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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:8 『再会の迷路』

 あの騒動の後、ユネラにのされた男達は、店内の破損した物品等の弁償、及び、そのあと片付けをさせられていた。

 一時は抵抗し、隙を見て逃走を図ろうとする者も何名かいたが、シモアによって出口に立たされてオドオドするユネラを見て、腰を抜かしていた。


 もちろん、こんな状態での店の通常営業は不可能で、『酔いどれ亭』は今日のところは閉店、店内に居た客達は全員もれなく帰された。

 不平不満が上がるかと思いきや、一部を覗き、いい見世物が見れたといった様子で、客達はホクホクしながら各々に帰路に着いていった。


 その際に、常連と思われる客達の口から『血濡れバニーのユネラ』なる単語が聞こえてきたときは、あの豹変したユネラを思い出して、シンゴはなるほど確かにと納得した。


 シモアにどやされながら、店内の大掃除を開始した様子の男達を哀れみの目で見ていると、イレナがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 なので、シンゴも自らイレナに駆け寄ると、そっとユネラの様子を伺い見てから小声で問いかけた。


「なあ、何だよあの変貌っぷり!? メガネ取っただけで、何であんなになんだよ! ウサギさん要素ゼロだよ!!」


「ああ、ユネラのことね。あの子、昔っからああいう性格なのよ。普段はメガネかけてると大人しすぎるくらいに大人しいんだけど、いざメガネを外すと、ちょっとやんちゃになっちゃうというか……」


「やんちゃ!? そんな子供の可愛いイタズラ感覚で片付けていいレベルを遥かに超えてるよ! 俺、笑顔で死ねって言われたんですけど!? 笑顔つっても、全然、目は笑ってなかったよ! 笑ってなかったよ!!」


 大事なことなので二回吠えるシンゴに、イレナは「あはは……」と笑うと、


「まあ、それに関してはあんまり突っ込まない方がいいと思うわよ? あの子、結構気にしてるし。――それよりも、シンゴ、あんたはこれからどうすんのよ? あんたさえ良ければ、修道院に泊まっていきなさいよ」


「…………う〜ん、そうだな。とりあえず、俺は無一文なわけで、その申し出は非常にありがたいんだけど、そうなるとアリスとカズがなあ……」


 ここ『酔いどれ亭』では、残念ながらイチゴの手がかりを入手することは叶わなったが、だからと言って、一切合切諦めてしまうというのも早すぎる気がする。

 なにせ、ここは王都なのだ。まだまだ行っていないとこはあるし、広い。だから、まだ粘り強く聞き込みを続ければもしや――とも思う。


 しかし一方で、アリスとカズ、二人との合流の優先度の方が、今この瞬間では高いように思える。やはり、全部を一人でこなすのは骨が折れるし、宿等の拠点をしっかり確保して――いわゆる地盤というやつも、しっかりしておいた方がいいのも確かなのだ。


 それに、二人とはもう他人と呼べるような間柄ではない。少なくともシンゴは、仲間と呼べる存在だと思っている。だから、その点も含めて、二人との合流を最優先したいのだが……、


「そうだな……とりあえず、あいつ等との合流の件についても、泊めさてもらうって話も、買い出しの荷物をちゃんと届けてからにするか――だな」


「分かったわ。確かに早く帰らないと、マザーに怒られちゃいそうだし。――もし、泊まる気になったら、あたしからマザーにお願いしてあげるわ!」


「ああ、助かる。サンキュな、イレナ」


「いいってことよ! じゃあ、おばちゃんに挨拶してくるから待ってて!」


「了解ッス」


 シモアのところに走って行くイレナを、シンゴはサムズアップで見送る。

 シンゴは自分の分の荷物を持つと、ここに居ても掃除の邪魔になるだろうと考え、一足先に外に出ていることにした。


 ちらりと視線を、壊れたテーブルを片付け始めているユネラと、そのユネラを手伝うイヌ耳少女に向ける。

 またもや、そのシンゴの視線に気付いたユネラが、顔を青くしてシンゴに深々と頭を下げてきた。なので、シンゴは愛想笑いを浮かべて、構わないという意思表示のつもりで手を振り返しておく。


 すると、顔を上げたユネラはそれに驚き、次いでぎこちなく手を振り返してきた。

 メガネモードの彼女は、やはりというか、無害そうだなとシンゴが安心していると、イヌ耳少女もシンゴに気付き、何を思ったのか近寄ってきた。


 今までのこの少女のシンゴに対する反応から、あまり好ましくは思われてはいない様子だったので、シンゴはつい後退しそうになる足に力を入れてこらえつつ、なんとかイヌ耳少女と対峙する。


 一体、どんな罵詈雑言でなじられるのか、もしくは無言でビンタも有り得――あ、それちょっとアリかも!と、変態的思考に向かう己の脳みそに喝を入れるシンゴに、イヌ耳少女が口を開いた。


「私は、リースって言います。シンゴさん――で、いいんですよね、名前」


「……そうだけど」


 思ったより普通に会話してきて、シンゴは拍子抜けする。

 一方、リースはというと、シンゴの目の前で深く腰を折った。


「本日は、色々と申し訳ありませんでした。イレナの知り合いということでしたので、せめて、ユネラのメガネを外す前に忠告していれば……」


「は、はあ……」


 おそらく、リースはユネラがシンゴに矛先を変えてしまったことについて謝罪しているのだろう。しかし、あれはシンゴが変に出しゃばった結果だったわけで、ただの自業自得で、自爆だ。そして、おそらくではあるが、シンゴが制止の声をかける必要などなくとも、この少女は“あの先”が起こる前に、ユネラを無力化する算段だったのだろう。


 つまり、シンゴは単に邪魔をしただけで、下手をすればタイミングがずれてしまい、最悪の結果が――なんてことになっていた可能性だって、十分に有り得る話だったのだ。

 そう思うと、シンゴは頭を下げられているこの状況に大変いたたまれなくなってしまい、何とも言えないといった表情で、ぽりぽりと頭を掻いた。


 しかし、だ。シンゴの予想をいい意味で裏切り、このリースという少女は思っていたよりいい人――いや、いい獣人っぽい。やはり、人を先入観だけで判断してはいけないなとシンゴは心の中で頷いた。


 すると、シンゴは何かに思い至り、「もしかして……」と言葉を紡ぐと、


「リースさんが、えと、ユネラの前に出て、俺を睨んでたのって……」


「はい、ユネラが変な事をしてしまわないように、シンゴさんに少しばかり牽制を、と」


「…………」


 どんだけ危険人物なんだよユネラ――と心の中で驚愕しつつ、シンゴ中のリースの人物像が完全にいい人ならぬ、いい獣人に塗り変わった瞬間だった。


 すると、リースは一瞬だけチラリとシンゴの後方に視線を向けると、次いで視線をシンゴに戻し、軽く会釈して、


「ぜひ、またいらっしゃってください。それでは――と、今度からはリースで構いませんよ」


 そう途中で振り返って言うと、リースはユネラの方へと帰っていく。

 その際、どうやらずっと首だけはそのままに、こっちに目線だけ向けて覗き見、ウサギ耳をピクピクさせながら盗み聞きしていた様子のユネラと目が合った。


 ユネラは目線だけでなく、首ごとバッとあさっての方向を向き、ここからでも分かるくらいその顔を真っ赤にしている。

 そんな様子を見ながら、二重人格みたいなモノなのかね――とシンゴが考えていると、


「お待たせ、シンゴ。リースと仲良さそうに話してたみたいだけど、もう仲良くなったの?」


「ん? んー、まあそんなとこだな。それよりイレナ、お前の方はもういいのか?」


「うん! 色々とお土産もらっちゃった! あ、シンゴこれ持って」


「くッ……! さては貴様、既に俺が泊めてもらうのを決めかけているのを見抜いて、先に蒔いておいた恩を刈り入れる気か! イレナのくせに、狡猾な……!」


「失礼ね!? というか、シンゴは男の子なんだから、あたしより力持ちでしょう! それとも、か弱い乙女なあたしに持たせようっていうの?」


「さっきの肘打ちホームラン見てなきゃ、まだそう思えたかな。ま、持つけどよ。ただ、俺の骨が疲労骨折したときは、いい医者を呼んでくれよ?」


 まあ、そうなった場合、おそらく吸血鬼の再生能力で治るから問題ないんだけどな――と思いつつ、シンゴはイレナの持っていた荷物を受け取った。

 チラリと中を見てみると、何かシュワシュワした飲み物の入ったビンが複数入っていた。


 おそらくシンゴが飲んだ、あの炭酸水だろう。結構おいしかったので、晩飯辺りに出てくれると嬉しいな――と、修道院への宿泊を完全には決めかねていたシンゴの脳内選択肢が、Yes/No?――Yes!となった瞬間だった。

 ちなみに、あの炭酸水の代金は、お詫びも兼ねて不要とのこと。


 そして、アリスとカズには悪いが、二人には金があるし大丈夫だろうと考えをまとめると、シンゴは山積みの問題を明日の自分に丸投げすることにした。


「じゃあ、とりあえず修道院に帰りますか」


「そうね。みんな! また来るからねー!」


 そう言ってブンブン手を振るイレナに続いて、シンゴも荷物を落とさないように、手首から先だけで手を振っておく。

 そんなシンゴとイレナに、シモアや獣人娘達が手を振り返し、各々の見送りの言葉をもらいながら、二人は出口に向かう。


「……ん?」


「どうしたの、シンゴ」


「いや……あれ」


 シンゴが顎でしゃくって示す方には、一人の着流しを着たおっさんが、テーブルに突っ伏したままぐーすか眠っている。

 確かこのおっさん、シンゴがしばらく眺めていた奴だったが、どうやら運良くユネラ処刑劇場に巻き込まれずに済んだらしい。しかし――、


「あの騒ぎの中、よく眠れるもんね……」


「同感。というか……影薄いな、このおっさん」


 あの騒ぎの中、よくこんな悠長に眠っていられるものだ――と、その豪胆さに呆れると同時に、今まで気付かれないその影の薄さに、イレナ共々、シンゴは何とも言えない表情で男を見る。


 とりあえず、シモア達にこの男の事を伝えておいて、シンゴ達はさっさと外に出ることにした。

 酔っぱらい――それも、寝起きの奴の相手なんてしたくない。


 後ろでシモアが容赦なく振り下ろした、フライパンのカァンという音を聞きながら、シンゴとイレナは入ってきた時と同じ、カランと鳴るドアを開いて外に出た。すると、辺りは既に夕日によって朱に染まっていて、王都の街並みが、また違った顔でシンゴを出迎えた。


 ひんやりとした、しかし寒くはない、程よく心地よい風がシンゴの頬を撫でる。

 インプレグナブル・ラインの縁に沈んでいく夕日という、なかなかどうして、心奪われる光景を見て、シンゴは人知れず時を忘れてその光景に見入る。


「――綺麗でしょ……?」


「…………ああ、すっげぇ……綺麗だ」


 微笑みながら横から問いかけてきたイレナの言葉に、シンゴは意識を現実に引き戻されながら、すっと自然に出てきた言葉を口にした。

 そんなシンゴの様子を見て、イレナは「ふふ」と笑う。


 しばらく二人して、その幻想的で、どこか心に暖かく染み渡る光景を眺めていたが、突如――カランどざぁッ!という効果音を上げながら、『酔いどれ亭』のドアからシモアの片足が生える。そして、その先でうつ伏せに投げ出される、あの着流しを着た男を見て――、


「帰ろっか!」


「だな」


 シンゴとイレナは、沈む夕日を追いかけるようにして、修道院を目指して歩き出した。



――――――――――――――――――――



 すっかり日が沈み、イレナの持つ灯篭のようなモノの明かりを頼りに、シンゴはあの迷路のような路地裏を歩いていた。

 ここで育ったイレナにとっては、シンゴからしたら迷路のような通路も庭みたいなものらしい。


「だから、シンゴと初めて会った時、あんな所に出ちゃうなんてホントに驚いたわよ!」


「…………俺のせいじゃないもん」


 シンゴは、しかめっ面でそっぽを向きながら、決して俺の特性的なモノが働いた結果では断じてない!と、あるかも分からない自分のマイナスな特性を否定する。

 しかし、さっきからくねくねと通路をあちこち曲がっているので、シンゴには最早、自分が一体どの辺にいるのかということさえ曖昧になってきている。


 それを、当然といった顔ですいすい歩くイレナ。そんな姿に、シンゴは数少ない彼女の長所が見えた気がするが、なんか負けた気がするので口に出すのは控えておいた。

 そして、日が完全に落ち、辺りが完全な夜の闇に包まれたところで、不意に後方から複数の足音が聞こえたような気がした。


「なあ、何か後ろから聞こえね?」


「……確かに、何か足音みたいな音が聞こえるわね。……それに、前からも」


「え?」


 前を見据えるイレナに続き、シンゴも前方に意識を集中させる。すると、イレナの言うとおり、前方からも複数の足音が聞こえるのが分かった。

 足を完全に止め、前後から鳴り響く足音に耳を澄ませていると、その音は徐々に大きくなってきていることに気付いた。


「何なんだ一体、この足音は?」


「分からないけど……もしかしら、誰かに尾けらてたのかも」


「尾けられてたって……後ろの足音はそうかもしんねえけど、前から聞こえる足音の方はどうなんだよ……?」


「…………さあ?」


「さあ……って……」


「来るわよ……!」


「何でこんな所でホラー体験しなきゃなんねえんだよ……! ここで迷って餓死した奴らの怨念的なやつか……!?」


 イレナが後方を、前方をシンゴが見るなか、その足音の主たちはシンゴの見ていた前方から先に現れた。

 そいつらが持っていた明かりに照らされ、シンゴは顔をしかめ、手で顔を覆うように隠す。


 そして、指の隙間からゆっくりと目を開け、その明かりの奥を見てみると――


「よぉ、また会ったな……星屑め」


 そこにあったのは、昼間の鬼ごっこでシンゴを追い詰め、そしてシンゴの正体を知り逃げ出した、あのリーダー格の男の顔だった。


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