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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:54 『通したい筋』

「――いや、そうでもねーな」


「――?」


 とは、ジッとカズの顔を見つめた後、リンが呟くように漏らした言葉である。

 その言葉の意味がすぐには理解できず、カズは疑問げに眉を顰める。しかし一拍遅れて、それが最初に口にしたセリフの続きである事に気が付いた。

 リンの最初のセリフ、それは言外にカズの顔の造形を褒めるようなものだった。しかしそれを否定するという事は、つまりはそういう事であり――。


「そりゃ悪かったな、お前好みの顔じゃなくてよ」


 先の言葉の意味を正しく理解して、渋みの走った顔でカズは肩を竦めた。

 男女関係なく、誰でも顔の造りを謗られれば気分が悪くなるのは当然だ。しかも今回は、一度持ち上げた後に落とされているので尚の事タチが悪い。

 と、そう思っていたのだが――、


「ん? アタシは別に嫌いじゃないぜ? つーか、むしろ好みだな。アンタのその、ワイルド風味な顔」


「――っ」


 リンのその予想外の返しに、カズは思わず喉を詰まらせた。

 すると、そんなカズの反応に気付いたリンが、ニヤリと口の端を持ち上げて、


「なんだなんだ、もしかして照れてんのか? んだよ、意外と可愛いとこあんじゃねーか!」


「お、おい、寄って来んな……!」


 ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべ、肘で小突いてくるリンからカズは慌てて距離を取った。しかし石椅子はそこまで大きい訳ではないので、端まで寄り過ぎたカズはそのままズリ落ちかけて盛大に慌てる。

 その様子を見たリンが声を上げて笑い、カズは頭をガリガリと乱暴に掻き回すと、微かに赤くなった顔を逸らしつつ苦し紛れの話題転換を試みた。


「あー、そうだ。昨日の夜、本当はどこ行ってやがったんだ?」


「んだよ、またその話かよ」


 どうやら話題の転換には成功したようで、リンが呆れたように鼻から息を吐く。

 昨日の夜、夕食時の事だ。途中で便所に行くと言って席を立ったリンが、いつまで経っても戻って来ないという事件が起きた。

 日も暮れて暗い中、手分けして集落中を駆け回ったのだが、リンの行方に繋がる手掛かりは何一つとして得る事が出来なかった。

 何か事件に巻き込まれたのでは、と緊迫した空気が流れ始めた時だ。眠そうに目を擦りながら、何事もなかったかのようにリンが家から出て来たのである。


「だから、便所行く為に廊下に出て、なんか気が付いたら自分の部屋で寝てたって、何度もそう説明しただろうーが」


「……普通、もう少し危機感を抱いてもいい状況だと思うんだが?」


 席を立ってから数時間分の記憶がすっぽ抜けてしまっているのだ。普通なら、恐怖や不安を覚えて混乱してもおかしくない異常事態である。

 だと言うのに、当の本人がこの調子なのだ。肝が据わっていると言っていいのか、はたまた楽観的だと言うべきなのか。


 だが、周りの人間も同じように楽観的になれるかと言えばそうでもなかった。

 何故ならば、リンの部屋は真っ先に全員で調べに行き、結果として無人であるという事実がきちんと確認されているからだ。

 本人の証言との食い違いから、リンが席を立ってから自室で目覚めるまでの間に、リン自身にも認知できない何かがあったと推測できる。


 幸いにして、今のところリンに目立った異常は見受けられない。

 だからと言って、簡単に見過ごせるような案件でもないのは確かだ。――確かなのだが、残念ながらカズに他人を気遣える余裕などなかった。

 そう、そんな余裕があるのなら、とっくに――、


「――んで、そのシケたツラの訳は?」


「……は?」


 思考の泥沼に意識が埋没していくその寸前、横合いから掛けられたリンの言葉がそんなカズの意識を現実に引き上げた。

 見てみれば、リンは呆れたような表情でため息を吐いていて。


「さっきからずっと、女々しく悩んでますオーラ垂れ流しにしやがってよ。傍から見てるこっちはイライラしてしょーがねーんだよ。――ま、アレだ。今回は特別に、このリンおねーさんが相談に乗ってやっから、遠慮せず話してみな」


「…………」


 などと、腕を組みながら尊大に胸を張るリンに、カズはしばし黙り込んだ。

 今しがた自分の事を『おねーさん』と自称した通り、リンは以外にもカズより一つ年上の十九歳だ。その体つきなどからは、とてもそうは見えないのだが。

 と、思いがけぬ踏み込みにより生じた動揺から、現実逃避気味の思考へと逃げ込もうとする自分に心の中で蹴りを入れ、カズは短く息を吐いて視線を逸らした。


「別に、何でもねぇよ……」


「んなこと言わずに、話してみろって」


「これはオレの問題だ。確かに、少し露骨で配慮に欠けたのはオレの失態だ、そこは謝る。だがな、これは相談してどうにかなる話じゃ――」


「――いいから、話せ」


「――っ」


 凄みのある低い声音に、カズは思わず言葉を詰まらせた。

 目を丸くして振り向けば、リンの有無を言わせぬ凄まじい眼光がこちらを見据えており、その言い知れぬ迫力にカズの喉が鳴る。

 そして、そんな瞠目して固まるカズに、鋭い眼光のリンは、


「魔物から助けてやった。アタシんちに居候させてやってる。つまり、アンタにとってアタシは恩人だ。そんな恩人であるアタシが相談に乗ってやるって言ってんだ。最低限の筋くらいは通せ。男だろーが」


「…………」


 苛立たしげに眉を上げるリンに、カズは口を開けたまま何も言い返せない。

 つまるところ、それはほとんど脅迫に等しかった。悩みを打ち明ける、それが恩人である自分に取っての恩返しになると、リンは言外にそう言っているのだ。

 これには思わず――、


「――は。無茶苦茶言いやがる」


 驚きの硬直から立ち直り、カズは辛うじて苦笑を漏らした。

 こんな言い方をされてしまえば、逃げようがないではないか。本当に滅茶苦茶で、そして何より――卑怯だ。


「……分かった、降参だ」


 両手を上げて、深々と息を吐いたカズは降参の意を表明する。

 ここで黙秘権を行使すれば、リンは躊躇なくカズを家から追い出すだろう。ここ数日の付き合いで、リンがそれを平気でする女であるという事は理解している。

 期日まで残り数日だとはいえ、他に泊めてくれるような家を探して住人と交渉する手間を考えれば、ここはカズが折れるのが最善の選択だ。


「――?」


 と、降参を伝えたにも拘わらず、いつまで経ってもリンから反応が返ってこず、カズは訝しげな眼差しをリンに向けた。

 するとリンは、何やら不機嫌そうに眉根を寄せており――、


「アタシは、筋が通ってねーのは嫌いだ」


「…………」


 何が気に食わなかったのか、腕を組んだリンがツンとそっぽを向く。

 そんなリンの不機嫌な態度の原因、それにはさほど時間を掛けずに辿り着く事が出来た。というより、今しがたリンが答えを口にしている。

 しかし、気付いた事で思ってしまう。なんとも面倒くさい性格をしているものだ、と。――厳密に言えば、優しさが遠回しで面倒くさい、だが。


 心の底から降参の意を示す深い吐息を一つこぼし、次にカズはその居住まいを正すと、リンに向けて深く頭を下げた。


「頼みがある。オレの悩みを聞いて欲しい。――いや、聞いて下さい」


「――ああ、いいぜ。ちゃんと筋を通せるヤツは大好きだ」


 カズの丁寧な懇願を受け、ふっと相好を崩したリンが再びこちらに顔を向ける。

 何故だか分からないが、その微笑みを直視しているのが無性に気恥ずかしくなり、カズは頬を掻きながら視線を逸らすのだった。



――――――――――――――――――――



 ――カズは、リンに悩みを打ち明けた。


 しかし、事情の全てを打ち明けた訳ではない。

 リンを信用していない訳ではないが、リンはどちらかと言えば吸血鬼側の立場だ。そんなリンに、吸血鬼に囚われている仲間を助けたい、とは言えなかった。

 おそらくだが、正直に事情を打ち明けたとしても、リンはカズに協力してくれるだろう。彼女の性格からして、密告などはしないはずだ。


 だとしても、やはり本当の事は明かせない。

 もしもリンにそれを打ち明けて、それでシンゴ達が城から――この『金色の神域』から解放されてしまえば、その責任の一端はリンが負う事になってしまう。

 恩人であるリンに、これ以上の迷惑はかけたくなかった。


 ――故にカズは、仲間の力になりたいのだが、その力が自分には圧倒的に不足していて何も出来ない、と曖昧な形で悩みを打ち明けた。


 最低限、リンは事情を知らずに協力してしまった、という体を通す為だ。

 しかし、リンはおそらくカズの言う仲間が誰らを指しているのかには気付いている。いや、この状況で気付かない方がおかしな話なのだ。

 その上で、リンはカズの話を最後まで真摯に聞いてくれた。そして聞き終えると、こんな問い掛けをカズに投げかけてきた。


「アンタの言う仲間ってのに、アンタが通したい筋はなんだ?」


「オレが、通したい筋……」


 リンの問いかけを受け、カズはその言葉を吟味するように舌の上で転がす。

 真っ先に思い浮かんだのは、やはりあのどこか頼りない少年だった。そして、カズがあの少年に対して通したい筋とは――、


「オレは、アイツの妹を救いたいっていう強い気持ちに共感を受けて、ここまで付いてきた。だから、オレがアイツに通したい筋ってのは、アイツが妹を助け出すのに協力してやる事で――」


「あー、違う違う。アタシが言ってんのは、そんな小難しい話じゃねーよ。もっと、単純な事だ」


「単純な事……?」


 そうカズが首を傾げると、リンは真っ直ぐ真剣な眼差しをカズに向け――、


「――アンタが、どうしたいのか、だ」


「――――」


 ――カルド・フレイズが、どうしたいのか。


 そのリンの修正を反映し、カズは改めて己自身にそれを問い掛けてみた。

 この場合、リンが言ったように、小難しい事は考えれば考えるほどノイズとなる。求めるべきはより根底の部分、本能に近いところにある衝動にも似た想いだ。

 理性を無視し、邪念を振り払い、そうして邪魔な物を全て取り払ったあとに見えてくる、ただひたすらに純粋な願い。

 それに触れて、それが何なのかを確かめて、カズはその答えを言語化した。


「オレは……アイツを助けてぇ。アイツの力に、なってやりてぇんだ」


 顔を上げ、城を見据えながらそう口にした瞬間、カズは胸の内にすとんと、納得にも似た感慨が落ちるのを感じた。

 それは、今この瞬間に生まれた物ではない。元からカズの中にあった物だ。ただ、今まではそれがちゃんと見えていなかっただけで――。


「よーやく、アンタ自身が通したい筋を自覚できたみてーだな」


「リン……」


 その声に振り向けば、リンが満足げな表情で頷きかけてくれた。

 そしてすぐに、リンは真面目な顔つきで続ける。


「力も、知恵も、技術も、何もかもが足りてねー。そんなの言い訳にもなんねーんだよ。本気で通したい筋があんなら、魂を投げ打ってでも貫き通せ」


「魂を、投げ打ってでも……」


 復唱するように呟き、カズは己にその覚悟があるのかを問うてみる。

 カルド・フレイズは、果たして仲間の為に全てを差し出せるのか。そう考えた時、ふとあの【声】が脳裏を過り、カズは背筋に寒気が走るのを感じた。

 そして、そんなカズの心の揺らぎを見透かしたように、


「それくらいの覚悟が持てねーのなら、アンタの通したい筋ってのは、所詮はその程度のもんだったって話だ」


「違う、オレの覚悟は……!」


「だったら、うじうじと出来ねー言い訳なんざ考えてねーで、どうすりゃその筋を通せるかだけを考えろ。俯いて、下ばっか向いてるよーじゃ、誰も真っ直ぐ綺麗な筋なんか通せねーよ。――だから、まずは顔を上げろ。全部、そっからだ」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべたリンがカズの胸を拳で突いてくる。その押す力自体は軽いものでも、心は強く揺さぶられた気がして――。

 と、次の瞬間だ。それはカズにとって全く予期していなかった事態で、おそらくリンにとっても予想外だっただろう出来事が起きた。


「うひぃ!?」


「おおっ!?」


 突如として、裏返った悲鳴を上げたリンがカズに飛び付いてきた。

 そんなリンを咄嗟に受け止めて、カズは突然の事態に目を白黒させる。

 しかしやがて、腕の中にすっぽりと収まる意外と小さなリンの体、その感触が思いの他に柔らかくて、口調や態度とは裏腹に、やはりリンも一人の女の子なのだという事実を否応なく実感させられた。


「――ッ」


 が、そんな感慨もすぐに吹き飛び、カズの喉から引き攣った声が漏れる。

 十八年というカズの人生において、これほどまでに異性と体を密着させた経験は、悲しい事に家族以外とは皆無と言っても過言ではない。

 なので、反射的にリンを引き剥がそうとして――そこではたと、リンの怯えたような眼差しに気が付いた。


「――?」


 怯えるリンの眼差し、そこに微かな生理的嫌悪が含まれている事に気付き、カズは訝しげに眉を寄せる。そして、リンが視線を注ぐ先に目を向けてみた。

 浮いたリンの臀部の真横、そこには一匹の小さな虫が鎮座しており――、


「……んだよ、その目は」


「いや……」


 何とも言い難い表情のカズを、リンが半眼で睨み上げてくる。

 しかし、カズの首に回された腕の力が緩められる気配は全くなく、残念ながら先ほどとは違い、気圧されるほどの凄みや威厳は微塵も感じられなかった。

 そんなリンの見え見えの強がりに対してカズが返答に窮していると、当のリンが青い顔のままため息を一つ吐き、やがて根負けしたように目を逸らした。


「アタシにだって、苦手なもんの一つや二つくらい、普通にあるっつーの」


「――――」


 唇を尖らせるリン、その頬に微かな赤みが差している。それが何故か無性におかしく思えてしまい、カズは小さく吹き出してしまった。

 そんなカズをリンが歯軋りしながら睨んでくるが、その目尻にはうっすらと涙が滲んでおり、とうとうカズは声を上げて大爆笑。


「んだよ、虫が苦手でわりーかよ!」


「いや、別に悪くはねぇよ。ただ、案外、可愛いとこあんなぁと思ってよ」


「……ッ」


 肩を竦めるカズの発言、それが先ほど自分が口にしたからかい文句と同じである事に気付き、リンが悔しげな表情で更に顔を赤くする。

 仕返しも出来て満足し、さすがにそろそろリンが可哀そうになってきたので、カズは優しく指で弾いて虫をどけてやった。

 それて見て、リンがどっと疲れたように脱力する。そして顔を上げると、至近距離でカズの顔をジッと見つめてきて――、


「いつまで抱き締めてやがんだ、このスケベ野郎ッ!!」


「うごッ!?」


 割と手加減なしの理不尽な掌底に顎を突き上げられ、完全に油断していたカズは盛大に吹き飛んだ。そして、数秒の浮遊感の後、尻から芝生の上に落下する。

 臀部から背骨に掛けて衝撃が駆け上り、掌底により揺れていた脳に更なる揺れが加算された。視界が激しく明滅し、意識がぐらついて気持ち悪い。


「……っ」


 姿勢を保てず、仰向けに倒れたカズは、その不快な感覚としばし格闘。

 やがてそれも落ち着き、脳の痺れが薄れて視界に明瞭さが戻ってくると、カズの眼前には、夕闇に染まりつつある幻想的な赤い空が広がっていた。

 その、どこまでも遠く、吸い込まれてしまいそうなほどの絶景に、カズは刹那の間だけ時を忘れて見入ってしまう。

 そして気付けば、ふっと自嘲するような笑みを漏らしていた。


「なに気色のわりー笑み漏らしてやがんだ。……打ちどころ悪かったか?」


「いや、なんつぅか……色々と悩んでんのが、心底バカらしくなった」


「――そーか、そりゃよかったな。だったら、アタシに通すべき筋があんだろ?」


 どこまでも筋を通す事に拘るリンに、カズは小さく苦笑を漏らす。

 自分の足元ばかり見つめて、足踏みしていた時とは今はもう違う。顔を上げ、前を向き、大きな一歩を踏み出す事が出来たのだから。

 そしてその一歩を踏み出せたのは、リンが背中を押してくれたからだ。

 ならば、カズがリンに通すべき筋とは何なのか。――そんなの、いちいち考えずとも自然に出てくるというものだ。


「リン、感謝するぜ。オレは、オレの筋を通す方法を、もう少し模索してみる」


「――――」


「……リン?」


 通すべき筋――感謝の言葉を晴れやかな心境で伝えたカズは、しかしいつまで経ってもリンからの返答がなく、訝しげにその名を呼んだ。

 リンの様子を見るべく、体を起こす為に腹筋に力を込めるカズだったが、そこでふと視界の端に白い粉のような物を捉え、起き上がるのを中断した。


「何だ……?」


 その白い粉は空から舞うように落ちてきていた。それも一つや二つなどではない。辺り一面、それこそ視界を埋め尽くすほど無数に、その白い粉は舞っていた。

 やがて、その白い粉の一粒がカズの頬にふわりと落ちる。――冷たい。


「――雪、か?」


 ようやくその白い粉の正体が雪である事に気が付いたカズは、ここで遅まきながら空が曇天に変容している事に気が付き、大きく目を見開いた。

 慌てて跳ね起き、同じ光景を見ているはずのリンに、この突然の降雪について尋ねようと口を開くが――、


「――――」


 眉根を寄せ、鋭く細めた碧眼で空を見上げるリン、その表情にただならぬ物を感じてカズは開きかけた口を噤んだ。

 何かが起きようとしている。――否、既に起きているのだと、そんな漠然とした危機感が胸の中で渦巻くのを感じた。


「リン、これは――」


「ありえねー……これ、大神官様の加護が消えてやがる……!」


 躊躇している場合ではないと、カズがこの現象について聞こうとしたタイミングで、それに被せる形でリンが舌打ちをこぼした。

 その逼迫したように歪められたリンの横顔を見て、カズはやはり先ほど感じた己の危機感が間違っていなかった事を悟る。


「加護が消えたってのは、そんなにマズい事なのか?」


「マズいも何も、神域内に雪が降るなんざ初めてだ! いや、過去にあったかどうかは知んねーけど、少なくとも、アタシが物心ついてからは一度も――」


 カズのその質問に対し、勢いよく振り返ったリンが早口にまくし立ててきてー―その直後、突如として大きな轟音が鳴り響いた。

 爆発音にも似たその轟音は大気を震わせ、リンのセリフの後半を掻き消す。そして、驚愕に声を上げる暇もなく、その音は立て続けに連鎖した。

 カズとリンは同時に音のした方へ目を向ける。爆発音は集落の南方より響いてきており、何やら遠くに赤く明滅するような光が何度も見えた。


「何が、起きてやがる……?」


 呆然と、その赤い光と轟音を聞きながら、カズは戦慄に震える呟きを漏らす。

 すると、隣から鋭く息を呑む気配が伝わってきた。振り向いてみれば、限界まで目を押し開いたリンが、石椅子から立ち上がっており――、


「――ゴンは、どこだ?」


「――っ」


 それだけで全てを察し、カズも同じように鋭く息を呑んだ。

 おそらくだが、南方に見えるあの赤い光は火の魔法が行使された証拠だろう。つまり、何者かがこの『金色の神域』に攻撃を仕掛けているのだ。

 決して無視できない事だが、今この瞬間においては二の次だった。


「ゴンはどこだって聞いてんだよ――ッ!!」


「ぐっ……落ち着け、リン……ッ!」


 鬼気迫る表情で、リンがカズの胸ぐらを掴んでくる。苦鳴を漏らしつつ、カズはリンの腕を引き剥がすと、軽く咳き込みながらゴンとの会話を回想した。

 つい数十分前の会話だ。その内容はすぐに思い出す事が出来た。


「ごほっ……塩、だ! ゴンは、塩を買いに行った……!」


「塩……なら、まだ無事だ!」


「なっ!? おい、待て、リン! ああ、クソ……ッ!!」


 カズの制止の声も聞かず、リンが石垣を軽やかに飛び越えて走り出す。

 そんな聞く耳持たずのリンに毒づき、カズもその背中を追って駆け出した。

 石垣に片手を着いて飛び越えながら、カズは限りなく不安に近い懸念を覚えていた。その心の片隅に引っ掛かっているのは、イレナの存在だ。


「頼む……無茶だけはしねぇでくれよ、イレナ……!」


 彼女の性格を考慮して、そして何よりこの分断を招いてしまった負い目から、カズは祈るようにイレナの無事を願う。


 そして、既に遠くに見えるリンを追うべく、その足に力を込めるのだった――。


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