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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:36 『相反する所感』

今回ちょっと短めです。

「どうする……どうする……ッ」


 腹の中身を掻き混ぜられるように、激しい焦燥感がその身を焦がしてきて、人知れず独り言が口からこぼれ出る。

 ぶつぶつと呟きながら、早足に廊下を歩くシンゴをすれ違う吸血鬼が不審げに見てくる。しかし、そんな彼らの視線に気付けないほど、シンゴは自分の世界に深く没頭していた。


『――冷静になれ、シンゴ。自棄になったところで上手くいかない事は、早朝の一件で痛いほどに学んだだろう』


「――っ」


 ベルフに窘められ、シンゴは反論できずに唇を噛む。

 早朝にシンゴが起こした無謀な逃走劇は、当然の如く失敗に終わった。その際にガルベルトが告げた、今後のシンゴの待遇――あの時は半信半疑だったが、連れ戻されたシンゴを出迎えたのは、変わらぬ面子との、変わらぬ朝の食事風景だった。


 イチゴとリノアの野菜を巡るやり取り、黙って食事を口に運ぶアリス、そして何事もなかったかのように給仕に徹するガルベルト。

 そのいつも通り過ぎる光景にシンゴが抱いたのは、警戒心でも安堵感でもなく、身体の真芯が凍えるような絶望感だった。


 今朝のあれは、確かに無謀だったかもしれない。それでも、それなりの決意と覚悟を以て挑んだつもりだった。

 一線を、踏み越えた自覚があったのだ。なのに、まるでシンゴの決意と覚悟を嘲笑うかのように、この城の日常は微塵の変化も来さなかった。


 ――それはまるで、自らの弱小さをまざまざと見せ付けられるかのようで。


『これで分かっただろう? 力づくでは不可能だと言う事が』


『……でも、今まで通りのやり方でもダメだろ』


『……待て。何を考えている、シンゴ?』


 立ち止まり、顔を上げたシンゴの言葉を受け、ベルフが訝しげに問うてくる。

 力づくでは不可能だと言うのは、今回で痛いほどに理解させられた。やはりこの城から解放されるには、当初の計画を用いるしかないだろう。

 しかし、今まで通りでは目的に手が届かない。故に、多少の無茶を許容してでも、もう一歩踏み込んで手を伸ばす必要がある。

 即ち――、


『夜になるまで悠長に待ってなんかいられねえ。――今から、三階の探索をやる』



――――――――――――――――――――



『――分かった。確かに、お前の言う通りだ』


 同意の意を示す『声』は、シンゴの詳細な説明を聞き終えたベルフのものだ。

 昼間に三階の探索を行う。シンゴがそう宣言した直後は否定的だったベルフだが、焦燥感に突き動かされたが故の考えなしの提案ではなく、ちゃんとした理由があっての事だ、と説明した事で納得してくれた。


『私達にはまだ三日の猶予が残されている。この表現は適切ではなく、もう三日しか残されていない、が正しいというのは私も理解していた。しかし、問題はそれだけに止まらず――』


『交渉や脅迫っつう、対話による解決を考えてるってバレたら、今度こそ間違いなく監禁くらいはされる』


 今朝の一件を経て尚、昼間のシンゴの行動に特に制限は掛けられていない。断言は出来ないが、おそらく正面突破による脱出しか考えていないバカ、とでも侮られているのだろう。

 だとすればそれは、絶対的自信からくる驕りだ。ただ悲しい事に、その驕りを突き崩す事が出来ない事を、シンゴは今朝の一件で痛いほどに学んでいる。


 ――しかしそれは、力による衝突に限った話だ。


『力でねじ伏せるのが簡単なら、わざわざ夜中に見張りなんか巡回させる必要ねえはずだ。それでも見張りを立ててるって事は、何か別の不安要素あるって事の裏返し。――例えば、知られたくない何かがある、とかな』


『そして、その知られたくない何かを私達が探っているとバレた場合、先の監禁の件に繋がるという訳だな。……しかしそうなると、益々以て、どうして最初から監禁しておかないかが不思議でならない』


『……たぶん、ガルベルトさんが、優しいからだと思う』


『それは……どういう意味だ?』


 ベルフのこぼした疑問に対し、呟くように自らの答えを告げたシンゴ。その言葉の真意を尋ねられ、シンゴは数瞬ほど黙考を挟むと、


『ここで暮らしている間、ガルベルトさんは俺に友好的だった。俺を警戒しているはずなのに、だ』


 警戒しているのならば、普通はあんなに親しげには接してこない。何か思惑があるのでは、ガルベルトと接する中でシンゴはそう考えていた。

 しかし、この短い付き合いで、シンゴはガルベルト・ジャイルという男の事を少しは理解したつもりだ。彼が、本心からシンゴと友好的であろうとしており、そこに嘘偽りはないと確信できるほどには。


『これはズルかもしれねえけど、ガルベルトさんと話してる時、こっそり悪意感知を使ってみた事がある。最初はやっぱり、多少の警戒心みたいなもんは感じられた。でも、話している内にその警戒心はどんどん薄れていって……まるで、警戒する事も忘れて、俺との会話を楽しんでるような、そんな印象を受けた』


『…………』


『あの人が俺に向けているのは、警戒心だけじゃない。同胞……いや、家族に向けるような、そんな温かい親愛を感じたんだよ』


 脳裏に蘇るのは、今朝の一件でガルベルトがシンゴに向けた、あの悲しげな眼差しだ。あれはまさしく、裏切られた者がする目だった。

 ガルベルトは、家族の一員として、キサラギ・シンゴを――そしてきっと、彼女の事も快く迎え入れてくれるつもりだったのだ。

 その事実を知って、シンゴが少なからず嬉しく思ったのも事実だった。


『――でも、俺はやっぱり、その手を取る事は出来ない』


 首を横に振り、シンゴは老執事の厚意を拒絶する。

 だってシンゴの決意は、ずっと前に決まっているのだから。

 何があっても、必ず見付け出して、あの世界に連れ帰る。そう自らの魂に誓った決意は、未だに半分しか成し遂げられていない。


『優先事項がどうこう言ってる割にぶれまくってるあの人と違って、俺の最優先事項は何があっても不変だ』


 改めて、その決意を自覚する。そうしてシンゴは、目指すべき目標を改めて見据えるように、三階へと続く階段を見上げた。


『とにかく今は、三階の探索が目下の最優先事項だ』


『――そうだな。お前の決意、私も全力で支えよう』


『ああ……頼むぜ、相棒!』



――――――――――――――――――――



 交渉、もしくは脅迫に使える情報を集めている事に勘付かれれば、期日までの行動を制限される危険性が浮上する。これだけなら慌てる必要もなかっただろう。

 しかし、もしも残された未探索エリアである三階で、何も有用な情報を得る事が出来なかった場合、次なる作戦の考案と、それを実行するだけの時間的猶予――つまり保険として、ある程度の予備時間を残しておかなければならない。

 故に、三階の探索を前倒しする事は、必要なリスクなのだ。


『――途中で話が脱線してしまったが、要約するとこういう事だな?』


『情報の整理はベルフに任せときゃ安心だな。あと、早朝にやらかしといてすぐに、しかもこんな真っ昼間から行動を起こすなんて考えないはず、って向こうは考えているはずだって推測も追加で』


『なるほど……そう考えると、確かに動くなら今がベストなタイミングだな。それであれほどに強く、今すぐに動く事に固執していた訳か』


『まあ、そういう事。俺だって、少しずつ賢くなっていってんだぜ?』


 つい癖で親指を立てかけて、シンゴはハッとして手を下ろした。

 この念話にも慣れてきたつもりだったが、やはりまだ意識していないと、こうしてうっかりボロを出してしまう。

 そんな自分に思わず苦笑を漏らすシンゴだったが、『――さて』とその表情を引き締めた。いい加減、眼前の光景と向き合わなければならないだろう。


『……たぶんこれ、喜ぶ場面だよな?』


『……いや、私は落ち込む場面だと思うが』


 正反対の所感を述べ合い、一人と一羽はため息を重ねる。

 決意を固め、いざ三階に挑んだシンゴ達だったが、その意気込みとは裏腹に、行程は拍子抜けするほど簡単に消化された。

 そうして、最初に見つけた部屋に入ると、そこは――、


『――書庫、か』


 ――所狭しと並べられた無数の本棚、そこに収められた膨大な量の本たちが、シンゴとベルフを出迎えたのだった。


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