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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:83 『後始末①』


「ふぃ〜……ひとまず、ここはこれで完了、と」


 作業がひと段落ついた事を確認し、シンゴは額の汗を拭って顔を上げた。

 シンゴの目の前には、大きな山と小さな山が二つ存在する。

 大きい方は瓦礫を中心とした廃棄予定の物が、小さい方は再利用の見込みがありそうな物で固められて出来ている。


「――――」


 ――あの戦いから、既に三日が経っていた。


 休息に一日をあて、二日目は死者を弔うべく、全員で死体を集めて回った。

 特にひどかったのが、東の食糧庫の中だ。地下に通じる階段を下り、その先の光景を見たシンゴは、その死が押し詰められた空間に絶句した。

 即座に作業の辞退を申告し、素早く地上に出たのは我ながら好判断だったろう。


 ――あの場で嘔吐し、死者を冒涜するという愚行を犯さずに済んだのだから。


 その日は一日をかけて死体を回収し、火葬という形で死者を弔った。

 赤く燃え上がる死の炎を見つめながら、シンゴは『ウォー』であの男――賀茂龍我に言われた言葉を思い出した。


 ――忘れるな。死とは、果てしなく重い。


 この時、その言葉を本当の意味で正しく理解できた気がした。

 死は重い。命は決して軽くなどない。それは、『怠惰』によって尽きないシンゴの命とて例外ではない。改めて、そう心に深く刻み付けた日であった。


 ――そしてその翌日、つまりは今日。


 シンゴ達は早速、『星屑』の襲撃で半壊した集落の復興作業に着手していた。

 住人や吸血鬼、動ける者は総出だ。既に『豊穣の加護』も復活しており、青空の下での作業環境という事もあって、作業は順調に進んでいる。

 さすがに家屋の再建に着手する段階にまでは至らないが、このままいけば今日中に瓦礫の撤去はほとんど片付くだろう。


「さて、次の仕事は……」


 小休憩を終えて、シンゴは次なる作業の指示を仰ぐ為に移動する。

 その道中、吸血鬼達と協力して瓦礫を撤去する集落の住人達の姿が目にとまる。彼らの中には、今回の事件で家族を失った者も大勢いるはずだ。

 まだ数日しか経っておらず、彼らが心に負った傷も完全には癒えていない。それでも復興に向けて作業に励む姿は前向きで、生きる力を強く感じさせられた。


「少しでも、力になってやりたいよな……」


 傲慢な物言いかもしれないが、彼らの力になりたいというのは本心だ。

 彼らだって、作業に集中する事で悲しみから目を背けている。力作業の為、『激情』を使っていたシンゴは、彼らの気持ちが痛いほど理解できた。

 単純な力作業なら『真憑依』を使うべきだろう。でも、シンゴは『激情』を使い続けた。彼らと同じ痛みを感じながら、この復興作業に従事したかったからだ。


「単なる自己満足、だよな……」


 勝手に同情されても、彼らは決して喜ばないだろう。そんな事は分かっている。それでも、彼らと同じ目線に立ち、死に触れていたかったのだ。

 自分が今まで蔑ろにしてきたものを、今一度、見つめ直す為にも。

 それが、死んでいった命に対する、シンゴなりの贖罪のように思えたから。


「……やっぱ、自己満足だな」


 自嘲ぎみに笑って、シンゴはいつの間にか止まっていた足を再び前へ送り出す。

 そうして、変わり果てた集落の中を歩き続けた先で目的の人物を見つけた。手を挙げて近付きながら、シンゴはその人物に声をかける。


「ガルベルトさん。こっちの作業、終わりました」


「ああ、シンゴ殿。ご苦労様です」


 声に振り返り、柔和そうな笑みを浮かべたガルベルトが労をねぎらってくれる。

 今の彼は、最初にシンゴが出会った頃のガルベルトではない。

 まず真っ先に目を引くのは、右目の上に斜めに巻かれた包帯である。その包帯の裏側にある眼窩に、本来あるべき眼球は収まっていない。

 次に目がいくのは、右の肩口から先が萎んだ執事服だ。腕を通していないのではなく、通す腕がないのである。


 ――右目と右腕。


 それが、目視で確認できるガルベルトが失ったモノの二つだ。

 だが、深刻なのはむしろ中身の方である。魔法を行使するのに必要不可欠な生命回路が現在の彼にはない。内臓にも欠損があるらしい。

 そして、極め付けが記憶の欠落である。今のガルベルトは、自分が一体何者なのかが全く分からない状態にあるのだ。


 ――等価交換の呪い。


 それが、彼から五つの構成要素を奪い去った捏迷歪の特殊魔法である。

 怪我や負傷という扱いでなく、何かしら別枠の特殊なルールが働いているらしく、吸血鬼の再生能力を以てしても失われた部位が戻る事はなかった。

 なるほど、『呪い』とはよく言ったものである。


「…………」


「シンゴ殿。そう辛そうな顔をされますな」


「あ、すみません。俺、そんなつもりじゃ……」


 どうやら顔に出てしまっていたらしく、苦笑したガルベルトに優しく気遣われ、シンゴは恥じ入るように謝罪した。

 そんなシンゴの様子に、ガルベルトは「お優しいのですな」と朗らかに笑う。そして、その真紅の瞳で真っ直ぐシンゴを見ると、左手を己の胸に当てて言った。


「確かに、多少の不便はあります。ですが、私は己を哀れで不幸な存在だとは全く思っておりません。むしろ――」


 そう告げて、ガルベルトがシンゴから外した視線を横に向ける。

 すると、ちょうどタイミングを計ったかのように、その視線が向かった先から明るく弾むような少女の声が聞こえてきた。


「あー! 二号くんがサボってる! いっけないんだー! ラミア達はこんなに頑張ってるのに、一人だけズルいんだー!」


「本当です。レミア達が汗水垂らして肉体労働に従事していると言うのに、男の身でありながら率先して怠惰を貪る姿は、いっそ清々しいまでにいい度胸です」


「おい……」


 駆け寄って来るなり、二人して仲良くサボりを糾弾してくる双子の少女達に、シンゴは思わず頬を引き攣らせた。


「この汗だくかつ泥に塗れた俺の姿を見て、よくまあそんな心ない糾弾が真っ先に出てくるもんだな、おい?」


「あっははー! 冗談だってー! もー、本気にしないでよー! 二号くんったら、そんな事も分かんないのー?」


「お姉ちゃんの言う通り、ここは可愛らしい少女二人のお茶目な悪戯と笑って済ませる場面です。微塵も男らしくないですね。がっかりです」


「おいレミア! お前さっきから男女差別発言が目立つな! つか、ラミア! お前、そのわざとらしい猫かぶりは頼むからやめろって! あれだけ素の方をがっつり見せられた後だと、なんか鳥肌が立つんだよ!」


 言ってから、本当に鳥肌が浮いてきた両腕をさするシンゴを見て、ラミアは大声を上げて笑い、レミアも一緒になってくすくすと笑う。

 単にからかわれているだけだと分かっている為、シンゴもため息を吐くと、腰に片手を当てながら仕方ないとばかりに苦笑した。


「二人とも。シンゴ殿はご自身の作業を終わらせ、次の作業割りを尋ねに私の下へ来たところ……決して、サボっている訳ではございま……訳ではない」


 しかし、どうやらガルベルトはこれが冗談だと見抜けなかったらしく、真面目な顔で二人にお小言をこぼしている。

 そういう部分は、どこか以前のガルベルトが感じられた。

 ただ、やはりまだ二人との接し方はぎこちなく、今も敬語を使いそうになって、咄嗟に誤魔化すように言い直している。


 ちなみに現在、ガルベルトは現場の指揮を半分受け持っている。

 本当はリノアが一人でやるはずだったのだが、ガルベルトの記憶喪失を知らない住人達が率先してガルベルトに指示を求めにやって来たのと、ガルベルト本人も記憶を埋めるいい機会だと請け負った結果、リノアとの二人体制になっていた。


 リノアはあの無表情と言葉数の少なさが災いし、近寄り難い雰囲気になってしまっていたので、この二人体制は結果的に見れば正解だったかもしれない。

 そんなリノアだが、イチゴが付いてくれているのでおそらく大丈夫だろう。

 イチゴはしっかり者の、シンゴの自慢の妹だ。信じて任せよう。頑張れ。


 とはいえ、ガルベルトは記憶喪失だ。その補佐の名目で、ラミアとレミアが近くで作業をしながら、場合によってはサポートに回っている。

 今も、数人の住人達が相談に来ており、三人でその対応をしていた。


「――――」


 ガルベルトの両隣に寄り添い、互いに相談し合いながら、住人達と話し込む三人の姿を見て、シンゴは自分の口元が緩むのを感じた。

 どうやら、この親子の行く末を心配する必要はないらしい。余計なお節介を焼いた手前、ずっとその事が心に引っ掛かっていたのだ。


「――ん?」


 腕を組みながらニマついていると、ラミアとレミアがこちらに歩いて来た。

 見れば、ガルベルトはこちらに会釈すると、今まで話し込んでいた住人達と連れ立ち、そのままどこかに歩いて行ってしまった。


「もういいのか?」


「うん、大丈夫だよー」


「ついでに、シンゴさんの次の仕事も預かってきました」


 実のところ、何も告げずにガルベルトが立ち去ったので、追いかけて次の仕事を聞くべきか迷っていたのだが、その心配は不要だったらしい。

 次の作業の為に軽く屈伸運動をしながら、シンゴはレミアを横目に見て、


「で、俺は次に何すれば?」


「実は、作業の割り当てほぼ終わっています。なので、ここからは自由に動いて頂いて、手の足りない所を手伝って下さい」


「了解さん、と」


 どうやらシンゴの想像以上に作業は順調な進行を見せているらしい。この調子なら、暗くなる前に作業を終える事も可能かもしれない。

 そんな事を考えていると、ふと視線を感じてシンゴは柔軟体操を中断。見れば、何やらラミアとレミアがじっとシンゴの事を見つめている。


「なに? どした?」


「――改めて、貴方にお礼が言いたいの」


「お礼……?」


 猫かぶりをやめ、素の表情を晒したラミアの言葉と、それに同調するように隣で頷くレミアを見て、シンゴは首を傾げる。

 そんなシンゴの手を、ラミアとレミアがそれぞれ片方ずつ手に取り、自分の手をその上に重ねながら、シンゴを見上げると――、


「「――ありがとう」」


「――――」


 眩しいくらいの満面の笑みで、二人同時にそう言ってきた。

 面食らうシンゴの前で、レミアがどこか恥ずかしそうに俯き、


「シンゴさんは、レミア達の為に頑張ってくれました。あの時は、ひどい態度を取ってしまって……その、ごめんなさい」


「いや、俺は……」


 謝罪の言葉と共に、レミアが頭を下げてくる。しかし、眉を顰めたシンゴは二人の感謝を受け止め切れていない。

 二人の感謝は、シンゴが彼女ら親子の仲を取り持った事に関するものだろう。でも、シンゴはその和解に自分が貢献したとは思っていない。


 実際、シンゴが関わった段階では、和解には至れていないのだ。

 結果的に和解は出来たようだが、そこにシンゴは一切関わっていない――どころか、その場に居合わせすらしなかった。

 それで感謝の言葉を送られても、正直、素直に受け取る事が出来ない。


「いいえ、違うわ。貴方のおかげで間違いないのよ」


「ラミア……?」


 シンゴの表情から察したらしく、やんわりと首を振ってそれを否定したラミアが、シンゴを見上げながら断言するように告げてきた。

 そして、困惑を深めるシンゴを大人の女性が見せるような優しい微笑で見やり、


「私たち親子が再び歩み寄れたのは、あの人が……パパが、私たちに歩み寄る事を諦めず、必死に手を伸ばし続けてくれたから」


「そして、そんなお父さんの背中を押してくれたのは、他でもない、シンゴさんです。――貴方なんです」


「――――」


「私たち親子に、きっかけをくれた」


「そんな貴方に、最高の感謝を」


「「――本当に、ありがとう」」


「――――」


 二度目の感謝を送られた瞬間、胸の奥を温かい何かが満たすのを感じた。

 だからだろうか。気付けばシンゴは、ニッと歯を見せて笑い、二人に見せるように両手の親指を立てると――、


「ああ、どういたしましてだ!」


 ――自然と、二人の感謝を受け入れていたのだった。



――――――――――――――――――――



「――それで、二号くんたちは、いつここを発つのー?」


「ん? あー、そうだな……ってか、猫かぶり再開すんのかよ……」


「だって、どっちもラミアだかんねー。――それとも、貴方はこっちの私の方が好みなのかしら?」


 無邪気な笑みから一転、ラミアが艶やかな微笑で流し目を送ってくる。

 シンゴは「うっ」と喉を詰まらせ、視線を逸らしながら雑に手を振ると、


「べ、別に好きか嫌いかとか関係ねえし。……つか、理由ならさっき言ったろ」


「そうだったかしら?」


「お前なぁ……っ!」


 くすくすと笑うラミアを見て、からかわれているのだと気付いたシンゴは嫌そうに顔を顰める。が、すぐに諦めのため息を吐き、


「まあ、さすがに復興作業が全部終わるまで居座るつもりはねえかな。この撤去作業が片付いたら、ここを発とうかと思ってる」


「……そう」


「寂しく、なりますね……」


 出立の予定を聞いて、ラミアとレミアが少し寂しそうな顔をする。

 シンゴだって二人と同じ気持ちだ。こうして、せっかくわだかまりのようなものもなくなり、仲良くなってきたばかりだというのに。


 ――そう。シンゴ達は既に、『金色の神域』に縛られてはいない。


 そもそも、シンゴ達がこの場所に縛られていたのは、『錫杖』を守る為なのだ。

 そして、その『錫杖』は『罪人』によって持ち去られた。つまり、シンゴ達をこれ以上ここに縛り付ける必要性がなくなったのである。

 故に、いつでも出て行って構わないと言われているのだが、さすがにこの状況を放置するのは躊躇われ、志願する形で復興作業に参加しているのが現状だ。


「『権威の錫杖』、だったか……」


 呟き、シンゴはリノアから説明されたあの『黒い棒』の正体に目を細める。

 どういう風の吹き回しか、リノアは『錫杖』について説明してくれた。

 タイミングはリノアがガルベルトの記憶喪失を知った直後だったので、彼女なりに思うところがあっての事なのだろうが、その真意までは推し量れない。


「パーツを全部集めて完成させると、世界が滅亡する……それを聞くと、俺達から情報が断片的に漏れる事を危ぶんだのも納得だよな。でも実際、それで一生ここで過ごす事になりかけた身からすると、やっぱ釈然とは出来ねえけど」


 不満を垂れてはいるが、口封じで殺されなかっただけマシだろう。

 カズとイレナも解放される予定だったので、あの時のガルベルトがどれだけ譲歩してくれたのかが窺えるというものだ。


「殺されなかっただけマシだと思いなさい」


「……はい」


 考えていた事をラミアに言い当てられ、シンゴは素直に失言だと反省。すると、その隣でレミアが腰に両手を当てながら小さな胸を張り、


「優柔不断で優しいお父さんに感謝して下さい」


「いや、まあ、感謝はするけど、その言い方……」


 ドヤ顔で言ってくるレミアだが、発言内容が地味に父を貶しており、シンゴも素直に感謝の態度を取れず渋い顔になる。

 その反応が不服だったのか、レミアがじろりと睨んでくるので、シンゴは誤魔化すように咳払いを挟み、真面目な顔でラミアに話を振った。


「えっと、お前らは、これでよかったのか……?」


「それは、どういう意味かしら?」


「いや、確かに仲直りは出来たかもしれねえけど……」


 そこまで言いかけて躊躇うシンゴに、二人も何を言いたのか察したらしい。

 二人とも神妙な面持ちになり、しかしすぐにふっと表情を緩めて、


「そうね。もちろん、私達もこのままでいるつもりはないわ」


「はい。お父さんを元に戻せる方法を探そうと思います」


「……そっか」


 二人の瞳に確かな決意を見て取り、シンゴも相好を崩しながら頷いた。

 目の前にある瓜二つの表情には、悲嘆の色など欠片も存在しない。真っ直ぐ前を見据える者の、力強い面持ちがそこにはあった。


「――んじゃ、俺もそろそろ行くわ。駄弁ってると、日が暮れそうだしな」


「「サボらないように」」


「だからサボんねえよ!?」


 背を向けて歩き出そうとしたところで二人同時にそんな事を言われ、シンゴは目を剥いて振り返りながら全力で言い返したのだった。



――――――――――――――――――――



「…………」


 考え込むように、歩くシンゴは交互に繰り出される己の爪先に視線を落とす。

 脳裏に蘇るのは、あの『バランサー』を名乗る『声』との会話だ。


「課せられる試練を乗り越え、鍵を完成させろ……」


 その台詞が指し示す『鍵』とは、おそらく『権威の錫杖』で間違いない。『試練』というのも、あの巡り続ける地獄の世界の事を指しているのだろう。

 だが、『権威の錫杖』を完成させるという事は、つまりは世界の滅亡を意味する。そんな危険な代物を完成させろとは、一体どういう了見だ。


「まさか、俺にこの世界を滅ぼせってか……?」


 考えても答えは出ない。だが、他に一つ気付いた事があった。


「たぶん、リノアは『権威の錫杖』について全ては説明していない……」


 信用されていないのかとも考えるが、すぐに首を振って否定する。

 おそらくリノアは、あえて情報を伏せたのだ。それは信用に足らないと判断したからではなく、むしろ心配するが故のものに違いない。


「俺を……いや、イチゴをこれ以上巻き込まない為に……」


 ただ『危険性』だけを伝え、関わる事を自主的に避けさせようとした。

 事実、『権威の錫杖』がどれだけ危険な代物であるのかは、シンゴにはっきりと伝わっている。恐ろしいと、出来れば関わりたくないと、そう思っているのだ。


「でも……」


 シンゴが自主的に関わるまいと、まるで運命に導かれるように、それが定めであるかのように、向こう側から近寄ってきて、絡み付いてくる。

 そんな、言いようのない不安と、予感めいたものがあって――。


「あ」


「ん?」


 ふと声が聞こえ、思考を中断したシンゴは顔を上げる。

 見れば、立ち止まったアリスが目を丸くして、何故かぽかんと口を開けながら、唖然とした面持ちでシンゴの事を見ていた。


「――どうしたのよ、アリス?」


「――っ」


 と、倒壊した家屋の影からひょっこりと顔を出し、声をかけたのはイレナだ。

 するとアリスは、その声にビクっと肩を跳ねさせ、おろおろと何か不審な動きを見せたかと思えば、歩み寄ってきたイレナに駆け寄り、その背中にさっと隠れた。


「え? なに? どうしたの? アリス?」


「――――」


 困惑するイレナを壁にして、アリスがそっと顔を半分だけ覗かせてくる。

 そして、シンゴと目が合うと――、


「――っ」


 慌てたように、イレナの背中に素早く避難した。

 そこでようやくシンゴの存在に気付いたらしく、イレナが「ね、ねえ!」と縋るような面持ちでこちらに歩み寄ろうと――、


「――っ」


「ぅぎゅ!?」


 が、アリスに後ろから首に抱き着かれ、呻き声を上げたイレナの足が止まる。

 そのまま首を絞められ、青い顔のイレナが必死にアリスの腕をギブアップだと叩きながら、涙目でシンゴを睨み付け――、


「あん、た……なに、したの……よ……っ」


「……さあ?」


 全く心当たりのないシンゴは、ただ首を傾げるしかなかった。


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