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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:44 『白い箱の中身』

 本棚の後ろから出現した隠し通路、その奥へと足を踏み入れたシンゴを待ち構えていたのは、地下へと続く一本の階段だった。

 その階段は中庭で見付けた隠し階段と同じ材質で出来ており、書庫側から差し込む光はその下までは届いていない。

 シンゴは右目を吸血鬼の紅い瞳にして視界を確保すると、一歩、また一歩と、その階段を慎重な足取りで下り始めた。


「――っ」


 階段を下りるにつれて寒さはいっそう厳しさを増し、シンゴは思わず肩を震わせると、二の腕をさすりながら白い呼気を吐き出した。

 背筋を震わすこの悪寒は、果たしてこの低温だけが原因なのか。そんな言いようのない不安に包まれながら、シンゴは更に下層を目指す。

 そうして緩慢としたペースで下り続けていると、やがて階段は終わり、目の前に先が見えないほど長く真っ直ぐ伸びた一本の通路が現れた。

 肌を突き刺すような冷気は、この通路の先から流れ込んできている。


「……よし」


 小さく覚悟の言葉を呟き、シンゴは前へ足を送り出した。

 通路を奥へ進めば進むほど気温は下がり続け、気が付けば通路の壁面には氷の侵食がちらほらと見受けられ始めた。

 次第に自分の口からカチカチと歯が打ち鳴らされる不快な音が漏れ始め、身体の震えはもはや自分の意思で抑えられないほどになる。


『シンゴ、大丈夫か?』


「へ、平気だって……これ、くらい……」


 ベルフの気遣いに無理な笑みで応じ、シンゴはバレバレの強がりを口にする。

 ここまで来て弱音を吐いてはいられない。この通路の先にはきっと、シンゴの求め続けた“何か”があるはずなのだ。――いや、必ずある。


「だから、弱気になってなんかいられねえんだよ……ッ」


 己を奮い立たせ、気合と根性で足を前に動かす。

 それに、こうして足を動かし続けていれば自然と身体も温まるだろう。そうなれば、この寒さも我慢できないほどではない。

 そうやって、寒さなんぞに挫けまいと己自身を叱咤しつつ、更にペースを上げて大股で歩き続けていると――、


『……分かれ道か』


「…………」


 今まで歩いてきた通路とは別に、右側に向かって新たな通路が現れた。

 既に通路の大部分は氷に覆われてしまっており、シンゴの黒い制服にも霜が降りて白く色付いてしまっている状態だ。

 そんな極寒の中にありながら、しかし新たに出現した通路には、なぜか不思議と氷の侵食が一切見受けられなかった。


「――――」


 新たに現れた右へ向かう通路、そして今まで歩いてきた氷に侵食された通路、その二つの道にシンゴは交互に目を向ける。

 考え込んでいた時間は十秒にも満たないだろう。やがてシンゴは顔を上げると、氷の侵食がない右側の通路に足先を向けた。


『――待て、シンゴ。なぜ、こちらの道なのだ?』


 右側の通路を選んだ理由をベルフに問われ、シンゴはその場でいったん足を止めると、氷の侵食を受けた通路――その奥を睨むように見据えた。

 そして数秒の黙考の後、シンゴはゆっくりと口を開き――、


「あっちは……なんか、やばい気がする」


『……やばい、とは?』


「なんつうか……眩し過ぎて、暗すぎるって言うか……迂闊に近付いちゃまずいような感じがする」


 それは太陽を直視し続けて目が焼けただれるようなものであり、観測し続ければ意識すら呑み込まれかねないブラックホールのようでもある。

 そしてこの感覚は、完全に一致する訳ではないが、どこか彼女に感じたものと少し似ていて――。


『常人では感知し得ないものを感知するお前がそう言うのだ。私はお前の直感を信じよう。それに、安全な選択肢から潰していくのも理には適って――』


「いや、別に消去法でこっちの通路を選んだ訳じゃねえんだ」


『――?』


 首を横に振って誤解だと言うと、ベルフから困惑する気配が伝わってきた。

 ただ、これも先ほどと同じく感覚的なものなので、言葉にするのが少し難しい。

 シンゴは顎に手を当て、「うーん」と唸りながら首をひねる。この感覚に一番適している表現、それは――、


「昔馴染みの旧友と……いや、疎遠だった親戚を見かけた時みたいな……?」


『……懐かしい感じ、という意味か?』


「ああ、そんな感じ」


 ベルフの言葉を肯定する為に指を鳴らそうとするが、指がかじかんで不発。

 その気まずさを咳払いで誤魔化し、シンゴは「ともかく!」と指を立て、


「俺がこっちの道を選んだのは、そっちの氷漬けの通路より、なんか友好的な気配を感じたからなんだよ」


『……友好的、か』


「……なんだよ?」


『いや、なかなかに独創的な表現だと思っただけだ。お前らしい、ともな』


 褒めているのか貶しているのかよく分からないベルフの言葉に鼻を鳴らし、シンゴはその懐かしい雰囲気に吸い寄せられるようにして右側の通路を進み始めた。



――――――――――――――――――――



 ――通路を進み続けると、やがて開けた場所に出た。


 黒い石で作られた正方形の空間だ。ただし、壁や天井が平面なのに対して、床だけは中央に行くにつれて段差のように窪んでいる。

 そして、その段差が収束する中心部――部屋の中央に、この黒い空間には似つかわしくない物体が鎮座していた。


 ――底の深い、長方形の白い箱だ。


 ゆっくりと段差を下り、その白い箱に近付いていけば、縦幅二メートル、横幅一メートルほどの大きさをしている事が分かる。

 ふと脳裏に、石棺という単語が浮かび上がった。となれば自然と、その中に収められているモノに想像が及んでしまうのも仕方がないだろう。


「――っ」


 箱の中身を意識した瞬間、急激に喉が干上がっていくのを感じた。

 舌を噛んで無理やり唾液を分泌させ、飲み込んで喉を潤す。そして深く息を吸って呼吸を整えると、シンゴは覚悟を決めて中を覗き込んだ。

 そこには――、


「……女の人?」


 白い箱の中には、全裸の女性が胸の前で手を組みながら眠っていた。

 柔らかく閉じられた瞼は長い睫毛に縁取られ、その顔立ちは一目で端正だと断言出来るほど綺麗に整っている。

 その華奢な肩を軽く覆うほどの茶髪は絹糸のように滑らかで、年齢は外見からおおよそ二十歳前後くらいだと推測できる。


「――――」


 薄く結ばれた桜色の唇、血色のいいきめ細やかな肌。とてもではないが、この女性が死んでいるとは思えない。

 しかし、生きているとも言い難い。なぜならば、この女性からは呼吸をしている様子が全く窺えないからだ。


「……え?」


『どうした、シンゴ?』


 どこか幻想的な印象を抱かせる女性の寝姿に見入ってしまっていたシンゴは、ふと何かに気付いたように眉を寄せて疑問の声を漏らした。

 それにベルフがどうしたと尋ねてくるのに対し、シンゴはしばらく女性の顔を自分の記憶と照らし合わせるように凝視する。

 やがて、驚きの入り混じった声で「やっぱり」と呟くと、


「この人、あの拷問部屋で拷問を受けてた女の人だ……」


『……それは、お前があの時に見たという幻覚のか?』


「ああ……間違いない」


 中庭の隠し階段を下りた先にあった地下の拷問部屋、そこでシンゴは白髪の男から執拗な拷問を受ける女性の姿を幻視した。

 あの凄惨な光景は忘れようとしても忘れられるものではなく、今もはっきりとシンゴの脳裏に焼き付いている。決して、見間違えるはずがない。


「……ごめんなさい」


 手を合わせて謝罪してから、シンゴは女性の全身にさっと目を走らせた。

 不可解な事に、あれだけの拷問を受けていたにも拘わらず、女性の肌には傷あと一つ見当たらなかった。

 いや、これは少し“綺麗すぎる”のではないだろうか。ほんの小さな傷あとすら存在しない。これではまるで――、


「――!」


 ふと、その時だ。胸の前で組まれた女性の手の中に、赤く燃えるような宝石が握り込まれている事に気が付いた。

 宝石の内側には炎のようなものが揺らめいており、それはまるで暖炉の中を覗き込んでいるかのようで――。


「――――」


 気のせいだろうか、この宝石をどこかで見たような気がする。

 いつだ。どこで見た。思い出せない。思い出せないが、知っている。この、暖炉の中で揺らめくような炎を、キサラギ・シンゴは確かに知っている。

 その答えを求めるように、シンゴは無意識の内に赤い宝石へと手を伸ばし――、


「――ッ!?」


 シンゴの指先が触れた瞬間、赤い宝石の中央に一本の亀裂が走った。

 慌てて手を引っ込めるが既に遅く、中央の亀裂を起点に亀裂は無数に広がっていき、そして最後には砂が崩れるようにして静かに砕けてしまった。


『シンゴ! 一体何をした!?』


「お、俺はただ、宝石に触っただけで……!」


 ベルフから鋭い叱責が飛び、シンゴは弱々しい言い訳を返す。

 しかし、言い訳も何も、本当にただ触っただけなのだ。念の為に『激情』を発動させてはいるが、全身に巡る力はそれほど強いものではない。

 それでも壊れたのは、宝石自体が僅かな刺激でも壊れてしまうほど脆かったのか、はたまた何か他に原因があっての事か――。


「――っ!?」


 シンゴが鋭く息を呑んだのは、女性の瞼が微かに震えたのを見たからだ。

 両目を押し開き、食い入るように見つめるシンゴの視線の先――女性の瞼が一度強く震え、そしてゆっくりと持ち上がった。

 薄く開いた瞼、その下から現れたのは血のように鮮やかな真紅の瞳だ。

 その瞳はしばらく虚空をさまよっていたが、やがて自分を見下ろす真紅と紫紺の眼差しに気付き――、


「……いっしん?」


「――――」


 シンゴを見てそう呟くと、女性はゆっくりと身体を起こし、目を擦りながらきょろきょろと周囲を見渡した。

 そして小さく首を傾げると、視線をシンゴへと戻し、


「ツウとフィーア……ベッシュは?」


「――――」


 女性の口から告げられた三つの名、それはどれも聞き覚えがあるものだった。しかしシンゴは何も反応出来ず、ただ愕然と口を開いて絶句するばかりだ。

 今しがた挙げられた三つの名に驚いたからではない。シンゴが何より衝撃を受けたのは、最初に女性がシンゴに対して告げた名前の方で――。


「……なんで」


「――?」


「なんで……ここで、親父の名前が出てくるんだよ?」


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