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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:15 『イレナのお悩み相談教室』

 『酔いどれ亭』の地下では、リースとユネラによる魔法講座が終盤に差し掛かっていた。

 指導を受けているのは、純白の髪をなびかせ、真剣な表情で集中しているアリスだ。

 アリスの周りでは、『フィラ』とやらが吹き荒れているのらしいのだが、見ている分にはただ風が吹いて、アリスの髪や服をなびかせているようにしか見えない。


 しかし、ここは密閉された地下空間であることから、あんな風が吹き荒れる事はない。という事は、リースの言ってた通り、アリスの周りに渦巻いているのは『フィラ』なのだろう。


「はあ……」


 そんな事を考えながら、シンゴは何度目とも知れぬため息をつく。

 今でこそアリスが一人で指導を受けているが、本来の言い出しっぺはシンゴである。

 ここに来るまでに、酒場、宿屋、市場等でイチゴの事について聞き込みを行ったが、全て空振り。さらにそこに、シンゴには魔法を使うために必須である『生命回路』が欠如しているという悪報が重なり、不幸には慣れているシンゴでも、さすがに現在ナイーブなのだ。


 そんなシンゴに気を遣ってか、ここにいる他の面子――カズとユピアは、時折こちらを気遣わしげに見てくる以外は、基本シンゴには話しかけず、アリスの魔法習得の様子を離れた所から黙って見ているといった具合だ。


 そんな風に気を遣わせてしまっている事には申し訳なく思うが、しかし今のシンゴは、変に慰めの言葉をかけられたら彼らに奴当たりしてしまいそうな気がする。だから、カズとユピアの“静観”という対応には、結構ありがたいと感じている――と同時に、そんなどうしようもなく幼稚な自分が、嫌になった。


 しかし、そんな彼らの対応とは全く異なる対応をする者がいた。その者は、壁にもたれ掛って座るシンゴになんの躊躇もなく近付いてくると、腰に手を当て、何の気なしに言い放った。


「なに魔法が使えないくらいで拗ねてるのよ!」


 顔を上げたシンゴの先に居たのは、呆れた表情をしたイレナだった。

 シンゴはそんな彼女から視線を外すと大きくため息をつき、


「イレナ……今はほっといてくれよ。お前のハイテンションとボケにツッコむ気力は、今の俺には皆無なんだ……」


 そんなシンゴのすげない言葉を受けたイレナは、むすっとしたかと思うと、そのまま歩いてきてシンゴの隣に腰を下ろした。――シンゴとの距離幅、三センチくらいの位置に。


「「……………………」」


 そのままで黙り込む二人。遠くからこちらを窺っていたカズとユピアが、この異様な光景に揃って目を剥く。

 そしてその後、二人は関わらない方がいいと判断したのか、場所を移して、本格的にアリスの魔法習得の進捗具合を観戦する態勢に入った。


 それを見てシンゴは、確かに関わらないで欲しいとは思ったが、この状況でエスケープは薄情じゃね?とジト目で二人の離れていく姿を見送った。

 その後、この沈黙は数十秒ほど継続した。


 こうやって黙っていると、意識は自然とすぐ近くにあるイレナの存在に向けられる。

 隣から伝わってくるイレナの体温、息遣い、座る位置を微調整する何気ない動作さえ如実に感じられる。それに改めて意識してみると、結構イイ匂いがした。


 さすがに居ても立っても居られなくなり、シンゴは深々と嘆息し、両手を小さく上げて降参のポーズを取ると、


「分かったよ……俺の負けだって。話を聞くから、もう少し離れてくれ」


 ギブアップ宣言をした。

 そしてそのままチラリと横を見てみると――


「うおっ!?」


 息がかかるほどすぐ近くに、何やら勝ち誇った様子のイレナのドヤ顔があり、シンゴは飛び退くように自分から距離を取る。

 そんなシンゴの反応に、イレナは呆けた顔で首を傾げている。

 シンゴはそれを受け、


「なんで俺の周りの女子どもは、こうも鈍い奴が多いんだよ……。こちとら、思春期ど真ん中の十七歳だぞ……」


 そう小さく呟くと、先ほどまでとは違った意味合いのため息をついたのだった――。



――――――――――――――――――――



「――シンゴの今の感じ……拗ねたときの子供達みたいよ?」


「それって、修道院のかよ……?」


 シンゴの問いかけに、イレナは「そうよ」と首肯する。

 ちなみに今の二人の距離感は、先ほどとほぼ一緒である。何故こうなったかというと、それは単純に、わざわざシンゴが距離を開けて座り直した分をイレナがお尻をスライドさせて詰めてきたからだ。ともすれば、先ほどよりも近くなったような気さえする。


 離れる、スライド。離れる、スライド。離れる、スライド。

 この繰り返しにシンゴの方が先に折れてしまい、仕方なくこの距離感で話しているわけなのだ。


 イレナは「えっとね――」と言葉を継ぐと、


「あたし、よく子供達の相談とか聞いてたから、シンゴのも聞いてあげるわよ?」


「ええ……」


「何よその顔! こう見えても、子供達には結構評判がいいのよ? 『イレナのお悩み相談教室』!」


「そのネーミングセンスにツッコむのはまた今度にするとして、俺が難色示したのはイレナの聞き手としての腕じゃなくて、子供と同列視すんなって意味で――だよ……」


 シンゴが半眼でそう言うと、イレナは「え?」と軽く目を見開き、


「シンゴってまだ子供でしょ?」


「おい待てなんでそうな――って、さてはお前……まだ俺が十五歳だと勘違いしてんだろ?」


 イレナは首を傾げると、無邪気な顔で、


「――? 違うの?」


「ちっげえよ! 俺は十七で、お前より年上で、そんでもってこの世界ではすでに大人なんだよ!!」


「――――え!?」


「なーに『嘘!?』みたいな顔してんだよ! 俺はちゃんとお前に言って――あれ? 言ったっけ? 言ったよな?」


 首を傾げ、眉を寄せて記憶を洗うシンゴ。しかし、唸り声を突如ピタリと止めると、


「…………何だよ、その顔?」


 そう言って、奇妙なものを見る目で隣を向く。

 シンゴが視線を向けた先では、なにやらイレナがニコニコしながらシンゴを見ている。

 するとイレナはシンゴの質問に対して、「だって――」と言葉をいったん宙に置き、シンゴの目を優しく覗き込むと、


「いつものシンゴにもどったから――!」


「え?」


 そう言って、イレナはひまわりが咲いたような笑顔を向けてくる。


「そのあたしへのツッコミ……いつものシンゴのだもん。さっきまでの辛気臭い、性根の腐りきった状態より全然ステキよ!」


 シンゴは大きく目を見開くと、次いで苦笑とも取れるようなため息を一つ吐くと、


「そりゃ、お前の能天気に調子崩されたってゆうか、毒気抜かれたからだよ…………あと『性根の腐りきった』は余計だ」


 イレナと会話しているうちに毒気を抜かれしまったというのは本当である。しかしそうなってくると、先ほどまでの自分の拗ねっぷりを思い出して恥ずかしくなってきてしまい、シンゴはイレナの顔面を手で引き離しながら顔を背けた。


「な、なによ!?」


 と、シンゴの手から脱出した察しの悪いイレナが、目を白黒させる。

 このまま黙っているのもアレなので、シンゴは誤魔化し半分、照れ隠し半分でチラリとイレナの方に目線だけやると、


「あ〜……なんだ、その……『イレナのお悩み相談教室』が効いたみたいだってこと」


 シンゴの精一杯の感謝を込めたそんな賛辞に、イレナは呆けた面で、


「なによそれ?」


「は!? お前がさっき言ってたんだろ!? 子供達の相談を受けてます――みたいな事を!」


 勢いよく振り返って驚きを顕にするシンゴに対して、イレナは首を傾げると、


「――? あ、ああ! そうそう、あたしの『相談持ち込み部屋』の事ね! うん、子供達には盛況よ?」


「――――名称変わってんぞ?」


「き、気のせいよ……」


 汗をだらだら流しながらシンゴと一向に目を合わせようとしないイレナ。そんなイレナを半眼でシンゴがじーっと見ていると、イレナが突然「そうだ!」と指を立て、シンゴに逸らしていた視線を戻すと、


「見たところアンタの悩みというか、もやっとしたモノはある程度解消されたみたいだから、『イレナの人生相談』はこれでお終いよ!」


「あ、おい!」


 イレナはすくっと立ち上がると、「シャキッとしなさいよ!」と言って、さっさと走って行ってしまう。

 イレナのピョコピョコはねる長いツインテールを見送りながら、シンゴは反射的に呼び止めようとして上げかけた手をゆっくり下ろすと、


「……台風みたいな奴だな、あいつ」


 そう呟きながら、シンゴは今しがたかけられたイレナの言葉を心の中で反芻する。


「シャキッとしなさいよ――か……。そうだな、ユリカにも言われたもんな。……それに、きっとあいつも……」


 閉じた瞼の裏側に浮かび上がるのは、いつもシンゴの隣で咲いていた、今は見る事叶わない妹の屈託ない笑顔だ。

 その笑顔を思い返すうちに、シンゴの胸の奥に何か温かいものが溢れてくるのが分かった。


 シンゴは自分の胸に手袋をはめている右手を当てると、その温かい何かが逃げてしまわないように。そして、消えてしまわないように手の平で掴むように握りしめる。


「――――ああ、そうだよ。魔法なんか使えなくっても、俺のやることは変わんねえ。今までと同じだ。俺が持ってるもん全部、周りにあるもんも全部使って、必ず迎えに行くんだ――あいつを」


 シンゴは再び目を開けると、自分の頬を両手でパン!とはたき、弱気になっていた自分を追い出すように意識を切り替える。

 そして、「よし!」と発破を自らにかけながら、声と同時に勢いよく立ち上がると、思い出したかのように一言。


「『イレナの人生相談』じゃなくて、『イレナのお悩み相談教室』――な」


 そう遅めのツッコミを入れ、アリスの魔法がどうなったのかを確認しに、皆のもとに歩き始めた。



――――――――――――――――――――



「おやおや、誰かと思えば……女の子とイチャイチャしてらっしゃった、シーンゴ君じゃなねぇの?」


「うるへえ」


 合流早々、ニヤニヤしながらそんな事を言ってシンゴをからかってきたカズに、シンゴは口をへの字に曲げながら応える。

 そんなシンゴの様子に、カズはニヤニヤ顔を幾分か優しさの感じられる笑みに変えると、


「もういいのか?」


 そんな言葉をかけてきた。

 カズの態度に少々やりにくさと気恥ずかしさを感じながら、シンゴは視線を逸らして頭をポリポリと掻きながら、


「ああ、『イレナのお悩み相談教室』のおかげで――な。……選択肢や無茶できる事は減ったけど、ようは今と変わらんって事だ。『取らぬ狸の皮算用』ってやつだな。でも、俺のやることは変わんねえし、諦める気もさらさらない。――だから、とことん俺に協力してもらうぜ? カズ」


 そう言ってシンゴは、ニヤリとした笑みをカズに向けながら、握った拳を突き出す。

 シンゴのそんな言葉と笑みを受け、カズも笑みを深くすると、


「ああ、お前に見せ場なんてやらねぇぜ。……なんなら、お前の妹に惚れられかねん程の活躍をこのオレが見せてやるよ。――ま、兄がこれだから、妹が可愛いかどうか分かんねぇけどな」


 「あと馬鹿かも――」と言って、コツンと拳を合わせる。


「馬鹿お前、イチゴは俺と比較にならんくらい賢くて成績も――あれ、なんか目から海水が……まあ、それはいいよ今は! ってか、可愛いか怪しいだと? それこそお前、世界一――いや、異世界含めた全時空の中で一番可愛いんだよ!――ってか、お前にやるくらいなら俺がめとるわ!」


 シンゴはそう吠えると、合わせた拳に力を込めて押し返す。

 一方カズは、シンゴの「娶るわ!」発言に引きつつ、そこを押されてよろめきつつも耐えると、


「言うじゃねぇかよ、シンゴ。――だがな……一番はユリカに決まってんだろボケぇッ!!」


 そう言ってグイッと押し返してくる。――が、


「な……なんだお前その力は!?」


 カズの押し返しに圧倒的に力の差があるにも関わらず、帰宅部キャプテンことキサラギシンゴは、しかし押し切られる事なく――どころか、驚くべきことにカズの押しに拮抗しているではないか。


 目を見開き、信じられないものを見たといった様子のカズに、シンゴは青筋を顔中に浮かび上がらせ、全身をぷるぷると震わせて猛攻に耐えつつ「はっ!」と鼻で笑って余裕を見せると、


「この俺が、妹への熱い思いで負けるわけがねえだろ? お前には妹への熱いハートが足りねえんだよッ!!」


 そう言うと、シンゴは拳に込める力を上げた。


「ぐ……お!?」


 カズは、徐々に押され始める拳に苦悶の声を上げる。しかし下を向き、再びニヤリとしてシンゴを見据えると、


「いいや。妹への思いならオレの方が上だな。――なあシンゴ……お前……添い寝してほしいってねだられた事――あるか?」


「うおぉ!?」


 カズの力が増し、今度はシンゴが押され始める。

 しかしシンゴも負けじと笑みを見せると、


「ならカズ! お前は風呂――水浴びは一緒にした事はあるのかあッ!? 俺はあるぞ! 小学生までだがなあッッ!!!!」


「なにぃ!?」


 シンゴの方も出力が上がり、ついに二人の拳が拮抗する。だが、お互いここからは微動だにしない。

 しかし、二人の舌戦は終わらない。


「オレはアイツの癖を全て網羅してんだよぉ!!」


「俺はあいつのイイところを七時間ノンストップで話せんだよッ!!」


 二人の兄の戦いは熾烈を極め、ともすれば、二人の背後にそれぞれの妹が具現化して見えるかと錯覚するほどの意地のぶつかり合いを見せた。

 双方、決して引く様子を見せないことから、この争いは永遠に続くかと思われた。しかし――


「よ、よけてくださーい!!!!」


「「え?」」


 ユネラの必死の叫び声に二人して振り向いた瞬間、くじ運の悪いシンゴに何者かの体当たりが突き刺さった。


「ぶぅッ??」


 豚のような情けない声を上げながら、シンゴは体当たりをかました何者かと共に吹っ飛び、床を何度もバウンドし、最後には腹に何者かを乗せながらシャーと床を背中で滑るとやがて――


「あぶえッ!?」


 ガン!と材質分からない、しかしやはり堅かった壁に脳天を強打し、シンゴの意識はそのまま天に召された。

 シンゴに抱き着き、“風”を纏うアリスの柔らかい体の感触を味わう事もできずに――。


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