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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:49 『招集拒否の報い』

 ――たなびく煙のように、金色の靄が進むべき道を示し出す。


 その靄に導かれて、シンゴは長く複雑に絡み合う階段を駆け上がり、そして壁に空いた穴の一つに飛び込んだ。

 穴の先は通路になっており、灯された『陽石』が怪しげな輝きを放っている。

 金色の靄は真っ直ぐ通路の奥に伸びていて、シンゴは右目を紅く染めると、真紅と紫紺の色違いの双眸でその奥を見据えた。


『急いで下さいなのです。もう既に始まってしまっているのですよ』


「あ? 何が?」


『――戦いが、なのです』


「――!?」


 『戦い』と聞いた瞬間、シンゴは弾かれるようにして駆け出していた。

 今のシンゴは『激情』の力で一般人とはかけ離れた速度で走る事で出来る。おそらく元の世界で言えば、今のシンゴは冗談抜きに世界で一番足が速いだろう。

 その脚力に物を言わせ、シンゴは道標を頼りに通路を疾走する。


「なあ、あんた!」


『――?』


「あんた、あの礼拝堂で確か、『二度目はない』みたいな事を言ってなかったか!? なのに、なんでまた俺を助けてくれんだよ!?」


 走りながら質問するシンゴに、『声』は一瞬の間を置き、クスリと笑った。


『あれは、リンの肉体を借りるのが、あれっきりという意味なのですよ』


「……は!? じゃあ、礼拝堂でのリンは、本物のリンだったって事か!?」


『本人は、あの時の事は一切覚えていないのですけどね』


 てっきり、あのリンはこの『声』の主が化けた偽物だと思っていたのだが、真実は違ったらしい。聞いている限りだと、シンゴとベルフの『憑依』に近いか。

 つまり、『二度目はない』という発言は、リンの肉体を借りる件についてであり、シンゴに対する助力とは全くの無関係という事だ。


「……待てよ? こうして俺に接触できんなら、なんでわざわざリンの身体を借りる必要があったんだ?」


『それは、ここが龍脈により近い地下だからなのですよ』


「……りゅうみゃく?」


 ふと覚えた疑問をシンゴが口にすると、すかさずそれに答えが返ってきた。

 シンゴの頭では少し理解できない単語もあったが、つまりこの『声』の主は、地下限定ならば、こうした形で接触してくる事が可能という訳か。

 ただ、そうまでしてシンゴに協力してくれる理由が分からない。何かもっと別の目的があるのでは、そう勘繰りしてしまうのも仕方がないだろう。


『別に、善意だけで協力している訳ではないのですよ』


「……お前、俺の心が読めるのか?」


『ふふ。顔を見ていれば、簡単に分かるのです』


 考えている事をズバリと言い当てられ、シンゴは瞠目する。

 そんなシンゴの反応に『声』は小さく笑いながら、表情に出ていたと指摘。シンゴは気まずげに顔を顰め、今後はポーカーフェイスを意識しようと心に誓う。


『――見極める為、なのですよ』


「見極めるって……何を?」


『アナタが、天秤を傾けるに足る人物であるかを、なのです』


「…………」


 何を見極めるかについて『声』が説明してくれるが、先ほどとは違って、今度こそシンゴは何一つとして理解できなかった。

 ただ、見極める事の内容についてはさっぱりだったが、シンゴが何やら知らぬ間に品定めされている、という事だけは理解した。


「……あんた、何者なんだ?」


『強いて言うのなら、バランサー、なのですよ』


「……バランサー?」


 バランサーとはつまり、バランスを取る者、という意味の事だろうか。

 それならば、先ほどの発言の中にあった『天秤』というワードとも符合する。天秤は何かとバランスの象徴として用いられる事が多い。

 なら、バランサーとは即ち、傾いた天秤を修正する者の事。そして、天秤を傾けるに足る人物とは、傾いだ天秤を均等に戻す『重さ』を持つ者という意味だ。

 この『声』の主――バランサーは、シンゴにその『重さ』が存在するのかどうかを見極めようとしているのか。


「――!」


 足りない頭をフル回転させ、考え事に耽りながら走っていたシンゴは、ふと前方に『陽石』とは別の光を見て顔を上げた。

 どうやら、この長く複雑な様相を呈する通路も終わりが近いらしい。

 気になる事は多く、頭の中で渦巻いているが、今は目先の問題が優先である。

 シンゴは思考を打ち切ると、その光を目指して更に加速しようと――、


『課せられる試練を乗り越え、鍵を完成させるのです』


「は……? 今度は何の話だ?」


『アナタは、必ず成し遂げる。それでも、最初の試練だけは、アナタの為にも、今でなければならないのです。――あの人の息子なら、きっと、乗り越えられるはずなのですよ』


「――ッ!?」


 その『声』が告げた最後の一言に、シンゴは鋭く息を詰めて足を止める。それはちょうど通路を抜け切って、城の中のどこかの部屋に出た瞬間だった。

 慌てて振り返るのと、後ろの隠し扉らしき物が閉じるのは同時で、そこには扉の痕跡すら見当たらないほど、綺麗な壁のみが残された。


「今の……どういう意味だよ? なあ!?」


 と、先の発言の真意を問うシンゴだったが、『声』からの返事はない。

 駆け寄り、壁に手を当てて色々と調べてみるが、再び扉を開く為のスイッチなどはどこにも見当たらず――。


「何者なんだよ、俺の親父は……ッ」


 この世界にやって来てから、度々見え隠れする父親の影。

 これはもう、ほぼ確定的だろう。シンゴの父親――木更木・一心が、こちらの世界と何らかの関係があるという事は。


「これは、死んでるかどうかも怪しくなってきたぞ……っ」


『シンゴ、今は』


「……ああ、悪い。切り替える」


 ベルフの『声』に頷き、シンゴは深呼吸を挟んで意識を切り替えた。

 今はもうあの『バランサー』と名乗る何者かの『声』は聞こえない。ここまで導いてくれた事には感謝している。だが、あまりに多くの謎を残してくれた。

 もしも“次”があれば、色々と聞かなくてはならないだろう。


「けど、今はまず目先の問題だ」


 そう呟き、頭の中で優先順位を定めたシンゴは、自分の現在地を確認すべく部屋の外へ出た。廊下に出てすぐ、ここが城の一階である事に気付く。

 ただ、何かがおかしい。この、胸の奥がざわつくような違和感は――、


「これ……ちょっと静かすぎやしねえか……?」


 気持ち悪いほどの静寂に、シンゴは不気味さを覚えて眉を寄せる。

 一階には食堂があり、食事の度に足を運んだから分かる。一階には常に人がいて、長い廊下にも必ずと言っていいほど人の姿が確認できた。

 それが今は人影どころか、そもそも人の気配が全く感じられない。寒気を覚えるほどに、異様な空気が漂っていた。


「――は? 雪?」


 ふと窓の外に目をやったシンゴは、ちらちらと降る雪を見て目を見開く。

 この『金色の神域』は『豊穣の加護』の恩恵により、外の極寒の世界とは違って春のような温暖な気候となっていたはずだ。それがどうして雪が降っている。


 ――これは、明らかに異常だ。


『どうやら、急いだ方がよさそうだな』


「みたいだな……」


 ベルフの言葉に重々しく頷き、シンゴは窓の外に向けていた視線を切ると、誰もいない閑散とした廊下の奥へ目を向けた。

 この廊下の先から例の悪意を感じる。悪意のある方角と距離からして、おそらく悪意の持ち主がいるのは――、


「――城の、すぐ目の前だ」


 悪意の持ち主の居場所を正確に把握したシンゴは、恐怖を捻じ伏せるように奥歯をきつく噛み締めると、覚悟を決めて走り出した。

 長く伸びる廊下に遮る物は何一つとしてなく、シンゴは恐怖で竦みそうになる足を叱咤しながら、悪意を目指して真っ直ぐにひた走る。

 故に、声を掛けられなければ、気付かずに通り過ぎてしまっていただろう。


「待って、お兄ちゃん――っ!」


「――ッ!?」


 城の玄関前にある広いホールへ差し掛かったシンゴは、自分の事を呼び止める声に慌てて急ブレーキを掛けると、慌てて後ろに振り返った。

 見れば、ホール内に幾つか存在する太い柱、その内の一つの陰からこちらを見つめる青みがかった瞳と目が合った。


「イチゴ!? よかった、無事だったんだな……!」


 ちょいちょい、と手招きしてくる妹――イチゴの下へ駆け寄りホッと安堵するシンゴだったが、イチゴの隣にもう一人誰かがいる事に気付き、目を見開く。

 何故ならそこにいたのは、ずっと安否が気になっていた人物だからで――、


「トゥレス!? お前も無事だったのか!?」


「一心も、無事みたいで安心した」


 驚くシンゴに小さく笑い掛けてくるのは、シンゴが地下の隠し通路の先で見付けたあの謎の女性――トゥレス・デトレサスだ。

 てっきりシンゴ同様どこかに監禁されているものだと思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。それに今はちゃんと服を着ており、あの一件の後の待遇は、少なくともシンゴよりはよかったらしい事が窺える。


「お兄ちゃん! みんな、なんか様子がおかしくなって……呼び掛けても全然反応もなくって……それで!」


「落ち着け、イチゴ! みんなって、吸血鬼達の事か?」


「う、うん……全員、夢遊病みたいな感じになってて、たぶん、私もアリスさんに助けられるまでは、同じ状態でここに来たんだと思う」


「待て……アリスに助けられたって、アリスがここに来たのか!?」


「うん。アリスさん、他の吸血鬼達を正気に戻そうと頑張ってたんだけど、数が多すぎて、ほとんどの人が城の外に出て行っちゃったの。それでアリスさん、私とこの人にここで待ってろって言って、みんなを追いかけて外に……」


「――――」


 イチゴの視線が玄関扉へ向くのを受け、シンゴはおおよその事情を察した。

 吸血鬼達は何故か、夢遊病のような状態となり、揃って城の外に出て行ってしまったらしい。これで、ここに来るまでに人の気配が皆無だった理由が判明した。

 そして、吸血鬼達が向かった先には、例の悪意の持ち主がいる。おそらく、吸血鬼達の夢遊病のような状態は、その悪意の持ち主が関与しているに違いない。


「――二人とも、ここでじっとしてろ。絶対に、外には出るなよ」


「お、お兄ちゃん……」


「一心……」


 背を向けて念を押すシンゴに、二人の心配そうな声が掛けられる。

 本当は、二人と一緒にここでじっとしていたい。だけど、この強大な悪意の下へアリスが向かったとなれば、そんな事も言っていられないのだ。


「それに、仲直りが途中なんだよ……」


 あの時の、アリスとの仲直りは、ガルベルトの横やりで達成されていない。

 やっと、アリスが歩み寄ってくれたのだ。相変わらず自身の落ち度には思い当たらないが、それでもアリスとの仲を修繕したいという気持ちに嘘偽りはない。

 だから――、


「だから、仲直り出来ないままで終わるのは、絶対に嫌なんだよ」


 覚悟の炎を心に灯し、全身に巡る『激情』の力が勢いを増すのを感じながら、シンゴは後ろには振り返らず、無言のサムズアップを残して走り出した。

 一気に玄関扉まで駆け寄り、その取っ手に手を掛ける。内側からこの扉を開くのは、これで二度目だ。一度目は無謀な逃走を図り、呆気なく捕まった。

 そして今回は、この城から抜け出す為にここを開けるのではない。この扉一枚を隔てた向こう側にいる悪意を退け、アリスを守り、そして、果たせなかった仲直りをちゃんとする為に――。


「アリス――ッ!!」


 彼女の名を叫び、力と勇気を貰って、シンゴは勢いよく扉を開けて外に出た。

 最初に視界に飛び込んできたのは、白い世界だ。降り積もる雪が勢いを増し、辺り一面を銀世界に変えつつある。

 そして、その純白を赤く、赤く、赤く、汚すように染めているのは――、


「――ぇ?」



 ――死屍累々と、折り重なるようにして倒れ伏す吸血鬼、その山から染み出した、おびただしい量の血液だった。



「――ほう。まだ一匹おったか」


「――!?」


 絶句していたシンゴは、その声にハッとして顔を上げる。

 見れば、倒れ伏す吸血鬼達の更に奥に、誰かが椅子のような物に腰掛けていた。

 女だ。金色の髪に、金色の瞳。金色の豪奢なドレスを身に纏い、金色の装飾品を幾つも身に付けた、異様なほどに華美な女だった。


「城の外にでもいたか? 運のよい血吸い虫よ。――しかし」


 女は、手に持った金色の扇子で口元を隠し、それでもなおはっきりと分かる、冷酷で残虐で嗜虐的な笑みを浮かべると――、


「余の招集に応じぬとは、貴様、万死に値する。――『首を掻っ切って詫びよ』」


 次の瞬間、疑問も、躊躇いさえも抱く事無く、シンゴは自らの首筋に爪を突き立てると、勢いよく頸動脈を掻き切っていた――。


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