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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:85 『後始末③』


「――前進を妨げる障害を取り除く力?」


「そ。それが私の『アドバンス』の力」


 説明された内容を復唱し、首を傾げるシンゴにイチゴが首肯する。

 あの戦いの最中、イチゴが不可解な力を行使したと教えてくれたのは、今から三日前――まだ会話が可能だった頃のアリスである。

 今にして思えば、あの時には既に挙動が怪しかったような気もするが――、


「今はこっちが優先だな。――で、やっぱ魔法なのか?」


「魔法……なのかな?」


 眉を寄せ、小首を傾げるイチゴを見るに、どうやら自分の力の事を全て把握しているという訳ではないらしい。


「イチゴの力、魔法で間違いない。それも、特殊魔法」


 とは、シンゴの袖を引っ張り、自己主張してきたリノアの言葉である。


「なんでそうだって分かるんだよ?」


「簡単。イチゴ、魔法名と、力の詳細を把握している」


「ああ。そういやたしか、特殊魔法ってのは生まれ持った個性みたいなもんで、呼吸の仕方を知ってるみたいに、最初から色々と知ってるんだっけか」


 と、納得するシンゴだったが、しかし問題が一つある。

 その疑念を解消すべく、シンゴはイチゴへと疑いの眼差しを向け、


「まさかとは思うけど、お前、自分が魔法を使えるって事をずっと隠して……」


「そんな訳ないじゃん!? 私が『アドバンス』の存在に気付いたのは、この世界にやって来てすぐの頃だよ!」


 別に責めた訳ではないのだが、イチゴの反論はまくし立てるような大声だった。

 だが、イチゴはこれが正常で平常運転だ。いつもの事である。


「そもそも! 魔法を使うには、えっと、その……」


「生命回路か?」


「そう、それ! その、生命回路ってのが必要不可欠なんでしょ? でも、お兄ちゃんには存在しないって言うし、だったら妹の私も同じはずで――」


「――なるほど。つまり、俺達の間に血の繋がりはなかったって事か」


「……はっ倒すよ、お兄ちゃん?」


 据わった目で握り拳を固める妹に、シンゴは「冗談です」と猛省を示す。

 だが、この世界の住人であるところのリノアが魔法だと言うのだ。真っ先に血の繋がりを疑うのは、当然の成り行きというものだろう。


「いや、もしかすると……」


「お兄ちゃん……?」


 ふと思い当たる事があり、シンゴは顎に手を当てながら考え込む。

 そのままシンゴは、疑問げな表情で見てくるイチゴの青みがかった目、綺麗な黒髪と順に視線でなぞり――、


「イチゴには遺伝して、俺には遺伝しなかった……?」


 口に出してみて、すんなりと腑に落ちたような気がした。

 そもそも、両親の要素をそのまま子が受け継ぐとは限らないのだ。実際、シンゴとイチゴは目と髪の色がそれぞれ違っている。


「遺伝って……でも、お兄ちゃん、それだと……」


「――これは、お前にも話しとく必要があるな」


 遺伝と聞いて困惑の表情を浮かべるイチゴに、シンゴはこの先の話をする為には一つの事実を打ち明ける必要があると判断。

 いつかは話そうと思っていた事なので、ちょうどいい機会に恵まれたと、シンゴはこの状況を前向きに受け止める。


「イチゴ。落ち着いて聞けよ?」


「え? あ、うん」


「――俺達の親父は、たぶん生きてる」


「……え?」


「それと、親父はこの世界の出身である可能性が高い」


「えぇっ!?」


 立て続けに放たれたシンゴの衝撃的な告白に、イチゴは最初きょとんとし、次には盛大に目を剥いて理想的なリアクションを披露してくれた。

 二人の父親――木更木・一心の生存は、母の断言もあってほぼ確定していたが、この世界の出身かについては、疑いはしても確証が得られずにいた。


 ――しかし、それもイチゴのおかげでほぼ確定だ。


「イチゴ。お前は、親父から魔法の素質を受け継いだんだよ」


「おとうさん、から……」


 驚愕がまだ抜け切らないらしく、イチゴの反応はやや鈍い。

 だが、この推測はおそらく正しい。他でもない、イチゴが魔法を行使した事で、木更木・一心がこの世界の出身である事に確信が持てたのである。

 未だに半ば放心状態にあるイチゴに、シンゴはぐっとサムズアップして、


「これで一つ謎が解けた! お手柄だぜ、イチゴ!」


「なんで褒められてんのか分かんない!? ……え? というか、お父さんが生きてるってどういうこと!? お兄ちゃん、お父さんと会ったの!?」


「いや、会ってはないな。でも、生きてるって聞いた」


「誰から!?」


「母さん」


「なんでそんな重要なことをずっと黙ってたの!?」


 荒ぶる妹を「どうどう」と宥めながら、シンゴは心の中で舌打ちする。

 その怒りの矛先は自分――己のしでかした失態に気付いたからだ。


 どうやらイチゴは都合よく、生前の母から父の生存をシンゴが聞いていた、と勘違いしてくれたようだが、その事実は少し異なっている。

 母から聞いたのは本当だが、正しくは生前ではなく、その死後だ。


 ――母の魂との再会。


 シンゴだけが母と再会し、言葉を交わして、触れ合った。

 その事実を、母の記憶がない妹に話すなど、あまりにも残酷すぎる。だというのに、シンゴはその話題に掠るような話を二度もしてしまった。

 自分の浅慮さに、ほとほと嫌気が差してくる。


「いや、俺も今まで確信が持てなかったんだよ。でも、この世界に来てから親父の痕跡を多く見付けてさ。それで、今になって話す気になったって流れ」


「……本当?」


「本当に本当! 大マジだって!」


 胡乱げな眼差しを向けてくる妹に、シンゴはへらへらと笑いながら嘘を吐く。

 罪悪感で胸が引き裂かれるような痛みを味わいつつも、決して表情には出すまいと苦心する。そんな自分に、猛烈な吐き気を感じながら――。


「――ん。分かった。騙されてあげる」


「……え?」


 ふっと表情を崩し、後ろで手を組んだイチゴが穏やかな声で告げてきた。

 その言葉がすぐには呑み込めず、呆けた顔を晒すシンゴを見て、イチゴはどこか呆れたような、仕方ないと言わんばかりの吐息をこぼし、


「あのね、お兄ちゃん。私がどれだけお兄ちゃんの妹をやってきたと思ってんの? お兄ちゃんの嘘を見抜くなんて、意識しなくても朝飯前なんだよ?」


「イチゴ、俺は……」


「でもさ。その嘘が、私の為の嘘だって事も、簡単に分かっちゃうんだよね」


 だから、と。イチゴは顔の前で指を振り、茶目っけにウィンクして――、


「――まんまと、騙されてあげる」


 からかうような仕草と声音で、敗北宣言を告げてきたのだった。



――――――――――――――――――――



「――それじゃね! お兄ちゃん、リノ!」


「おう」


「ん」


 手を振りながら去って行くイチゴを、シンゴとリノアも手を振って見送る。

 どうやらこちらも作業の割り当ては終わっていたらしく、残すは作業を消化するだけだったようで、イチゴは手の足りない所の手伝いに向かったところだ。

 本当なら、リノアも一緒に向かうはずだったのだが――、


「悪いな、リノア。引き止めちまって」


「いい。我も、シンゴと話したかった」


「そう言ってもらえると、俺も気が楽だよ」


 社交辞令のようなやり取りを挟んでから、シンゴは真面目な顔でリノアを見る。

 こうしてリノアにひとり残ってもらったのは他でもない、まだ解決できていない問題について話し合い、そして説得する為だ。


「リノア。ちょっと、イチゴの件で頼みがある」


「それなら、もう解決した」


「どうか、ここから解放してやって……って、は?」


 聞き間違えかと目を丸くするシンゴに、リノアはその無表情を崩すことなく、


「イチゴと話した。我も、前に進みたい。でも、依存していては、前に進めない。故に、イチゴとの別離を選択した。一人で、我の足で、歩いて行く為に」


「それじゃあ……」


「イチゴも、ここを発つ。心配は不要」


 それを聞き、シンゴは脱力するように深く吐息した。

 最後の問題、それはリノアがイチゴの存在に固執していた件についてだ。

 友との別離を拒むリノアをどう説得するか、それがずっと悩みの種だったのだが、どうやらシンゴの与り知らぬところで解決を迎えていたらしい。


「なんつうか、ここから解放される為に色々と画策したのに、その頑張りとは無関係な出来事が原因で解決して、そんで最後にはこれか。結果オーライと見るべきが、はたまた無駄な努力を重ねた俺の空回りっぷりを嘆くべきか……」


「シンゴ、頑張った。優秀」


「それをお前の立場で言うのはアウトだと思うんだけど……まあ、サンキュな」


 リノアの場合、上辺だけの慰めではなく、おそらく本心からの言葉だ。それが分かるからこそ、シンゴの反応もやや複雑なものになってしまう。

 作業中の『激情』を少し思考力の強化へ回し、説得の言葉を捻り出して丸暗記までしていたので、その準備が無駄に終わって肩透かし感は否めない。


「とはいえ、これで全部――」


 解決した、と続けようとしたところで、シンゴはふと固まった。

 早々に問題が片付き、余裕が生まれたからだろうか。別の案件が一つ、脳裏を掠めてシンゴの口を封じたのだ。

 その案件とは、まさにリノアが関係している事で――。


「……なあ、リノア」


「――?」


「『錫杖』の事について、全部、教えてくれないか?」


「――――」


 言った瞬間、リノアが浅く唇を噛み、俯くのが見えた。

 リノアがこれほど強く感情を表に出すのは珍しい。つまり、それだけ『権威の錫杖』関係に踏み込んで欲しくないのだ。


「……どうしても、知りたい?」


「…………」


 俯いたまま、リノアが静かに問うてくる。

 その問いかけに、シンゴは目を閉じて、しばし考えた。


 聞くべき、ではないのだろう。知ったところで、シンゴの意思も変わらない。

 関わるつもりなど毛頭ない。ないのだが、焦点はそこではない。


「俺はさ、巻き込まれた場合の事を考えてんだよ」


「巻き込まれた場合……」


「そう。こっちの意思とか関係なく、巻き込まれた場合だ。そうなった時に、少しでも情報があれば打開策が閃くかもしれないだろ? 知る事で危険な目に遭う事もあれば、その逆に武器としても役に立つのが『知識』だと俺は思う」


「…………」


 シンゴの主張を受け、リノアが思案するように目を伏せる。

 きっと、シンゴは不安なのだ。そんな事は有り得ないと思う反面、無関係ではいられないと、そんな漠然とした予感が胸の奥に巣食って消えてくれない。

 その不安を払拭する為に、未知を既知にする事で、少しでも安心を得たいのだ。


 我ながら自分勝手で、利己的で、独善的な考えだと思う。被害妄想も甚だしいと言われれば、それまでの個人的な事情だ。

 でも、もしも、この予感が正しくて、本当に未来で起こり得るとしたら、被害はシンゴだけに留まらない。それが、この上なく恐ろしい。


「――約束」


「約束?」


「不干渉。それが、絶対の条件」


「……分かった。約束する」


 リノアの提示してきた条件に、シンゴは了承の意を込めて深く頷く。

 それを見届けてから、リノアはゆっくりと語り始めた。


「千八百年前。一人の女、『権威の錫杖』を持って現れた」


「一人の女……?」


「そう。その者、抗う者らと協力し、『DCL16』を鎮めた」


「それって……」


 察したシンゴが微かに目を見開くのを見て、リノアは静かに首肯すると――、


「――ツウ・レッジ・ノウ」


「――――」


「かつて、『金色の巫女』と呼ばれた者」


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