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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:34 『ただの弱虫』

 ――この日の夕食は、ここ数日の食事風景とは違っていた。


 ラミアとレミアに、普段は部屋の隅で給仕として控えているガルベルト、この三人が食卓を囲む新たな面子として加わっているのが原因だ。

 この三人をここへ招集したのは他でもない、キサラギ・シンゴである。険悪な親子仲を改善させ、恩を売りつつ信頼を勝ち取る事が狙いだ。それが成れば、シンゴに対するガルベルトの疑念も緩和され、行動しやすくなるかもしれない。

 ただ、問題があるとすれば――、


「「――――」」


「ど、どうした? 二人して、俺を『騙したな』みたいな目で睨んできて?」


 無言で睨み付けてくるラミアとレミアに、シンゴはどうにか平静を取り繕う。

 この二人がこうなっている原因は、これもまたシンゴにある。と言うのも、実は二人にはガルベルトが同席する事を伝えていないのだ。

 伝えてしまえば、二人は確実にシンゴの誘いを断っていただろう。だからこそ、シンゴはガルベルトの同席の件を伏せたのだ。


 この親子の和解は本来の目的成就の為の布石で、言ってしまえば寄り道だ。そもそも時間が限られている中で、二人の説得に貴重な時間を割いている余裕などない。故に、こんな騙すような強引な手段を取る他なかったのだ。

 無論、こうなる事は予想済みである。その対策として、シンゴはイチゴに今回の作戦を打ち明け、サポートを要請している。城内探索と違って、これに危険はない。シンゴの頼みに、イチゴは「やっと頼ってくれた」と呆れ笑いで請け負ってくれた。


「――――」


 その協力者であるイチゴに、早速シンゴは目線にて救難信号を発信。

 正直、時間が圧倒的に足りない所為で、準備不足感は否めないのだ。ここは、しっかり者である妹に期待が寄せられる。

 そんなシンゴの丸投げ、もとい救難信号を受信したイチゴは、十五歳の少女がしてはならない類の深いため息を吐き出して――、


「ほら、せっかくのお料理が冷めちゃうよ。あと、栄養を補給する事だけが食事じゃないからね。今日はなんかメンバーも豪華だし、色々とお話しでもしながら楽しく食べようよ。ね?」


「い、イチゴの言う通り! ほらほら、二人も俺にガン飛ばしてないで、食おうぜ食おうぜ!」


 パン、と手を叩いて注目を集めたイチゴが場を取り成すのに乗じて、シンゴは手近にあった骨付き肉に噛り付きながらラミアとレミアをちらり。

 それを受け、小さく吐息したラミアが、不承不承ながらも食事に手を付け始めた。そんな姉に倣うように、レミアも食事を開始する。


『はあ……いただきますの段階でこれって、先が思いやられる……』


『言っておくが、言い出したのはお前だぞ、シンゴ? それにこれは、必ずしも必要ではない工程だ。――しかし、上手くいけば、たった一度のチャンス、その確実性の向上に繋がるのは確かだがな』


『なに他人ごとみたいに言ってんだよ。俺とお前は一蓮托生だろ、相棒?』


 傍観者気取りの相棒に釘を刺しはしたが、この場での主役はシンゴでない。ラミアとレミアも、ポジション的にはヒロインだ。主役は当然、彼――緊張しているのか、瞬きもせずに焼き魚とにらめっこしているガルベルトである。

 ガルベルトには、シンゴとイチゴが協力する事は伝えてある。なので、後はシンゴ達がガルベルトに上手いパスを渡すだけでいい。そしてそのパスルートも、ある程度イチゴと相談して決めてある。


「――こうやって、大勢で食事してると、じいちゃんとばあちゃん、そしてイチゴと俺の四人で食卓を囲んでた時の事を思い出すな」


「うん。お兄ちゃんの食べ方が汚いって、おじいちゃんに拳骨もらってたよね。――毎日」


 しみじみと語り出したシンゴに同意して、イチゴが余計な情報を添えて会話を繋げる。物申したくなる気持ちを懸命に抑えこみ、シンゴは「ああ」と頷いて――、


「だから、俺の頭が悪くなったのは全てあのクソジジイの所為であって、俺に非は一切ない」


「――――」


 せめて弁明を図ろうとした結果、何故か憐みの眼差しによる集中砲火を受けた。

 予期せぬ大けがによる痛みをぐっと呑み込み、シンゴは流れるように「そういえば!」と指を立てると、


「ラミアとレミアがガルベルトさんの娘って、本当なんですか?」


「「――――」」


 ガルベルトに対してシンゴが投げかけた問いかけに、ラミアとレミアがぴくりと反応して食事の手を止める。

 そんな二人の反応には気付かぬフリをして、「どうなんですか?」と更に問いを重ねる事で、二人が妙な行動を起こす前に先手を打つ。そしてこれで、自然な流れでガルベルトに発言権が渡った。しかも話題は、彼ら親子の事についてだ。

 あとは、「ええ、その通りです」と頷くガルベルトがどう会話を転がすかだが――。


「――ラミア、レミア」


「「――――」」


 娘の名を呼ぶガルベルトの声に、ラミアとレミアが黙って顔を上げる。その二人の顔を真っすぐ見据え、ガルベルトはぎこちない笑みを浮かべて言った。


「最近……どうだ?」


「――――」


 不器用な父親が我が子に掛ける言葉、そのトップスリーに入るであろうガルベルトの発言に、シンゴは静かに絶句した。

 ふと見れば、イチゴも呆けたように口を開けて固まり、ガチャンと音を立ててフォークを深皿の中に落としている。

 綺麗に渡したパスを見事にスカされた、そんな心境に近いだろうか。これでは、ラミアとレミアの反応も目に見えて――、


「最近はねー、イチゴとか二号くんとか、遊び相手が増えて凄い楽しいかなー」


「レミアは、ラミアお姉さまが楽しそうに遊ばれている姿を見られるだけで幸せです。とはいえ、やはり同性の友人が出来たのは素直に嬉しいですね。あと、同士にも出会えましたので。――ええ、レミアはとても、最近に満足しています」


「――――」


 そんな二人の素直な反応に、今度はガルベルトが絶句する番だった。

 ラミアとレミア、両者の顔には笑みがあり、想像し得る中で最上級の反応だと言っても過言ではないだろう。

 一時はどうなるものかと思ったが、存外、ラミアとレミアの二人も、本心では父親と和解する機会をずっと望んでいたのかもしれない。

 だとすれば、あとはトントン拍子で会話が弾み、長年に渡る親子間の不仲も今日で終わりに――。


「――ッ!?」


 結果オーライに落ち着き、安堵に相好を崩したシンゴだったが、ふと微笑みを浮かべるラミアとレミア――その、冷めきった目を見て息を詰まらせた。

 穏やかで、友好的な笑みを浮かべる二人だが、ガルベルトに向けられた真紅の眼差しには深い拒絶の色がありありと見て取れた。


「――――」


 ――楽観視、していた。


 きっと、話し合いの場を設ければ、この親子の不和は解消へと向かうと、そう信じていた。しかしこれは、あまりにも決定的だ。話し合いだけでどうにか出来るレベルを、既に大きく踏み越えてしまっている。


 双子の強い拒絶に気付き愕然としていたシンゴは、ここでガルベルトの反応に対する先の所感が間違っていた事に気が付いた。

 ガルベルトが先ほど絶句したのは、娘達が素直に応じてくれたからではない。事務的な対応をされたのだと、和解など不可能だと暗に告げられた事に気付いて、彼は絶望に絶句したのだ。


「ごちそうさまー」


「ごちそうさまです」


「――!?」


 まだ食べ終えていないにも拘わらず、ラミアとレミアが席を立った。そしてそのまま二人して、それぞれ食堂の扉を片側ずつ押し開く。

 そんな二人の背中にガルベルトが手を伸ばし、何かを訴えようと口を開けた。しかし開いた口は何も言葉を紡がず、やがてラミアとレミアの姿が食堂の外に消えるのを見送り、その腕が失意に沈むように下ろされる。


「――ごちそうさまでした」


「アリス――」


 沈痛げな表情で顔を伏せるガルベルトに、シンゴがどんな言葉を掛けるべきか悩んでいると、今まで黙っていたアリスが立ち上がった。

 ふと一瞬、アリスがシンゴの事を見たような気がした。しかしその真偽を確かめる前に、アリスは食堂の外へと出て行ってしまう。

 そうして扉が完全に閉じると、食堂には一人、黙々と食事を続けるリノアが立てる食器の音だけが虚しく響くだけで――。


「――ッ」


「お兄ちゃん――!?」


 腹の奥から込み上がってきた焦燥感に突き動かされ、気付けばシンゴは食堂の外へと飛び出していた。

 イチゴの声に振り返る事無く廊下に出たシンゴは、素早く左右に分かれる通路を見渡し、合計三つの人影を視界に収めた。


 ――左の通路を進んで行くラミアとレミア。

 ――右の通路を進んで行くアリス。


「――――」


 一瞬だけ立ち止まったシンゴは、右の通路に向けて足を踏み出した。しかし、それ以上は足が動かない。動いて、くれない。

 葛藤に顔が歪む。一体何に葛藤しているのかも、自覚出来ないまま。


「――!」


 床に張り付いたように動かない足を懸命に引き剥がそうと苦戦していると、不意にアリスが立ち止まり、顔だけで振り向いてきた。

 いつの間に変化したのか、紅色の瞳がシンゴを真っ直ぐに射抜いてくる。感情の一切が排除されたその眼差しからは、彼女の心の内を推し量る事は出来ない。

 動けず、言葉も発せないシンゴを、しかしその血のように紅い瞳はただ無言で見つめてくる。それはまるで、何かを待っているようでもあり――。


「――っ」


 その瞳に背を向けて、シンゴは左の通路――ラミアとレミアの二人を追って、その場から駆け出していた。

 どうして、背を向けてしまったのだろう。そんな疑問と共に、遅すぎる後悔が頭の中を気持ち悪いくらいに埋め尽くす。

 されど、立ち止まる勇気はなくて。そもそも、どんな顔で振り向けばいいのかさえ分からなくて――。



 ――キサラギ・シンゴは、逃げ出した。



「――――」


 遠ざかっていく少年の後ろ姿を、真紅の眼差しはただただ悲しげに見送るのだった――。



――――――――――――――――――――



「――ラミア、レミア!」


「んー? 誰かと思えば、ラミア達をまんまと嵌めてくれた、裏切り者の二号くんじゃーん! そんな急いで、どしたのー?」


「…………」


 追いついたシンゴの声に、ラミアはからかうように笑って辛辣に、レミアは表情を消して無言で応じてきた。

 そんな二人それぞれの出迎えを受け、シンゴは膝に手を着いて呼吸を整えてから、ゆっくりと長めの息を吐いて顔を上げる。


「二人に、ガルベルトさんが同席する件を伏せていたのは、悪かった。謝るよ。……でもさ、お前らにしてみても、今回のはいい機会なんじゃねえのかよ?」


「ふむふむ。続けてー?」


「……ずっと、家族と仲違いしたままってのは、辛いだろ。仲良くしたくっても、世の中にはそれが出来ねえ奴だって沢山いる。だから――」


「――だから、あの人と仲直りしろって、そう言うんですか?」


 笑みを崩さぬまま、軽い調子で先を促してくるラミアの言葉に従い、シンゴが目を伏せながら紡いだ持論――それに、レミアが言葉を挟んできた。

 その声音は驚くほどに低く、シンゴは凝然とレミアを見やる。そしてゆっくりと、無言で首肯する事で問いの答えとした。

 そんなシンゴの肯定に、レミアがギリッと奥歯を軋らせ――、


「ふざけないでください! 勝手に……勝手に、お前の価値観をレミア達に押し付けるなぁ――ッ!!」


「――!?」


 廊下に響くほどに張り上げられた怒声は、今までの彼女の印象からは想像もつかないほどに苛烈で、そして激しい怒りに満ちていた。

 呼吸を乱し、憤怒によって端正な顔を歪めながら、レミアは射殺さんばかりに瞠目するシンゴを睨み付けてくる。

 その眼力に気圧され、シンゴは思わずたじろいで後退。しかしその開いた分の距離を、牙を剥くレミアが大股で詰めてきて――、


「お母さまの死は、あの人だけのものじゃない! 悲しくて、寂しくて、痛かったのは、あの人だけじゃない――ッ!!」


「……ッ」


 胸ぐらを掴まれ、至近距離で吐き出されるのは慟哭に似た叫びだ。

 訴えるように、少女はその胸の内に仕舞い込んできたものを決壊させる。


「辛くて、苦しくて、いっそ死んでしまいたく思って……そんな時に、一番傍に居て欲しかった人が、真っ先に逃げ出した――ッ!!」


 目尻に涙を滲ませ、悲哀と憤激が混濁する声で、娘は父の罪を激しく糾弾する。

 感情を爆発させるレミアに対し、シンゴは頷いて肯定する事も、首を振って否定する事も、言葉を紡ぐ事さえ出来なかった。

 ただ口を固く噤んで、目の前の小さな少女を見つめる事しか出来ない。そんなシンゴの胸元を突き飛ばし、レミアは背を向けると――、


「あの裏切り者は、父親でもなんでもありません。――ただの、弱虫です」


 そう吐き捨てるように言うと、レミアはもう何も語る事はないと言わんばかりに、早足に廊下の奥へと歩き去って行った。

 そして、今まで表情も変えずに事の成り行きを見守っていたラミアも、妹に続くように遅れてこちらに背を向け――、


「――最初はね、ラミア達も信じてたんだー」


「……ラミア?」


 立ち止まったラミアが不意に、まるで独り言を呟くように語り始めた。

 振り返る事無く、そして自分に対して喋っているのかも判然としないまま、シンゴは黙ってその背中を見つめる。


「すぐに帰ってくる、きっと帰ってきてくれる、帰ってこないはずがない……でも、ずっと待っても、帰ってこなかった。帰ってきて欲しかった時に、帰ってきてくれなかった」


「…………」


 静かに語るラミアの声からは、不思議と何も感じなかった。

 先ほどのレミアのような怒りも、悲しみも、失望さえ、何も伝わってこない。しかし、それも当然だ。

 だって――、


「――ッ!?」


 振り向いたその顔は、怪しげな色香を放つ淡い微笑に彩られていて――。

 鋭さを増したその紅の眼差しには、どこまでも無関心が広がっていて――。



「――信頼は、とうの昔に風化したわ」



 戦慄に息を呑むシンゴにそう言い残し、雰囲気の一変したラミア・ジャイルは、ゆっくりと廊下の奥へと消えて行った――。


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