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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:14 『孤独の実感』

 カランと音を立ててドアをくぐると、すっかり元通りの営業に戻った『酔いどれ亭』の喧騒がシンゴ達を出迎えた。

 おそろしく早い営業再開である。どうやらイレナに絡んできた客達は、シモアに相当こき使われたのだろうと容易に想像できた。


「なんだか、すごいの一言だね。――あ、耳だ」


 シンゴの後ろに続いて入店したアリスが、せわしなく店内を駆け回る獣人の少女達の頭上ではねる耳に気付き、目を見開いた。


「な、すげーだろ? 俺も最初見たときは、眼球飛び出るほど驚いたもんだよ」


「なんだ、獣人を見んのも初めてなのか? お前ら」


「ここに来るのも久しぶりです」


「ちょっと、こんなところで立ち話してないで、さっさと進みなさいよ!」


 最後に入ってきたイレナにどやされ、シンゴ、アリス、カズ、ユピアの面々は、喧騒飛び交う店内を縫うようにして、奥のカウンター席まで進んでいく。

 ようやくたどり着いたシンゴ達を、頭をぶっ叩かれたかと錯覚するほどの衝撃を有した、腹の底に響くような大声が出迎えた。


「アンタ達! 昨日の今日で、もう来たのかい! ――おや、なんだか見慣れない顔が増えてるじゃないかい?」


 奥にある厨房から、フライパンを片手に持った巨大な女が現れた。ここ、『酔いどれ亭』の店主であるシモアだ。

 初対面であるカズとアリスは、揃って前に進み出ると軽く自己紹介する。


「はじめまして、シモアさん。ボクは、アリス・リーベです」


「オレはカルド・フレイズだ。連れのバカが世話になったみたいで、大変申し訳ねぇ」


「なあ? そのバカって、俺の事じゃねえよな?」


「アッハッハッハ! 気にしちゃいないよ。そうなると、アンタらがこの坊やの探し人だったわけだね?」


「ちょっと? 馬鹿イコール俺で話を進めないでくれるかな!?」


 シンゴの悲痛な叫びを華麗にスルーして、シモアと握手を交わすアリスとカズ。

 ついでに昨日と同じく、イレナとも猟奇的な熱い抱擁を交わしたシモアは、残る一人であるユピアに視線を向ける。


 現在のユピアは、自前らしいマントで体を覆い、フードで顔が見えないようにすっぽりと覆い隠している。何故このような事をしているかというと、ユピアは王族で、しかも現在はカワード・レッジ・ノウと王位の座を争っている最中だ。つまり、この王都のだいたいの住人がユピアの顔を知っているわけだ。


 だから、堂々とその顔を晒した状態で街中を歩けばどうなるか……さすがにシンゴでも分かることだ。

 それに、先述したとおり、現在の王都の一番の関心は王位継承争いだ。ユピアの顔を知らなくとも、その特徴は情報として広く認知されており、簡単に入手することができる。ようするに、警戒の対象は住人だけに止まらず、外からやってきた者達にも適応されるわけである。


 そんなユピアは、一歩、前に進み出ると、シモアにだけ分かるくらいにフードを捲り上げ、その碧眼で眼前の巨女を見上げた。そして、その顔を笑みに彩らせると、


「お久しぶりです――シモアさん」


「――? ――! ユピア……かい?」


 シモアは大きく目を見開き、幾分かトーンを落とした声で――それでもデカい――確認するように問いかけた。

 ユピアは分かりやすいように、シモアとの距離をさらに詰める。見上げる首の角度が増し、重力に引かれてフードが捲れ落ちる。そして、その下から綺麗な茶色の長髪が零れ落ちた。


 慌ててシンゴ達が客からの視線を遮るようにして立ち位置を変えるなか、シモアは持っていたフライパンをカウンターにそっと置くと、がばっとユピアを抱きしめた。

 その巨体に半ば埋もれるユピア。やはり何度見ても、サバ折り事件が起きないかハラハラさせられる絵面である。

 やがて二人はその抱擁を解くと、シモアは目尻に涙を溜めながら、


「……元気そうでなによりだよ、ユピア。今回は大変な事になったねぇ……」


「シモアさんもお元気そうでなによりです。……それに、心配するほど大変でもないですよ?」


「そんな事ないだろ……。父親が突然いなくなって、今は王位の座を争っている多忙な状況だろう? そんな中、わざわざ会いに来てくれるなんて……」


 そう言って鼻水をすするシモア。しかし、ユピアの次の言葉にその表情はガラリと変わった。


「……確かに、お父様がいなくなった事を知った時には悲しくなりました。でも、そこまで親しい間柄でもなかったので、大丈夫です。……それに、私は王座には興味ないですし――」


「そうだろう、そうだ――――は?」


 呆けた面で固まるシモア。しかしすぐさま再起動すると、


「王座に興味ないって……アンタ、それはどういうことなんだい……?」


「だって……王様ってメンドくさそうですし、なっちゃったら修道院にも、ここにも遊びに来れなくなっちゃいますもん」


 そんなユピアの言い分に、シモアは度肝を抜かれたように驚愕の表情を顕にするが、それも数秒で苦笑へと変わった。そして深々と嘆息すると、


「そういや、昔からアンタはそういう子だったね。……まあ、アンタの人生だ。わたしゃ、何も口出しはしないよ……」


 そんなシモアの反応に、次はユピアが驚いた表情を見せる。そして、そっとフードをかぶり直して下を向くと、


「…………ありがとう」


 そう小さく呟いたのだった――。



――――――――――――――――――――



 さて、そもそも何故シンゴ達が『酔いどれ亭』に来ているのか。その理由は、早朝にシンゴがカズに言い放った一言が原因である。それはなにかと言われれば、もちろん『魔法を教えてくれ――』の一言である。


 シンゴが突然そんな事を言い出しのには、もちろんちゃんとした理由があっての事であり、決して魔法への中二心がくすぐられたからだとか、そういう事ではない。――いや、やっぱり私心が結構な割合を占めているのは事実である。


 しかし、理由があるというのは本当の事である。

 その理由というか、シンゴが魔法の習得に本格的に踏み出す決意をさせたのは、初めて『酔いどれ亭』に行った後の、修道院へと帰る道すがら遭遇した――というより待ち伏せ、もしくは尾行されて、あわや大惨事となりかけた、リーダーやゴード達の一件である。


 あの時は偶然――と言ってもいいのか、改めて振り返ってみると怪しいが、ともかく偶然居合わせた、あの着流しを着たおっさんがいなければ、今頃シンゴ達はどうなっていたかと考えると、心底ぞっとする出来事である。


 シンゴに関しては吸血鬼の再生能力があり、少し――いや、かなり痛い思いをするだけで済んだのかもしれない。いや、それでも痛いのはもちろん嫌だ。

 しかし、シンゴは男である。あの時、あの場に居たのはシンゴだけではない。女性であるイレナも居たのだ。


 確かに、イレナはシンゴより強い。しかし、前後から挟み撃ちや、意識外からの攻撃。それに、まだ見ぬ魔法なんかが放たれでもすれば、いとも容易く打ち負かされるだろう。

 持っているかどうかは定かではないが、イレナが何かしらの魔法を持っているのであれば、話は変わってくるのかもしれない。しかし、それは敵方にも言える事である。


 そして、ここはシンゴの居た世界の常識が通じない、異世界だ。いや、日本が特別平和な国であるだけで、“そのような事”は普通に海外などでも起きている。もちろん、日本もゼロという訳ではない。


 そして、見るからにゴロツキ風のあいつらは、女性であるイレナを打倒した後に何をするのか、それは想像するに容易い。

 シンゴはあの日、無事に修道院に辿り着き――まあ、その後も色々あったが、一人になって落ち着いた拍子に、この事に思い至り顔を青くした。


 改めて言おう。キサラギシンゴは弱い。吸血鬼の再生能力がある分、いくばかの“粘り強さ”はあるかもしれない。しかしそれは、打たれ強いということでは決してない。むしろ、シンゴは痛みには滅法弱い方だ。刺されれば泣き喚き、挙句の果てには気絶する。そんな弱者だ。


 現在のキサラギシンゴは、脆い肉体。しかし、すぐさま治る。ようは、無限に製造できる“薄い紙”のような存在なのだ。

 当然の事ながら、紙とは容易く貫通する。それでは、この世界に来るときに決意した“肉の盾”にすらならない。

 泣き虫で、弱虫で、強がってはいるが、心の奥底では常に恐怖に怯えている、ただの役立たずだ。


 しかし――だ。


 そこらへんにいる、ただの高校生であるキサラギシンゴではあるが、先述したように、イレナが“そのような事”に遭うのに対して、何も思わない訳ではない。――何も思わないはずがない。


 しかし、蘇生時制限付きのコンティニューと、暗視能力しか持ちえないシンゴには、何もできない。敵を欺く知恵もなければ、そもそもの勇気すら欠落している。そんなシンゴが“魔法”という可能性の手を伸ばすのは、必然と言えただろう。


 ――ただし、世界はシンゴに対して、そんなに甘くはなかった。



――――――――――――――――――――



「――――俺には……魔法が使えない……?」


 驚愕の事実に愕然とするシンゴがいるのは、『酔いどれ亭』の地下に広がる空間だ。

 この地下室のつくりは正方形で、かなり広い。そして、その材質はコンクリートのような――しかしどこかそうとは言い切れない、少なくともシンゴ達の元いた世界には存在しない、何かしら灰色の材質で出来ている。


 シンゴの隣には、シンゴと同じく魔法を習得するためにレクチャーを受けていたアリスが、口を噤んでシンゴを気遣わしげに見詰めている。

 そして眼前には、今しがたシンゴに向かって「あ、あなたには、魔法を使う事ができません――」と残酷な宣告を放った、オドオドしてウサギ耳を縮こまらせるユネラがいる。

 そんな彼女の横では、ユネラの言葉に同意するように首肯する、イヌ耳少女のリースの姿もある。


「そ、そんな……どうして!?」


 シンゴの悲痛な叫びを聞いて、ユネラは困ったように隣のリースに視線を向ける。

 リースは、すがるように向けてくるシンゴの視線を神妙な面持ちで見返すと、


「シンゴさんの周りには、『フィラ』の動きが一切感じられません。……これが意味するのは、シンゴさんの『生命回路』に何かしらの不具合が見られるか。――もしくは、そもそも“存在”しないかです――」


「ま、待ってくれ、リース。その……『フィラ』やら『生命回路』ってのは、一体なんなんだ?」


 シンゴのその質問に、リースは一瞬だけ驚いた表情を覗かせるが、すぐさまその顔に納得の意が灯る。

 そもそも、魔法自体を漠然としか知らないというシンゴの特殊な事情から、大まかに察してくれたのだろう。


 すると、シンゴの後ろで今の会話を聞いていたカズが、シンゴの無知に慣れた様子で説明を入れる。


「『フィラ』ってのはだな……簡単に言やぁ、この世の全ての万物に存在する生命力みたいなもんだと思えばいい。――もちろん、『フィラ』はオレ達の体の中にもある。そして、『生命回路』。これは、空気や大地といった自然――ようは、“外”から『フィラ』を体内に取り込んだり、“意味”や“属性”を与えた『フィラ』を『魔法』として体外に放出する、人体の“外”と“内”を繋ぐ通路――パスみたいなもんだ」


 カズの説明が終わった頃を見計らい、ユピアと一緒に成り行きを見守っていたイレナが、シンゴの抱いていた疑問を先にリースにぶつけてくれた。


「シンゴに“魔法が使えない”――ってより、そもそも『生命回路』が“存在しない”っていうのは、どういう意味なのよ?」


 シンゴも、説明を求めるようにリースを見やる。

 一方のリースは、腕を組んで目を瞑ると、しばし思案する様子を見せる。やがてその目を開くと、自分の中の考えを一つ一つ確認するように、ゆっくりと話し始めた。


「詳しくは、私にも分かりません。……ですが、一つ言える事は、シンゴさんの周りの『フィラ』の動きを観察してみたところ、普通の“生物”なら『フィラ』がその体に吸い込まれるような動きをするはずなのに……シンゴさんの場合は全て――“素通り”でした」


 そう、常人なら、この『フィラ』というモノを観測することは、できない事はないらしいが、かなり難しいらしい。しかし、“獣人”である彼女達は、人並み外れた鋭い五感を有しており、常人では感じる事も困難な、微弱な『フィラ』の流動を細かく感知する事が可能だというのだ。

 それが今回、ここ『酔いどれ亭』に足を運んだ理由だ。


 しかし――、


「…………はは、マジかよ。――なあ、なんとかなんねえかな……?」


 眉尻の下がったシンゴの、そんなよわよわしい問いかけに、しかしリースは首を横に振る。つまり、無理だと。


「魔法を使うには、いくつか違った手順があったりしますが、そのどれも“必ず”『生命回路』を経由します。ですので、『生命回路』を有さないシンゴさんには、魔法の使用は――“不可能”です」


「…………そうっすか」


「シンゴ……」


 肩を落とすシンゴに、心配そうなアリスの言葉がかけられる。ちなみにアリスは、周囲に『フィラ』の流動が見られるとのこと。つまり、アリスは魔法が使えるということだ。


「ちょっと俺、向こうで見学してるわ。アリスはしっかり魔法、覚えてくれよ? 他力本願で申し訳ねえけど、俺はそういうことみたいだから……」


 シンゴはそう言って無理に笑うと、何か言いたそうだったアリスに背を向け、少し離れた所に行き、壁にもたれかかるようにして座り込んだ。

 見れば、アリスとリース達の魔法の習得は、次の段階に進むらしいのが窺えた。


 そんな様子をどこか遠い世界のことのように感じながら、シンゴは自分が魔法を使うことができない――いや、『生命回路』が存在しない理由に、薄々ではあるが目星を付けていた。それは、


「たぶん……俺は“異世界人”だから、そもそもの体のつくりが違うんだろうな……」


 そう、この世界の住人達は、この世界に“順応”した進化をして現在の姿に至っているわけなのだ。

 そして、『魔法』という概念。さらに、それを行使するために必要になるという『生命回路』。それら全て、その進化の過程で手に入れた――順応した結果なのだ。


 当然、この世界の住人ではないシンゴに、そんな機能が備わっているはずがない。

 もしかして魔法が使えるかも?――そう思った時点からして、間違いだったのだ。あんな馬鹿げた力が、無条件で使えるなんて考えていた事自体が失敗で、傲慢だったのだ。


 なら、どうしてアリスには『生命回路』が?とも考えたが、考えてもみれば、答えは簡単だった。そもそもアリスは、シンゴとは違う。同じ地球から来た同じ存在だと思っていたが、今でこそ瞳を黒くしているが、よくよく考えてみれば、アリスは『吸血鬼』だ。

 そして今回の事から、アリスは元々この世界の住人である事がほぼ確定したわけだ。


 シンゴは、この場にいる全員を見渡す。そして――気付いた。シンゴだけが“違う”。

 この場にシンゴと同じ立場、同じ枠組みで括れる存在はいない。

 今まではアリスがそうだと思っていたが、アリスはこの世界の住人だ。

 つまり、シンゴはずっと、独りだったのだ――。


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