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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:3 『迷路の出会い』

「……にしても、ほんとに人多いよな……」


 シンゴは人ごみをかき分けて進みながら、そんな愚痴をこぼした。今は、宿を探すためにとりあえず都市の中心に行こうということで、出店の並ぶ大通りを三人で突き進んでいるところだ。


 すると、前方からやってきたガタイのいい男たち――いや、漢たちの集団になぜかシンゴだけ飲み込まれ、もみくちゃにされる。暑苦しい大胸筋に顔面を挟まれ、シンゴはひぃと顔面を真っ青にして吐き気を催す。そんなシンゴの青い顔面に、漢の内の一人の肘がめり込むようにクリーンヒットした。


「ぶべら」


 鼻血を飛ばしながら漢たちの集団からはじき出されたシンゴは、鼻を押さえて立ち上が――ろうとしたところを、さらに顔面を誰かの膝で蹴られる。


「おぶし」


 似たようことを繰り返しながら、シンゴはどんどん大通りを進む人の本流から外れていく。そして、家と家の壁の隙間にできた通路に、ぺっと吐き出されるようにはじき出された。


 しばらくカエルのように体をぴくぴくさせてぶっ倒れていたシンゴは、がばっと起き上がると、本流に戻るために人ごみの中に突撃した。しかしある程度進んだところで押し戻され始め、最終的に同じところにぺっと吐き出される。


 その後も三回ほどチャレンジしたが、全て結果は同じ。シンゴは無言で起き上がると、目の前に行きかう人々の流れ――いや、アマゾン川の濁流を死んだ目で見ると、ぽつりと呟いた。


「…………俺、迷子すか……?」


 もちろん、シンゴの独り言に答えてくれる者などいるはずもなかった。



――――――――――――――――――――



 顎を突き出し、どこかのプロレスラーのような顔をしながら、シンゴは薄暗い通路を奥に進んでいた。あの後、押してダメなら引いてみる戦法で、あえて狭い通路を奥に進んでみたのだ。


 すると突如シンゴは、歩みをピタッと止めた。理由は簡単。行き止まりに突き当たったからだ。目の前には、高さ三メートル以上はあろうかという壁がそそり立っていた。しかしシンゴにはその壁が、今のシンゴの状況を鼻で笑っているように見えた。


「ふ、ふひひ……いいだろう。今の俺の前に立ちふさがったことを後悔させてやる!!」


 気色悪い笑みを漏らしながら、頭の中で何かがプッツンしたシンゴはびしっと壁を指差し打倒“壁”宣言をすると、クラウチングスタートの体勢を取る。

 自分の口で「よーい、どん!」をすると、思いっきり壁めがけて走る。


 勢いよく壁に右足をかけ、そのまま勢いを殺さずに左足、そして右手を壁の縁にかける。そのまま懸垂の要領で上手く体を持ち上げ、壁の上に立つ。

 シンゴは口元をニヤリと歪ませると、壁を上からげしげしと踏みつける。


「ははは! どうだい今の気分は? ええ? んん? 俺かい? 最高の気分だよ君ぃ……!!」


 体を仰け反らせ、高笑いしながら壁を踏みつけていたシンゴだったが、体を仰け反らせすぎて後ろにそのまま落下した。

 ごっと鈍い音がシンゴの後頭部から鳴り、頭を押さえて地べたを転がり回る。


 しかしそんな痛みも、すぐさま波のように引いていく。吸血鬼の再生能力だ。

 こんなどうでもいいことに再生能力を発動させて、副次結果として紅く染まった瞳を元に戻しながら、シンゴは寝転がった体勢のままでふと気付いた。


「……別に都市の中心なんか目指さなくても、宿の場所って、普通に通行人とかに聞きけば良かったんじゃね……?」


 そんな当たり前のことに気付いても、すでに手遅れ。シンゴのステータス状態異常『迷子』は消えてはくれない。今はとりあえず、当初の目的である王都の中心部を目指すのが得策だろう。

 迷子の時は、あらかじめ集合場所等が決まっている場合はそこを目指すのがセオリーだ。


 元居た世界でも結構な頻度で迷子になっていたシンゴは、いわば迷子のプロ。たとえ異世界だろうと、その持ち前の迷子対策術を駆使してきっと切り抜けてみせる。

 そこまで考えて、己の不甲斐なさに涙がこぼれかけるがここはぐっと我慢。この涙はアリスたちとの再開にとっておかなければだ。


「……いや、泣かねえけどな」


 冗談はさておき、どうやら落ちたのは壁の反対側――つまり、進むべき側だ。これがもし元居た方に落ちていたら、先ほどまでのシンゴの行動が馬鹿みたいだ。……いや、どちらに落ちても馬鹿だった。


 視線を通路の先に向けると、真っすぐ伸びる通路から、左右へ無数に通路が交差している。方向としては、シンゴがはじき出されたのは大通りの左――つまり西側だ。ということは、現在シンゴが向いている先は西。ここから一度右に折れて、あとは真っすぐ進めばなんとかなるだろう。


 そう判断したシンゴは、とりあえず最初に差し掛かった交差路を右に折れて直進する。

 しばらく歩いていると、行き止まりに突き当たった。やはりシンゴの迷子スキルの熟練度は、相当な高さにあるようだ。


「…………」


 この行き止まりの壁は、さっきのように越えられる高さではない。シンゴにアリスのような人外身体能力があれば話は別なのだが、あいにくシンゴは半端者。受け前提のドM体質では引き返すのが妥当だ。


「そして俺はMでもねえ」


 誰もいないために独り言が多くなるが、正直、何か喋ってないと泣きそうだった。

 その後もシンゴは、持ち前の『迷子スキル』と『不幸スキル』をふんだんに発揮し、ことごとくハズレの道のみを引き当て続けた。


 そして気付けば、だいぶ西の方に来てしまった――はずだ。というのも、こっちじゃないあっちじゃないと右往左往してる内に、自分が一体どこにいるのか曖昧になってきたのだ。


 そんなブルーな気持ちを引っさげ、どんよりとしたオーラを纏いながら歩くシンゴの前方に、何度目と知れぬ分かれ道が現れた。

 当初の計画通りならば右だ。しかし×の反対は○といったように、シンゴの性質上ここは左に行ってみるのもアリかもしれない。それならいっそ、引き返してみるのも手だ。


 しかしこの時シンゴは、“直進”を選んだ。なぜかと言われれば直感というか、ピンときたというか、そんな曖昧な根拠だ。そしてそれは、やはり正しかった――正しかったが、しかしシンゴはこのとき、大事なことを失念していた。シンゴには“あれ”があるということに。つまり何が言いたいかというと、先ほどの直感は『不幸スキル』が何かを察知した結果だった。


 シンゴが細い通路を直進して間もなくすると前方に、左右に伸びた少し広くなっている通路が見えた。ようやく目に見える変化が訪れたことに嬉しくなり、シンゴは駆け足で通路を駆け抜け――、


「どいてぇええええ!!」


「?」


 開けた道に出た瞬間、左からそんな声が。シンゴが振り向くと、何やら茶髪をツインテールにした少女が全力でこっち向かって走ってくる。そしてその後ろには、何やら簡単な軽装の防具を身に付け、抜き身の剣を手に全力疾走してくるお兄さん方が――


「ひぃぃぃいいいいいいい!?」


 慌てて通ってきた通路に逃げ込もうとしたときだった。こちらに向かって走ってきていた少女が、がしっとシンゴの手を掴んだ。


「ゑ?」


 そのまま引っ張られるようにして、シンゴも少女と並走状態になる。


「ついてきて!!」


「なして!?」


 森での鬼ごっこに続いて、王都『トランセル』を舞台とした鬼ごっこその二が幕を上げた瞬間だった。



――――――――――――――――――――



「――ったく、一体いつからはぐれた……?」


「あの人の量だからね……仕方ないよ」


 カズとアリスは、シンゴの迷子に気づいたあと、捜索するために元来た道を戻ろうとしたのだが、あの広間を突破するのは不可能だった。アリスだけならまあなんとか出来たかもしれないが、カズが置いていかれる形になる。


 そして広間の人ごみの密集率が軽減される気配も無かったので、仕方なくこの細い通路を進むことにしたのだ。まずは元来た道までどうにかして戻らなければならない。


「それにしても、ここはまるで迷路だね……」


 そう言ってアリスは周りを見渡す。辺りは壁で日光が遮られていて薄暗い。それに人の姿もここでは一切見受けられない。

 そうこうしながら歩いていると、カズが立ち止まった。


「おっと……分かれ道だ」


「戻るなら左に折れて、少し進んでからもう一度左かな」


「だな。とりあえず左だ」


 カズたちが緊急避難したのは、広間の左側――つまり、偶然にもシンゴと一緒の方角だった。そしてシンゴの不幸は伝播するのか、左に折れて少し進んだところで厄介事とエンカウントした。


「は、放してください!」


「そんなこと言わずに、な?」


 薄汚れた外套で頭まですっぽりと覆った人物が、見るからにザ・チンピラ風情の男たちに絡まれている。男たちの格好は、これまたシンゴが遭遇したお兄さん方と同じような装いだ。そして絡まれているのは、外套の上からでも分かるナイスバディ――女性だ。男たちが食いつくのも分からないでもない。


「…………」


「おいおい、どうするつもりだぁアリス?」


 無言ですたすたと男たちに向かって行くアリスに、カズはそうなるよなぁといった様子でため息をつく。しかしカズとしても、ここで知らんぷりするつもりも毛頭ない。


「一応、“目”には気ぃ張っとけよ……?」


「……うん」


 若干返事に間があったことから、どうやら完全に目の前のことしか見えていない様子のアリス。言ってよかったと思うカズだった。


「――君たち」


「あ? おお! 可愛いじゃん君! 何? 俺らとあそがぼァっ!?」


「……ありゃ痛ぇわ」


 カズが目を覆って痛そうな顔をする。

 加減したとはいえ、アリスの黒いブーツが綺麗に突き刺さったのだ――股間に。

 チンピラA:股間を蹴られ沈黙。


「て、てめえ!」


「何しやがる!?」


「この女、よくも……!」


 股間を押さえて泡を吹くAを見て、残りのチンピラが次々と襲いかかる。

 アリスはそれを冷ややかに見据えると――蹂躙を開始した。

 その様子を見届けたカズは、「女って怖い……」と顔を青くして呟くのだった。



――――――――――――――――――――



 チンピラB:股間を押さえて沈黙

 チンピラC:股間を押さえて沈黙

 チンピラD:股間を押さえて沈黙


「…………」


 みな同様のやられ方をして倒れる姿を見て、カズは敵ながら可哀想になり、そっと手を合わせる。この痛み、アリスには分かるまい。


「あ、あの……ありがとうございます!」


 そう言って頭を下げる女性に、アリスは「どうってことないよ」と、ひと仕事終えてすっきりした様子で応える。

 その女性は、フードに手をかけるとそっと外した。


 中から現れたのは、綺麗な長い茶髪だった。そしてその目は水のように澄んだ碧眼。その顔はこれまた美しい顔立ちをしているが、どこか優しそうな印象を感じさせる。その女性は、こぼれ落ちた長い髪を両手ですくい後ろに流すと、口を開いた。


「私はユピアと申します。ユピア・レッジ・ノウです――」



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