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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:33 『和解への手引き』

『――シンゴ。先ほどの件だが、どういった腹づもりだ?』


 早足に廊下を歩くシンゴに、ベルフがそんな質問を投げかけてきた。

 早歩きの所為か、すれ違う吸血鬼が揃ってシンゴの事を訝しげに見てくる。そんな奇異の視線を一身に浴びながら、シンゴは『簡単だ』と笑って、


『脅迫じゃなくて、交渉になった場合、その成功確率を上げる為の下地作りみたいなもんだよ。それに、ただでさえガルベルトさんには疑われてんだ。ここで好感度を稼いどきゃ、今後、多少は動きやすくなるかもしれねえだろ?』


『……なるほど。そういう魂胆か』


 納得の声を漏らすベルフに、シンゴは『そ』と短く返しながら、一階へと続く階段を一気に駆け下りる。

 シンゴが急ぎ足に目指しているのは、先ほど渡り廊下から見下ろしていた中庭だ。実際に用があるのは、その中庭にいる二人の少女だが。

 そして、肝心の用件の方だが、端的に言ってしまえば――、


「あいつらを、今夜の夕食の席に同席させる!」


 意気込むように言ってから、シンゴは残りの段差を跳躍にて踏破――そのまま中庭へと急ぐのだった。



――――――――――――――――――――



「――今、なんと?」


 シンゴの持ち掛けた提案、その内容を受け、ガルベルトが唖然と問い返してきた。それに対しシンゴは、「だから」と自信ありげな顔で人差し指を立て――、


「ラミアとレミア、娘さんらと仲直りしましょうって、俺はそう言ったんです」


「――――」


 改めてシンゴがそう告げると、ガルベルトは目を見開いてたっぷり五秒は沈黙。やがて瞬きを挟んで再起動すると、困惑げに眉を寄せた。

 そのシンゴを見る目は、全く話を聞かない相手に呆れている風でもあり、事実その通りだった。


「シンゴ殿は、私の話をちゃんと聞いておられましたか?」


「もちろん聞いてましたよ。ガルベルトさんら親子が、数十年レベルでの親子喧嘩――大喧嘩の真っ最中だって事は、よーく理解してます」


「そこまで分かっていながら、何故そのような……」


「そりゃ、あんだけ仲直りしたいオーラ出されたら、どうにかしてやりたいって思うのが人情ってもんっすよ。それに、ここでずっと暮らしていく以上、周りの人間関係がギスギスしてちゃ嫌ですし」


 理解に苦しむガルベルトに、シンゴは「人の事言えませんけど」と補足して肩を竦める。そんなシンゴの言い分に対し、ガルベルトは難しげな顔で「しかし……」と乗り気ではない。

 そのガルベルトの消極的な姿勢に、シンゴは真剣な表情で一歩前に踏み出して、


「ガルベルトさんがあの二人と過去、何度も仲直りしようと試みて失敗してるんだろうなってのは薄々察してます。でも、今はどうですか? あの二人と仲直りしようと最後に行動したのは、実はもうかなり前の事なんじゃないですか?」


「――っ」


 憶測の範疇を出なかったシンゴの考えだが、ガルベルトが小さく息を呑む姿を見て、それが間違っていなかった事を悟る。

 ――畳み掛けるなら、ここだろう。


「仲直りする事は諦めても、仲直りしたいって気持ちがまだあんのなら、それはまだ終わりじゃないですよ。何十回、何百回、何度でも挑戦しましょうよ。ガルベルトさんら吸血鬼は長命なのを欠点みたいに言いますけど、前向きに捉えれば時間は余るほどあって、可能性はきっと無限……は言い過ぎでも、チャンスは沢山あるはずなんですから」


「――――」


 驚いたように目を見開き、黙って話に耳を傾けるガルベルト。そんな老吸血鬼に、シンゴは不敵な笑みでグッとサムズアップを突き出した。


「セッティングとかは全部俺に任せて下さい。イチゴとの数々の大喧嘩を乗り越えて培われた俺の経験を総動員して、ガルベルトさんとあの二人を必ず仲直りさせてみせますから!」


 そんな、大見得を切るシンゴの宣言を受け、やがて固まっていたガルベルトがふっと小さな苦笑を漏らし――、


「シンゴ殿には敵いませんな……」


 孫の我が儘を仕方なく聞き入れる祖父のように、ガルベルトはシンゴの口車に陥落してくれたのだった。



――――――――――――――――――――



 シンゴが思うに、仲直りとはまず言葉を交わさなければ何も始まらない。

 互いの言い分を吐き出し、妥協点を探る作業だ。場合によっては平行線で、溝は一向に埋まらずに終わってしまうかもしれない。そうなれば、相手の意見を受け入れられるだけの冷静さを取り戻す為に時間を置くのが最良だ。

 喧嘩とはつまり、曲げられない意見の衝突から始まるのだから、どちらかが折れなければ仲直りは成立しない。


「そんで今回の場合、ガルベルトさんの方はとっくに……というか、最初から折れてる。だからこれは喧嘩ってよりは、ただラミアとレミアが意固地になってるだけだ。んで、冷静になるには十分な時間は置かれてる。あとは、誰かがその背中を押してやればいい」


『その、背中を押す役目をお前が担うという訳だな。……何故、アリス・リーベとは仲直り出来ないのだ、お前は?』


『ほっとけ! アリスの場合は怒ってる理由がさっぱり分かんねえからだよ!』


 せめてそこが分かれば苦労しないのだが、如何せんアリスは口を利いてくれない。今回のように、アリスを対話のテーブルに着かせる事が出来れば話は別なのだが、ガルベルトではないが、優先度的にずっと後回しになってしまっている。

 先延ばしにしているという自覚は、ある。あるが、今はまず目先の問題だ。


『それで、あの双子を今夜の夕食の席に誘う、という体で中庭にやって来たまではいい。……しかし』


「あいつらいねえじゃん――!?」


 急いで中庭にやって来たものの、そこにラミアとレミアの姿はなかった。一緒に遊んでいたイチゴも同様である。ついさっきまでここで遊んでいたというのに、あの三人は一体どこへ行ったのか。

 額に手を当て、シンゴは深いため息を吐くと、


「もしかして、別の遊びでも思い付いて場所を変えたとか……ん?」


 ふと、視界の端に意外な人物の姿を見付け、シンゴは眉を上げた。

 その人物は特に何をするでもなく、ただぼーっと虚空を見つめてベンチに腰掛けていた。一見すると、電波的な印象を受ける光景である。

 シンゴはその電波人物に歩み寄り、「よ」と片手を上げて声を掛けた。


「こんな所で何してんだよ――リノア」


「――――」


 ベンチにちょこんと、微動だにせず腰掛けていた少年――ではなく、少女の隣に座り、シンゴはその名を呼んだ。

 しかしいつまで経っても返事は返ってこず、どころかリノアはずっと虚空を見つめているだけで、シンゴの存在に気付いていない気配すらある。

 どうしたものか、とシンゴが腕を組んで眉を寄せていると、リノアの小さな鼻の穴からはなちょうちんが膨らんで――、


「目ぇ開けたまま寝んなよ!?」


「――ぅぬ?」


 目を開けたまま寝るという離れ業をやってのけていた大神官様に、シンゴは思わず目を剥いてツッコミ。その大声で覚醒したらしく、はなちょうちんが割れたリノアが疑問の声を漏らしてゆっくりとシンゴの方へ振り向いた。

 そして――、


「イチゴの兄、今は昼間。夜這いは、夜にすべき」


「夜でもやんねえし、たとえロリ体型のお前が全裸になってたとしても少ししか興奮しねえよ!」


『……何を言っているのだ、お前は?』


 リノアの虚言に呆れるシンゴに、ベルフが真剣な声音で疑問の言葉を漏らす。

 そのベルフの疑問には特に反応しないでいると、リノアが何故かシンゴから距離を取るようにベンチの上を端までスライド。片眉を上げるシンゴの視線から自分の身体を隠すように両手で覆い――、


「我、身の危険を感じた。脱兎の如く、離脱する」


「な!? ちょっ、ちょっと待ったぁ――!?」


「――? 何用?」


 宣言の直後、本気で駆け出したリノアにシンゴは慌ててストップを掛ける。

 その制止の声にリノアは呆気なく立ち止まり、振り返りながらその無表情な顔を傾がせると、シンゴに用件を問うてきた。

 この少女相手に、軽い雑談から入ろうとした事がそもそもの間違いだったのだ。もっとシンプルに、いきなり本題から切り込むくらいでないと、その独特の空気感に完全にペースを狂わされてしまう。


「だとしても、ガチで逃げ出すとか予想出来ねえって……」


 いらぬ気苦労を受けて嘆息するシンゴは、半身で振り返ったままずっと固まっているリノアに手招き。それに素直に応じて帰ってくるリノアをベンチに座らせ、ほっと吐息をついてから、改めて本題に入るべくリノアに向き直った。


「実は、ラミアとレミアの二人に用があんだよ。そんでその二人だけど、さっきまでここでイチゴと一緒に遊んでたはずなんだ。どこに行ったか、知らねえか?」


「知らぬ」


「…………」


 即答され、そこで会話が終わってしまう。しかし、こんな事で簡単に音を上げるキサラギ・シンゴではない。

 おほん、と咳払いを入れて仕切り直す。


「知らぬって、あいつらが遊んでた時、リノアはここにいなかったのか?」


「居た」


「なら、あいつらがどこに行ったかは――」


「知らぬ」


「…………」


 どうやら時間の無駄だったらしい。そう判断を下したシンゴは、双子を捜すべく立ち上がろうとして――、


「あの者ら、菓子を作ると申していた。我も、是非食べたい。イチゴの兄、取ってきて」


「厨房じゃん!? 場所知ってんじゃねえか! あと、何さらっと俺にパシらせようとしてんだよ!?」


「――?」


「いや……もう、いいわ……」


 こてん、と小首を傾げて無理解を示すリノアを見て、シンゴは怒るのも億劫になり、額に手を当てて深いため息。

 かなり無駄なやり取りで精神的な疲労は被ったが、とりあえずラミアとレミアの居場所は判明した。すぐに厨房へと赴き、二人を夕食に誘わなければ――、


『……なあ、ベルフ。菓子作りって、たぶん結構時間かかるよな?』


『試みた経験などない故、断定は出来ないが……普通はそうではないか?』


『だったら、ここでちょっとリノアと話してから厨房に向かっても、余裕は十分にあるな』


 顎に手を添えて目を細めたシンゴは、急遽、行動方針の変更を決断。

 そして、無表情でいながらその瞳を期待に輝かせ、じゅるり、と先走りする涎を啜る大神官様に向き直った。


「ところでだけど、お前って『豊穣の加護』って言う、何か凄え力をこの神域に展開してんだってな?」


「おかしな事を言う、イチゴの兄。加護の展開者、我ではない」


 ――かかった。


 リノアといえど、直球の質問は躱される可能性が高いと踏んだシンゴは、試しに誘導尋問を仕掛けてみたのだ。結果、想定通りの反応を引き出す事に成功した。

 考えてもみれば、交渉事は基本的にガルベルトが担当していた。そしてやはり、リノアはこういったやり取りに向いていない。決して、頭脳派であると胸を張れないシンゴであっても、簡単に騙せるほどに。


「そうなのか? だったら、誰がそんなもん展開してんだよ?」


「――金色こんじき


「金色……?」


 とうとう明かされた『豊穣の加護』を展開している者の名前。しかし全く心当たりがないどころか、人の名前かどうかすら怪しい名称で、シンゴは困惑をその眉間に刻む。


「変わった、名前の人だな……いや、吸血鬼か? ともかく、その人ってどこにいんの? あ、もしかして、『金色』ってのはあだ名的な――」


「違う。『金色』、森羅万象の母にして、この世界の中央に座すモノ。フィラの根源でもある」


「フィラの……根源?」


 オウム返しするシンゴに、リノアは小さく首肯し、


「龍脈を流れる『金色』の力、その一端を金柱にて汲み取り展開。――それが、『豊穣の加護』」


「――――」


 たった今リノアが語った事は、おそらくこの世界の本質に関わる重大な話である――そう、漠然と感じた。

 この城に来てからというもの、世界規模の話をよく耳にする気がする。ガルベルトの語った世界の滅亡やら、過去に起きた邪神と人の争い、等々。

 正直、小市民であるシンゴからしてみれば、まるで遠い世界の話を聞いているようだ。しかし、収穫自体は決して少なくない。例えば――、


『『豊穣の加護』を誰が展開しているのか、そしてその展開方法。それらの中心にいる、『金色』って奴の存在、だな』


『それだけではないぞ、シンゴ。加護の展開に際して用いられるらしい『金柱』なる物は、おそらく雪原に不自然に点在していたあの黄金の柱の事だろう』


『……ああ、『金柱』ってあれの事か!』


 思い出されるのは、『選別の境界』を超える際に目撃した、魔法攻撃も物理攻撃も寄せ付けない、奇妙な黄金の柱の存在だ。

 今まで不鮮明だった吸血鬼達の背景が、より鮮明になっていく手応え。ガルベルトとの会話の際にベルフが言った、『外堀を埋める』という点に関しては、この問答だけで大収穫と言えよう。


「で、その『金色』ってのはどんな奴なんだ? そもそも人なのか? それとも……」


 欲深さを発揮し、更に踏み込んだ質問を投げかけるシンゴだったが――、


「――我、大失態。先の、語ってはならぬ事であった」


 と、リノアは口を両手で塞ぎ、自分の失態に気づいてしまった様子。

 しかし、その無表情も相まって、傍から見る分では非常に演技臭い。なので、ここはゴリ押しでなんとかならないか、とシンゴは追撃を仕掛けようとするが、


「イチゴの兄、忘却を要求する。疾く、疾く、疾く」


「――ッ!?」


 先の会話の内容を忘れろ、というリノアの要求に出鼻を挫かれてしまう。

 どころか、『疾く』の一言ごとにリノアが顔を寄せてきて、シンゴは慌てて立ち上がって距離を取ってしまった。

 そしてすぐにハッとなり――、


「見た目十歳前後の幼女に顔を近付けられただけでここまで動揺すんじゃねえよ、俺ぇ……っ!」


「心外。我、約千八百歳。幼女ではない」


「……そういや、『真祖』だったな」


 情けない己に憤っていると、その言葉を聞き付けたリノアが抗議を入れてきた。その抗議に際して用いられたリノアの年齢は、文字通り桁違いだ。

 リノアの実年齢の持つ衝撃により幾分かの冷静さを取り戻したシンゴは、咳払いを打ってから着席。照れを誤魔化す為に、話題転換を図った。


「そ、そういやリノアって確か、封印……だっけか? ずっと眠ってたんだってな」


「そう。とある傭兵が、我を封印した」


「……傭兵、ときたか」


 そう語るリノアの横顔は変わらず無表情のままだが、その真紅の瞳に複雑な感情の色が過ったのを、シンゴは見逃さなかった。

 それは件の傭兵の事を思い出した故か、それとも過去の出来事に起因するのか、さすがにそこまで詮索する気にはなれず、シンゴは小さく吐息するとベンチから腰を持ち上げた。


「結構楽しかったぜ、お前とのお喋り。俺はそろそろ行くけど、他になんか話しときたい事とかあるか?」


「先の我の発言、他言無用。――あと、菓子」


「……へいへい」


 じゅるり、と食い意地全開のリノアのお願いに、シンゴは苦笑と共に肩を竦め、仕方なくパシりを請け負う事に。そして厨房を目指すべく、リノアに背を向けて歩み出そうとして――ふと、足を止めた。

 顔だけで振り向くと、そこには訝しげな顔をするリノアがいる。そんなリノアに対し、シンゴは唇をふっと緩めて自分を親指で指差すと、


「イチゴの兄じゃなくて、シンゴでいいよ。長ったらしくて呼び難いだろ?」


「――――」


 そんなシンゴの提案に、リノアはしばし無言でシンゴの事を見つめていたが、やがて小さくこくりと頷いて、


「了承。シンゴ、早く菓子」


「お前……それしかねえのかよ」


 最後まで菓子の事しか考えていないリノアにげんなりしつつ、今度こそシンゴは厨房を目指して歩き出した。

 不思議と、芝生を踏みしめる足取りが軽く感じられたのは、きっと気のせいなどではないのだろう。




 ――その後、ラミアとレミアの二人は、シンゴの申し出を二つ返事で快く受け入れてくれた。


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