第2章:25 『増援』
「カズ! アリスとイレナは!?」
「とりあえずは無事だ! だが、ちょっと訳ありで二人共、今は動けねぇ!」
「おい、それって……!?」
「だから無事――!? 『エンチャント・ド・グランド』!!」
会話の途中でいきなり距離を詰めてきた“特異種”に対し、カズは咄嗟に硬化魔法を唱え、肉体の強度を底上げする。
――が、
「ぐおッ!?」
「カズ!?」
薙ぎ払うように振るわれた“特異種”の爪をどうにか大剣で受け止めるが、それでも威力を殺し切れず、カズは横に吹き飛ばされていく。
地面をバウンドして転がっていくカズだったが、「くそっ――たれぇ!!」と吠えると、大剣を地面に突き刺し、長い一本線を地面に描きながらもなんとか静止する。
大剣を支えにして起き上がるカズは、そこまでダメージがあるようには見えない。どうやら硬化魔法が“特異種”の攻撃のダメージを上手く殺してくれたようだ。
一方、すぐ近くにシンゴがいるにも関わらず、“特異種”はそちらには目もくれずに、油断なくカズへと視線を注いでいる。
やはり、この“特異種”は知能がそれなりに高いようだ。しっかりと優先順位を決めて対応しようとしているのが窺える。正直、戦えないシンゴからしたらありがたい事ではあるのだが、その知能の高さはやはり厄介だ。
“特異種”は素早く後退して距離を取ると、なにやら全身に力を籠めて低く唸り始める。すると、“特異種”の額が盛り上がり、やがて皮膚を突き破って突起物が顔を出す。
その突起物は不思議な輝きを纏い、徐々に飛び出すにつれ、より強く輝きを増していく。
見ようによっては隙だらけで攻め時のような気もするが、やはり無為に懐に飛び込むのは好ましくない。
そう判断したカズは、一旦シンゴと合流する。すると、シンゴがなにやら目を見開き、驚いた表情で「角……」と呟く。
確かに“特異種”の額から生えているのは見ようによっては“角”に見えなくもないが、そんなのいちいち口に出して確認しなくとも、一目見れば分かる事だ。
「おいシンゴ! そんな見れば分かる事をいちいち口に出してねぇで、お前はどっか隠れてろ! お前に気を配りながらだと上手く戦えねぇ!!」
「いや……でも、角が……」
「なんださっきから!? 角がどうかしたのか!? 欲しいのか!? アイツをぶっ倒したら後でやるから、今は早くその辺の草むらに隠れてろ!!」
「…………ああ、悪い」
「……あと、これ持ってけ!」
「……これは?」
「『消臭草』つって、匂い消しに使える!」
様子のおかしいシンゴを不審に思いながらも、カズは持っていた『消臭草』を全てシンゴに渡し、眼前の“特異種”に意識を集中させる。見れば、額の突起物――角は、今も徐々にその輝きを強めていっている。
明らかに何かしようとしているのが窺えるが、生憎、カズには奴が何をしようとしているかはさっぱり分からない。
迂闊に近付いて、近接系の厄介な魔法でもぶっ放されでもすればひとたまりもないだろう。イレナからもっと詳しく“オール・イン・ワン”の特性について訊いておかなかった事が、今になって悔やまれる。
何もできず、ただただ“特異種”の何らかの準備を黙って見守る事しかできないカズは、腹の底から湧き上がってくるような焦りと悔しさから、顔を歪ませて歯ぎしりする。
すると――、
「――カズ」
「――!? お前、まだ居やがったのか!? 早く隠れてろ!! お前じゃ的にしか――」
そんなカズの言葉の続きは、シンゴの次の言葉で虚空に消えた。
シンゴは真剣な、そして信頼を宿した瞳でカズの目を見据えると、
「絶対に――死ぬなよ?」
「――――ッ!!」
シンゴはそれだけを告げると、近くの茂みの中に消えて行った。
カズはその背を見送りながら、「馬鹿が……」と罵りを口にしつつも、伏せられたその顔は不敵な笑みを形作る。
そして、ゆっくりと眼前の“特異種”を見据えると、錆びた大剣を突き付け、肺いっぱいに空気を吸い込んで――、
「かかってこいやぁぁぁああああッ!!!!」
大声で挑発すると同時に、自らを奮い立たせる。
そして視線で射殺さんばかりに“特異種”を睨み付ける。
一方“特異種”は、カズの視線を平然と受け止めている。
両者動かず、数秒の時が流れる。
――そんな時、“その攻撃”はカズの全く意識していない所から放たれた。
「カズ!! 後ろだぁっ!!」
「ぉが――!?」
草むらに入ったシンゴは、手近に生えていた木によじ登った。少しでも危険地帯から離れようとしての行動だったのだが、結果的に、カズの背後から忍び寄る“そいつ”にいち早く気付き、警告を飛ばす事が出来た。
しかしその警告は既に遅く、“そいつ”は跳躍すると、カズの首筋にその鋭い牙を突き立てた。
カズはよろめきながらも、背後を確認して――、
「――!? “オール・イン・ワン”!? いつの間に……ッ!」
いつの間にか背後から忍び寄っていた“オール・イン・ワン”が、カズの首筋にその鋭い牙を突き立てた。しかしその牙はカズの硬化魔法を貫けず、ガリガリと不快な音を立てている。
カズは咄嗟に自分ごと後ろに倒れ込むと、“オール・イン・ワン”を下敷きにする。
苦しそうに甲高い声を上げた“オール・イン・ワン”は、たまらず首から牙を離す。
自由になったカズは素早く転がって距離を取ると、その回転を活かして、立ち上がりざまに地面を削りながら大剣を下から振るう。
“オール・イン・ワン”は起き上がりかけていたところを、救い上げられるように大剣で吹き飛ばされ、空中に打ち上げられる。そしてカズは、そのまま振り上げた大剣を上段から振り下ろし、空中で無防備になっていた“オール・イン・ワン”の腹部に叩き込む。
「らぁぁああッッ!!!!」
ごきゅごき――という音が“オール・イン・ワン”の内部から響き、その口からからは大量の鮮血が吐瀉物と共に溢れ出す。
やがて、“オール・イン・ワン”が息絶えた事を咄嗟の目視で確認すると、カズは危機を脱した安心感に浸るような事はせず、素早く“特異種”の方へと注意を向ける。
相変わらず“特異種”は動かずその場に留まり、先ほどと同じようにその角を輝かせ、カズを油断なく見据えている。
カズはここに来て、自ら接近するかどうか逡巡する。このままじっと受けに回っていても、先ほどのように戦闘に感付いた“オール・イン・ワン”が順次、襲って来るようではジリ貧だ。
となれば、ここはリスク承知で突っ込むべきではなかろうか。
――それは、ほとんど一瞬の間に行われた思考だった。しかし、その一瞬の停滞が、カズが“特異種”へと仕掛けるチャンスを奪う結果になる。
「カズ! また来たぞ!!」
「チィ――!!」
シンゴの警戒を促す声に、カズは突撃を断念。背後へと視線を向ける。そこには三体の“オール・イン・ワン”が血走った眼で獲物を――カズの事を見据えて、恐ろしい速度で接近してきていた。
カズは舌打ちと共に迎撃の構えを取る。
まず、先行していた二体が同時に跳躍してくる。
「――――」
カズはその二体を鋭く細めた目で見据えると、その二体が左右から首を目がけて噛み付こうと口を開いた瞬間に、足を滑らせるように前後に開いて腰を落とす。さらに上体を前に傾けるようにして沈め、攻撃を躱す。
その瞬間――カズの頭上を、攻撃を外した二体が無防備に腹を晒して通過する。
もちろん、カズはみすみす通過させるつもりはない。
カズはそこから上体の筋肉と柔軟さを活かし、腰を捻って上体だけを回転させると、下から大剣を振りぬき、頭上を通過する“オール・イン・ワン”二体の腹を斬りつけ――
「――――!?」
――瞬間。頭上を通過する二体の“オール・イン・ワン”は、“風”をその身に纏った。――“風纏”だ。
そして、腹を斬り裂かんと迫ってくる大剣には目もくれず、二体はそれぞれ逆に体を捻ると、互いの足裏を合わせて何もない空中に無理やり足場を作る。
そして同じタイミングで、双方の足に同じだけの力を込めて――跳躍した。
“風纏”の力で跳躍速度が上がり、文字通り、カズの大剣は“風”を斬るに留まってしまい、“オール・イン・ワン”の体にはギリギリで届かない。
攻撃が外れたという驚きと、空振った事で想定外の遠心力が生じてしまい、カズはバランスを崩して膝を着く。
そこへ、時間差で迫っていた最後の一匹が迫る。
大口を開けて飛び掛かってくる“オール・イン・ワン”。しかし、カズは咄嗟に片方の手を剣の柄から離して握りしめると、
「――ぉぁあッ!!」
“オール・イン・ワン”の口の中に拳を捻じ込んだ。
硬化魔法により岩のように堅くなったカズの拳は、口腔から侵入して“オール・イン・ワン”の喉奥に到達するも、その勢いは止まらず、“オール・イン・ワン”自身の推進力も利用して、その喉奥の肉壁を突き破った。
カズの腕に串刺しとなった“オール・イン・ワン”は、大量の鮮血を空いた穴と口から漏らしながら、完全に沈黙する。
そして、カズの斬撃を有り得ない挙動で避けて見せた最初の二体は、着地と同時に身を反転させ、再びカズ目がけて跳躍する。
それを受け、カズはその場でコマのように回転。遠心力で串刺しにした“オール・イン・ワン”を片側の個体に投げ付け、もう反対側は大剣で側頭部をぶん殴り、頭部を潰す。
バットでトマトを打ち返したような光景が広がる中、カズはそれには目もくれず、投げ付けた“オール・イン・ワン”の下敷きになっている個体に素早く接近すると、上に乗っている亡骸ごと腕力に物を言わせて叩き潰す。
二体分の血液と臓物が地面を濡らす中、カズの意識は油断なく“特異種”へと向けられている。一方、その“特異種”は、眼前で仲間が肉塊に変えられているというのに、全く持って微動だにしない。
仲間の命など使い捨て程度にしか捉えてなく、薄情な奴なのか。それとも、内心ではマグマのような怒りが煮えくり返っているのを必死で抑えていて、仲間の死は必要な犠牲だと割り切っている、そんな奴なのだろうか。
――いや、現状ではどちらでもいい事だ。何故なら、既にお互いを『敵』だと認識し合っているこの状態では、相手の気持ちを知れば知るほど同情で闘志が鈍る。
ここで邪念に囚われれば、その隙を狙われる。だからカズは、徹底的に非情で冷酷に在る事を自分の心に義務付ける。
そもそも、眼前の魔物に所謂『心』など存在するのだろうか。
そんな疑問を頭の片隅で考えながらも、カズは新たに接近する気配に気付き、小さな舌打ちを漏らす。
そして接近する五体の“オール・イン・ワン”に大剣の切っ先を静かに向けると、
「くそったれの畜生どもがぁ!! まとめて相手してやらぁ!!!!」
背後の“特異種”に三、眼前の“オール・イン・ワン”共に七の割合で意識を振り分けつつ、カズは地面を固く踏みしめると、迫る五体の“オール・イン・ワン”に突貫した。
――――――――――――――――――――
「……………………」
眼下で行われる、カズと“オール・イン・ワン”複数体の戦い。
シンゴはひとまず木に登り、比較的安全な位置からその壮絶な戦いの様子を見守っていた。
徐々にその数を増していく“オール・イン・ワン”に対し、カズは硬化魔法を用いて対抗している。しかし、絶え間なく駆け付けてくる“オール・イン・ワン”の数という暴力に徐々に押され、その身に奴らの攻撃が被弾し始める。
「俺は……」
目の前で仲間が危機に陥っているのに、ただ見ている事しかできない無力な自分。
シンゴは、木の枝を爪が喰い込まんばかりに握り締める。
腹の底から焦燥感が、どうにかしなければという焦りが湧き出てきてはシンゴの胸を強く締め付ける。
しかし焦りは何も生まない。シンゴはその事を幾度となく教えられた。
シンゴは眼下の戦闘から一旦、視線を切ると、深く深呼吸する。吐き出される空気と共に焦りや不安といった負の感情を出し切り、肺を満たした新たな空気内に存在する酸素で、脳を動かす。
こんな無力な自分でもできる、そんな策を絞り出すために――。
「落ち着け、まずは状況を見ろ――」
シンゴはまずこの状況を把握すべく、再び眼下へと視線を巡らせる。
そして一つ一つ、気になった点を拾い上げていく。まずは――、
「“特異種”……あいつさえどうにかすれば、この場は切り抜けられる。……けど、カズ一人じゃきつい……最低でももう一人はいる。でも、それは“特異種”に集中できた場合の話だな。他の“オール・イン・ワン”に邪魔されるこの状況じゃ絶対に無理。今はその“特異種”自身が襲ってこないのが救いだな……」
口に出し、自分の考えを再び耳で聞いて、情報を整理しながら精査していく。
頭を使うのは苦手だが、シンゴはここぞという時の集中力には自信があった。その集中力がシンゴの脳をフル回転させ、普段はできないであろう冷静な思考を実現させる。
「“特異種”は見るからに何かしてるのが窺えるけど、今は何もしてこないからとりあえずは無視! それよりも問題なのは……」
シンゴは“特異種”へと向けていた視線を、カズと複数の“オール・イン・ワン”達に向ける。
カズから貰った『消臭草』の効果のおかげなのか、“オール・イン・ワン”達はシンゴに気付いているようには見えない。
その一方で、どんどんその数を増していく“オール・イン・ワン”は全てカズへと向かい、数の暴力で攻め立てている。しかも、それだけではない。カズの一体一体の処理速度を落とさせている最大の要因にして、最大の難点。それは――、
「あのめちゃくちゃな連携……どうなってんだ?」
カズが対峙する、現在進行形でその数を増やし続けている“オール・イン・ワン”。その有り得ない連携が、カズに苦戦を強いている。さらにその苦戦により、カズが一体を処理する間に二体、三体と駆け付けて来てしまい、どんどんカズが劣勢になっていってしまっているのだ。
そしてその連携以外にも、難点がもう一つ――、
「まただ……ッ!」
死角からの一撃を目視する事なく躱した“オール・イン・ワン”が、カズの肩にその鋭い牙を突き立てる。しかしその牙はカズの硬化魔法を突き破る事ができず、カズの大剣により叩き斬られてしまう。
しかし当のカズは肩で息をし、効力の薄まった魔法を再びかけ直している。
そんなカズの様子を見ながら、シンゴは頭を悩ませる。
「なんで見えてねえ攻撃が避けれんだ……? それに、さっきからどんどん“オール・イン・ワン”が集まって来てる……! 嗅覚はいいって聞いたけど、耳もいいのか? さっきの『消臭草』はカズ自身もちゃんと使ってるだろうし、そこまで大きな音を立てても……くそっ! どうなってんだ……ッ!」
明らかに今の状況は、カズが劣性。それを顕著にしているのが、“オール・イン・ワン”の完璧な連携と、死角からの攻撃を躱す第六感的な超反応だ。
それさえなければ、一体一体の力はそこまでなのだ。この均衡をこちらの優勢に傾けるには、アリスとイレナの到着を待つしかない。
カズの話では、現状二人は何やら訳があって来られないらしい。が、とりあえずは無事だと言う。なら、どちらかでもいいから、駆けつけてくれる事を願うしかない。
しかし、このままではカズが持たない。――なら、持たせればいい。
「つまり俺がすべきなのは、あの訳分からん第六感みたいなやつのタネを明かして、カズの負担を少しでも減らす事! んで、そのタネはおそらく……!」
シンゴはその視線を“特異種”へと向ける。
“特異種”の額で輝いている『角』、見るからに怪しい。
それに、例えシンゴの推測が外れていたとしても、あの『角』がなんらかのウィークポイントとなっているのは確実なはずだ。
何故かというと――、
「俺の中で神が言っている……『角』だってな!」
どこで聞いたのか記憶が定かではないが、『角』という言葉を聞いた気がした。平素なら、とうとう頭おかしくなったか〜と笑顔で涙を流すところだが、現在その『角』が自己主張激しく輝いているとあっては、最早これは神のお告げに違いない。
シンゴはそう判断すると、まず下に下りる。そして手の平サイズの石を見つけると、それを手に、なるべく気配を消して回り込むように“特異種”へと近付く。そしてある程度の距離を稼げたところで、再び木によじ登る。
今度の木は先ほど上がった木よりも掴める場所が少なく、シンゴは危うく下に落ちかけるが、なんとか上へと上り詰める事に成功する。
「さて……こっからが問題だな……」
シンゴはチラリと奮闘するカズへと視線をやり、その勇士を目に焼き付けると、怖気づく自らの心に喝を入れる。
震える膝に爪を喰い込ませ、必死に力を込める。
そして肺の空気を吐き出し、小さく「よし――」と気合を入れると、今の自分にできる仕事に取り掛かる――。




