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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:74 『前任者からの挑戦状』


 ――『封印』。シンゴが得た新たな力、その内の一つだ。


 かつて、シンゴは魔法を習得しようと試みて、呆気なく挫折した。魔法を行使するのに必要不可欠である、『生命回路』が欠如していたからだ。

 しかし、この『真憑依』の肉体には、その『生命回路』が張り巡らされ、魔法の源である『フィラ』が循環している。それを、はっきりと自覚できる。

 しかも、これはただの魔法ではない。既存の魔法体系に属さない、特殊魔法だ。


 おそらくだが、この魔法も、そしてこの吸血鬼の如き身体能力も、前任者――つまり、シンゴ以前に『怠惰』を有していた、誰かの一部なのだろう。

 前任者の一部を後任者に継承する、そんな隠された力が『怠惰』にあるのかもしれない。真実は定かではないが、貸してくれるなら遠慮なく使わせてもらおう。


「っ……!?」


 その借り物の力で、シンゴは眼前の女の顔を苦悶に歪める事に成功していた。

 声を出そうとして、しかし思うように出て来ず、苦心している。それもそのはずだ。何故なら、その『発声』はシンゴが『封印』したのだから。


「『――これで、お前は権威を使えない』」


「……っ!」


 静かに告げるシンゴを、イナンナが怒りと憎悪を宿した金眼で睨んでくる。

 対してシンゴは、その場で素早く身を翻した。先の『激情』で、背後の悪意を感知していたからだ。落雷を放とうとする、グガランナの攻撃の意思を。

 天から降り注いだ落雷が、数瞬前までシンゴがいた場所を貫く。だが、一撃では終わらない。立て続けに、二撃目、三撃目、四撃目の落雷が降り注ぐ。

 それをシンゴは、イナンナの周囲を回るように紙一重で躱し続ける。そして、落雷が途切れた瞬間、イナンナへの追撃に転じようと――、


「『――っ!?』」


 咄嗟に逸らした顔を、突き出された扇子の先端が掠める。今の一瞬で立ち直ったらしく、イナンナが反撃してきたのだ。

 掠めた頬が鋭い痛みを発する。だが、この程度なら無視でき――、


「『がッ……!?』」


 直後、巧みな指捌きで器用に扇子を回転させ、逆手に持ち替えたイナンナがこめかみを鋭く打ち抜いてきた。権威を封じられようと、健在の異常な膂力で。

 シンゴの身体が勢いよく真横に回転する。上下逆さになった瞬間、シンゴは片手を地面に着いて姿勢を制御し、回転の勢いのまま側転――元の体勢に戻る。


「『――!?』」


 距離を詰め、懐に潜り込んで来たイナンナ、その鋭い金眼と目が合った。

 次の瞬間、瞠目するシンゴの顎を狙って、真下から掌底が突き上げられる。寸前でのけ反り、どうにか躱す。が、体勢を立て直す前に、眼前で金髪が翻った。

 間髪入れずの回し蹴りが、シンゴの側頭部を狙って放たれる。回避は間に合わない。腕で受け、『受柔・流』で流す。――投じられた扇子が、目前に迫っていた。


「『――っ』」


 咄嗟に歯で噛んで受け止め、お返しとばかりに吹き矢の如く顔に目掛けて放つ。

 難なく受け止められるが、その視界を一瞬でも遮る事は出来た。反撃に移る。

 足裏で生じさせた力を腰に、背中から肩へ、更に肘と手首で加速――全体重を刹那で効率よく放つ一撃、『閃零せんれい』を鳩尾に叩き込む。

 しかし――、


「『流された……っ!』」


 後ろへ飛ばれた事で『閃零』の威力が減衰、思わず舌打ちをこぼす。

 だが、完全には威力を殺し切れなかったらしい。イナンナの顔が苦痛に歪み、その唇の端を一筋の血が伝う。畳みかけるなら、ここしかない。

 しかし、そう都合よく展開してくれないのが世の常だ。


「シンゴ――ッ!」


「『――ッ!』」


 アリスの鋭い警告が飛んで来て、シンゴは咄嗟に真横へ飛ぶ。寸前までシンゴがいた空間を、雷光を纏ったグガランナの剛腕が通過した。

 どうやら時間をかけ過ぎたらしい。権威で生み出された全を切り裂く刃、その刃群を大きく迂回したグガランナの到着を許してしまった。

 見れば、一体のグガランナがイナンナを抱えて離脱――他三体が向かって来る。


「『アリス、あの女を頼むッ!』」


「分かった!」


 三体のグガランナを同時に相手取り、シンゴは吠えるように叫んだ。それにすかさずアリスが了承を返し、風を纏ってイナンナを追う。

 グガランナがアリスに反応するが、シンゴが間に割り込んで進路を塞ぐ。

 ここを通す訳にはいかない。だが、数が多い。早急に数を減らさなければ、抜かれてアリスへの追走を許してしまう。


 しかし、その厄介極まりない再生力の脅威は身に染みている。

 『封印』の枠も限られている今、三体相手に使ったところであまり意味はない。

 なら、どうするか。答えは簡単だ。リノアがやったように、その再生を上回る破壊で一気に塗り潰してしまえばいい。


「『確かにこれは、思い出すって感覚だな……!』」


 先ほど、『封印』を発動した直後だ。唐突に、幾つかの『技』が脳裏に閃いた。それはまさしく、ベルフが口にしていたように『思い出す』感覚に近かった。

 『閃零』もその内の一つだ。そしてその中には、グガランナに対して有効な『技』も存在していた。『封印』という魔法を前提とした特殊な『技』だ。


「『いくぞ……ッ!』」


 その瞬間、シンゴは体内で『フィラ』を一気に練り上げ、右の拳に集中――『封印』の枠を一つ使い、手首から先の『生命回路』に蓋をする。

 その状態のまま、肩でグガランナの攻撃を受けると同時に、力に逆らう事無く回転――『受柔・転』で敵の攻撃を自分の力へと転じさせる。

 その場で一回転したシンゴの右拳が、グガランナの腹部に突き刺さり、その瞬間、『封印』を解除して蓋を開く。その結果、圧縮されていた高密度の『フィラ』が一気に噴き出し、それを『透爆』の要領で相手の『生命回路』に逆流させる。


 ――次の瞬間、グガランナの屈強な肉体が内側から盛大に破裂した。


「『【神威かむい】、成功……ッ!』」


 思わず拳を握るシンゴの眼前で、グガランナは原型も分からないほどに細かな肉片と化し、雪の上に四散して赤黒いシミを作った。

 それでもなお肉片は蠢き、他の肉片と繋がろうとする。その肉片を、シンゴの炎翼がまとめて撫でた。肉片は、例外なく発火――紅蓮の炎に包まれる。

 その炎は癒しの炎ではない。炎が持つ本来の役目を全うするように、蠢く肉片を悉く燃やし尽くしていく。

 『怠惰』を完全に制御したからだろうか。シンゴの意思に呼応して、炎はその癒しの力を破壊の力へと変化させた。――肉片が、完全に燃え尽きる。


「『残り二体――ッ!』」


 と、振り返った時だ。――予想外の事が起きた。


「シンゴ、そっちに――ッ!!」


「『なっ――!?』」


 振り向いたシンゴの視線の先、一度は離脱したはずのイナンナが迫っていた。

 完全に意表を突かれた形だ。『激情』を発動させていれば気付けただろうが、何故か『真憑依』と『激情』の併用は出来ないのだ。それが、仇となった。

 そして、そのイナンナの後ろには、必死の形相で駆けてくるアリスが見える。だが、追い付ける距離ではない。加えて、アリスはグガランナに背を向けていた。


 ――更に、悪い状況は重なる。


 残り二体のグガランナが、シンゴに向けて左右から飛び掛かって来たのだ。両手を広げるその体勢は、おそらくシンゴを取り押さえようとしてのものか。

 接近するイナンナに気を取られ、反応が遅れた。前をイナンナ、左右をグガランナに挟まれた状況。回避は間に合わず、『残陽』を使うタイミングも逸した。


「『――ッ』」


 咄嗟の判断で、シンゴは炎翼がある右方から飛び掛かって来るグガランナ、その四肢を四本の鉤爪に変化させた炎翼で上から貫き、雪の上に縫い留める。

 だが、左方のグガランナと前方のイナンナは間に合わない。どちらか片方だけなら、『受柔』で対処できるのだが、二方向から同時は不可能――、


 ――その時だ。鼓膜が、静電気が弾けるような音を拾った。


 聞き覚えのある音だった。一瞬、あの老執事の存在が脳裏を掠めるが、今この場に彼は存在しない。なら、一体この音は、誰が奏でて――、


「――前をッ!!」


「『――ッ!?』」


 すぐ左隣から、力強い声が耳朶を討つ。――アリスの声だ。

 何故、アリスの声がこれほど近くから聞こえる。あの距離を、この一瞬で詰めたというのか。そんな疑問が脳を埋め尽くし、左へ振り向きたい衝動に駆られる。

 その衝動を、奥歯を噛んでどうにか堪える。脳内の疑問も一緒に捻じ伏せ、真紅の瞳を前に――目と鼻の先に迫るイナンナに向けた。


「――――」


 その瞬間、真下から顎を狙って、しなやかな足が鞭の如く跳ね上がってきた。

 当然、回避は間に合わない。となれば、反撃も同時にこなせる『受柔・転』が妥当――いや、ダメだ。当てる自信はあるが、イナンナの卓越した戦闘センスは圧倒的だ。『受柔』と似たような方法で攻略されかねない。


 現に一度、イナンナは『閃零』を『受柔・殺』に近い形で耐え切っている。

 生身の人間と大差ないはずの耐久力で、女が吸血鬼の真祖に匹敵する膂力を有するシンゴの攻撃を、技術だけで凌いで見せたのだ。

 今度は確実に防がれるだけでなく、下手をすれば『受柔・転』のように手痛いカウンターを貰いかねない。この状況でそれは致命的だ。


 ――返せないほど強力な、より上位のカウンター技が必要だ。


 そして、そのカウンター技は既に頭の中にある。ただ、『技』の仕組みは分かるのだが、それが成功するイメージが全くない。

 おそらくこれは、前任者が成功させられなかった『技』なのだ。それほどまでに、この『技』は複雑かつ緻密なコントロールを要求される。


 前任者からシンゴに託された宿題、あるいは挑戦状か。

 シンゴ一人なら、きっと不可能だっただろう。でも、二人なら話は別だ。ベルフと一緒なら、きっと成し遂げられる。いや、必ず成し遂げてみせるのだ。


「『――やるぞ、ベルフッ!』」


 ――『天輪てんりん』、開始。


 顎に足刀が直撃した瞬間、その衝撃の七割を己のフィラで包み込む。始まるのは、フィラを使った『受柔・流』だ。

 頭上に抜けるはずの衝撃のベクトルは、フィラという特殊な力に誘導される事で通常では有り得ない軌道を描き、顎から首へと導かれる。

 衝撃を生きたまま体内に通せば、内部が破壊されるのは必然。しかしそれは、誘導を担うフィラが衝撃を包み込み、薄い膜を張る事で最小限に留められる。


 そして、重要な器官を避けつつ、フィラによって誘導される衝撃は全身を巡る。

 その過程でフィラを掻き集めながら、雪だるまのように肥大して行く。これで、わざわざ多量のフィラを最初に集めるという工程を省略。それに伴い、フィラの誘導はより精密に、また内部の損傷は更に最小限に抑え込まれる。


 そうして人体の旅を終えた衝撃は、やがて出口である右足へと向かう。

 ここからはシンゴ達のオリジナルだ。『神威』と同じように、右足から勝手に衝撃が抜けないよう出口を『封印』――圧縮とタイミングの調整を同時に行う。

 ここまでの過程で、シンゴは最初に残した三割の衝撃を利用し、『受柔・転』でトンボを切っている。これで、内外におけるカウンターの準備が整った。


 半回転し、上下が逆さになったシンゴの右足が跳ね上がる。

 そして、振り上げられた右足がイナンナの顎を正確に捉えた瞬間――『封印』を解除し、留めていた衝撃を『透爆』で余す事無く相手に叩き込む。

 シンゴの想像通り、イナンナはシンゴのカウンターに対して反応した。己の顎に蹴りが接触した瞬間、シンゴと同じようにトンボを切ろうとしたのだ。

 だが、『天輪』は命中必殺。触れた時点でアウトなのである。

 その証拠に――、


「っ――――ッッ!?」


 シンゴの足先が顎に触れた瞬間、イナンナの頭部が“弾け飛んだ”。

 その勢いのまま、首から上を欠いたイナンナの胴体が、間欠泉の如く鮮血を撒き散らしながら遥か上空に打ち上げられる。

 次の瞬間、炎翼の鉤爪に四肢を拘束されていたグガランナが、四肢が千切れる事も厭わず拘束を振り解いた。そして雷光を纏うと、千切れた足の再生も待たずに跳躍――どうやらアリスが蹴り飛ばしたらしい個体と、元々アリスを追っていた個体も、その後を追ってほとんど同時に跳躍した。


 そうして、忠義者の従僕三体に空中で支えられ、イナンナの亡骸が地上に帰還。ゆっくりと、雪の上に横たえられる。

 そして、次の瞬間――、




 ――イナンナ・シタミトゥムが、むくりと起き上がった。




「『――ッ!?』」


 思わぬ光景に、真紅の瞳が限界まで見開かれる。喉は凍り付いたかのように息を止め、ただただ信じられないという衝撃に瞠目するしかない。


「――シンゴ。キミの攻撃は、確かに届いていたはずだよね?」


「『あ、ああ……その、はず、だ……』」


 いつの間にか隣に戻って来ていたアリスに話しかけられ、我に返ったシンゴは動揺と混乱を舌に乗せてただ頷くしか出来ない。

 そうする間も、シンゴの目は上体を起こしたイナンナに釘付けだ。厳密に言えば、破裂したはずの頭部――その、全く無傷の、綺麗なままの相貌に。


「『お前……なんで、無傷……』」


「――阿呆が。余を殺しておいて、どの口が無傷などとほざくぇ」


 そう言って、雪を払いながらイナンナが立ち上がる。どうやら、シンゴが『封印』したはずの『発声』まで取り戻しているらしい。

 『封印』に時間制限が存在するのは確かだが、まだその効力が切れるまで余裕はあったはずだ。一体、何がどうなっている。

 激しい困惑に見舞われていると、不意にイナンナの胸飾りに亀裂が走り、そのまま雪の上に落下――跡形もなく崩れ去った。


「シンゴ、あれって……」


「『ああ、まさかとは思うが……っ』」


 今の胸飾りの崩壊を見て、アリスも同じ見解に至ったらしい。鋭く目を細め、戦慄に頬を硬くしている。きっと、シンゴも同じ表情をしているに違いない。

 シンゴ達の推測が正しければ、あの胸飾りが身代わりとなり、イナンナの死を引き受けたのだ。『封印』の方は、おそらく死によってリセットされたのだろう。


「『――ッ』」


 思わず、シンゴの顔が苦渋に歪む。何故なら、イナンナが身に付ける黄金の装飾品は、今しがた壊れた胸飾り一つではないからだ。

 王冠に耳飾り、首飾りに腰帯、そして腕輪と足輪。最悪、あれら全てがイナンナの身代わりを果たす特殊な力を有しているのかもしれない。つまり、あの装飾品が尽きるまで、イナンナ・シタミトゥムは死なない可能性が――、


「――余の、負けだ」


「『――は?』」


 一瞬、何を言われたのか理解できず、シンゴは呆けた声を漏らしていた。

 隣のアリスからも、困惑する気配が伝わってくる。

 そんなシンゴとアリスに向け、イナンナは片目を閉じると、小さな微笑みを口元に浮かべながら畳んだ金の扇子を突き付けてきて、


「貴様らは一度、余を殺した。余はまだ生きているとは言え、ここから仕切り直すなど愚か、無粋、醜いにもほどがある。――何より、余自身が許さぬぇ」


「『……その言葉を、俺達が信じるとでも?』」


「阿呆。貴様らが信じようと信じまいと、余が仕舞いだと言ったなら仕舞いぇ。――それに、得る物は得た」


 警戒するシンゴの言葉に対し、イナンナは肩を竦めながら片手を持ち上げた。

 その手には、何やら『黒い棒』のような物が握られていて――。


「『あれは……』」


「シンゴ、ポケットが!」


「『え? ――あ』」


 アリスの声に視線を落とすと、ズボンの右ポケットが破れて穴が空いていた。

 まさか、あの『黒い棒』はシンゴのズボンに入っていたのだろうか。だとしたら、先ほどイナンナがシンゴに突っ込んで来たのは、あれを手に入れる為か。

 しかし、あんな物を入れていた覚えもなければ、誰かに貰った記憶も――、


「『……そういえば、玄武が』」


 あの黒と白の世界で、シンゴは玄武に『何か』を貰った。とは言え、目に見える形で何か物を貰った訳ではなく、あの時はただ胸に手を当てられただけだ。

 だが、他に思い当たる節もない。そして、あの『黒い棒』がイナンナの欲していた物だとすれば、あれこそが、事あるごとに要求してきていた――、


「――『錫杖』、回収完了ぇ」


「『――っ』」


 背中に、言い知れぬ悪寒が這い上がるのを感じた。

 あれを渡すのは非常にまずい気がする。理由を問われてもはっきりと答えられる訳ではないが、敢えて言うなら勘だろうか。

 アリスも何かを感じ取ったのだろう。真紅の瞳に焦燥と戦意を宿し、いつでも動けるように身構えながら敵を見据えている。

 が、そんなシンゴ達の戦意に反し、イナンナは気だるげに欠伸を一つこぼすと、そのままシンゴ達に背を向けて――、


「疲れた。帰るぇ」


「『なっ――』」


「戦いたいのであれば、グガランナを置いてゆく。好きに戯れぇ」


 もはやシンゴ達など眼中にないかのような態度で、イナンナが四足歩行形態に戻ったグガランナの背に飛び乗る。そのまま浮き上がると、こちらには一瞥もくれる事無く、空中を走り始めた。

 咄嗟に追いかけようとするシンゴとアリスだったが、その行く手を遮るように、二体のグガランナが威嚇の咆哮を轟かせて立ち塞がる。


「『くそっ……!』」


 毒づき、再び空を見上げる。遠ざかって行く怪牛の影に、シンゴの顔が歪む。

 そして、次に視線を前方のグガランナに戻せば――、


「『――は?』」


 そこにいたはずの二体のグガランナが、忽然とその姿を消していた。

 目を離した隙に、死角に回り込まれた――訳ではない。何故なら、消失した二体のグガランナが立っていた場所には、二つの血だまりがあったからだ。

 そして、その二つの血だまりの間に、一つの人影が佇んでいる。


 ――女だ。それも、見知った顔の。


「『……トゥレス、か?』」


「……て」


 肩を軽く覆う長さの茶色い髪を雪風に揺らしながら、俯いたトゥレスの唇が小さく動いた。が、その言葉が上手く聞き取れず、シンゴは眉を寄せる。

 そして、シンゴが不審の眼差しを送る先で、トゥレスはゆっくり顔を上げると、今度ははっきりとした声で、言ってきた。


「……どうして、この世界に戻って来たの?」


 ――はっきりと、そう、問い質してきたのだった。


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