズが一言。
「おいおい、その金のほとんどは修道院に入れなきゃなんねぇの、忘れてねぇだろな?」
「わーってるって! でも、結構なボーナス出たんだろ?」
下衆い笑みを浮かべたまま、シンゴがイレナに質問する。
それに対し、未だカズに背負われたままのイレナは同じような笑みを纏うと、
「そうよ! 内、何割かはあたし達の自由に使っていいはず! だから……」
「ああ……」
「「ぱーっと行こう!」」
ほっといたら修道院の生活費すら使い果たしかねない勢いの二人は、ニヤリとしながらサムズアップを交換した。
そんな二人に、カズは盛大なため息を一つ吐き、苦笑いしていたアリスに目くばせをする。
そんな二人のやりとりに気付いていないシンゴは、金の入った袋をぶんぶん振り回しながら、臨時収入の使い道を内心わくわくしながら考える。
シンゴが持つ袋の中の金は、本来の“オール・イン・ワン”討伐の報奨金より多くの硬貨が詰められている。
“突然変異種”を倒した事によって、追加褒賞が出たのだ。
そうなると、『酔いどれ亭』の分け前が減るのでは、というアリスの質問に、シモアは豪快に笑いながら、
「なぁに、依頼主からぶんどるさ!」
――との事。
そして現在に至るという訳なのだが――。
「ん? あれ!? ない! 俺の金がない!!」
あーでもない、こーでもないと金の使い道を考えていたシンゴは、いつの間にか振り回していた手が軽くなっている事に気が付き、顔を真っ青にさせる。
すると――、
「シンゴ、これは君のお金じゃないよ」
「ああ! アリス、それ俺の金!!」
「いや、だから……」
シンゴの手から消えたお金の入った袋は、いつの間にかアリスの手に握られていた。
慟哭するシンゴに呆れた顔を向けながら、なにやら飛び掛かってきそうなので、お金の入った袋を後ろに隠すと、アリスは「いいかい?」と駄々をこねる子供を叱りつけるお姉さんのように指を立てると、
「このお金はまず、修道院に渡すんだ。ボク達もお世話になっている以上、これは絶対だよ」
アリスの言い含めるような言い分に、シンゴは「うぐ……っ」と顔をしかめると、
「……そうだよな、子供達の生活費でもあるもんな。――でもッ」
「――? でも?」
シンゴはぐっと拳を握ると、血を吐くように、
「あのババアの懐を肥やすのは、なんか釈然としねえ……!」
「シンゴ……」
クズを見るような、冷ややかなアリスの視線をシンゴが浴びていると、
「お、着いたな」
先行していたカズが、そんな声を上げた。
シンゴもそちらを見てみると、目の前にはバレンシール修道院が見える。
そう、シンゴ達は今まで、あの迷路のような路地裏を先頭のカズが、背中のイレナに案内される形で歩いていたのだ。
「たっだいま―!」
カズに背負われたままで修道院に入ったイレナが、開口一番、手を上げながら元気な声で帰還を告げる。
とても数時間前まで、魔物と命のやりとりをしていた少女だとは思えない。
そんなイレナとカズに続き、シンゴとアリスも修道院の中へ入る。すると早速、子供達がわらわらと集まってきて、シンゴ達の周りではしゃぎ回る。
「おいおい、待てって。後でちゃんと俺の武勇伝を聞かせてやるか――っておい! 誰だよ、毎回かんちょうしてくる奴!?」
尻を押さえて、子供達とぎゃーぎゃー言い合うシンゴにアリスが苦笑していると、
「うるっさいねえ……。ただいまくらい静かに言えないのかい、アンタらは……」
「出たな、ババア! 俺達が汗水流すどころか、血や涙を流して、文字通り身を削って稼いできた金だ。土下座してから受けと――痛っ!?」
顔をしかめて出てきたアネラスに対し、早速、噛み付くシンゴの後頭部に手刀を入れたアリスは、手に持っていたお金をアネラスへと渡す。
それを受け取り、袋の中を確認したアネラスは「ほお……」と目を大きくする。
「結構な額を稼いできたじゃないさね。これだけあれば、当分は持つね。あんがとよ」
アネラスにしてはめずらしく、お礼の言葉をシンゴ達に述べてきた。しかし、シンゴとイレナはというと――、
「おい待てババア。全部やるとは言ってねえぞ?」
「そうよマザー! 今回は追加報酬が出たのよ! だから、少しくらい分け前をくれても――」
「駄目さね」
「「この鬼ババア!!」」
血の涙を流さんばかりの二人に鼻を鳴らすと、アネラスは受け取ったお金の入った袋を近くに居た金髪メガネの新入りシスター、アルネに渡す。
受け取ったアルネは、アリスに襟首を掴まれながらも必死に金に手を伸ばそうとするシンゴと、同じようにカズの背中から手を伸ばすイレナに苦笑しながら、奥の部屋へと消えて行った。
「俺の金が……」「あたしのお金が……」
がっくり項垂れる二人に、アネラスは頭痛でもしてきたのか頭を押さえて嘆息すると、「ああ、そういや……」と何か思い出したのか、おもむろに懐を焦り、一通の手紙を取り出した。
「ほら、イレナ」
「――? あたしに?」
イレナは首を傾げつつ、手を伸ばして手紙を受け取る。
アリスとシンゴも気になり、カズの背中にいるイレナに近寄る。
そして、イレナの手にある手紙を覗き込んでみると、
「……なんか、すっげえ豪華な手紙だな」
「ほんとだね……」
「おい、オレ見えねぇんだけど」
手紙は所々に綺麗な装飾がされ、かなり手の込んだ作りとなっている。
イレナは首を傾げつつ、ひっくり返し、そして表に戻したところで何かに気付いたのか、その目を大きく見開いた。そして次には笑顔を覗かせ、早速その封を解いていく。
中から出てきたのは、幾重にも綺麗に折りたたまれた手紙だ。
それを広げると、イレナは声に出して読み上げる。
「『拝啓、バレンシール修道院様。昨日の今日で、このような手紙を送らせていただきます事を、初めに謝罪致します。――明日、皆様を私のお客様として、王城にお招きしたいと思います。もし都合が悪いようでしたなら、一報頂けるとありがたいです。……めんどくさいので、ここからは堅苦しい感じはなしでいきます。私、早く皆さんとお会いしたくて、色んな手で大臣達を説得して、皆さんを招く用意をしちゃいました。是非いらしてくださいね! 心待ちにしていますよ? ユピア・レッジ・ノウ――』」
「「「…………」」」
固まるシンゴ、アリス、カズの三人。
アネラスは「はあ……あの王女さんは……」と眉間を揉みながら、どこかへ行ってしまう。
一方イレナは、手紙からばっと顔を上げ、キラキラした顔で、
「あたし、王城に行くの久しぶりよ! あ〜もう、明日が楽しみ!」
本当に楽しみなのか、それはもう大変な笑顔ではしゃぐイレナ。
そんな彼女を置いて、未だ固まる三人からシンゴが代表して一言。
「早ッ!!」
――――――――――――――――――――
シンゴは“オール・イン・ワン”にズタズタにされた服をアルネに渡し、代わりに簡素な白っぽい服を借りた。
あの後、その借りた服を着用して夕食をみんなで食べながら、シンゴ達が今日の“オール・イン・ワン”討伐で起きた“いい部分”だけを抜粋して、子供達に聞かせてあげた。
シンゴ達の話をキラキラした眼差しで聞く子供達だったが、中でもリドルの食いつきようが半端なかった。
シンゴが“特異種”に飛び掛かり、その『角』をへし折った時の話など、最早リドルのシンゴを見る目は、英雄を見るそれだった。
大変いたたまれない気持ちになったが、さすがに喰われた事を話す訳にはいかない。
まあ、シンゴのそんな罪悪感は、アンリのリドルを取られたという嫉妬からくる極寒の眼差しによって、幾分かは相殺された。
そんな中、アリスが「あ」と声を上げると、そーっとシンゴの皿に野菜を除けようとしていたイレナにこんな質問を投げかけた。
「イレナ。君は一体どうやって、あの“オール・イン・ワン”の群れからボク達を救い出してくれたんだい? やっぱり、君が言っていた奥の手というのは……」
そんなアリスの質問によって視線が集まり、イレナは睨んでくるアネラスに「じょ、冗談よ……」と笑って、野菜押し付け作戦を断念。
ため息をつきながら野菜を自分の皿に戻し、イレナは箸をぴょこぴょこ揺らすと、
「内緒! だって、奥の手よ? そんなほいほい内容を教えていたら、奥の手っぽくないじゃない!」
というイレナの子供みたいな言い分に、アリス達は今度イレナがその奥の手とやらを使ったら、しかと目に焼き付けようと決意する。
そして、明日の王城へと向かう時間等を大雑把に決め、各々で入浴を済ませ、就寝となった。
――最初、お湯の張られた浴槽を見た時のカズの表情は、今でも思い出すだけでシンゴに笑いをもたらしてくれる。
ド田舎と言うだけはあって、カズは所謂、風呂というものを見るのが初めてだったらしい。
「そういや、風呂って何か知らないような反応してたもんな……」
リジオンの村での水浴びを懐かしく思いながら、シンゴは湯上りで肌が上気し、何やら普段とは違う色香を纏ったアリスを、カズと共に笑顔でガン見してから自分の部屋へと向かった。
「ふ〜」
ホクホクした顔で布団へと潜り込み、枕元の明かりを消す。そして、暗闇に包まれる部屋の中に窓から差す星々の淡い光を見やる。
やがてシンゴは、「おやすみ……」と誰かへの就寝の挨拶をして、目を閉じた。
すると、今日一日の疲労がどっと押し寄せて来て、シンゴの意識はものの数秒で闇の中へと――
「――――ッ!?」
跳ね起きる。荒い息を吐き、顔にはうっすらと冷や汗を掻きながら、シンゴはその視線を部屋の隅と向ける。
しかし、そこには何もなく、ただただ静寂を返してくるだけだ。
そんな何もない所をシンゴは食い入るように見つめ、数秒後、その顔が恐怖で歪んだ。
「ひ……っ」
喉から細い悲鳴が漏れ、シンゴは何かから逃れるようにベッドから飛び降り、そのままベッドの下へと潜り込む。
そして膝を抱えるように丸くなり、頭を両手で抱えるようにして耳を塞ぐと、歯をガチガチと打ち鳴らしながら目を強くつむる。
「や、やめ……来るな……来ないで……! お、俺は何もして……ひっ! 嫌だ……食べないで……食べないで! おいしくありません、おいしくありませんから……あっ、待って、来るなっ――来ないでください! お願いします……何でもしますから……食べないで……食べないでぇ……」
その夜、少年のうわごとは、日が昇るまで続いた――。
――――――――――――――――――――
「――――どうしたんだい、その目の下の隈は……」
「……え?」
朝一番で、シンゴはアリスに心配そうな表情で問いかけられた。
廊下に出ると、またもや同じタイミングで出てきたらしいアリスと遭遇し、シンゴの様子に気付いたアリスが声をかけてきたのだ。
シンゴは「ああ……」と言って目をこすると、にかっと笑って、
「いや〜、実はモツを齧られた時の夢を見てなー。すっげえ怖かったもんで、飛び起きたら完全に目が冴えちまってな? だから、一人でずっと瞑想してたんだよ」
アッハッハッハ――と笑うシンゴに、アリスは眉尻を下げると、
「本当に大丈夫なのかい? なんなら今日は、シンゴが寝付けるまでボクが傍に居てあげようか?」
「え? アリスさん、添い寝してくれんの!?」
「え……いや、そこまで――ううん……そうだね、必要とあらば――」
「マジっすか!?」
「マジっすか、じゃねぇよ」
アリスの後ろからぬっとカズが顔を出し、アリスに手刀を入れる。
「いたい」
頭を押さえるアリスに、カズは呆れたようにため息を吐いて、
「アリス、お前もお前だぞ? こんな性欲の権化の横で添い寝してみろ。お前、母親にされるぞ」
「――? どうして?」
「「な――!?」」
こてんと首を傾げるアリスに、男性陣二人は絶句する。そして、素早く肩を組むと、アリスには聞こえないように距離を取る。
「ちょっと待って……あの子は天使かなんかか!? 純情すぎだろアレ!!」
「おい待てシンゴ……! お前って確か、アリスと同じとこで育ったんだろ!? お前らんとこは、ちゃんとアッチの教育もしてねぇのかよ!?」
「え? あ、ああ……そんな設定あったな……」
「あ? 設定?」
「ああいや、こっちの話……」
緊急会議を始める男二人に除け者にされたアリスがむっとしていると、後ろから大きな欠伸をしながらイレナが部屋から出てくる。
そして、廊下で展開されている様子に気付くと、
「ふあ〜……ん? 何してんのよ? 朝っぱらか――」
「「イレナ! ちょっと来い!」」
「へ? わちょ――きゃあ!?」
迂闊に近付いてしまったイレナは、円陣の中へと組み込まれた。
突然の事に、イレナは半眼で二人を睨み付けると、
「ちょっと、いきなりなにすん――って、シンゴあんた……すごい隈よ?」
「かっこいいだろ?」
「……本当に大丈夫なの?」
話を露骨に逸らすシンゴに、イレナが真剣な眼差しを向ける。
しかしシンゴは――、
「そんな事よりイレナ……アリスについてなんだけど……」
「なに、アリスの事?」
悲しいかな、単純なイレナは簡単にシンゴによる話題の誘導に引っかかってしまう。
そんな単純なイレナが首を傾げるなか、彼女の肩にシンゴとカズの手がポンと置かれる。そして、
「「アリスさんの性教育をお願いします!」」
「…………朝っぱらから何してんのよ!」
頭を下げる二人に、頬を染めたイレナのツッコミが炸裂した。




