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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:48 『脱獄』

「う、ぁ……く、そ……ッ」


 腕がダメなら足を、そう思って実行に移すも、足に力を込めた瞬間に全身が虚脱感に支配され、シンゴは喘ぐように声を漏らして座り込んだ。

 『選別の境界』が何者かに突破された――そうリノアから報告を受けたガルベルトは、そのリノアと共に出て行ってしまい、今この場にはシンゴしかいない。

 この隙になんとか枷を外せまいかと先ほどから試みているのだが、『筋緩石』と呼ばれる魔石が原因で難航を極めていた。


「――っ」


『それほど強大なものなのか、お前の感じる悪意というものは?』


 ベルフがそんな質問をしてきたのは、今しがたシンゴが恐怖のあまり肩を震わせてしまったからだろう。

 ベルフの問いにシンゴは頷き、頭上を見上げた。先ほどまでは一個の塊として感知できていた悪意が、今はその形を少し変容させている。


 いや、厳密には形は同じだ。ただしそれが、近付いてきたおかげではっきりと感知でき、個が寄り集まった集合体である事にシンゴは気が付いていた。

 悪意を持った何者かの集団――確かに大きく強い悪意だが、しかしシンゴが向ける恐怖の矛先は別にあった。


「こいつの悪意、あの沢谷優子よりも上だぞ……!」


 集団から外れ、真っ直ぐこの城に単独で向かってくる個体がいる。この個体の悪意がケタ外れに強大で、先ほどから身体の震えが止まってくれない。


『まさか、『罪人』か?』


「その可能性は……高いと思う」


 もしそうだとしたら、後ろの集団は『星屑』である可能性が高い。

 そもそも、どうしてこの『金色の神域』に『罪人』が攻めてくるのか。いや、奴らの目的を知らないシンゴでは推察など不可能だ。

 問題は他にもある。本当にこの個体が『罪人』だった場合、おそらく相手はシンゴが初めて遭遇する未知の『罪人』だと言う事だ。


 シンゴ自身がそうであるように、『罪人』は魔法に属さない不可思議な力――権威と呼ばれる異能を使う。無論、どれも強力で恐ろしい力である事は共通だ。

 ただでさえ計画通りに事が進まずに苦労していると言うのに、こうして拘束されてしまい、挙句の果てには『罪人』と『星屑』の襲撃だ。


 足りない。圧倒的に不足している。不利な状況を覆し、流れを強引に引き寄せるだけの力が、知恵が、何もかもが、キサラギ・シンゴには欠如している。

 ただ、今さら無力を嘆いても仕方がない。まだ相手が『罪人』や『星屑』だと決まった訳ではない。それよりも今は、他にやるべき事があるはずだ。


「ッ……だめ、だ……! 力が、抜ける……ッ」


 何度目とも知れぬ虚脱感に襲われ、シンゴは座り込みながら悪態を吐いた。

 ガルベルトの発言に対して抱いた怒りも、今ではかなり薄まってきている。そしてそれに拍車を掛けるのが、近付いてくる例の個体の悪意に対する恐怖心だ。

 恐怖も『激情』の糧としては十分な贄なのだが、怒りの感情を相殺して萎えさせてしまっているのが現状だ。そしてこの恐怖が『激情』に与える影響の質は、残念ながら先にあった怒りよりも劣っている。


「つっても、これ以上『激情』の力を高めるには……!」


 『激情』は、シンゴの感情の高ぶりに比例してその力を強める。理論的には、感情が高ぶれば高ぶるほど際限なく身体能力が強化されていくのだ。

 問題は、そう簡単に感情を高ぶらせる出来事は起きないということ。記憶に強く焼き付く出来事を回想しても、やはり当時に抱いた感情には劣ってしまう。

 喜びでも、怒りでも、哀しみでも、楽しいことでもいい。新鮮で、そして激しく感情を揺さぶる何かが起きなければ、これ以上の『激情』の強化は無理だ。


『――一つだけ、方法がある』


「本当か!?」


 ベルフが示唆してきた可能性の存在に、シンゴはすかさず食い付いた。

 この状況で感情を高ぶらせる方法――てっきりそれを教えてくれるのだと思っていたが、しかし実際にベルフの提示してきたのは全く別のアプローチだった。


『お前の『激情』とある意味では同じ力技……いや、荒技なのだが、『蛇顎骨じゃがくこつ』という拘束からの抜け技がある』


「……それは、また例の如く急に思い出す感じで閃いた技か?」


『ああ、そうだ。この『蛇顎骨』を使えば、おそらくこの枷から抜けられるだろう。――ただし、かなりの激痛を伴う。それでも構わないか?』


「構わない、やってくれ。この枷を外せるなら、痛みくらい我慢する」


 シンゴは覚悟の表情で頷き、ベルフの提案を受け入れた。

 そんなシンゴの即答を受け、ベルフが『身体を私に』と肉体の主導権を譲るように言ってくる。素直に従い、身体をベルフに明け渡す。

 その『蛇顎骨』という技は、果たしてどのようなものなのか。力技である点は『激情』と同じで、激痛を伴う荒技だとベルフは言っていたが――、


「では、やるぞ。――『蛇顎骨』」


『ぃぎ――っ!?』


 宣言の直後、ベルフはシンゴの身体で軽く胸を張ると、そこから一気に脱力するようにして上体を前方に倒した。

 振り子のような運動によって枷と接する手首に多大な負荷が掛かり、次の瞬間、ベルフが手首から先に複雑な捩じりを加えた。

 結果、靭帯が引き千切られる不快な音と感触、そして親指根元の骨が外れる不気味な音と感触が連続。高圧の電流が神経を焼き焦がすような激痛に襲われ、変わらず肉体の感覚と繋がっているシンゴは鋭い悲鳴を上げた。


「ぐっ……あ、ぐぅ……ッ」


 気付けば、肉体の主導権は返還されており、シンゴは再生を始める両手首の痛みに顔を苦悶に歪め、苦痛を噛み殺すように歯を食い縛った。

 徐々に吸血鬼の力で痛みが引いてきたシンゴは、ふらふらと立ち上がると、手首の調子を確かめつつ後ろに振り返る。

 そこには、どうやっても外せなかったあの枷が縛る対象を失い、次なる拘束対象が現れるのを待ちわびるかのように虚しく揺れていた。


「どう、やって……」


『簡単な理屈だ。親指の付け根部分の骨を外し、強引に手を枷から抜いたのだ』


 シンゴのこぼした疑問の声に、ベルフがすかさず説明を入れてくれる。

 ベルフの説明を要約すると、あの振り子のような動作で手首に体重を掛け、そして複雑な捻りでその力を誘導、強引に親指付け根の骨を外したらしい。


『助走を稼ぐ為に行った胸を逸らす動作、そして振り子運動にて生じた力を余す事無く的確な角度で誘導する為の捻り運動、この二つは『筋緩石』が反応しないギリギリの力で行った。シンゴ、お前が何度も『激情』による力技で脱出を試みてくれたおかげで、微妙な力加減の調整が上手くいったぞ』


「褒められてるのかどうか……話が理解できなくて反応に困る」


『つまり、『筋緩石』が反応しないギリギリの力で指の骨を外し、強引に手の平を折り畳んで枷から引き抜いたという事だ』


 理屈はよく分からなかったが、つまりは自発的な脱臼という訳か。

 吸血鬼の再生能力があって助かった。でなければ、これは自損技――外れた骨はともかく、引き千切られた靭帯はそのままだったのだから。


「とにかく、これで枷からは解放された。んで、次はこの鉄格子か……」


 肩を回してほぐしながら、シンゴは次なる障害に目を向ける。

 この鉄格子が枷と同じ『筋緩石』で出来ている場合、少々厄介だ。格子の隙間は狭く、『蛇顎骨』を使って強引に通るには文字通り骨が折れるだろう。


『その心配は無用だ。お前の全力で攻撃すれば、たとえ枷と同じ魔石で出来ていようとも突破は可能のはずだ。手で掴んで押し広げるのでなければ、インパクトの瞬間に筋力を縛られても既に必要な力は到達しているのだからな』


「……よく分からんけど、つまりは普通にぶん殴ればいいって訳だな!」


『まあ、そういう事だ』


 手の平に拳を打ち付け、思考を放棄して意気込んだシンゴは、鉄格子ギリギリの位置で背を向ける。息を吸い、鋭く吐くと、後ろの壁に向かって駆け出した。

 そして軽く壁を蹴ると、そこから反転して一気に加速。今度こそ、『激情』の力を遺憾なく解放――助走で得た力を足に乗せ、鉄格子を横なぎに蹴り払った。


「よっしゃ! 鉄格子、突破ぁ――ッ!!」


『……ぶん殴るのではなかったのか?』


 飴細工のように簡単にひしゃげた鉄格子を見て、シンゴは思わずガッツポーズ。

 そこにベルフが水を差してくるが、別に鉄格子を素手で殴るのは痛いそうだな、と怖じ気付いた訳では決してない。本当に、断じて、絶対に。


「さて、まずは地上に出ねえとな……」


 今も感知できている悪意は、真上から感じる。つまり、ここは地下なのだ。

 ただ、困った事になった。ここに連れて来られた際、シンゴは気を失っていた為、帰りの道順が全く分からないのだ。

 ベルフに関しても、シンゴと同じだろう。シンゴの五感が機能していなければ、ベルフが外の情報を得る事は出来ないのだから。


「――――」


 現在シンゴがいるのは、一本に伸びる狭い通路のほぼ中央だ。

 見れば、シンゴの入っていた独房の他にも幾つか独房が隣接されており、そして通路の両端にそれぞれ扉が見て取れた。

 この二択に関しては、ガルベルトとリノアが向かった方に進めば問題ない。

 あとはどうにか、悪意を目印に進んで行けば――。


「……おいおい、ふざっけんなよッ!!」


 あの二人が進んだ方の扉を開け、外に出たシンゴは、そこに広がっていた光景を見て思わず大声で悪態を吐いていた。

 シンゴを出迎えたのは、一辺百メートルはあろうかという四角く広大な空間。そしてその空間を構成するのは、見上げる程に高い壁と上部を塞ぐぶ厚い天井だ。


 視線を下げれば、すぐ目の前に小さな用水路らしきものが流れており、簡素な橋が幾つか対岸に向けて伸びている。その奥に見えるのは、横幅の広い階段だ。

 階段は途中で枝分かれに枝分かれを繰り返し、目の錯覚を起こしそうになる程に複雑な構造を成している。そして無数の階段の行き着く先は、四方を取り囲む高い壁の各所に開いた無数の穴だ。――その数は、ざっと百は下らない。


『これは……』


「こんな迷路、案内図とかあっても確実に迷うだろ……ッ」


 ベルフの絶句する『声』を聞きながら、シンゴも盛大に不満をぶちまける。

 この中から外に繋がる正解を引き当てるなど、強運の持ち主でも難しい。そして『不運』と『迷子スキル』を持つシンゴでは、これはもう詰みも同然だ。

 途方もない絶望に、シンゴはただ茫然と立ち竦むしかない。


 ――と、その時だった。それが聞こえたのは。


『――こちらなのですよ』


「――!?」


 不意に、どこからともなく『声』が聞こえた。

 それはベルフの『声』のように、頭の中に直接囁き掛けてくるようなものであり、そしてあの礼拝堂で聞いた事のある声だった。


「この特徴的な語尾……お前なのか!?」


『語尾については触れないで下さいなのです』


 応じる『声』は間違いなく、礼拝堂でリン・サウンドに扮してシンゴの前に現れた、あの謎の人物のものだった。

 どうしてこのタイミングで接触を図ってきたのか、シンゴが警戒心を強めていると、今度はベルフが『シンゴ!』と頭の中で呼び掛けてきた。


「頭の中で二人分の声がすると気持ち悪いな! で、なんだよ!?」


『前だ! 階段を見ろ!』


「階段……?」


 促されるまま目を向けると、横幅の広い階段――何やらその中央に、金色をした靄のような物が漂っているのが見えた。

 その金色の靄は細長く階段の上に伸びており、途中で枝分かれする階段の内の一つに続いていた。それはまるで、シンゴを導く道標のようにも見えて――、


「まさか……」


『言ったはずなのですよ。こちらなのです、と』


「…………」


『早くしないと、手遅れになるのですよ?』


「――ッ」


 躊躇していたシンゴだったが、今はこれに乗るしかないと判断。疑念と警戒心を噛み締めた奥歯ですり潰し、躊躇いを振り払うように走り出すのだった。


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