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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:27 『城内探索開始』

今回、少し短いです。

「――――」


 息を殺し、音を立てないようにそっと扉を閉じて、部屋から出たシンゴは紅く染まった右目を薄暗い廊下に向けた。

 ここまで慎重を期すのは、吸血鬼達に勘付かれないように、という理由もあるが、部屋の中で眠るイチゴを起こさないよう配慮した結果でもある。


 昼間のかくれんぼでその存在を忘れられ、へそを曲げたイチゴの八つ当たりは凄まじいものだった。しかしそんな妹を宥めるのは、もはやシンゴにとって得意技能の一つとして数えられるほど、長く慣れ親しんだものである。

 とは言え、イチゴの方も伊達に宥められ慣れていない。あろう事か、交換条件を出してきたのだ。


 その、交換条件とは――、


『――まさか、昨日に引き続き、お前と一緒に寝たいと言い出すとはな』


『ああ、正直、俺も驚いた。だって、レミアのあれを聞いた直後だぜ? 案外、ただの冗談だったのかもしれねえな』


 かつてイチゴがレミアに語ったという、シンゴの愛が重すぎる案件。

 しかし、蓋を開けてみれば――というヤツだ。本当にシンゴの事を嫌っているのならば、自分から一緒に寝たいなどと二日続けて言ってこないだろう。


『……シンゴ。その緩み切った顔は、あまり人前では晒すな?』


 意図せず頬が緩んでいたらしく、ベルフが心底呆れた声で指摘してきた。それを受け、シンゴは自分の頬を強めにつねり、痛みで意識を強引に切り替える。

 時刻は真夜中。昼間にベルフと計画した城内探索に赴くところだ。

 細心の注意を払わねば、ここでの失態は今後に大きく影響してしまう。


『その点、かくれんぼ中に探索が出来なかったのが悔やまれるよな。……まじで』


『引きずるな。今は目先の問題に集中しろ。生半可な覚悟で臨めば、高確率で失敗を引き込むぞ』


『……だな。今は前進するしか、俺には出来ねえんだし』


 ベルフの言葉に背中を押され、シンゴは改めて気を引き締めると、足音を立てないようにゆっくりと移動を開始した。

 現在シンゴがいるのは二階。ベルフと相談した結果、一階から順に探索をしていく手筈となっている。故に今からシンゴが目指すのは、一階へと続く階段だ。


「――ッ」


 曲がり角を折れた所で、シンゴは元来た道へと慌てて引き帰した。

 息を止め、ゆっくりと角から顔を出せば、こちらに背を向けて廊下を歩いて行く人影が見える。真紅の瞳を細めて目を凝らせば、それが執事服に身を包んだ男の吸血鬼だという事が分かった。


「――――」


 息を潜め、廊下を進んで行くその後ろ姿を覗き見る事、およそ十秒ほど。

 吸血鬼の男が左右に分かれた廊下、その左へ姿を消すのを確認し、追加で五秒ほど沈黙してから、シンゴは止めていた息を深々と吐き出した。


「心臓に悪すぎる……」


『やはり、見張りがいるか』


 ほっと胸を撫で下ろし、シンゴが脱力するように肩を落とす傍ら、ベルフが今しがた遭遇した吸血鬼について言及する。

 見張りの存在は、ベルフとの話し合いの中で予てより予期されていた。しかしそれはあくまで予想に過ぎず、見張りが存在しないという可能性も十分に考えられた。――のだが、


『その希望はたった今、見事に断たれた訳で……』


『存在してしまったものは仕方がない。今考えるべきは、如何にして見張りの目を掻い潜り、一階の探索を完遂させるかだ』


『…………』


 ひたすらに前向きなベルフの言葉を受け、シンゴは思案気な顔で黙り込んだ。その沈黙を訝しんだのか、ベルフが『シンゴ?』と名を呼んでくる。

 しかしシンゴはすぐに反応せず、脳裏に過った一つの可能性をベルフに話すべきか一瞬だけ躊躇し――、


『……一つだけ、見張りの目を掻い潜れるかもしれない方法が、ある』


『なに? それは本当か?』


『かもしれない、だ。それに、その方法は……』


『――何か、私に対して負い目を感じるような事なのか』


 言葉を濁すシンゴの様子から察したらしく、ベルフが確信を持った声で言い切った。そしてそれにシンゴは、無言で頷く事で肯定の意を伝える。

 シンゴの考え付いた、見張りの目を掻い潜る方法、それは――、


『――見張りの悪意を読む』


 見張るという事は、警戒するという事。そして警戒とは即ち、疑う事でもある。

 疑念――それも立派な悪意の一つだ。ならば、あの男から意図せず引き継がされた悪意を読み取る力で、見張りの悪意を感知し穏便にやり過ごす。それがシンゴの考え付いた、見張りの目を掻い潜る方法だ。


 問題は、シンゴが悪意を感じ取る事が出来るのは、『激情』の権威を発動している間だけである事だ。そして、『激情』と悪意感知の異能に頼るという事は、あの男に頼る事と同義であり――。


『シンゴ。それは勘違いだ』


『ベルフ……?』


『私が言いたかったのは、あの男に頼るなという事であって、その力を使うなという意味ではない。『激情』も、それに付随する悪意を読み取る力も、今はもうあの男のものではなく、お前自身の力のはずだ。お前が自分の力をどう使おうと、私にそれを咎める理由も権利もない』


 意味を履き違えるなと、ベルフが諭すようにシンゴの勘違いを正してきた。

 『激情』も、悪意を読む力も、カワードの力ではなく、キサラギ・シンゴ自身の力だと断言するベルフ。その言葉を聞いた瞬間、シンゴは自分の中で何かを縛っていた鎖が弾け、心が軽くなるのを感じた。


『この局面、切り抜けて見せろ……キサラギ・シンゴ!』


 軽くなった心を、ベルフの挑戦的な声が更に前へと押してくれる。

 その強い鼓舞を受け、シンゴは腹の底から熱い何かが湧き上がってくるのを感じた。この感情が何なのか、言葉にするのは難しい。だけど、決して悪いものではないと、そう思えたから――。


『ああ……任せろ!』


 口元を不敵な笑みで彩り、シンゴは力強く宣言。そしてそのまま目を閉じると、己の内側へと意識を向けた。

 自分という存在を掻き分け、その根底へと意識を潜水させる。今までは何度やっても見つけられなかった。しかし今は、確信がある。きっと、辿り着けると。


『――見つけた』


 確信通り、シンゴは『それ』に辿り着いた。そしてそのまま、『それ』に向かって手を伸ばし――、


『――掴んだ!』


 純粋な力と全能感が全身を満たす感覚に、シンゴはカッと目を押し開いた。

 ちらりと窓に映る自分の目を見てみれば、真紅に染まる右目に対し、左目が紫紺に染まっているのが確認できる。

 その紫紺は、『激情』の権威が発動した事の何よりの証だ。


『なるほど……権威が馴染んできたのか』


 自発的に『激情』を発動させたシンゴに、ベルフがそんな推測を述べてきた。

 そしておそらくだが、ベルフの考えは正しい。不思議と今回は、権威の自発的な発動が失敗するなどと微塵も思わなかった。そして何より、今のこの感じは、『怠惰』の権威が馴染んだ時に近しいものがある。


『このタイミングで確実な戦力を確保出来たのは喜ばしい誤算だ。ただ、あの男自身の力に頼ろうとはするな。言ってみればあの男は、イブリースの端末に近い。寄り過ぎれば、必然的にイブリースの干渉を許す事になるぞ』


 カワードの事を端末と称するベルフの忠告。

 言われてみれば、同じ『大罪の獣』であるベルフがこうしてシンゴの意識のすぐ傍に寄り添えるのだ。イブリースに同じ事が出来ないはずがない。

 権威が馴染んできたとあっては、尚更である。


『私がこうしてお前の近くに在れるのは、お前が受け入れてくれているからこそだ』


『そういう事か。……うん、イブリースを受け入れるなんて生理的に無理だわ』


 あの荒々しい悪意の固まりが耳元で囁き掛けてくるのを想像し、シンゴは込み上げてくる嫌悪と恐怖に身を震わせた。

 今後、あの銀龍に心を開く未来など、絶対に有り得ないだろう。


『だから、俺の相棒はお前だけだぜ、ベルフ!』


『そ、そうか……それは、光栄な事だ』


 サムズアップしてニヤリと笑うシンゴの相棒宣言に、ベルフの反応はどこか照れ臭そうなものである。

 本当に、ベルフには助けられてばかりだ。いつか全てが片付いたら、恩返しの一つでもしてやらなければならない。


『……さて』


 小さく息を吐き、シンゴは切り替えるように表情を引き締めた。

 とりあえず、大前提である『激情』の発動には成功した。ならば次は、悪意を読み取る力を使い、見張りに見つからないように一階へ向かわなければならない。


『――いけそうか?』


『気合いでやってみる』


 そう言って、シンゴは五感ではないもう一つの感覚に意識を集中させた。

 すると、左斜め前方に、まるで黒い霧のような曖昧な存在が徐々に離れて行くのを感じ取る事が出来た。

 おそらく、先ほど遭遇した吸血鬼の警戒心だろう。


『うし、感知した! 今のところ、この廊下から階段までに見張りはいねえ!』


 一階へと続く階段は、この廊下を真っ直ぐ進み、吸血鬼が進んだ左とは反対――右へ進んだ先にある。

 そして右の廊下には、今のところ悪意を感知する事は出来ない。

 そんなシンゴの報告に、ベルフは『上出来だ』と微笑むような声で称賛し、


『次は私の番だな。シンゴ、身体の主導権を私に』


『それは構わねえけど……何をするつもりだ?』


 このタイミングで肉体の主導権を明け渡す事の理由が分からず、シンゴは無理解に眉を歪める。

 そんなシンゴの質問に、ベルフは『なに、簡単だ』と苦笑を滲ませて言った。


『少しばかり、無駄を省略するだけさ』


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