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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:43 『【XC】の本棚』

「なんでお前がここに……つか、どうやってここまで……?」


 突如として現れたリン・サウンド。本来ならば、集落にてカズとイレナの二人と共にいるはずの少女だ。

 距離的に考えれば不可能な話ではない。だが、ここはブラン城だ。理由なく、吸血鬼達がリンを城の中へ招き入れるとは思えない。

 それに、場所が場所だ。この階層に――この礼拝堂に辿り着くまでに、シンゴが一体どれほどの苦労を重ねてきたと思っている。

 それをリンは易々と、しかもまるで待ち構えるかのように――。


「――リンは、凄い、なのですよ」


「……は?」


「リンは偶然リンで、そして偶然この地に生まれたなのです。それは偶然に偶然が重なった奇跡のようなもので、だからリンがこうしてここに存在するのもただの偶然なのです。――もちろん、必然でない以上、二度目はないなのですけどね?」


 柔らかく目を閉じて、そっと自らの胸に手を当てたリンの言葉。それはひどく回りくどいもので、意図的に真実を曖昧にしているようにも感じられる。

 そして当然の如く、その意味はほとんど分からなかった。それでも、今ので胸の中にあった疑念が確信へと変わるには十分だった。


「お前……リンじゃねえな?」


「リンはリンなのですよ?」


「しらばっくれんなよ……お前、似せる気も隠す気もさらさらねえだろうがッ」


 違和感の正体、まずはその喋り方だ。口調も然る事ながら、そもそもリンは自らの事を『リン』とは呼ばない。

 そして何より、その纏う雰囲気がシンゴの知るリン・サウンドと乖離し過ぎている。過剰に神聖で、穢れの類を一切寄せ付けないその異様な雰囲気は、それこそシンゴがすぐにリンだと気付けなかったほどだ。


「誰だ、お前……俺に何の用だ?」


「――――」


 低い声音でシンゴがそう問うと、リンではない何者かはその質問に答えるでもなく、ただ目を閉じながら、そのままゆっくりと歩み寄ってきた。

 シンゴは咄嗟に身を強張らせるが、しかしリンの偽物はそのままシンゴの真横を通り過ぎ、そしてすれ違いざまに――、


「――書庫、なのですよ」


「――っ!?」


 耳元で囁くように告げられ、シンゴは息を詰めながら勢いよく後ろへ振り向く。

 しかし、リンではない何者かの姿は既にそこにはなく、シンゴの瞳が映したのは不自然に開かれた扉だけだった。


『XC、赤、白、赤、黒、金、青、青』


「――ッ!?」


 どこからともなくリンの声だけが聞こえ、シンゴはぎょっと息を呑む。

 それは色を無差別に羅列しただけのものであり、意味を考えようとシンゴは動きを一瞬止めるも、すぐに理解不能と悟り思考を振り払うべく頭を振った。

 そして開いた扉から慌てて外へと飛び出すが、既にそこには誰の姿もなく、シンゴは立ち竦んだまま数秒の逡巡。やがて小さな吐息を落とすと脱力し、そのままゆっくりと踵を返して礼拝堂の中へ戻った。


「……何だよ、誰だよ今の? まじで、意味が分かんねえ……」


 扉にもたれかかり、額に手を当てたシンゴは辟易した深いため息をこぼすと、その胸の内に渦巻く混乱を嘆くようにして外へ漏らした。

 あれは一体何者で、どうしてリン・サウンドを騙ってシンゴの前に現れたのか。その理由も目的も、本当に何一つ分からない。


 あまりに唐突で、脈絡が無さ過ぎて、判然としない。

 全くと言っていいほどに、理解が現実に追い付いていない状態だ。

 しかし、頭の中を埋め尽くすこれら疑問を全て無視して、ありのままに起こった事実だけを受け止めてみれば、果たしてどうだろうか。


「……書庫って、言ったよな?」


『ああ。それに、ここを調べても意味がないとも述べていた。つまり、あの者の言葉を要約すると――』


「調べるべきは、ここじゃなくて……書庫の方?」


 口にした瞬間、込み上げてきた興奮に産毛が総毛立った。

 今まではただ闇雲に、暗闇の中を手探りで進んできたに等しくて。それがたった今、不意に差し込んだ一筋の光により進むべき方角が定まってしまった。

 それは信用に足る根拠に不足し、考えようによってはより深い闇の中へ誘おうとする誘蛾灯のようにさえ捉えられる。

 だとしても、それが罠であるという可能性が無視できない確率で存在していたとしても、その光に向かって進む以外に選択肢は無い。

 なぜならば、他に進むべき道など、どこにも見当たらないのだから。


「行くしかない……のか?」


 呟いた言葉は、己自身に対する意思確認のようなものだ。

 あのリンの偽物が言った通り、この礼拝堂を調べても何も出てこないのならば、ここでこの計画は頓挫する。

 その次が用意されていれば話は別だが、現状そんな妙案はどこにもなく、たとえあったとしても、それを実現させるのは困難を極めるだろう。


 短時間で簡単に解決出来る方法がないからこれだけ苦労しているのであって、妙案が浮かんでも、それは下準備等を必要とするだろう事はほぼ確実だ。

 そして残り三日という猶予では、おそらく結果はかなりお粗末なものになる。そんな手抜きでどうにか出来るほど、吸血鬼は断じて甘くない。

 だから、なので、それ故に――、


「いや……ぐだぐだ考えててもしょうがねえ」


 既に“書庫に行く為の言い訳”を考えてしまっている時点で、シンゴの心はもはや決まってしまっているも同然だ。

 それに、シンゴは現在、巡回の吸血鬼を警戒して常時『激情』の権威を発動させている。それは当然、悪意を感知する為である。

 そしてあのリンの偽物からは、悪意の類は一切感じられなかった。


「あの変な金色の光を纏った吸血鬼達の件もあるから、絶対に大丈夫だとは言い切れねえけど……」


 それでもリンの偽物は敵ではない、そんな根拠を欠いた確信があった。

 突然の事で混乱はある。疑念も尽きない。だが、それらを全て度外視すれば、残ったそれはシンゴが今まで求め続けていたものに違いなくて――。


『――どうやら、決心は付いたようだな?』


「……ああ」


 ベルフの『声』に頷き、シンゴはもたれ掛かっていた扉から背を離す。

 そして、覚悟を宿した目で金色の女性像を力強く見据え――、


「行くぞ……書庫だ」



――――――――――――――――――――



 ――この古びた紙の匂いが鼻腔を満たす感覚も、これで二度目だ。


 音を立てないよう慎重に、控えめに開いた扉から素早く中へ滑り込む。

 そして、扉を閉める時も音を立てないよう細心の注意を払い、やがて詰めていた息を吐き出して顔を上げれば、そこに広がるのは本の山脈だ。


 ――書庫。


 道中、運悪く見張りの巡回ルートとぶつかり、遠回りをする羽目になって余計な時間を食ってしまったが、どうにか無事に辿り着けた。

 本来なら喜ぶべき場面なのだろうが、しかし残念な事に、移り行く状況がそれを許してくれない。


「やばい……あいつら、下に下りて行きやがる……ッ」


 『悪意感知』の範囲内にある数個の警戒心、それらが全て下層へ下りて行くのを感知し、シンゴは焦燥感を顔に滲ませる。

 おそらくだが、とうとうリノアが食事を終えて戻って来てしまったのだ。

 急がねば、また昼間と同じ結果の繰り返しになってしまう。いや、下される沙汰はより重いものとなるはずで、そうなれば一巻の終わり――だと言うのに。


「くそッ……ここからどうすりゃいいんだよ……ッ」


 藁にも縋る思いで書庫に足を運んでみたまではいいが、ここから何をどうすればいいのかさっぱり分からない。

 さらに、いつ背後の扉が開いてリノアが終わりを告げにやって来るか分かったものではない。その不安が焦燥感を生み、シンゴから正常な思考を奪い去る。


『落ち着け、シンゴ。あのリン・サウンドを騙る何者かが最後に残した言葉を思い出せ。おそらくだが、あれが何かヒントになっているはずだ』


「赤とか青とか適当に色を並べただけのあれがか? この膨大な本の中からその色の本を探せ、とでも言いてえのかよ?」


『お前は本当に記憶力がないのだな……』


 深々とため息を吐くベルフに、余裕のないシンゴは真っ先に苛立ちを覚える。しかし今は意味のない諍いを起こしている暇などない。深呼吸で苛立ちを鎮め、「どういう事だよ?」と問いを口にする。

 その質問に対し、ベルフは『いいか?』と前置きすると、


『あの者は色を羅列する際、【XC】と二文字のアルファベットを頭に置いていた』


「……そういや、そんな事を言ってたような……?」


『ような、ではなく、紛れもなくそう言っていたぞ。……これは、説明するより実際に見た方が早いな。シンゴ、本棚の側面を見てみろ』


「――?」


 言われるがまま、シンゴはすぐ近くにあった本棚の側面に目を向けた。

 流れるように綺麗な木目と、滑らかな光沢。高級そうだな、と感じる以外には特に特筆すべき点もない、どこにでもありそうなただの本棚だ。

 ベルフの意図が分からず、眉を寄せた時だった。ふと上の方、ただの模様とばかり思っていたそれが、単なる模様などではない事にシンゴは気が付いた。


「これは……【F】か?」


 シンゴの視線の先、本棚側面の最上端から数センチ下の位置に刻まれていたのは、一文字のアルファベットだった。

 それに気付いたシンゴはハッとして、慌てて隣の本棚の側面へと回り込む。

 そして上を見上げれば、そこにはシンゴの予想した通り、アルファベットで【G】の文字が刻まれており――、


「……まさか」


『おそらく、その“まさか”だ』


 意図せず漏れたシンゴの呟きを、ベルフの『声』が肯定する。

 試しに【G】の本棚から隣の本棚も確認してみれば、そこにはやはりアルファベットの【H】が刻まれており、シンゴは確信を持って顎を引いた。


「識別番号……いや、識別文字か」


『おそらくそうだ。……そして、すべき事はもう分かるな?』


「ああ……【XC】の本棚を探せばいいんだろ?」


 そう言って、シンゴは【XC】の本棚を探すべく動き出した。

 本棚はアルファベットの【A〜Z】の順に並んでおり、そして【Z】の次は【AA】【AB】【AC】と言った具合に二文字の表記に変化し、それも順番通りに並んでいるので、目的の【XC】の本棚のおおよその位置はすぐに絞り込む事が出来た。


 そして、【XC】の本棚を探し始めて、およそ五分後だ。

 部屋の右奥、壁に背を張り付ける形で佇む【XC】の本棚をようやく発見する事が出来た。――が、問題はここからだ。


「えっと、たしか、赤、金……青?」


『赤、白、赤、黒、金、青、青、だ』


「おお、助かる。……で、どうしろと?」


 順番も含め全ての色をベルフが覚えてくれていて助かったが、それで何をどうすればいいのかまでは依然として分からないままだ。

 本棚には確かに今の色と合致する色の本が収められている。ただし位置はバラバラで、色の数にしても不揃いだ。


「……よし。とりあえず、色の合う本を全部抜き取る!」


『待て待て早まるなシンゴ! 行動よりも先に分析すべきだ! 変に触って取り返しが付かなくなってからでは遅いのだぞ!?』


「そんな悠長な事してられっかよ! もし本当にこの書庫に何か秘密が隠されてんだとしたら、リノアがいつ確認しに来てもおかしくない! それに、行動しながら分析した方が早いし一石二鳥だろうが!」


『ならまずは口で喋らず念話を使え! 気が抜けているぞ!』


『ああ、もう、分かったよ――ッ!!』


 念話で怒鳴るようにそう返し、赤い本を半ばまで引き抜いていたシンゴは、苛立ち交じりにその本を元の位置へと乱暴に押し返した。

 その瞬間だ。強く押し過ぎた本は抵抗感を伴いながら元の位置よりも更に奥へと沈み込み、そして手の平にカチリという微かな感触が――。


「…………」『…………』


 直前までの騒々しさが嘘のように、両者は一斉に沈黙。

 やがてシンゴがそっと本から手を離すと、その本は奥に沈み込んだまま元の位置には返ってこなかった。


 ふと思い付き、シンゴはその沈み込んだ赤い本の二つ隣にあった、別の赤い本を同じように奥へ押してみた。

 するとその本も同様に奥へ沈み込み、最奥まで押し込むと、カチリという感触がまた手の平に伝わってきた。


 ――しかし、その直後だ。


「あ……」


 シンゴが声を漏らしたのは、今しがた押し込んだ赤い本と、最初に押し込んだ赤い本、その二つが押し戻されて元の位置に返ってきたからだ。

 シンゴはもう一度、赤い本を奥へ押し込もうとして、しかしその手を寸前で止める。そして、今しがた押し込んだ二つとは別の赤い本を押し込んでみた。

 するとどうだ。再びカチリという感触が手に伝わってきて、本は奥に沈み込んだまま元の位置には戻ってこなかった。

 これはつまり――、


『二回目の手順が、何か間違っていた……?』


 ならば、その間違いとは何か。その答えにはすぐ思い至った。


『押し込む本の色……その順番か!』


 そう言うとシンゴは、本棚に収められた本にさっと目を走らせた。

 見付けた本の色は『白』で、合計六つ。一瞬だけ迷い、三段目にあった正面の白い本を奥へと押し込んだ。結果は――、


『正解……のようだな』


『うっし!』


 元の位置には戻ってこず、沈み込んだままの白い本。その結果にベルフが正解だと告げるのを受け、シンゴは思わず拳を握る。


『どうやら、指定された色の順に本を押し込めばいいようだな』


『おう! んで、色の順番さえ守ってれば、どの本でもいいって訳だ!』


 最初に指定された『赤』は、それぞれ別の本を押し込んでも正解だった。しかし、続けて『赤』を押した時は、本が元の位置に戻ってきてしまった。原因は、二回目に押し込むべき本の色が間違っていたからだ。そして二回目に『白』を押し込んだ場合、本は押し込まれたまま戻ってこなかった。


 以上の事から、指定された色の順番通りに本を押し込んでいけばいい、という一つの法則が導き出される。

 付け加えると、色さえ合っていれば、どの本を選択しても大丈夫のようだ。

 となれば、後はそのルールに則り――、


『ベルフ! 次の色は!?』


『赤だ』


 赤色の本を押し込む。――戻ってこない。正解だ。


『次は!?』


『黒、そして金だ』


 黒色の本、金色の本を続けざまに押し込む。どうやらこれも正解だったようで、二冊の本は奥に沈み込んだまま戻ってこなかった。


『ベルフ、次は!?』


『青を二回、それで最後だ』


『青、青……どうだ!?』


 青色の本を二冊、一気に押し込んで、シンゴは本棚から距離を取る。

 まるで時間が圧縮されたかのような緊張の一瞬。知らず拳を固く握り込み、呼吸する事すら忘れてしまいながら、その濃密な一瞬に身を浸す。

 ――が、


『なんだ……何も起こらない?』


 いつまで経っても変化は何も起きず、シンゴは不安と焦りを感じて眉を寄せる。

 改めて本棚を観察してみても、押し込んだ本はそのままで、他には特に変わった所など見当たらない。

 と、その時だ。不意にひんやりとした冷たい空気に首筋を撫でられ、シンゴはハッと息を詰めて後ろに振り向いた。


 ごくりと喉を鳴らし、その冷気の流れ込んでくる源流を目指して歩を進める。

 やがて、書庫中央奥のとある地点で足を止めたシンゴは、思わず緊張に強張っていた頬を緩め、会心の笑みを浮かべると――、


『ビンゴだ……!』


 壁際に並ぶ本棚、その中央にある二つの本棚がそれぞれ左右にスライドし、人が一人通れるほどの小さな隠し通路が出現していた。


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