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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:78 『天運次第』


「宝を返して貰う? あはは、それが人に物を頼む時の態度かよ。もうちょっとさ、礼儀ってもんを弁えた方がいいと思うぜ、おっさん?」


「…………」


 ガルベルトの宣言に対し、嘲弄を滲ませた捏迷歪が挑発で応じてくる。

 だが、ガルベルトはそれを無視。そのまま足を一歩、二歩と前に進めて行く。


「あれ、もしかして忘れちゃった? 今は僕の特殊魔法……『呪い』の影響下なんだぜ? 僕に攻撃するって事がどういう事か、身を以て経験したばっかだってのに、それで後になってから知りませんでしたー、ってのはナシで頼むぜ? さすがに歪さんも、年寄りのボケを片っ端から擁護してやるほど暇じゃないからさ」


 ぺらぺらと口を回し、ウィンクで閉じた右目の瞼を上から指で叩いて見せる捏迷歪。その行為が何を示すのか、ガルベルトも理解できていない訳ではない。

 『等価交換の呪い』と、この少年は確かにそう言った。自分を攻撃するには、己の一部を対価として支払わなければならない『呪い』だと。

 実際、捏迷歪に攻撃を仕掛けた神官達は、それぞれ『個人』を形成する一部分を喪失している。少し経緯は異なるが、ガルベルトの右目も同様だ。


 この『呪い』の正体は、本人も口にしていた通り特殊魔法なのだろう。

 しかし、これほど強力な特殊魔法だ。おそらく、特殊魔法の中でもデメリットが存在するタイプ――それも、かなり重いものに違いない。


「――言っとくけど、特殊魔法に付随するデメリットを突こうって考えてるなら、それは無駄だぜ?」


「――っ!」


「だってさ、使用した三日後に、一年間自意識が消失するってデメリットだから。つまり、今の状況には何の影響もないって訳。――残念だったね☆」


 考えはお見通しとばかりに、人差し指を頬に当てた捏迷歪が二パッと笑う。

 思わず息を詰めるガルベルトだったが、その動揺もほんの一瞬だ。刹那の停滞から脱した足は再び前へ、一歩一歩、確実に距離を詰めていく。


 元より、己が身を削る覚悟は出来ている。今さら安全な道が断たれ、茨の上を歩くしかないのだと分かったところで、この歩みを止める理由などにはならない。

 だから、足を止めてしまったのは、我が身可愛さからではなく――、


「こない、で……っ!」


「――ラミア」


 血の気の失せた青い顔で、薄紫の唇から放たれた拒絶の声に、ガルベルトの足が止まる。見れば、苦痛に顔を歪めるラミアがこちらを見ていて――、


「あの子は……ようやく、取り戻す選択をした。だから……私なんかの為に、身を削るくらいなら……あの子の、レミアの傍に……ッ」


 苦痛に喘ぎながら、しかしその台詞は助けを求めるものではなく、妹を心配するものだった。自分はいいから、レミアの安全を優先しろ、と。

 だが、これを思いやりや優しさと、本当にそう呼んでいいのだろうか。本心であるのは事実なのだろうが、それでもどこか――そう、どこか投げやりに感じてしまうのは、果たしてガルベルトの単なる気のせいなのだろうか。


「――やめて下さいッ!!」


 意識が刹那の思考に埋没する、その空白に滑り込んできたのは強い拒絶の声だ。

 悲痛な叫び、それはガルベルトの背後から放たれていた。ラミアの――姉の言葉を否定したのは他でもない、妹のレミア本人だ。

 顔だけで振り返ったガルベルトが見たのは、大粒の涙を流しながら、くしゃくしゃになったレミアの泣き顔で――。


「ラミアお姉さまが、レミアの事を第一に考えてくれるように……レミアだって、ラミアお姉さまの事を第一に考えてるんです! それに、レミアは……レミアは、取り返しの付かない罪を犯しました! レミアの弱さが、お姉さまのひび割れた心を完全に壊してしまった! そんなレミアが一人だけ幸せを享受するなんて事は、やっぱり出来ません! 自分から縋っておいて、何様だと思われるかも知れません……でも、だからこそ、もう後には引けないんです! お願いです、どうか、ラミアお姉さまも一緒に……ッ!」


 その、慟哭に近い妹の訴えに、ラミアが静かに目を見開く。だが、やがてゆっくりと、どこか悲しそうにその目を逸らし、


「……ごめんなさい」


「どうしてッ!?」


「レミア、貴女の言った通りよ。私の心には、もう何も残っていない。きっと、貴女の望む幸せに齟齬を生んでしまう。だから、私は――」


「お姉ちゃんが一緒じゃなきゃ嫌なんですッ!!」


 姉の台詞を掻き消して放たれたのは、子供の我が儘に等しい絶叫だった。

 堪え切れなくなったように、伏せた顔を両手で覆って泣きじゃくり始める妹の姿を、ラミアはただ口を噤んで困ったように見つめるだけだ。

 そんなラミアに向けて口を開いたのは、歩みを再開したガルベルトだった。


「お前の心を追い詰め、取り返しの付かない傷跡を残してしまったのは、他でもない、この私だ。罪を問われるのなら、それは私こそが相応しいだろう。――ラミア、お前には私を断罪する権利がある」


「私は……」


 ガルベルトの言葉に、ラミアの瞳が揺れながら下を向く。その瞳の奥で渦巻くのは葛藤か、はたまた拒絶の言葉を探してのものか、それとも――。


「私は黙って断罪を受け入れるつもりだ。――だから、どうかその代わりに、私にお前を助けさせてくれはくれないか?」


「――っ」


 真っ直ぐ、ガルベルトが覚悟を放った直後、ラミアの顔が困惑に歪んだ。

 そのままラミアは何か逡巡するように口を開閉していたが、やがて力を抜くように俯いた。前髪が垂れ下がり、その表情を覆い隠す。


「……私にはもう、怒りも、悲しみも、喜びも、何も残っていないわ」


「レミアに……レミアの中に、ちゃんと残ってます!」


「かつての幸福を、そのまま受け入れる自信がない……いいえ、そもそも、思い出せないのよ。どう受け入れて、どう振舞えばいいか、分からないの……」


「幸せとは、過去をなぞり、再現するものではない。幸せとは、新しく築き上げていくものであり、過去を振り返った時に初めて自覚できるものだ。そして、お前達が過去を振り返った時、あの時間が幸福であったと思えるひと時を作る為に、私は全力で協力したい。……こんな不甲斐ない父親でよければ、どうかもう一度、その幸福を共有するチャンスを与えてはくれないか?」


「……私、は……ラミア、は……っ」


 二人の呼び掛けに、ラミアが下唇をきつく噛み締めながら、その紅い瞳を激しい葛藤に揺らす。続く言葉を待つ一瞬が、ひどく長く感じられる。だが、その間もガルベルトは歩みを止める事は無い。一歩、また一歩、もう少しで、ラミアに手が届く距離まで近付いた所で――、


「――はぁい、近付きすぎ&話長すぎ&歪さんを無視しすぎ」


「――は?」


 パンと手を叩く音と共に、時間切れを告げる少年の声が響いた。

 その直後、ガルベルトのすぐ目の前で、ラミアの全身を黒炎が覆い、そのまま握り潰した。断末魔の代わりに肉と骨が潰れる音が響き、黒炎の隙間から噴き出した真っ赤な鮮血が、微かに残っていた白い雪を全て赤く塗り潰す。


 黒炎からはみ出した細い片腕が何度か痙攣するように跳ね、やがてぐったりと動かなくなる。その、だらりと垂れ下がった白い腕を、溢れ出して行き場をなくした大量の血が伝い、小さな滝のように赤い雪をよりいっそう赤く染めていく。


 背後でレミアの悲鳴が上がるのを聞きながら、しかしガルベルトは足を止めたまま、目の前の凄惨な光景を受け止め切れず、棒立ちになる。

 目を見開き、呆然と思考停止するガルベルト、その視界の端で、捏迷歪はあっけらかんとした顔で軽く肩を竦めて言った。


「いや、僕は何も悪くないぜ? 血を流し過ぎて頭ふらふらなのを差し引いても、普通この状況で、そんな亀みたいなペースで、それも真正面から堂々と、敵に近付くかって言う。いやいや、ないでしょ。敵を無暗に刺激しちゃダメだろ。だから、この子がこうなったのは、お前の所為だ。――全部、お前ら親子が悪い」


「捏迷歪ぃぃ――ッッ!!」


「わっほ! 八つ当たり反対!」


 頭が真っ赤に染まり、その怒りの衝動に任せてガルベルトは地を蹴った。

 だが、身体が重い。普段の跳躍とは雲泥の差だ。そしてその差は、吸血鬼と人の差であり、頭の中のイメージと実際の動きが生むズレは甚大だった。

 が、そんなものは些細な問題に過ぎない。イメージと肉体の齟齬を嚇怒の熱で塗り潰し、強引にズレを修正する。たとえ、肉体がどれだけ弱体化しようとも、その戦闘センスは変わらない。吸血鬼の長い生の中で培ってきた、経験の積み重ねだ。


 変わらず動きは鈍いままだが、それでも動きの精細さは取り戻した。純粋に脚力が足りないのなら、技術で補えばいい。捏迷歪が百年研鑽しても到達できないであろう神速の踏み込みで、彼我の距離を一気に詰めたガルベルトの右手が閃く。

 袖の中に仕込んである短剣を腕の振りで手中に収め、そのまま真下から黒炎の一番薄い部分に振り上げる。その瞬間、上位魔法の雷魔法で速度をブーストし、一息に黒炎を分断――する寸前、右腕の感覚がいきなり消えた。


「な!?」


「――どうやら、今日の僕は本当に運がいいみたいだ」


 ぼとりと、ガルベルトの右腕が腐り落ちるように肩からもげた。

 短剣を握ったまま雪の上に落下し、一瞬で肉がドス黒く腐敗する様子に、捏迷歪がニタリと嗤う。嗤いながら、黒炎の一部を細い槍のように放ってきた。

 捏迷歪自身の身体能力は、本人も公言する通り凡人かそれ以下だ。しかし、この黒炎翼だけは違う。強く、速く、何より応用力が高すぎる。


 故に、警戒していた。していたにも拘わらず、今のガルベルトの目では追い切れず、反応できなかった。ほとんど勘で横に飛ぶが、脇腹を深々と抉られる。

 いつもなら十数秒で治る傷だが、今は違う。傷は残り続け、神経を焼く痛みと熱は正常な判断力を、動きの精細さを奪う重い負債となる。


「ぬっ、ぐぅ……ッ」


 そして、遅れて理解したように、右肩が痛みを主張してくる。

 数百年ぶりの持続する痛みに顔を苦痛で歪めながら、それでも冷静な思考を手放さないようにと懸命に歯を食い縛る。

 おそらく右腕は、捏迷歪への攻撃に対する『対価』として支払われたのだろう。今まさに攻撃を繰り出そうとしていた右腕が選ばれるとは、確かに敵にとっては幸運であり、そしてガルベルト本人からしてみれば不運もいいところだ。


「さぁさぁ、慎重かつ確実に当てていこう! じゃないと、次で重要な臓器を持ってかれるかもしれないぜ?」


「――ッ」


 捏迷歪の言葉に歯噛みしながらも、自分に冷静であるよう厳命する。

 確かに、この男の言う通り、無暗やたらと手数に頼る戦法は使えない。一撃を確実に当てるしか手段がない以上、焦点はその一撃をどう通すかに絞られる。

 残った左目を鋭く細め、ガルベルトは『敵』を観察する。この捏迷歪という男は、飄々としているようでいて、こちらをしっかりと見ている。


 先の一撃と同じように、ラミアを奪い返す事を目的とした黒炎翼への攻撃はおそらく先読みされる可能性が高い。なら、動きも反応も鈍い本体を狙うか。

 いや、優先順位的に自分が次に狙われる事はこの男も察しているだろう。想定の範囲内、つまり何かしらの対応策を講じている可能性が高い。


 この男の言葉に乗るのは癪だが、今のガルベルトは紛れもなく弱者だ。なら、弱者なりに頭を使え。自分の勝利条件を、最優先事項を正しく設定しろ。使える持ち札は何がある。どの順でカードを切って、何回までならカードを切れそうだ。この捏迷歪という男の性格は、思想は、理念は何だ。相手と自分と状況とそれらに付随する条件、全ての情報を精査し尽くし、あらゆる事柄の優先度を決めて、その上で行動を起こせ。――何一つ、失敗は許されない。


「――フレイズ殿! 後の事は任せましたぞ!」


「いや、任せるも何も、アレはもう――」


「行くぞ外道! その汚らわしい手を娘から放せ――ッ!!」


 啖呵を切ると同時に雷光を纏い、ガルベルトは一瞬で捏迷歪の背後に回り込む。身体能力が弱体化しても、上位魔法の恩恵による神速は健在だ。

 捏迷歪はおろか、それなりに腕の立つ者でも容易に反応は出来ない速度。それでも、捏迷歪は反応した。否、反応ではない。これは先読みだ。

 ガルベルトの眼前に、黒炎の塊が突き出される。ラミアを捕らえたままの黒炎を、捏迷歪は盾として活用してきたのだ。


 背後からの急襲、それはガルベルトが好む戦法だ。加えて、捏迷歪は既にこの戦法を見ている。それを踏まえた上で、ガルベルトは敢えて背後を取った。

 先読みさせて、誘導する為に。そして、この外道なら間違いなくラミアを盾にしてくると予想していた。全て読み通り。あとは――、


「我が天運次第――ッ!!」


 左腕一本で素早く懐から二本の短剣を取り出す。が、指がもつれてしまい、一本の短剣が手を離れて落下する。

 しかし、ガルベルトはそれを無視し、残った一本を少し加減して投擲した。軌道は真っ直ぐ、黒炎から僅かに覗くラミアの眉間に向かう。


 その瞬間、全身を覆う雷光が消える。――『生命回路』が喪失した。


 捏迷歪が目を見開くのを見ながら、ガルベルトは先ほど落としてしまった短剣を空中で思い切り蹴り付ける。――蹴った瞬間、何も分からなくなった。

 ここはどこだ。自分は何をしている。そもそも、自分は誰で、何者なのか。頭の中を混乱が満たし、疑問符が埋め尽くしていく。


「――――」


 圧縮された時間感覚の中で、見た。黒い少年。その奥で何か必死に叫んでいる銀髪の少女。そして――そして、黒い炎の中に取り込まれた、一人の少女。

 誰なのかは知らない。でも、魂が声高に叫んでいる。あの少女を助けなければならないと。何があってもあの少女を救い出さなければならないのだと。


 己が魂の声に導かれるまま、全てを忘却した男は無我夢中で『それ』を――左腕に絡まっていた極細の糸を引っ張った。

 肉体に残る記憶の残滓を頼りに、正確に糸を引いた瞬間、雪の上に転がる腐敗し切った何者かの片腕、そこに握られていた短剣が引っ張られて飛来した。


 その短剣が向かう先には、先んじて投じられたらしき二本の短剣があり、その二本の短剣が空中でぶつかって、火花を散らしながらそれぞれ軌道を変える。

 そして、その内の一本に、糸に導かれた短剣が衝突――再び火花が散り、更にその軌道を転じる。その、短剣が向かった先には――、


「ぁがっ――!?」


 黒い少年の首裏に、短剣が深々と突き刺さった。

 一目で致命傷と分かるその傷に、少年は大きく目を見開いた後、ゆっくりと身体を前に傾がせ、そのまま雪の上にうつ伏せで倒れ伏した。

 少年が倒れたのと同時に、少年の右肩から生じていた黒炎が霧散――その中に囚われていた血だらけの少女が雪の上に投げ出される。


「ぐ、ごぁっ……!?」


 不意に腹部に激痛が走り、老執事の膝が雪に沈む。あまりの激痛に冷や汗が噴き出し、呼吸すらも苦痛に感じられるほどだ。

 それでも、顔を上げた老執事は、這いずりながら進み始めた。全身から絶え間なく神経を焼いてくる痛みに吐き気が止まらない。途中で堪え切れず嘔吐する。それでも、這いずる事は止めない。ゆっくりと、確実に、前へ進む。


 そして、やっと――その手が届いた。


 血だらけの銀髪の少女を片腕で抱き寄せ、その小さな胸に耳を当てる。微かに、それでも確かに、生を示す鼓動が聞こえた。

 その鼓動を聞いた瞬間、左目から熱い涙が溢れ出した。理由は分からない。何故、こんなにも深い安堵に包まれているのか、それも全く分からない。

 だが、それでも、この少女の生存に、深く感謝した。


「――で、そこからは?」


「ぇ……?」


 声に顔を上げると、そこには確かに絶命したはずの少年が立っていた。

 少年はにこやかに、純真無垢な子供が素朴な疑問を大人に問うように、血と涙で汚れて皺をより深くする自分の顔を微笑みと共に見下ろしている。


「その子を取り戻して、次は、どうするのさ?」


「次……」


 分からない。ここまでは無我夢中に、魂の叫びに従って動いてきた。でも、もう魂の声は聞こえない。いや、一つだけ、明確に理解している事はあった。

 ぎゅっと、気を失った少女を抱き寄せる。それは守る為の行為に他ならない。問題は、何から守るかだが、今の自分にはそれが分からない。ただ、この少女だけは死んでも守らねばならないと、謎の使命感に突き動かされての行動だった。


「ああ、なるほど。記憶をやられたのか。それでもまだその子を守ろうとするなんて、歪さんちょっと感動で涙腺が……」


 何やら少年は流れてもいない涙を拭う素振りを見せ、そのまましばらく演技を続けていたが、やがてけろっと顔を上げて満面の笑みを咲かせると――、


「――うん、飽きた!」


 その言葉の意味を理解する前に、少年の左肩から黒炎が噴き出した。そのまま黒炎は形を変化させ、一本の巨大な斧になる。

 遠くで、悲鳴に近い少女の叫びが聞こえた。だが、その音は耳を素通りし、言葉として脳には届かない。何故なら、自分の片目は、意識は、振り下ろされる黒炎の斧に――その命を刈り取る死神の一撃に、釘付けになっているから――。


「――ッ!?」


 黒炎の斧が振り下ろされる寸前、少年がハッと何かに気付いたように振り返った。その黒い瞳が驚愕に見開かれるのを見て、老執事も同じ方向を見やる。

 そこには、両腕を失った青年が、膝を震わせながら立っていて――、


「……きやがれ」


 青年がぼそりと、小さく何か呟いた次の瞬間、遠くで何かが雪煙を巻き上げながら宙に打ち上がった。『それ』はそのまま回転しながら宙を舞い、やがて頂点に達すると、重力に引かれて落下――ちょうど、青年の目の前に突き刺さった。


「――――」


 錆びだらけの、一本の大剣だ。青年は、その大剣の柄を歯で噛んで引き抜く。その瞬間、大剣を覆っていた錆びが音を立てて剥がれ落ち始めた。

 いや、違う。剥がれ落ちているのは錆びだけではない。錆びごと、まるで不要なパーツを切り離すかのように、刀身自体が砕けて剥落していく。

 そして、最後の破片が剥がれ落ちた時、その下から――、




 ――漆黒の、細身の長剣が姿を現した。


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