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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:2 『シャルナ・バレンシール』

「アリス……その目……」


 シンゴとカズが驚くなか、アリスは二人にここで話すのはまずいとうことで、とりあえず先に王都への入口をくぐることにする。

 この部分だけ壁が分厚くなっているのか、まるでトンネルのようなつくりになっている。

 アリスを先頭にトンネルの中を歩いて進むと、大きく開いた場所に出た。


「ここが、王都……!」


 シンゴが呟いた先に広がる光景。それはなんとも言い難い――強いて言うなら、やはり異世界に来たと思わせる、そんな光景が広がっていた。


 建造物のほとんどはレンガで作られ、あちこちに人の活気で満ち溢れている。そう、とにかく人が多い。目の前にかかったレンガづくりの橋の先には、日本の祭りに出る屋台のような出店が所狭し並び、入口をくぐってきた客を取り合うかのように、大声で店主が集客をしている。


 あちこちから漂ってくる食べ物の匂いが混ざり合い、シンゴの鼻腔を刺激する。

 思わずゴクリと生唾を飲み込んでから、ぼうとしている場合ではないと思い至る。

 横を見ると、シンゴ同様の反応を見せるカズとアリスの姿がある。


 先ほどの検問でアリスは、絶体絶命の危機を巧妙なアドリブと本来疑われるはずだった瞳をどうやってか偽装し、見事突破してみせたのだ。

 そのことは素直に凄いと思うし、安心もした。だが、どうやったのかが分からない。今まで真紅だった瞳は今では黒くなり、長円瞳孔も人間の丸いそれになっている。


「――アリス」


「……? ああ、そうだった、この目のことだね」


「おお、そうだそうだ! どうなってんだ、それ?」


 我に返った二人がそれぞれの反応を見せるが、やはり話題はアリスの変化した目だ。今までのアリスの目は真紅で、それを見慣れていたせいかどこか新鮮な感じがする。

 すると、アリスはいつの間に持っていたのか、手袋の方っぽだけをシンゴに差し出した。


 自分を指差し首を傾げるシンゴにアリスが頷くので、とりあえず受け取る。手袋はどこか金属質を思わせる質感で黒い色をしており、少し重い。しかしその硬い質感とは裏腹に、手袋は柔軟に形を変え、伸ばすこともできる。どんな素材をどう加工すればこうなるのか気になったが、それよりもシンゴは、これを渡された真意が分からず眉を寄せる。


「それ、さっきの検問の人に渡されたんだ。二人とも変に怪しまれたくなければ、この手袋でその痣を隠しておきなさいって」


 そう言うとアリスは、早速もう片方――どうやら二つとも右手用――の手袋を右手にはめた。さらに肌の露出が減り、代わりに黒色成分が増したアリスにならってシンゴも右手に渡された手袋をはめる。そして、グーパーと開いたり閉じたりしてみるが、はめ心地は悪くない。どころか、今までずっと使っていたかのように手に馴染んだ。


「――と、この話はまたにするとして、アリスのその目!」


「ああ、うん。この目は試してみたらできたんだよ。シンゴが切り替えられるんなら、ボクにもできるかなって思ったんだけど……うん、成功してほっとしたよ」


「…………大博打じゃねぇかよ……」


 脱力して肩を落とすカズと、シンゴも同じ気持ちだ。とっさの判断とは言え、よくもまあ成功させたものだ。シンゴがあんなにかかったのに対し、一発で瞳の変化を成功させるあたりに格差というか、根本的な違いを感じてしまう。やはり元々が吸血鬼だと、その辺のことは機能として本能に刻まれているのだろうか。


「しかしそれ、初めてできた――というか、そもそも知らなかったっぽい口ぶりだよな? よく無事に通れたよ、ほんとに……」


 さすがに今回ばかりは危なかったらしく、アリスも同意するように苦笑して頷く。そんなアリスのどこか印象のがらっと変わった瞳を見て、シンゴは気になったことを訊いてみた。


「アリスのそれって、俺の“逆”みたいなもんか……? 俺がオンにすると紅くなるのに対して、アリスがオン――でいいのか分かんねえけど、スイッチをオンにするみたいにすると黒くなるって感じで……」


「うん、感覚的にはそんな感じだね」


 へえと思いながら、シンゴがしばらく無言でじっとアリスの目を見つめていると、アリスがぷいっと視線を外した――何この可愛い生物。

 アリスをいじって遊ぶのも悪くないが、こんなところでぼけっと突っ立っているのも交通の邪魔になる。先ほどからチラチラと視線も感じるし、早く動いたほうがいいかもしれない。――いや、よく見たら野郎どもが見ているのはアリスだ。


 シンゴは下心丸出しの視線を向けてくる男どもをガルルと威嚇しておく。どちらにしても早く移動したほうがいいのは確かなようだ。

 とりあえず最初にすべきは宿の確保だろう。金銭面に関しては、村の人たちからユリカを助けてくれたお礼的な意味と、カズの旅立ち祝い的なノリでいくらかもらっている。


 とりあえずそれを元手に、安い宿を確保。拠点にして、情報収集と並行で金銭面の確保についても検討しなければならないだろう。

 何はともあれ、まずは宿だ。安いところを探すために頑張りますかと気合を入れる。


「まぁ、とりあえず宿探そうぜ? 安いとこは埋まってるだろうし、空きがうまく見つけられるといいんだけどよ……」


 カズもシンゴの考えと同じようで、いまだ微かに頬が赤いアリスも同じ意見のようだ。


「まずは……この人でごった返す道を突破しなきゃだなぁ……」


「俺、人で酔いそう……」


「ボクも、こんなに人が多いのを見るのは初めてだよ……」


 とりあえず三人は宿があるであろう区画を探すために、この人でごった返す大通りを突っ切ることにしたのだった。



――――――――――――――――――――



 とある家と家の隙間にできた薄暗い通路で、二人の人影が顔を突き合わせていた。そのうちの一人は、シンゴたちが検問の列に並んでいた時に絡んできた、あの初老の細い男だ。

 一方対面するのは、黒っぽい外套に全身を包んだ、性別すら分からない謎の人物だ。


「――星の数だけ」


「人の罪有り」


「汝に」


「星の加護あれ」


 男が謎の人物に、アリスに言ったのと同じ言葉を発すると、謎の人物が高い声で即座に返答する。

 男、謎の人物、謎の人物、男の順で交わされた謎の言葉は、どうやら何かしらの合言葉になっているようだ。


「目と印を――」


 謎の人物の言葉に男は頷くと、その瞳を紅くさせた。丸い瞳孔は、長円瞳孔に変化する。この男、どうやら吸血鬼のようだ。

 そして次に男は、着ている上着を胸部まで捲り上げ、その細い胴部を露出させる。


 それを見て、謎の人物は頷く。男の右胸の上部には、三つ巴の勾玉を上下反転させたような痣が刻まれていた。

 服を元に戻し、目も元に戻すと、男がニヤリとして口を開いた。


「おれは、リエルって言いやす。旦那、招集に応じやすぜ」


 フードの奥から頷く気配がする。それを見てリエルは満足そうな顔をすると、「そーだ」と何か思い出したような表情をすると、眉を寄せて疑うような雰囲気で質問した。


「ここに来るとき、呼びかけに応じねえ吸血鬼に出会いやした……。しかもソイツ、目ん玉紅くしたまま王都に入ろうとしてました。何か関係者で……?」


 謎の人物はしばらく沈黙して固まっていたが、やがて首を横に振る。リエルはそんな反応を受け、んん?と首を捻る。

 しかし関係が無いのであれば、今頃は検問ではねられるかしているだろうと考え、これ以上は余計なことを考えないようにした。


 しかし、あの吸血鬼のせいでせっかく検問を誤魔化すために用意していた策が無意味になってしまったのには、幾分思うところはある――が、手間がかかったとはいえ、こうして王都内部に潜り込めたのだから結果オーライだ。わざわざ危ない橋を渡る必要はない。


「じゃあ、そろそろ行ましょう」


 リエルの言葉を受けて頷き、さらに奥へと歩き出した謎の人物の後に続きながら、リエルは口元を笑みで歪ませたのだった。



――――――――――――――――――――



「な、なんだなんだぁ?」


 カズがそんな声を発したのは、周りの人たちが急に歓声を上げたからだった。体の内部まで響き、空間をビリビリと振動させる地鳴りのような歓声。これには隣にいるアリスも、黒くなったその目をまん丸に見開いている。


 今カズたちがいるのは、出店の立ち並ぶ大通りを真っ直ぐ突き進み、数十分ほど歩いたところにある大きな広間だ。しかし現在この大広間は、先ほど通ってきた大通りとは比べ物にならないほどの人の密集率となっている。


 必死に人ごみをかき分けて進んでいたところ、突如としてこの歓声が上がったのだ。

 耳を塞ぎながら人々の視線の先を見てみると、何やら大広間の奥の方が盛り上がり、段差のようになっている。そしてその壇上に、幾人かの甲冑に身を包んだ男たちを後ろに控えた、一人の少女が立っていた。


 その少女の髪は金色で、内側に軽くカーブしたショートカット。そして、瞳はアリスのように真っ赤に燃えるような赤だ。しかしその瞳は縦に裂けてはいない。つまり人間だ。

 美しく凛々しい顔をしているが、その雰囲気をさらに高めているのが、その身を包む金色を基調とした黄金の甲冑だ。


 甲冑にはその少女の目と同じ、赤いラインがいくつも刻まれている。そして手には、これまた金と赤の入り乱れた豪奢な剣が握られ、柄に両手を置き、地面に切っ先を突き刺すようにして支えにしている。


 そして白いマントを風になびかせるその姿は、その豪奢な装いも相まって、どこか神々しい雰囲気を醸し出している。

 そして、人々の歓声はどうやら、この少女に向けられているようだ。その証拠に、人々の少女を見る目は英雄――もっといくと、神を見るような目を向ける者まで見受けられる。


 カンッ――――


 少女は支えにしていた剣の切っ先を、壇上の床に軽く打ち据えた。その音は無数に反響し、気付けばあの地鳴りのような歓声がしんと途絶えていた。


「――みなさん……本日は、わたくしのような小娘の言葉を聞くために集まってくれたことに、心より感謝申し上げます」


 静まり返った広間に響くその声は、決して大きいものではない。しかし、広間の端にいるカズたちにも、はっきりと聞き取れることができた。力強く、凛とした覇気のある声だった。


「みなさんも知っての通り――今、この王都は不安定な状態にあります。……しかし安心してください。この都市の治安は、わたくしたち――騎士団が、全力を持って守ります!」


 ――――うおおおおおおおおおォォォォッッッッ!!!!


 少女の宣言に、先ほどの歓声を超える歓声が湧き上がった。人々は手を突き出し喜び、中には涙を流す者までいる。

 唖然とするカズたちだったが、その歓声を沈める音が、再び壇上の少女の剣先から響いた。先ほどと同じように静かになる広間。そこに少女の声が再び響く。


「――最後になりますが……昨日、この王都に“星屑”が現れました」


 少女の言葉に、人々がざわめき立った。驚愕、不安、恐怖、様々な感情が渦巻くなか、「しかし――」と少女の声が、そんな負の感情を力強い声で押しのける。


「わたくしは、昨日その“星屑”と接触し、戦闘になりました。街中だったため、全力で力を振るうこと敵わずに逃亡を許しましたが、片腕を切り飛ばす重傷を与えることはできました。“星屑”は『吸血鬼』で構成されると聞きますが、わたくしに切断された腕は“治ることはない”でしょう。ですが、奴らの生命力は侮れません。みなさんも、くれぐれ気をつけてください。もし、怪しい者を見かけたら、近くの騎士に報告を――さすれば」


 そこで少女は間を取り、群衆を見渡す。そして少女は、支えにしていた剣を片手で持ち、天高く突き上げた。


「この――シャルナ・バレンシールが、皆様を必ずお守りします!」


 今までで一番の歓声が少女――シャルナ・バレンシールに向かって上げられた。



――――――――――――――――――――



 カズたちは、未だに歓声が空間を震わせる広間から抜け出し、路地裏に逃げ込んでいた。

 その姿は、群衆にもみくちゃにされてひどい有様だった。特にアリスの髪なんて凄いの一言だった。


「あの人――バレンシールさんって、すごい人気なんだね……。カズは知らなかったのかい?」


 乱れた髪を手櫛で整えながら、アリスがカズに向けてそんな言葉を発した。一方そのカズは、膝に手をつき、肩で息をしながら「なんで、そんな元気が……」と疲れきった様子。

 壁にもたれかかって座り込んで息を整えたカズが、ようやく口を開く。


「ふぅ……あいにく、うちの村はド田舎でね……。村から出るのも滅多にねぇし、人もあんまし来ねぇもんだから、世間には疎いんだよ……」


 うんざりといった調子のカズは「つまり知らん」と締めくくると、大きなため息をついて頭を壁に預ける。そんな調子のカズにアリスは苦笑すると、


「……そういえば、“星屑”っていうのもまた聞いたね……」


「……ああ、どうやら世間では一般常識みてぇだが、オレは知らねぇな。聞いてた感じだと、あんまり友好的な奴らじゃねぇってことは確かだがな……」


 そう言って肩をすくめるカズの言葉に、アリスは「星屑……」と顎に手を当て、考え込むように固まる。すると不意に、はたと何か思いついたのか、白い髪をふりふりさせながら辺りを見渡す。そして、額に汗をにじませながらカズに向き合った。


「――シンゴは……?」


「…………そういや、いねぇな……」


 カズも同じく辺りを見渡すと、額に汗をにじませた。シンゴの姿はどこにも見当たらない。つまりこれは――、


「「迷子だ(ね)」」


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