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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:9 『名前は――』

 光に照らされ細める視界の先で、その男はシンゴに言い放った。「星屑め――」と。


「――お前、確か昼間の……!」


「あの時は見逃してやったが、今回はそうはいかないぜ? なにせ、ゴードさんを呼んだからな! お前の首を証拠として王家に差し出せば、これでオレも、晴れて正式な騎士になれるってわけだ!」


「何が見逃してやった――よ! 尻尾巻いて逃げ出しただけじゃない!」


 イレナの言い分に、男は「ふん」と鼻を鳴らすと、


「うるせえぞ、女。あれはオレが先に逃げなければ、大切な仲間達が勇敢にも突撃して、その大切な命を散らしていた可能性があった。だからだ」


「――しゃあしゃあと……!」


「おっと、ゴードさんだ。こっちです!」


 その声に、シンゴとイレナは揃って後方を振り向く。するとちょうど、一人の男を先頭にした数人の騎士らしき者達が、暗闇の奥からその姿を現した。

 しかしそいつらの装いは、今シンゴ達と会話していた、いわゆる見習い騎士達とは雰囲気も、そして身につけている鎧等も違い、幾分か豪華だ。


 そして何より、その先頭に立っている男が異彩を放っている。

 とにかくデカイ。上にももちろん大きいのだが、そんなのはただのオマケだ。より注目すべきなのは、この狭い通路の大部分を占有しているその横幅だ。

 巨体を揺らして歩くその姿は、まるでその巨体を武器に戦う力士のようだ。


「知ってるか、イレナ……力士って、筋肉の固まりなんだぜ……?」


「知らないわよ、そんなの! ただのデブじゃない!」


 ざわっとイレナの言葉に、シンゴ達を囲んでいた騎士たちがざわめいた。


「――死んだな……お前ら。今のは、ゴードさんの前じゃ絶対の禁句だ……」


 と、リーダーがどこか緊張を孕んだ様子で、ニヤリと笑う。

 すると、ずぅん――という重々しい音を上げながら、ゴードがその恐ろしく太い足を一歩、前に踏み出した。

 見れば、その顔は真っ赤に上気して、血のように真っ赤な煙が上っているかのような錯覚を感じさせる。


「おい、イレナ! 一応、謝っておけよ……! お前、絶対いま地雷踏み抜いたから!」


「う……確かに、あんまり穏やかじゃないわね。……あ、あの〜ゴード、さん? さっきのは、ほんの冗談よ? あたし、実はこう見えて結構“ぽっちゃり”体型、嫌いじゃないわよ!」


 ――ブチッと、ゴードから何かが一本ちぎれたような音が聞こえた。


「明らかにキレてらっしゃるよ、ゴードさん!?」


「あ、あれ? やっぱり、ぽっちゃりじゃダメ!? じゃ、じゃあもしかして……“ふくよか”?」


「ああ!! ゴードさん、二本目いったぞ!?」


「お前ら、ゴードさんナメてんのか!? この人、“こう見えても”正式な騎士だぞ!?」


「あ、三本目いった」


「オレぇ!?」


 シンゴとイレナの会話に割り込んだリーダーが、ゴードの地雷を自分で踏み抜いた。

 しかし、そろそろ本気でやばい。イレナは性格と頭さえアレだが、それでも見た目は十分美少女の範疇だ。そんなイレナに、もしかしたらアナタに気があるかも――といった素振りを見せられれば、普通の男ならころっと行くはずだ。


 少なくともシンゴなら、その場で速攻で告ってフラれるまでをノータイムでやらかす。フラれんのかよ。

 しかし、先程からゴードにそのような雰囲気は一切見られない。ということは……、


「なるほど……趣味の悪い奴だぜ。イレナ、ここは俺に任せろ。ゴードの弱点、見つけたぜ……!」


「ほんと!?」


「ああ、奴の弱点は――俺だ」


「え? シンゴが? でもシンゴ、めちゃくちゃ弱いじゃない」


「正直な言葉は時に人を傷つけるということをお前は学べ!!」


 そう言うとシンゴは、今にも噴火寸前のゴードの前に歩み出た。

 見上げる。まったく、とんでもない威圧感だ。今から行う賭けに負ければ、あの木の幹くらいあるであろう巨腕が、シンゴをいともたやすく肉塊に変えるだろう。


 いくら不死身の吸血鬼の再生能力があっても、肉団子になるなんてまっぴら御免である。だから、ここからは慎重に言葉を選ぶ必要がある。

 シンゴは不安を不敵に笑って誤魔化すと、制服のボタンをいくつか外し始めた。


 そして、何やら体をくねくねさせながら肩部をゆっくり露出させると、


「うふ♪」


 と言って、ゴードに向かってウインクした。


「「「「「……………………」」」」」


 一同揃って固まる。

 中には吐き気を催して、仲間に背中をさすってもらっている者までいる。

 そんな中、イレナが代表して、奇行に走ったシンゴにその真意を確かめるべく冷めた表情で口を開いた。


「何やってんの……?」


「は? 何って、見て分かんねえの?」


「分かんないわよ!」


 シンゴは、やれやれ――といった様子で、


「悩殺に決まってんじゃん」


「…………何やってんの?」


「今言ったじゃん!?」


 そう吠えるシンゴに、イレナは理解できないといった顔で、


「――百歩譲って、悩殺は分からないけど分かったわ。でも、どうしてゴードにしたわけ……?」


 シンゴはイレナに振り向くと、「決まってんじゃん」と言い、後ろのゴードを親指で差して、


「だってコイツ――“ホモ”だろ? つまり、このメンツで一番イケメンの俺が出張るしかないって寸法だ!」


「…………は?」


 再び固まる一同。そんな様子に、シンゴは「ん?」と首を傾げるが、「ああ」と何かに気付いたのか手をポンと打つと、


「だってコイツ――“同性愛者”だろ?」


「そこは分かったわよ!?」


 言い直すシンゴに、イレナの鋭いツッコミが炸裂する。

 しかし、イレナは直後に目を見開くと、シンゴめがけて思いっきり駆け出した――が、直後背後に生じた殺気に、横に飛び退く。見れば、先ほどイレナの居た所に空を切った剣が突き刺さっていた。


 その剣の持ち主は、あのリーダーで。

 イレナは鬼気迫る顔で、呆けた顔でこちらを見ているシンゴに向かって叫んだ。


「後ろぉぉッ!!!!」


「え――」


 シンゴが振り向いた瞬間――今まで黙ってシンゴ達のやり取りを見守っていたゴードが、その巨椀をシンゴに向かって振り下ろした。

 体感時間がグッと圧縮され、スローモーションに見える視界の中で、しかしシンゴは何もアクションを取ることができないまま、中身の入った缶を上から潰したように、その臓物を狭い通路いっぱいに撒き散ら――


「お、喧嘩か? 俺も混ぜてくれよ」


「――――ぇ」


 いつの間にそこにいたのか、その男は、シンゴに振り下ろされるはずだったゴードの腕を片腕だけで軽々と受け止めると、シンゴに背中を向けたままで、そんなどこか場違いな言葉を発した。


「大丈夫!?」


「え……? あ、おう……」


 駆け寄ってきたイレナの心配する声に、シンゴは尻餅を着きながら呆けた返事を返す。

 そしてイレナは、ゴードの腕を容易く受け止めた男に鋭い視線を向けると、


「あんた……誰?」


 そう問いかけるイレナに、その男は「ん? 俺か?」と、肩ごしに振り返った。


「……! あんた確か……『酔いどれ亭』に居た……!」


「え……? ――あ」


 男は、『酔いどれ亭』で見かけた、あの着流しを着ていた男だった。

 そして、その振り返った顔は、髪や髭から、どこか野生の猛獣――そう、百獣の王ライオンを連想させるような、言ってみればワイルドな風貌をしていた。


「おっと」


 ゴードが男に掴まれた腕を振り解くと、その巨体を揺らしながら後退した。

 既にその顔からは赤みが抜けており、視線は鋭く眼前の男の一挙一動に向けられている。


「ほう、なかなか冷静なヤツじゃねえか。さて、俺から距離を取って、それからどうする――おデブちゃん」


「――――!」


 男の言葉に再びゴードが激高する。そして前傾姿勢になると、地鳴りのような足音を立てながら男に向かって突っ込んでくる。

 男はそれを見てニヤリと笑うと――


「それじゃ、及第点はやれねぇな――」


 男がそう言った直後――ズン!という鈍い音が鳴り、それと同時にゴードの突進の運動エネルギーが突如ゼロに――つまり、時間が止まったかのように途中で、姿勢そのままで制止した。男が動いた気配は無い。


 やがて、ゴードはゆっくりと膝から崩れ、男の前に倒れ伏した。見てみると、ゴードは白目を向き、口から泡を吹いて気絶していた。


 一瞬の静寂。そしてその静寂を破ったのもまた、この場に静寂をもたらした男だった。


「なんだ、もう終わりかよ。おーい、そこの見習い騎士ども! お前らでもいいぞ、どうだ? 俺と、“これ”――しない?」


 そう言って男は、シュシュ――とシャドウをして、前後をぐるっと見渡した。

 やがて男の視線は、顔面を蒼白にして震えているリーダーで止められた。そして、悪ガキのような笑顔を男が向けると、リーダーはその表情をキリっとしたものに変えた。


「…………」


 数秒そのままで固まると、リーダーは無言で回れ右。そして、後ろの仲間を押しのけるようにして脱兎のごとく走り出した。

 その様子を呆気にとられた表情で見送った仲間達は、リーダーの背中が暗闇の奥に見えなくなると、やがて一人、また一人と、か細い悲鳴を上げて逃げ出した。


「おいおい。逃げるのは構わねえが、このお肉ちゃん連れてけよ!」


 しかし男の声を聞いた騎士達は、さらに悲鳴を上げてその逃走速度を早めた。

 やがて、蜘蛛の子を散らすように騎士達がいなくなると、この場に残されたのは、シンゴとイレナ、着流しの謎の男に、無情にも置いていかれたゴードというメンツになった。


「ったく、結局コイツの後始末は俺かよ……」


 男はそう言って頭をガリガリ掻くと、深々と嘆息した。

 そして、唖然としてこちらを見ているシンゴとイレナに気付くと、ニヤリと笑みを浮かべて、そのまま歩いて近づいてくる。


 シンゴの前まで来ると、男は微笑を湛えたまま、「ほらよ」と声をかけたかと思うと、座り込んだままだったシンゴの眼前に手を差し出した。

 得体が知れないのは現状も変わりないが、少なくとも友好的なようだ。


 しかし、似たようなシチュエーションで痛い目にあったことがあるので、シンゴは男の手を握り返すのに躊躇してしまう。


 男は、手を空中でうろちょろさせているシンゴに怪訝な顔をしていたが、突如、その目を驚愕に見開くと、シンゴの手を自分から掴んで、そのままグイっと引くと、まるで重さを感じていない様子で、シンゴを立たせた。


 突然の男の行動にシンゴが驚いていると、男はシンゴの眼前数センチのところにズイっと顔を持ってくる。そしてそのまま、穴が空くほど凝視してきた。

 シンゴは若干引きつつ、


「な、なんすか……?」


 と、声を発する。

 男はその声でハッと我に返ると、


「――坊主、お前……名前は?」


 シンゴにそう問いかけた。

 唐突な男の質問に、シンゴはつっかえながらも、


「キ……キサラギ……シンゴ」


 答えた。

 そして、シンゴの名前を聞いた男は、口の中で転がすように「シンゴ……しんご……」と呟くと、次いでこんな質問をシンゴに投げかけた。


「『しんご』って、どんな字で書く?」


「え? 何でそんな――」


「いいから……答えろ」


 男の有無を言わせぬ迫力に、シンゴはおろか、あの怖い物知らずのイレナまで隣で息を呑むのが伝わってきた。

 シンゴは顎に汗を伝わせながらも、素直に答える事にした。


「こ、心に、護る……だけど……」


「――――心……か」


 シンゴの返答を聞いた男は、目を閉じてそう呟く。そして男が次に目を開くと、目の前に飢えた猛獣がいるかのような圧迫感が、嘘のように霧散した。

 顔を強ばらせるシンゴを見て、男はニカッと笑うと、


「いい名前じゃねえか、大事にしろよ? 坊主!」


 そう言ってシンゴの頭を、そのデカイ手のひらでワシワシと撫で付けた。ついでにイレナも。


「「やめんか、おっさん!!」」


 二人にそう言って手を振り払われると、男は野太い声で豪快に笑った。

 そして、ひとしきり笑い終えると、男は目の淵に浮かんだ涙を拭きつつ、「わりぃ、わりぃ」と謝ると、


「それよりもお前ら、こんな夜遅くに男女二人とは……逢引か?」


 そんな事を言ってきた。

 シンゴはそれを受け、「ほほう、このおっさん……」と心の中でほくそ笑むと、


「いやあ、コイツがどうしてもって言うか――」

「刺されて死んだほうがマシよね」


「どいひッ!?」


 そんな二人の漫才のようなやり取りを見て、男はゲラゲラと笑う。

 明らかに誤魔化された気がするが、シンゴはその誤魔化しに素直に乗っかることにした。何故かと言われれば、直感――的なモノとしか言い様がなかった。


 この直感というものは、案外軽視することができない。なにせ、シンゴの直感である。絶対にいいことではない事は確かなのだ。

 その証拠かどうかは分からないが、この少ない期間での付き合いで十分理解できた、強気でガンガン行くスタイルのイレナが、この見え透いた芝居に何も言わずに付き合っているのがいい証拠だろう。


 笑いが収まってきた男は、「さてと……」と言ってシンゴ達に背を向けると、未だ気絶しているゴードの襟首を掴んだ。


「俺はこれで帰るわ。お前さんらも、あんまり夜更かしすんなよ。それともなんだ、俺のおススメの宿でも教えてやろうか? 若いうちはその熱い衝動を抑えるのはよくねえしな!」


 そんな事を言いながら、帰ろうとする。


「ぜひとも教えて――じゃねえや。イレナ、およそ知り合いに向けるようなレベルをはるかに超える殺気を無言で俺に放つのはやめてください、いやマジでごめんって! 痛いからどつかないで!?」


 底冷えするような殺気を放ちながら、シンゴをどつき始めたイレナに突っ込みを入れつつ、シンゴは去ろうとする男に向かって言った。


「あんた、いったい何者なんだ!?」


 男はゴードの巨体を片手で軽々と引っ張りながら、シンゴの質問に、


「ただのお人好しの、カッコいいおっさんだよ」


 そう振り返らずに言うと、地面に置いてあった灯篭のようなものを空いた方の手で拾い上げると、そのまま通路の先の暗闇の中に消えていった。


「――シンゴ」


「ああ、あのおっさん……どこか食えねえけど、それでも意外と親近感わくっつうか、また近いうちに会う気がするな」


「あたしが持ってきた灯篭持ってったんだけど!」


「おっさん今すぐ再会プリーズ!!!!」


 結局その後、光源を失った二人は、シンゴの右目を頼りにイレナを案内役にして、余分な時間をたっぷりとかけて修道院に辿り着いたのだった。


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