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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:57 『八人目の奇襲』


「……っ」


 膝を抱えて丸くなり、カチカチと打ち鳴らされる歯の音が外に漏れてしまわないように口を手で塞ぐ。そうしなければ、『奴ら』に気付かれてしまうから。

 倒壊した家屋の瓦礫、その隙間に小さな体を潜り込ませ、ゴン・サウンドは懸命に気配を殺して震えていた。


 自分は、ただ不足していた塩を調達しに来ただけのはずだった。それがどうしてこんな事になっているのか、未だに理解が追いつかない。

 最初に異変を感じたのは、空から白い何かが落ちてきた時だった。それが本来この『金色の神域』には降るはずのない雪だと気付いた次の瞬間、悲鳴が上がった。


 黒いローブに身を包んだ、怪しげな集団が黒い波のように攻めてきたのだ。

 彼らは火の魔法を放ち、ゴンの目の前で人を躊躇なく焼いた。そしてひとしきり魔法を放ち終えると、今度は散開して住人を次々と斬り殺し始めた。


「う、ぁあああああ……ッ!?」


 積み重なっていく死体を前に、ゴンは悲鳴を上げると、一目散に逃げ出した。

 足をもつれさせながら転がるように駆けて、他人を気にする余裕もなく走り続けて、やがてふと目に止まった家の中に逃げ込む。


 今にして思えば、あれは自分から袋小路に逃げ込むような愚かな行動だった。

 その証拠に、『奴ら』の放った魔法がゴンの逃げ込んだ家に直撃し、ハッとした次の瞬間には、天井が崩れ落ちてきてゴンは瓦礫の下敷きとなった。


 ――はずだった。


 固く閉じていた目を開いたゴンは、自分が五体満足で生存している事に気付く。

 ゆっくりと首を動かしてみれば、落ちてきた瓦礫はまるでゴンを避けるような形で積み重なっており、それはまさに奇跡としか言いようがなかった。


 ――だが、その奇跡を塗り潰すほどの絶望が、外には広がっていて。


 大粒の雪が降り注ぎ、辺り一面には踊るように炎が燃えている。

 その地獄のような光景に、幾つも横倒しになるモノが瓦礫の隙間から窺えた。

 それはかつて、ゴンと言葉を交わし、笑顔を交わし、それこそ生まれた時から生活を共にしてきた、この集落の住人達だったはずのモノで――。


「――ぁ」


 ――何かが、自分の中で折れる音をゴンは聞いた。


 それっきり、ゴンはずっとここで膝を抱えて震えている。

 果たして、この震えが恐怖からくるものなのか、それとも寒さからくるものなのか、ゴンには分からないし、そもそもどうでもよかった。

 もう、何もかもが、どうでもよく思えた。――そんな時だった。


「……ねぇ、ちゃん」


 ふと、ゴンにとって、たった一人の家族である姉の顔が瞼の裏に浮かんだ。

 今頃どうしているだろうか。ちゃんと避難はできているだろうか。いや、姉の傍には彼がいたはずだ。きっと無事――いや、無事に違いない。


「…………」


 ――姉に、会いたい。


 不意に沸き上がったその渇望は、ゴンの死んでいた心に小さな火を灯した。その熱は徐々に全身へと伝播していき、萎えかけていた活力を蘇らせる。

 会いたい。ただ会って、その顔を一目見るだけでいい。だから、その為に――、


「……っ!」


 歯を食い縛り、手で地面を押し、ゴンはゆっくりと体を持ち上げた。

 冷え切った手足を使い、懸命に瓦礫の下を這い進む。ふと今更ながら、頭上から肌を焼くような熱を感じた。どのみち、ここには長くいられない。

 そう思えば、むしろ踏ん切りが付いた。ゴンは更に這うスピードを上げる。


「う、ぁ……っ!」


 上着を泥だらけにしながら、ゴンはようやく瓦礫の端まで到達。荒い息を整えてから、そっと顔だけを出して外の様子を窺う。

 幸い、外に『奴ら』の姿は見えなかった。抜け出すなら、今しかないだろう。


「――?」


 ふと、瓦礫の下から這い出そうとしたところで、ゴンは上空を見上げた。

 空は雪を降らせる分厚い曇天に覆われており、そこを何か黒い物体が北に――ブラン城に向けて飛翔して行くのが見えた。


「あれは……?」


 遠くて見辛かったが、ゴンにはそれが四足歩行の生き物のように見えた。

 眉根を寄せ、黒い飛翔物体を見送ったゴンは、やがてゆっくりと顔を前に戻す。


「――――」


「ひ、ぃっ――!?」


 息が掛かる程の至近距離で、黒いフードの何者かがジッとゴンを見つめていた。

 この薄暗い中、光源は瓦礫の上で燃える火だけで、光の角度の都合上フードの奥はよく見る事が出来ない。だが、一対の血走った真紅の瞳が、瞬きもせずにこちらを凝視しているのだけは、嫌にはっきりと見えて――。


「ゴン――ッ!!」


 恐怖のあまり動く事が出来ないゴンに、ゆっくりと血に濡れた手が伸ばされ――その手がゴンに届く寸前、何者かの膝が黒いフードの横顔に突き刺さる。

 吹き飛ぶ黒いフードと入れ替わるように、ゴンの視界に収まったのは――息を弾ませながら乱暴に汗を拭う、くすんだ金髪の少女だった。


「ね、ねえちゃぁん……!」


「何だらしねーツラしてやがんだ、男だろーが!」


 そう言って、あれほど強く会いたいと願っていた姉――リン・サウンドが、からかうような笑みを浮かべて目の前に手を差し伸べてくる。

 その手を掴んで瓦礫の中から這い出たゴンは、堪らず姉の胸に飛び込んだ。すると、「ったく」と苦笑する声が頭上に聞こえて。


「うぅ……ねえちゃん、おれ……!?」


 目元を涙で濡らしながら、顔を上げたゴンは――そこでハッと息を呑む。リンの背後で、短剣を構えた黒ローブの姿が見えたのだ。

 そのゴンの反応から自分の背後に危険が迫っている事を察したリンが、勢いよく振り返ろうとする。が、とても対処が間に合うタイミングではなく――、


「お、っらぁあああ――ッ!!」


 と、気合の声を迸らせながら、錆び付いた大剣がフルスイングされた。

 黒ローブは咄嗟に短剣で防御するも、真横からの鈍重な一撃に完全には対処が間に合わず、そのまま勢いよく吹き飛ばされる。

 そして、大剣を振り抜いた青年は長く息を吐くと、その大剣を肩に担ぎ上げながら、ニヤリと不敵な笑みをゴンとリンの二人に向けて、


「どぉやら、二人とも無事みてぇだな」



――――――――――――――――――――



「――は。いいツラ出来るようになったじゃねーの」


「まぁ、おかげさまでな」


 ふっと相好を崩すリンに、カズは肩を竦めて応じる。

 そのリンの後ろを見てみれば、服を泥に塗れさせたゴンの姿が確認できた。どうやら怪我などは負っていない様子で、カズは内心ほっとする。

 すると、リンが眉尻を下げながら、どこか申し訳なさそうな声で言ってきた。


「別に、アタシに付き合う必要はなかったんだぜ……?」


「あー、そりゃアレだ。あの状況で追わねぇってのは、なんだか筋が通ってねぇ気がしてよ。……それに、あそこで置いてかれてもどうすりゃいいか分かんねぇ」


 頭を掻きながらそう答えると、リンはしばらく呆気に取られたように目を丸くしていたが、やがて「ちげーねぇ」と小さく吹き出した。――が、その笑みをすぐに引っ込めて、鋭い眼差しを横に向ける。

 その視線を追って、カズもそちらに目を向けると――、


「おいおい……結構マジでぶん殴ったはずなんだが……?」


 瞠目するカズの見つめる先、折り重なるように倒れていた黒ローブの二人が、ゆらりと幽鬼めいた動作で起き上がってくるところだった。

 防御されはしたが、それでも頭部の骨を砕く感触があった。だと言うのに、立ち上がる黒ローブに目立ったダメージの気配は見受けられない。


「走れ――ッ!!」


「……っ!」


 リンの声を合図に、三人は元来た道を引き返すように走り始めた。

 戦えないゴンを真ん中に、先頭をリン、殿をカズが務める形だ。


「おい、あの黒いローブの連中、ここに来るまでにも何人か見かけたが、いったい何なんだ!?」


「たぶん、『星屑』です!」


「なっ……『星屑』だと!?」


 後方を警戒しつつカズが叫ぶように問いを発すると、息を切らしながら懸命に走るゴンが思いもよらぬ回答を提示してきた。

 思わず声を裏返らせるカズに、ゴンは「はい」と頷きながら振り返ってきて、


「さっき、吸血鬼特有の紅い瞳を見ました!」


「たぶん、ゴンの言う通りだ! さっき、顎を蹴り砕く感触が確かにあったってーのに、今じゃピンピンしてアタシらのケツを追っかけて来てる! 神官様以外の吸血鬼で、あんな不気味な連中っていやぁ、『星屑』以外に思い当たんねーよ!」


「何だってそんな奴らが……ッ!」


 姉弟から黒ローブの正体を聞き、カズは歯軋りしながら背後を窺う。見れば、二人の『星屑』は徐々に距離を詰めてきており、思わず舌打ちが漏れた。

 奴らが『星屑』だと言うのなら、その肉体は吸血鬼だ。身体能力の差から、このままでは追い付かれるのは時間の問題である。


「何か、手を打たねぇと……!」


 と、顔を前に戻した時だった。不意にリンとゴンが急制動を掛けて立ち止まり、カズは危うくゴンの背中にぶつかりそうになる。


「おい! なんで立ち止まって――」


 そこまで声を上げたところで、カズは目の前の光景に目を見開く。

 前方、進路を塞ぐように、五人の『星屑』がカズ達の行く手を遮っていた。

 咄嗟に他の逃げ道を探すが、辺りは倒壊した家屋の瓦礫や炎の壁により、どこにも逃げる道は見当たらない。

 そうこうしている間に、追って来ていた『星屑』にも追い付かれてしまう。


「クソが……ッ!」


 毒づいてから、カズはハッと身を寄せ合うリンとゴンの姉弟を見た。

 今ここで、最も戦う力があるのは他でもない、カルド・フレイズだ。リンも魔法が使えるはずだが、この状況では牽制にしかならないだろう。

 だから、自分が何とかして二人を逃がさなければ――。


「――二人共、オレの後ろに!」


 そう言って、カズは瓦礫と自分で二人を挟むような立ち位置に移動する。

 力がないと嘆き、ただ下を向いて立ち止まるのはもうやめた。自分の全てを、魂すらも投げ打つ覚悟で、カズは大剣を七人の『星屑』に向けて構える。


 ――その、直後だった。


「――ぁ」


 不意に背後でリンの声が漏れるのを聞いて、カズは振り返った。

 大きく見開かれたリンの碧眼と視線がぶつかる。最初は何が起こったのか分からないような顔をしていたリンだったが、やがてその表情が苦痛に歪み――、


「リン――ッ!!」

「ねえちゃん――ッ!?」


 うつ伏せに倒れ伏したリンに、カズとゴンの悲鳴が重なる。

 見れば、リンの背中は大きく斜めに裂けており、遅れてその質素の衣服を真っ赤な血が濡らしていく。

 そして、その背後に立っていたのは、長剣を払って付着した血を落とす一人の『星屑』の姿で――。


 ――死角を潰すべく背にしていた瓦礫、その上から奇襲を受けたのだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。


「うぉあああああああああああああああああああああ――ッッ!!」


 取り囲んでいた『星屑』達が一斉に魔法を放つべく手をかざしてくる。その手の平に背を向けて、カズは喉が裂けんばかりに咆哮を迸らせながら後ろに走った。

 リンを斬り付けた『星屑』に大剣を横なぎに叩き付ける。しかし先の不意打ちと違い、正面からのその攻撃は呆気なく長剣に防がれてしまう。

 そして、軽く押し返すような動作だけで、カズの体は簡単に横へ流れてしまい――しかし、はね上がったカズの片膝が、体勢を崩したところに長剣を振り下ろさんとしていた『星屑』の側頭部に突き刺さった。


「ガイア・ド・ウォール――ッ!!」


 体勢を崩しながら放った膝蹴りで『星屑』を吹き飛ばしたカズは、そのまま大剣を地面に突き刺して体を支えると、大剣を軸に反転。事前に練り上げておいたフィラをありったけ解放し、五重の岩壁を形成する。

 直後、その岩壁に放たれていた七発の炎弾が着弾――地属性の持つ強固な性質に救われて、炎弾を凌ぎ切る事に成功する。

 だが、それだけで終わるはずがなく、立て続けに魔法が放たれる気配と共に、岩壁が高温で熱せられて赤く染まり始めた。


「ぐ……ッ!」


 その恐るべき炎弾の威力に負けじと歯を食い縛りながら、カズは更にフィラを練り上げ、五重の岩壁の裏に更なる壁を形成していく。

 無茶な魔法の行使で頭痛と吐き気を感じながら、鼻から血を垂れ流すカズは、リンに縋り付いて泣きじゃくるゴンに向けて叫ぶ。


「城に行けぇッ! シンゴなら……アイツの力なら、リンを救えるッ!!」


「で、でも……っ」


「オレが囮になるッ! その隙に、リンを背負って城まで走れぇ――ッ!!」


「……っ!」


 頷く気配を後ろに感じて、カズは一度大きく息を吸うと、防壁の展開を中断――己に硬化魔法を掛けて、一気に外へ飛び出した。

 飛び出してくるとは予想していなかったらしく、『星屑』の対応が一瞬遅れる。その停滞を見逃さず、カズは硬化魔法により高質化した肉体で『星屑』の一人に全力でぶつかり、無理やりその包囲網を突破した。


「テメぇら全員、かかって来やがれやぁ――ッ!!」


 そう啖呵を切って走り出すカズを、『星屑』が追走し始める。

 振り向き、リンを襲った『星屑』含めた八人が全員、自分を追いかけて来ているのを確認して、カズは口元に笑みを浮かべた。

 重傷を負ったリンと戦う力を持たないゴンより、自分を最優先排除対象と定めてくれたようだ。どうやら、一世一代の賭けにカズは勝てたらしい。


「あとは、任せたぞ……!」


 自分を囮に八人の『星屑』を引き連れて、カルド・フレイズは地獄と化した集落をひた走るのだった――。

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