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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第2章 王都トランセル
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第2章:1 『インプレグナブル・ライン』

こんにちは、竜馬です。

今回から第二章が始まります!


序章と一章を改稿したのに対し、こちらの章には手をつけていません。ですので、読み辛い点や冗長な部分が多々あると思います。いずれ改稿しようとは考えておりますので、どうかご了承下さい。


それでは、第二章をお楽しみください!

「「「おお〜〜〜」」」


 シンゴ、アリス、カズは、三人揃って感嘆の声を上げた。

 現在三人は、約二週間と少しの旅を経て、とうとう王都『トランセル』にたどり着いたところだ。

 そして、先程から三人が口を開けながら見上げているのは、天高くそびえ立つ“壁”だ。その壁は、王都を囲むようぐるっと緩やかなカーブを描いてずっと続いている。


「これが、『インプレグナブル・ライン』かぁ……!」


「な、何て?」


 カズが、子供のように目をキラキラさせながら呟いた一言に、シンゴとアリスが共に反応し、シンゴが代表して質問の声を発した。カズは興奮冷めやらぬといった様子で、視線を壁に固定したまま解説してくれる。


「この壁は戦時中、一度も敵軍に侵入を許さなかったっていう、すっ――げぇ伝説を持った壁なんだぜ……! そしてその伝説から、『インプレグナブル・ライン』てな名称で呼ばれるようになったんだ!」


 壁を見上げて「歴史うひょ〜」とか言っているカズをよそに、異世界人――育ち――のシンゴとアリスは、お互い何かを察してか、その表情を真剣なものに変える。


「…………インプレグナブル・ライン――か……」


「……シンゴも気付いたかい……?」


 顎に手を当て呟くシンゴに、アリスが流し目し、確認ともとれる質問を投げかけてくる。

 シンゴはその質問に「ああ……」と頷くと、アリスの方を見て、真剣味の増した表情で言い放った。


「……インプレグナブルって――――なに?」


 膝から脱力したように崩れ落ちかけるアリスだったが、どうにかすんでのところで堪えた。そんな様子に眉を寄せるシンゴに、アリスは呆れたような目を向ける。


「…………シンゴって、馬鹿だよね……?」


「は、はあ!? ば、馬鹿言いなはんな! 俺の知能は妹が神頼みするレベル!――つまり、高水準だ!!」


 ガッと拳を握り力説する、どうやら真剣に言っているらしいシンゴを、アリスはかわいそうな人を見る目で見る。そんなアリスの視線に居心地悪くなってきたシンゴは、咳払いを一つしてから再度質問する。


「と、とにかく! その、インポッシブルなんじゃらっていうのはどういった意味なんだ……?」


「……インとブルしか合ってないよ……?」


「ぐ……!」


 アリスはそんなシンゴを優しいお姉さんの目で見ると、「インプレグナブルというのは――」とちゃんと説明してくれる。


「英語――日本語で言うと堅固な、難攻不落のっていう意味のことだよ。……さすがにラインは分かると思うけど、インプレグナブル・ライン――難攻不落の線、もしくは、単語が違うけど境界線とか、そんな感じのニュアンスだと思うよ」


 ラインは分かると思うけど――の辺りで一瞬目が泳いだシンゴだったが、アリス先生の説明になるほどと頷く。


「――――で?」


 はあ、とアリスが盛大なため息をつく。きっとアリスも長旅で疲労が溜まっているのだろうそうに違いないと考え、シンゴは異世界ですると思わなかった英語の勉強から逃れようと策を――、


「――英語……!」


「気付いてくれて何よりだよ……」


 アリスは説明する手間が省けたといった感じで、その表情を再び真剣なものに変える。


「そう、あまりに普通に会話が成立していたから疑問に思わなかったけど、カズと話しているときとか普通に横文字使ってたよね? それも、この世界の住人であるカズが自ら使うときもあった……」


「…………言われてみれば、そうだ……」


 あまりにスムーズかつ違和感無く会話が成り立っていたためか、そんなところに意識を向けることさえしなかった。

 アリスも「ボクも今気が付いたんだけどね……」と言って肩をすくめる。

 しかし、このことから考えられることは……、


「この世界には日本語の概念だけじゃなく、英語の概念も存在するってことだよな……?」


「そういうことになるね……」


 これは、偶然で片付けていいことなのだろうか。最初、『リジオン』の村で日本語を聞いたとき、シンゴはこの世界が自分たちの元居た世界――地球の日本と同じような言語進化を経た結果だろうと安易に判断した。こじつけが強い面もあるが、あの時は直後に腹を剣で貫かれたり、吸血鬼化したり、さらわれたりと大変だったために、いちいちそんなことを考えている余裕がなかった。


 しかし現在、英語というさらなる言語の――これも元居た世界の言語が登場したことで、この二つの世界が何らかの関係性を持っているという推測が成り立った。それとも、近いからこそ二つの世界はあの『裂け目』によって繋がったのだろうか……。


 やはりどれも推測の域を出ないが、何かしらの関係性があるのはすでに疑いようがないだろう。


「でもさ……言語が一緒だったしても、ちゃんとした証拠にはならないんだよな……」


「うん、ボクもその事を考えていたところだよ。でも、異世界が存在した時点で、異世界が“複数”存在する可能性もあると思うんだ……。肝心なのは、もしかしたら無数に存在するかもしれない異世界の内、なぜ“この世界”なのかということ。……分からないことがたくさんだ……」


「――でも、たぶんこの世界なのには理由がある……だろ?」


 さすがにシンゴでも解った解答に、アリスも頷く。


「……これは、ボクがこの世界から地球に何らかの手段で渡って、そしてこうやって帰ってきていることと関係がありそうな以上、イチゴの搜索と並行して、ボクはこの関係性について調べる必要がある。――いや、調べたいと思う」


 アリスの決意にシンゴは、男はこういう時どうすればいいのかを考える。――そんなの決まっている。

 シンゴはアリスに歩み寄ると、右手を差し出して言った。


「アリス、俺は君の力になりたい。恩返しってことでもねえけど、アリスにはイチゴの搜索に協力してもらってるんだ。……借りっ放しは嫌だし、元の世界に帰る方法を見つけるためにも、二つの世界の関係性を知るのは避けて通れない道だと思う。……だから――」


 改めて「手伝いたい」というシンゴの言葉を受け、アリスはポカンとしていたが、しばらく差し出された手を見つめた後、恐る恐るシンゴの手を握り返す。そして、照れくさそうに言った。


「……ありがとう」



――――――――――――――――――――



 改めて三人は、王都『トランセル』に入るために――カズは鼻歌を歌いながらステップして――インプレグナブル・ラインの一部に設けられた、大きく穴が空いたような入口へとやってきたわけなのだが……。


「あれって、検問とか言うやつか?」


 シンゴの言うとおり、入口の前には関所のようなものが置かれ、そこに大勢の人が列をなしていた。シンゴたちも列の最後尾に並ぶ。すると、前に並んでいた初老の細い男が振り向いてシンゴの顔を見ると、優しそうな笑みを浮かべ話しかけてきた。


「おたく、見たところトランセルは初めてかい……?」


「え?……あ、はい、そです……」


 いきなり話しかけられたこともあり、シンゴの返答は尻すぼみになり少し聞きずらいものになってしまった。しかし、そんなことなど気にしないといった様子で、その男はシンゴの肩にその細い腕を回してくる。


「はは! そうかそうか! 観光でかい?」


「ああいえ、俺は、ちょっと情報を集めに……」


「ほう、情報をねえ……。確かにここは、世界の中心って言われるとこだからな。情報は嫌でも集まるもんだ!」


「世界の……中心……?」


 この世界がどういった地形なのか。また、国境線の存在の有無等、地理関係には乏しいシンゴだが、“世界”の中心というのはいささか、いや、かなり大げさな表現なのでは?と思い、つい聞き返してしまう。


 男は、「なんだ、知らねえのかあんちゃん?」と驚いた顔をするが、今度もまた、無知なシンゴに説明してくれる。


「この王都トランセルは、この世界の始まりの場所だって言われてるんだ……まあ、伝説だけどな」


 そう言って男は肩をすくめる。さっきから結構ぐいぐい来る人だが、悪い人ではなさそうだと思い、シンゴの顔にも自然と笑みが浮かぶ。


「おいシンゴ、知り合いか?」


 シンゴの後ろから、親しそうに話す二人にカズが尋ねてくる。シンゴが返事しようとすると、男がさっとシンゴを前に押しやり、入れ替わるようにシンゴのいた場所に立ち、カズと向き合う。


「こっちのあんちゃんはでけえな……! いや何、ちょっと豆知識を披露してやってただけさ」


 男はカズの肩を気さくにぽんと叩くと、次に隣にいたアリスに目を向けた。


「おお……! こっちの嬢ちゃんは、えっれえべっぴんで――」


 アリスと目を合わせた男の目が驚愕に見開かれる。わなわなと震え、震える指でアリスを指差すと、聞き取れるギリギリの声量で声を発した。


「アンタまさか……吸血鬼かい……?」


「――? たぶん、そうだけど?」


「…………」


 アリスの素性を知った男は、今までの気さくな態度を霧散させ、アリスを鋭く細めた目で見つめて押し黙る。シンゴとカズは、いったいどうしたのだろうとお互い顔を見合わせた。

 一方アリスは急に黙られた男に困惑し、男とシンゴたちの間をきょろきょろと視線をさまよわせている。


 男はしばらくそうしていたが、急にアリスの耳元に口を寄せると、そっと何かを囁いた。そしてアリスの反応を伺うと、何も言わずに列から離れていった。


「…………いってぇどうしたんだ? あのおっさん……」


「さあ……?」


 シンゴとカズはアリスの元に来ると、男の後ろ姿を眺めたままのアリスに、男に何と言われたのかを訊いてみた。


「……星の数だけ――って言われた……」


「「――?」」



――――――――――――――――――――



 検問の列は順調に進み、あと少しでシンゴたちの番というところまできた。だいぶ進んだこともあり、検問の様子がここからも見てとれる。

 どうやら調べられるのは、持ち物と軽い身体検査、訪れた動機等のようだ。ここは素直に情報収集が目的だと言っても問題なさそうだ。


 すると、先ほどの男と入れ替り、シンゴたちの前となった三人組の男たちの会話が聞こえてきた。その会話に耳を傾けてみると……、


「おい知ってるか? 昨日この王都で“星屑”が出たらしいぞ……」


「まじかよ……!?」


「ああ、これはその現場を偶然見てた奴から聞いたんだが、その星屑、あのシャルナ・バレンシールに襲いかかって返り討ちにあったらしいんだ!」


「シャルナ・バレンシールって、あのか……?」


「あの――だ。そんで、そいつのせいで、今日から検問が敷かれるようになったんだと……」


「てことはその星屑……吸血鬼だったんだろ?」


「ああ、何でも、魔法も使わずに生身であのシャルナ・バレンシールから逃げ切ったらしいぜ……?」


「おっかねえ話だなあ……」


「だよなあ……」


 そんな会話を終えた三人組は、検問の順番が回ってきたようで、荷物等を手に進んでいった。


「「「……………………」」」


 そして、今の話を聞いて固まるシンゴ、カズ、アリスの同じく三人組。検問はすぐ次に迫っている。これは――、


「おいおいおい……アリス、お前やばいんじゃねぇのか……?」


「……どうしよ」


「え、まじでどうすんの、これ……? これって捕まるんじゃ……」


 揃って顔面を蒼白にする三人だったが、ここで列から抜け出そうものなら怪しまれて、アリスの目を見られて終わりである。というか、ばれずにここまで来ている時点ですでに奇跡――もとい、運が悪い。


「次の方――」


「「「――――!!!」」」


 順番的にはまず、シンゴからだ。シンゴの場合、普段の瞳は人間のものなので、問題はない――はずだ。


「次、早くしなさい!」


「は、はい! ただいま行きまひゅ!」


 声を裏返らせた挙句に噛んだシンゴは、とりあえずここで注目を集めるのはまずいと判断。どう切り抜けるかは後ろの二人に任せるとして、三人分の荷物――全部カズの――を代表して預かり、とりあえず時間を稼ぐことにする。


「王都には何をしに?」


「あ、えと、情報を集めにやってきました……」


「ほう、一体どんな情報を……?」


「い、生き別れの妹のです……」


「…………」


 じーっと探るような目で見られ、シンゴの背中に滝のような汗が流れる。そしてどうやら、その鋭い観察眼でシンゴが嘘をついていないと判断した検問官が、次いで身体検査を始める。普通に前の人たちが剣みたいな武器等の持ち込みを許可されていた事から、いったい何を調べるのかは分からなかったが、どうやらここもシンゴはパスできたようだ。


 安堵の息を漏らして通過しようとすると、「待ちなさい」とシンゴに声がかかる。

 肩をびくりと跳ねさせ、「な、なんでっしゃろ?」と振り向くと、検問官の目はシンゴの右手に向けられていた。


「君――その右手を見せなさい」


「…………」


 恐る恐るといった様子で右手を開いて差し出すが、「違う」と首を振られる。


「“手の甲”を見せなさい」


「手の甲……?」


 何で?と思いながらも、シンゴは右手をひっくり返した。そこには――、


「この“痣”は何かな?」


「…………ッ」


 完全に忘れていた。シンゴが吸血鬼化したあたりから、突如右手の甲に現れたアルファベットの『M』のような痣のことを。しかし、これがいったいどうしたというのだろうか。まさかこの世界にはタトゥー禁止とか、そんな変わった決まりでもあるのかしら!とびくびくしていると。


「……いや、似ているが違うな……。すまなかったね、どうやらこちらの勘違いのようだ。――しかし、紛らわしい痣をお持ちで……」


「そ、そうなんですよ! よ、よく言われます……」


「そうでしたか……。では――改めてようこそ、王都トランセルへ」


 言外にさっさと行けと言われた気がして、シンゴは胸をなで下ろしながら、そそくさと検問前を通り抜ける。が、すぐさま安心している場合ではないことを思い出す。

 後ろを振り向くと、ちょうどカズが検査を受けるところだった。たぶんカズは問題なく通るだろう。問題は――、


「――アリス……」


 カズの影になって見えないが、アリスが目に見える対策は取っていないことはうかがえた。となると、どうにか誤魔化す手段が用意できたのだろうか……。

 シンゴがはらはらしながら見守る中、検問を終えたカズが荷物を受け取ってシンゴの方に向かって歩いてくる。しかし、その表情は固い。


「わりぃ、何もできなかった……」


「…………ッ!」


 万事休すか。シンゴの目線の先で、とうとうアリスと検問官が向き合った。


「…………」


 じっとアリスの目を見る検問官に、シンゴは何か起これ!と心の中で神に祈る。そして、検問官の口がゆっくりと開かれ……、


「ようこそ、王都トランセルへ。身体検査がありますが、ちょっと我慢してください」


 そう言うと、女性の検問官が身体検査を行うが、その途中で女性の目が大きく見開かれた。


「こ、これは……!」


 やっぱり駄目か……!と思うシンゴだったが、目を細めた検問官はまじまじとアリスの手の甲を見ると、片方の眉を不審げに上げた。そしてアリスの目を覗き込むと、質問する。


「この手の痣は……?」


「これは昔、親に捨てられた赤ん坊の頃の“私”に掘られていたものです」


「…………そうですか……捨て子、なのですね?」


「はい」


「……分かりました。この痣は“星屑”のものに似ていますが、“逆”ですね。そして、痣のできた経緯から見るに――大丈夫でしょう」


 その言葉に、シンゴとカズは脱力して息を吐いた。どうやら呼吸をするのさえ忘れていたようだ。そんなシンゴたちの元に、なんとか検問を乗り切ったアリスがやって来る。

 そして、アリスの目を見て、男二人は目を見開いた。


 腕を組んでドヤ顔を向けるアリスの瞳は、その色を黒く変えていた。


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