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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:76 『無価値』


 ――あの人の笑った顔が大好きだ。


 父と母と手を繋ぎ、無邪気な声を上げ、天真爛漫にはしゃぎ回る。

 その姿を見ているだけで、心が満たされる自分がいた。ただ、父と母を独り占めされてむっとなってしまい、口喧嘩になるのがいつものお約束で。

 それを両親に咎められ、二人して泣いて、それでも最後は、あの人が涙を浮かべながら笑顔で手を差し伸べてきて、自分がその手を取って仲直り。


 幸せと呼べるものがあるのなら、きっと、あの時間をそう言うのだろう。

 だから、ずっと続けばよかったなんて、失ってから願うのは、きっと傲慢だ。


 あの人の方が、自分より遥かに心を痛めていたのを知っていたから。

 知っていたのに、あの時の自分は、自分の心を守るだけで精一杯だった。

 弱くて、惨めで、脆かった自分が今でも許せない。もしも自分がもっと強ければ、あの人があんな風になる事もなかったはずだ。


「大丈夫だよー、レミア。――『私』は、何があっても貴女の味方だから」


 長らく自室に引きこもり、泣き続けていた自分の所に突然やって来たあの人は、そう言って頭を撫でてくれながら、優しく微笑みかけてきた。

 その微笑を見た時、心底ぞっとした。そこにあったのは、自分が大好きだったあの笑顔とは似ても似つかない、別人のように大人びた笑みだったから。


「お、ねぇ……ちゃん?」


「――安心なさい。『私』は貴女のお姉さん。妹を守るのが、姉の務めよ」


 その差し出された手を取ってしまった事を、今もずっと悔い続けている。

 自分が寄りかかってしまったから、あの人の在り方は“確定”してしまった。

 あの時、あの瞬間こそが、きっと分水嶺だったのだ。


 ――それに気付いたのは、あの人が壊れた心を『仮面』として被り直し、虚ろな笑顔を振りまくようになってから、随分と経ってからだった。


 『姉』であろうとしたあの人を『お姉さま』と呼ぶのは、自分への戒めで。

 あの人の全てを肯定する事は、贖罪という名の自己満足に過ぎず。


 だから、たとえ半分でも、その幸福を取り戻す資格など、自分にはない。

 疼く心の甘えを捻じ伏せ、今日もまた、歩み寄ろうとする幸福を拒絶する。




 ――風化してしまったあの人の心を置き去りに、自分だけがそれを享受するなど、決して、あってはならないのだから。



――――――――――――――――――――



「――長らく待たせたね。やっと僕のターンだ!」


 そんな軽い口調とは裏腹に、その顔に浮かぶのは仄暗い微笑だ。

 見覚えのある黒一色の衣服に、黒い髪、黒い瞳が特徴的な少年である。そして現在、少年の置かれている状況は、普通なら軽口を叩けるようなものではない。

 笑う少年を、神官達が隙間なく取り囲み、完全に包囲している。


「この状況で、よくそのような態度が取れるものですな。強がりか、それともはったりか……もしくは、正しく現実が見えないほどに頭がイカれておいでか。いずれにせよ、常人には理解の及ばない思想である事に変わりはない」


「褒めるなよ。照れるぜ」


 そう言って、少年は微笑を崩さずに肩を竦めて見せる。それを受け、ガルベルト・ジャイルが得体の知れないものを見たように眉を顰めた。

 そんな二人のやり取りを少し離れた位置で見守りながら、カズもまたガルベルトと同じように眉を顰める。


 猛威を振るっていた『星屑』は、神官達によって既に殲滅された後だ。

 神官達が身に纏う『金色のフィラ』の効力は凄まじく、『星屑』の魔法を悉く無力化してしまった。だが、真に驚嘆すべきは、その手際のよさである。

 彼らと同じく、『星屑』は吸血鬼で構成されている。その、不死とまで言われる吸血鬼の再生力に対し、神官達は的確かつ効率的に『死』を積み上げていった。


 ――それこそ、どれだけ殺せば『死』に至るのか、完璧に理解しているような無駄のない戦いぶりであった。


「目には目を、歯には歯を、吸血鬼には吸血鬼を、か……」


「それもあるだろうさ。でも、こっちは五等星と六等星しかいないのに対して、そっちは最低でも四等星以上……加えて『金色の加護』なんて持ち出されたら、こっちに勝ち目なんて無いのは明白だ。ここだけの話、あまりに容赦のない虐殺を見せられて、さすがの歪さんもドン引きだったぜ?」


「――っ」


 独り言のつもりで呟いた言葉に返答があり、カズは思わず息を詰まらせる。

 見れば、神官達の包囲網の隙間から昏い瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。まるで闇の奥を覗いてしまったかのような怖気を覚え、知らず全身が強張る。

 そんなカズの反応を見て、仄暗い微笑がよりいっそう楽しげに目を細めた。


「正直者は嫌いじゃないぜ? 恐怖に対して正しく恐怖できるのは、弱者が生き延びる上で最も必要なスキルだ。震えるよね? だって怖いから。逃げ出したいよね? だって勝てないから。そんな君に朗報だ。僕は君より弱い。全力で追いかけられたらすぐに追い付かれるし、拳を振るわれれば防げない。というより、反応できない。自分の方が弱いなんて自惚れるなよ? この自意識過剰ちゃんめ☆」


「――――」


 そう言って、友人におどけるような親しさでウィンクしてくる少年に、カズは凝然と目を見開きながら絶句した。

 言葉の意味は分かる。だが、理解も共感も全く出来ない。自分が弱者であると、人はこうも堂々と誇らしげに語れるものなのか。


「フレイズ殿。この者とはあまり関わりませんよう。――『罪人』です」


「……マジかよ」


「マジさ」


 振り返る事無くガルベルトが告げ、それを少年本人が笑顔で肯定した。

 そして次に少年は、その場で恭しく、ただし芝居がかった所作で礼をし――、


「――僕の名前は捏迷歪。今からお前らまとめて相手してやるから、遠慮なくかかって来いよ。一瞬で血の海に沈んでやるぜ」


 そう言って、顔を上げた少年――捏迷歪が、満面の笑みを咲かせた。

 台詞と表情が全く噛み合っていない。台詞はふざけているとしか思えず、笑みの方も完成され過ぎていて胡散臭さしか感じない。

 不誠実で、不確かで、真実が見当たらない。まるで虚構と対峙しているかのような錯覚に、目の前の『あれ』が何なのか認識が定まらなくなる。


「んじゃー、遠慮なく」


 その空気をぶち壊すように、声が響いた。次の瞬間、捏迷歪の頭部が果実の如く盛大に弾ける。鮮血と脳漿が雪の上にぶちまけられ、異臭と共に湯気が立ち昇る。

 それをしたのは、背後から奇襲をしかけ、躊躇なく捏迷歪の頭部を蹴り砕いた、銀髪を赤いリボンで結ぶ少女――ラミアだ。


「レミアー、胴体」


「はい、ラミアお姉さま」


 姉の声に応じ、跳躍した瓜二つの少女の銀髪、その左側で青いリボンが揺れる。

 そのまま少女――レミアは、首を欠いた捏迷歪の胴体に真上から着地。吸血鬼の脚力で潰されて、残った胴体から血と臓物が勢いよく外に飛び出す。

 先手必勝という言葉をそのまま実演して見せた双子の吸血鬼に対し、最初に反応を示したのは鋭く目尻を吊り上げたガルベルトだった。


「お前達……ッ!」


「どうして、レミア達が怒鳴られるんですか? この人は、明らかに言葉を弄しながら機を窺っていました。なら、何かされる前に叩く、基本中の基本です。それとも、そんな事も見抜けないほどに耄碌してるんですか?」


「本人もかかって来いって言ってたし、咎められる筋合いはないよねー」


「――っ」


 ガルベルトからの鋭い叱責に対し、先走った双子に悪びれる様子はない。ともすれば、挑発とも取れる態度で応じる始末だ。


「私は、父親としてお前達の心配を……!」


「……。余計なお世話です」


「――――」


 苦みの走った顔で言葉を絞り出すガルベルトだが、レミアからは冷徹で鋭い眼差しが、ラミアからは無言で無関心な眼差しが返される。

 彼と彼女らが親子である事をカズは今初めて知った訳だが、それでも親子仲が良好でない事は一目瞭然だ。見たところ、子の方が壁を作っている印象か。

 そんな事を考えていると、その思考に割り込むように――、


「人の死体を踏んづけながら親子喧嘩って、さすがの歪さんでも泣いちゃうぜ?」


「「――ッ!?」」


 聞こえてはならないはずの声が響き、双子が弾かれたように飛び退る。そして振り返った先に立っていた少年を見て、二対の真紅の双眸が驚愕に見開かれた。


「なんで……」


「なんで? 僕には何が『なんで』なのかさっぱりだ。もしかして、僕が死ぬ光景でも見たのかな? だとしたら、揃いも揃って勝ってもいないのに勝ったつもりになってた訳だ。で、ここで僕が言う台詞はこう。――勝ってから勝ち誇れよ、強者ども。弱者を舐めるな、ってね」


 腰に片手を当て、もう片方の手をひらひらと振りながら、レミアが絞り出した疑問の声におどけて応じるのは、今しがた確かに死んだはずの捏迷歪だった。

 首から上は綺麗なまま存在しており、それどころか潰された胴体までしっかりしている。目立った外傷もなければ、衣服に糸のほつれすら見当たらない。


「まさか……幻覚、なのか?」


「それは、ちょっと違うかなー」


 思わず漏らしたカズの呟きを、ラミアがとある方向を指差して否定した。努めて平静を装ってはいるが、その横顔には隠し切れない動揺が滲んでいる。

 そして、そんな彼女の指先を追えば、まき散らされた肉片と血で真っ赤に染まった雪が見えた。どうやら、被った動揺の度合いは自分の方が大きかったらしい。

 だが、これで幻覚ではないとはっきりした。捏迷歪は確実に一度死んで、そして蘇ったのだ。――それこそ、不死身の吸血鬼さながらに。


「……待て、捏迷歪だと? そうか、オマエがッ!」


「フレイズ殿、あの者の事をご存じで?」


「ああ……つっても、実際に面識があんのはシンゴのヤツで、オレじゃねぇんだ。で、アイツの話によると、この捏迷歪って男は、何種類もの特殊魔法を使えて、かつ死んでも何事も無かったみてぇに蘇ってくる、嘘つきのクソ野郎だって話だ」


「さすが相棒、ひどい紹介だ。僕じゃなかったら絶交間違いなしだぜ?」


 吐き捨てるように、渋面のカズが思い出した事柄をガルベルトに伝えると、当の本人は全く堪えた様子もなく――どころか、むしろ嬉しそうに肩を竦めた。

 そして、おもむろに両手をズボンのポケットに突っ込むと、その昏く淀んだ瞳で睥睨するように周囲を見渡し――、


「さあ、お喋りはこのくらいにして、続きをやろう。皆で協力して、この辺り一面の白雪を僕の血と臓物でぐちゃぐちゃに汚して遊ぼうぜ?」


 そう、寒気の走る薄ら笑いで、楽しそうに挑発してきたのだった。



――――――――――――――――――――



「――なんだ、これ」


 辺り一面の白い雪が、赤黒く変色して異臭を放っている。

 血が、肉が、骨が、腸が、脳漿が、手足が、何人分も散らばっている。


「なんだ、これ」


 この光景を生み出したのは、たった一人の少年の血肉だ。

 だと言うのに、当の少年は無傷で、ポケットに両手を突っ込みながら、不気味な微笑を湛えて悠然と佇んでいる。その左肩には、キサラギ・シンゴの持つ炎翼と酷似した、黒い炎で出来た片翼がゆらゆらと揺れている。


 そして、その少年の足元には、ガルベルトが、ラミアが、レミアが、神官達が、膝を着き、また倒れ伏していた。

 全員、深手を負っている。彼らの傷が再生する事は一向になく、流れ出た血が白紙の余白を埋めるように、雪を赤く濡らしていく。


「なんなんだ、これは……っ!」


 三度、同じ台詞を漏らして、カルド・フレイズは盛大に顔を歪めた。

 途中までは、こちらが優勢だったのだ。相手は何度でも蘇るが、その度に命を刈り取られ、無惨な骸に逆戻りさせられていた。

 だが、突如として優勢は覆った。捏迷歪が、あの黒い炎翼を出してから。


 黒い炎翼に触れた者、また射出された黒い羽根が命中した者は、例外なく動きの精細さを欠き、また傷が再生しなくなるという事態に見舞われた。

 数では勝っていても、相手は何度も蘇ってくるのに対して、神官達には傷が負債のように積み重なり――気が付けば、この有様だった。


「な、にが……何故、再生、しない……ッ」


「理屈は簡単だぜ。全員、僕と同じ弱者になったのさ」


 血反吐を吐き、苦悶の表情で起き上がろうとするガルベルト、その疑問に答えるのは捏迷歪本人である。


「僕のように貧弱で、僕のように脆弱で、僕のようにひ弱な、そんな弱者に君達を無理やり引きずり落とした。腕力も体力も強度も反応速度も、それこそ自然治癒力も例外なく、君達の肉体は僕という人間を基準に弱体化したのさ」


「権威、の……力か……ッ」


「ご明察。これが僕の持つ権威――『堕落』の力だ」


 ガルベルトの言葉を肯定し、捏迷歪は自らの黒い炎翼にキスをする。そして、そのまま黒炎に頬ずりをしながら、


「この権威のミソは、双方が全力でぶつかれば、辛うじて僕が勝つレベルまで相手を弱体化させるって部分でさ。つまり、油断してると、こっちがあっさり負けちゃう訳。だから、僕が勝つ為には必然的に全力全開を要求される……なかなかにシビアでイヤらしい、最高の能力だろ?」


 自らその権威の詳細を暴露し、捏迷歪は黒炎翼でハートマークを作って遊ぶ。

 だが、それが本当の事なのかは疑わしい。この男は嘘つきだと、シンゴからそう聞いている。とは言っても、ガルベルト達が弱体化しているのは明らかで、全てが虚実だと切り捨てるには、些か早計なのも事実か。

 いや、だが、しかし、それでも――。


「――――」


 考えれば考えるほど、疑えば疑うほど、真実から遠ざかって行く。

 足掻けば足掻くほど、沼の中に足が沈み込み、抜け出せなくなる感覚がある。

 何が真実で、何が虚実なのか。思考がループし、終わりのない螺旋の迷宮に迷い込んでいく。思考を放棄するしか、逃れる術はない。


「――な」


 ――果たして、それは誰が漏らした声だったのだろう。もしかしたら、自分の口から漏れた声だったのかもしれない。


 そもそも、この状況に至る過程で起きた形勢の逆転は、急激ではなく緩やかな工程を辿ってのものだった。その最たる理由が、捏迷歪の行使する多種多様な特殊魔法を、神官達が身に纏う『金色のフィラ』が打ち消していたからだ。

 神官達の負傷は全て、様々な形状に変化した黒い炎翼によって刻まれたものであり、特殊魔法という強力な攻撃は一度も彼らに届いていない。


 ――その、生命線とも呼べる『金色のフィラ』が、一斉に消失した。


「あはは! こりゃ凄い! まるで示し合わせたかのような間の悪さだぜ! 確か、君らのその『金色の加護』は、龍脈を介して君らの崇める神様から加護を受け取って成立してるんだろ? という事は、龍脈に何か異常があった訳だ。――そう、例えば、別の神様が役目を終えて、龍脈に潜ったとか」


「……まさか」


「――どうやら、向こうは決着したみたいだぜ?」


 腹を抱えて笑う捏迷歪、そんな彼の推察を聞き、ガルベルトが顔を険しくする。

 いや、ガルベルトだけではない。ラミアとレミア、それに他の神官達も揃って愕然とし、険しい表情を覗かせている。


「そう悲嘆する事はないさ。君らもよく知る通り、この世界は均衡を保つように出来ている。奇跡に救われる者もいれば、不幸に滅ぼされる者もいる。それが今回の場合、君らが後者に選ばれただけの話さ」


 そして、と言葉を繋げ、その薄笑いが呆然と立ち尽くすカズに向けられる。


「今の理論に当てはまれば、そこの彼は前者に当たる訳だ」


「――っ」


 話の矛先が自分に向けられ、カズはぐっと喉を詰まらせた。

 じっと、微笑みを湛えた昏い瞳がカズを見据えてくる。目を逸らしたいのに、眼球が言う事を聞かない。首も、鎖で縛られたかのように動いてくれない。


「相棒……キサラギ・シンゴは、特別だ」


「――は、ぁ?」


「片方の権威は欠けているとはいえ、二つもの『大罪』を内包して正気を保っているなんて、はっきり言って異常だ。加えて、『色欲』と『高慢』の権威を精神力だけで捻じ伏せるとか、些か常軌を逸してる」


 話の流れを完全に無視した捏迷歪の語りに、カズは思わず呆けた声を漏らす。しかし、そんなカズを余所に、捏迷歪は楽しそうに続ける。


「アリス・リーベにしてもそうだ。『虚飾』を有している時点で特別……他にも色々と訳アリみたいだし、謎多き吸血鬼の少女だ」


「なに、言って……」


「そして、イレナ・バレンシール。どうやら彼女も訳アリみたいだぜ? それに、『アレ』は魔法なんて括りに入れていい代物じゃない。異質で、理外にあって、少なくとも今の世界じゃどう足掻いても解明できない、超ド級のイレギュラーだ。つまり何が言いたいかっていうと、彼女も特別だって話さ」


「待て……何が、何が……言いてぇ、んだ?」


 何か、嫌な予感がする。喉が渇き、動悸が早まり、眩暈がする。

 頭蓋の中で継承が鳴り響き、カズを内側から急かしてくる。耳を塞げと、続きを聞いてはならないと。でも、カズはその先を、続きを促してしまった。


「仲間はみんな特別なのに、一人だけ特別じゃないって、どんな気分?」


 ――耳を、傾けてはいけない。


「君は、あまりに平凡だ。いっそ場違いだぜ?」


 そんな事は、知っている。自覚しているし、百も承知だ。それを理解した上で、全てを呑み込んで、前に進むと、そう決めたのだ。


「特別でもなければ、戦う強者の力も、弱者なりの知恵も、立ち向かう勇気もない。君が無事なのって、そうやって安全圏から戦いを傍観してた結果だろ? 君さ、なんでここにいるの? まだ案山子の方が存在価値あると思うぜ?」


 違う。これは、そう、適材適所だ。彼らの足を引っ張らない事が、自分に出来る最善だった。だから、邪魔をしないようにと、そう思って――。


「歪さんは優しいから、甘やかしたりなんてしないぜ? 胸が張り裂けそうに痛むけど、君の為にはっきり言ってやるよ。――君に、価値なんて何一つない」


 ――――。


「――お前は、無価値だ」




 ――気付けば、喉が潰れんばかりに、大声で吠えていた。

 ――吠えて、大剣を振りかぶり、走り出していた。




「――それは、最悪の悪手だぜ?」


「ぬぅッッ!!」


 振り下ろした大剣が、目を細めて嗤うその顔を縦に引き裂いた。

 大剣は股下まで一気に抜け、そのまま赤黒く染まった雪に突き刺さる。一拍置いて、ゆっくりと、二つに割れた肉塊が雪に沈んだ。


「ぉ、あ?」


 その直後、全身からふっと力が抜け落ちて、両膝が雪に落下する。

 見れば、左肩には黒い羽根が刺さっていて――、


「人の忠告を無視して、全くひどいったらありゃしないぜ」


「――あ」


 苦笑の滲む声が聞こえた次の瞬間、大剣ごと両腕が肩から切り離されていた。

 宙を舞う家宝の大剣、その付属物であるかのように、柄を握り締めたままの両腕から鮮血が飛び散り、真紅の放物線を描き出す。

 そして眼前には、二本の鋭い剣の形に変化した黒炎を振り上げた状態で、捏迷歪が半月のように目を細めながら嗤っていて――、


「今から土下座して謝れば、見逃してやるぜ?」


「――――」


「もちろん、嘘だ」


 ――固く握られた黒炎の拳が、カルド・フレイズを殴り飛ばした。


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