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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:26 『予想外の終わり』

 中庭にて今後の行動方針をベルフと相談していたところに、突如として現れた双子の吸血鬼――その姉の方であるラミアに遊びへと誘われた。

 本来なら時間の無駄だと切り捨てるところだが、頼れる相談役ことベルフの助言により、シンゴはその誘いを受ける事にした。


 思惑としては、この遊びに乗じて堂々と城内探索をしようというものである。

 当初は夜中に予定していた事だが、『見つかってしまった場合』のダメージを大幅に軽減できるのだ。繰り上げてでも、これを上手く利用しない手はない。

 そして、紆余曲折を経て、かくれんぼをして遊ぶ事になったのだが――。


「あちゃー、負けちったー」


「それじゃ、ラミアが鬼だね」


「ラミアお姉さまが血眼になってレミアの事を探してくれる……ああ、レミアは今日この時の為に、この世に生を受けたのですね」


 その銀髪をわしわしと掻き回しながら、ラミアが己の敗北の事実を明言する。

 それに対しイチゴとレミアが各々の反応をする中、シンゴは一人芝生の上に膝を着いて項垂れていた。

 城内探索という目的に適した配役――つまり鬼役を狙ったじゃんけんで、シンゴは一人勝ちして早々に鬼決めから脱落してしまったのだ。


「……いや、待てよ?」


 ふと、一つの可能性が脳裏を過り、シンゴは顔を上げた。

 シンゴにとってこれはもはや遊びではない。しかし、それはシンゴに限った話である。他の三人にしてみれば、これは文字通りただの遊びだ。

 ラミアだって、きっと鬼役は嫌なはず――ならば、頼めば案外簡単に鬼役を代わってもらえるかもしれない。


 そう考え、ラミアに声を掛けるも――、


「だめだめー。ラミア、遊びは全力でやる主義なのー。だから、二号くんも簡単に見つからないよう全力で隠れてねー」


 と、彼女の妙な拘りによって、シンゴの提案は呆気なく退けられた。


『シンゴ。この少女の意志は固いようだ。ここで手をこまねいているよりは、次の段階に進んだ方が賢明だと思うが』


『そう、だよな……探索自体が出来なくなった訳じゃねえしな』


 どこか慮るような声音で、ベルフが切り替えるよう促してきた。

 それを受け、シンゴは停滞していた意識を次へと――これから始まる城内探索の方へと向けた。

 幸いにして、隠れる側にはイチゴがいる。こちらの事情を説明し、案内役を担ってもらえば、探索も効率的に行えるはずだ。


 ――そう、思っていたのだが。


「……あれ? イチゴの奴、どこ行った?」


 先ほどまでは確かにそこにいたはずのイチゴが、どこにも見当たらなかった。

 イチゴの姿を探してきょろきょろと周囲を見渡していると、そんなシンゴの様子に気付いたラミアが耳を疑う事実を告げてきた。


「イチゴなら、もう先に行っちゃったよー? あと、なんかね! すっごい鼻息荒かった!」


「ノリノリじゃねえかあいつ!?」


 渋っていたくせに、どうやら心の中では存外乗り気だったらしい。

 考えてみれば、イチゴはちょうど思春期ど真ん中だ。こんな子供じみた遊びに興味を示していると思われるのが嫌で、必死にポーカーフェイスしていたのだろう。

 ただ――、


「どうせ隠すなら最後までちゃんと隠し通せよ!」


 それが出来なくても、せめてもう少し我慢してほしかった。おかげで、こちらの事情を説明するチャンスを逃してしまったのだから。

 これでシンゴは鬼に見つからないように気を付けつつ、ほとんど初見に近い城内を一から探索しなければならなくなってしまった。


「効率悪いってレベルじゃねえぞ、これ……」


「――なにか、イチゴさんに用事でもあったのですか?」


 どんどん不利になる状況に頭を抱えていたシンゴは、その声に顔を上げた。

 見ればレミアが、リノアに負けず劣らずの無表情でこちらを見つめていた。しかしその紅い瞳は、まるでシンゴの事を怪しむように鋭く細められており――。


「……いや、さっきも言ったけど、俺ってこの城の中に詳しくねえからさ。イチゴに道案内を頼もうと思ってたんだよ。じゃねえと、やっぱフェアじゃねえだろ?」


 嘘は、吐いていない。本当の事も、言っていないが。

 そんなシンゴの真実を隠した言葉を聞いて、レミアはしばしの間こちらを探るように黙り込んでいたが、やがて小さく吐息すると肩の力を抜いた。


「確かに、それではラミアお姉さまの主義に反しますね。……分かりました。その役目、レミアが務めてあげます」


「――は?」



――――――――――――――――――――



「――――」


 中庭から城の中へと戻ったシンゴは、真っ直ぐ伸びる廊下を歩いていた。

 既にかくれんぼは始まっており、中庭では今頃ラミアが数を数えているはずだ。城の中に詳しくないシンゴに配慮して、カウントは十分と長めである。

 まずはこの十分の間に、出来る限り城内を探索――したいのは山々なのだが、現状それは難しいだろう。


 何故なら――、


「…………」


 背中に感じる突き刺すような視線に、シンゴはゆっくりと振り返った。

 そこにはいたのは、シンゴの事をジッと凝視しながら付いてくる少女――イチゴの代わりとして案内役を買って出てくれたレミアだ。

 しかし、レミアはこうして無言のままシンゴの後ろを付いてくるだけで、案内してくれる気配は全くない。

 そもそも、後ろを歩いている時点でその気が皆無である事は明白だ。


『この少女が案内役を買って出たのは、お前の事を監視する為の建前……私はそう推察するのだが、どうだ?』


『そんな訳ねえだろ、って否定したいのは山々なんだけど、残念な事にそっちの方が納得できるんだよな。……つうか、なんでこんなに好感度が低いんだ? いや、ラミアほどに好感度が高いのも考えものだけどさ』


 ラミア・レミアの双子とは、ほぼ初対面に近い間柄だ。にも拘わらず、姉のラミアのシンゴに対する好感度は高く、逆に妹のレミアは極端に低い。

 ラミアに関しては、その性格からしてまだ納得の範疇だ。イチゴともそれなりに親しい仲らしいので、その兄であるという肩書も影響しているのかもしれない。

 対して、レミアのこの猫のような警戒心。過去を振り返ってみても、彼女の機嫌を損ねるような発言や行動をした覚えはないのだが。


『とは言え、必ず何か理由があるはずだ。本人と言葉を交わしていなくとも、他の者と交わした言葉や感情が原因となっている、とも考えられる』


『……もしかして』


 ベルフの言葉を受け、シンゴはふと一つの可能性に行き着いた。

 何度も言うが、シンゴは自分の発言や行動に原因はないとほぼ確信している。しかし、ベルフの助言に従い視点を変えてみれば、どうだろうか。

 シンゴ自身に問題があるのではなく、第三者に原因を求めてみれば――。


『――なるほど。姉か』


 自力で答えに達したらしいベルフに、シンゴは同意するように頷いた。

 姉――つまり、ラミアのシンゴに対する好感度の高さが、そのままレミアのシンゴの対する好感度低迷に繋がっていたのだ。

 理由は、説明するまでもないだろう。今までの、レミアの姉に対する態度を見ていれば、自ずと答えには辿り着ける。


『――嫉妬、か』


『確かに、このレミアという少女は姉に対し深い親愛を抱いている様子だった。……些か、度が過ぎているようにも感じられたがな』


『まあ、そこは置いとくとして、だ。あの性格からして誰にでもそうだとは思うけど、ぽっと出の俺なんかにラミアがあんまりにも親しくするもんだから、可愛い表現をすればやきもちを焼いた……そんな感じか』


 ちらりと後ろに目をやれば、視線の合ったレミアがキッと鋭く睨み返してきた。

 目星を付けた上で、その紅い瞳の奥に揺れる感情と向き合えば、確かに妬みの炎が揺れている――ようにも感じられる。


『――どうする?』


『そうだな……一つ、試してみたい事がある。上手くはまれば、この下がり切った好感度をある程度は回復させられるかもしれねえ』


 ベルフの問いに対し、シンゴは渇いた唇を舐めながらそう返すと、曲がり角を折れた所で足を止める。そして振り返れば、まさかシンゴが待ち構えているとは考えていなかったようで、角から顔を出したレミアが目を見開いて立ち止まった。

 しかし、すぐに警戒の色をその瞳に宿し、身長差のあるシンゴを睨むように見上げてくると、


「待ち伏せなんて、趣味が悪いですね。言いたい事があるなら、はっきりと言えばいいじゃないですか」


「趣味が悪いなんて、案内もせずに俺の後ろをストーキングしてくるお前には言われたくねえな。あと、言いたい事はちゃんと言わせてもらうつもりだ。――いや、聞かせてもらう、が正しいか」


「――?」


 発言を訂正するシンゴに、レミアは困惑げに眉を寄せる。

 そんなレミアから視線を外し、シンゴはすぐ近くにある部屋を親指で示した。


「一応、今はかくれんぼの真っ最中だ。こんな所で立ち話してて、うっかり見つかったりでもしたら、遊びは全力主義のお姉さまから反感買うぞ?」


 と、自分で言っておいてなんだが、見つかって困るのはむしろシンゴの方である。なのでレミアには、是が非でもこの誘いに乗ってもらいたいのだが――、


「……密室にレミアを連れ込んで、一体何をするつもりですか? ものすごく、身の危険を感じます」


「そんなつもり毛頭ねえよ!? いや、つうかお前、城の前で俺を一方的にボコッてたろうが! 身の危険を感じるのはむしろ俺の方だろ!?」


 身を守るように肩を抱いて距離を取るレミアに、シンゴは初対面時の一件を引合いに出し、声を張り上げて反論する。

 そんな荒ぶるシンゴに対し、レミアは「冗談です」と肩を竦めると、先ほどシンゴが示した扉のドアノブへと手をかけた。そして、固まるシンゴに半身で振り返り、


「どうしました? 来ないんですか?」


「……いい性格してるよ、お前」


「お褒めに預かり光栄です」


「褒めてねえっつの……」


 皮肉にすまし顔で返され、シンゴは悪態を吐きつつレミアを追って部屋の中へ。

 この部屋を選んだのは、たまたまそこにあったからだ。特にこの部屋である必要性はない。強いて理由を述べれば、どうせ総当たりで調べる予定なのだから、ついでにその手間が省ければいいか、である。


 そんな偶然で選ばれた部屋、その中は――、


「……物置部屋、か?」


 部屋の中は暗く、シンゴは右目の暗視能力を発動。霧が晴れるように明瞭となった視界に飛び込んできたのは、雑多に置かれた家具の山だった。

 近くの机の上を指でなぞっても埃の一つも付かない事から、こんな物置部屋でもきちんと清掃の手は行き届いているのだと感心する。

 ある意味では、こういった場所にこそ『何か』が眠っていそうな気もするが、残念ながら見える範囲でそのような代物は見当たらない。


「いや、もしかすると家具の配置がキーになってて、正しい並びにすると地下へと続く階段が現れたりとか……!」


「何を期待しているのか知りませんけど、そのような仕掛けはこの部屋にはないです。そもそも、この城にそんな無意味な趣向が凝らされているなど、一度も聞いた覚えがありません」


「男のロマンを完膚なきまでに論破してぶち壊すのやめてくれる!?」


「レミアは女ですので」


 どこまでもドライなレミアの反応に、シンゴは喉元まで出かかっていた追加の抗議をぐっと呑み込む。これ以上の貴重な時間の浪費を避けたいが為に。

 ふっと息を吐き、シンゴは気を引き締めた。それを受け、レミアも真剣な面差しとなり聞く体勢になる。が、ふとその眉が驚いたように持ち上がった。

 そのレミアの表情の変化に、シンゴは開こうとしていた口を噤んで疑問げに眉を歪める。


「なんだよ?」


「いえ……その右目……」


「ああ、これの事か」


 納得の声を漏らして、シンゴは己の右目を覆うように手を当てた。

 レミアは、シンゴが中途半端な吸血鬼であると明かしたあの場にいなかった。故に、この反応も仕方ないというものだ。

 ただ、レミアには悪いが、今はシンゴの身体の事について説明している時間すら惜しい。なので――、


「詳しい話はまた今度だ。もしくは、ガルベルトさんにでも聞いてくれ」


「――――」


「――?」


 話を本題に戻そうとして口にした言葉、その中でガルベルトの名を告げた瞬間、レミアの瞳の奥に何か複雑な感情が渦巻いたのが見て取れた。

 しかしそれも瞬きの間に消え去り、「分かりました」と頷くレミアにより言及するタイミングを逃してしまう。

 気にはなったが、今は目先の問題の方が大事だ。


「んじゃ、さっそく本題の方に入らしてもらうぜ」


「レミアに、尋ねたい事があるんですよね?」


「そう警戒すんなって。別に吸血鬼が不利益を被るような事を聞くつもりなんてねえよ。むしろ、その逆だ」


「逆、ですか……?」


 警戒心を顕にするレミアに、シンゴは内心かなり動揺しつつも、苦労して平静を装って軽い調子で語りかける。

 その効果もあったのか、未だ警戒は抜け切らないものの、レミアも一応はちゃんとこちらの言葉に耳を傾けてくれる様子だ。

 そろそろ十分は経っている頃で、さっさとレミアの好感度を回復させ、どうにか撒かなければならない。その為の第一歩を、シンゴは意を決して踏み出した。


「――お前の姉、ラミアの事について色々と聞かせてくれよ」


「――ッ!」


 告げた瞬間、レミアの眉尻が一気に吊り上った。同時に膨らむのは、臓腑を掻き混ぜられるような威圧感――殺気だ。

 こうなる事は読めていた。故に、シンゴは冷や汗を流しつつも、レミアが早まった行動を起こす前に次の言葉を投げかける。


「待て待て、別にお前の考えているようなやましい意味じゃねえって! 単純に疑問に思っただけなんだよ! 俺から見て、ラミアはただの無邪気な子供にしか見えねえのに、なんでお前はそこまで崇めるように慕うのかなってさ!」


「……ラミアお姉さまを愚弄するつもりですか?」


「だから違えって! 俺はほら、これからここでずっと暮らしてかなきゃなんねえ訳じゃん! なもんで、お前らとも友好な関係を築こうと思ってだな!」


「だとしても、先のラミアお姉さまを侮るような発言を見過ごす訳には」


「――そこだよ、俺が気になってたのは」


 剣呑な空気を刻一刻と強めていくレミア、シンゴはその言葉を途中で遮るようにして指を一本立てた。

 そのシンゴの指摘を受け、レミアは疑問げに眉を寄せる。とりあえず、問答無用で襲い掛かっては来ない様子だ。レミアという少女が理性的で助かった。これがラミアならば、会話の余地もなかったかもしれない。


「さっきも言ったけど、俺にはラミアがお前の言うようには見えない。だけど、お前がそこまで言うって事は、俺にはまだ見えないラミアの何かがお前には見えてるって事だ。……ここで話を戻すけど、俺はこの先お前ら双子とは仲良くやっていきたいと思ってる。だから、教えてくれよ。お前が尊敬する、お姉さまの事をさ」


「――――」


「そしたらさ、俺もお前みたいにラミアお姉さまを崇める信者二号になるかもしれねえぜ? あ、もしかしてラミアの奴、俺が信者になる事も見越して『二号くん』なんてあだ名を付けたのか? だとしたら、レミア。お前の姉ちゃん、凄え奴じゃん」


 ニカッと笑い、親指を立てるシンゴの賞賛に、レミアの瞳が大きく見開かれる。

 そこには驚愕があり、混乱があり、動揺があり、しかし何より――抑え切れないほどの興奮があった。

 証拠に、目を丸くして固まるレミアの頬には朱が差している。それはまるで、自分の恋心を自覚してしまった乙女のようにも見えて――。


「――どうやらレミアは、シンゴさんの事を誤解していたみたいです」


「――っ」


 胸元に両手を引き寄せ、花が優しく開くようにレミアが笑った。その笑顔に、シンゴは思わず息を詰まらせる。

 基本的には無表情なレミアだが、リノアとは違い決して感情を表情に出さない訳ではない。特にそれが顕著に見受けられるのが、姉のラミアといる時だ。

 逆に言えば、ラミア以外との交流でその表情が動くところをシンゴはあまり見た事がない。出会ってまだ二日目なのだから、当然と言えば当然だが。


 ――故にこそ、この笑顔は不意打ちに近かった。


「どうしましたか? 顔が少し赤いようですけど」


「え? あ、いや、これは……ギャップの恐ろしさを痛感させられたと言いますか……なはは」


 誤魔化すように空笑いし、頭を掻くシンゴにレミアは不審げな顔だ。

 しかし一転、またもレミアは瞳に警戒の色を宿して「でも」と切り出すと、


「興味があるという事は、やっぱりシンゴさんは、ラミアお姉さまの事が……」


「いや、それはねえよ」


 レミアの疑いの眼差しに、シンゴは苦笑しながら即答。その考える素振りすら一切見せなかったシンゴに、レミアが目を丸くする。

 確かにラミアは、美少女だと断言できる美貌の持ち主だ。そしてそれは当然、彼女と双子であるレミアにも当てはまる。しかしそんな二人には、共通して言える事が一つあった。

 それは――、


「俺、年下には興味ねえんだよな」


「――――」


 シンゴの明かした理由に、レミアが黙り込んだ。

 そんな彼女を見てみれば分かるが、おそらくイチゴより一、二歳は下だろう。これがシンゴより一、二歳ならまだ許容範囲内だが、下手をすれば小学生とも取れる女の子相手にそんな気持ちになったりはしない。


「だから安心しろって。お前ら双子に下心なんて、ちょっとしか抱かねえからさ!」


「ちょっとは、抱くんですね。……やはり、身の危険を感じます」


「恋と性欲は別物、ってな!」


「最低な発言ですね。世の女性全てを敵に回すなんて、ある意味では尊敬します」


 ぐっとサムズアップし、ウインクと共に告げられたシンゴの下衆な発言に、レミアのシンゴを見る目は氷点下だ。

 そんな軽蔑の眼差しをシンゴに向けていたレミアだったが、直後に呆れた風に嘆息すると、


「残念ですけど、それでも信用はできません」


「ここまで身を削ったのに!?」


 先ほどの発言はもちろん冗談の範疇だ。思惑としては下衆な発言に強い印象を抱かせる事で、本命の年下は恋愛対象にならない、という部分をすんなり通そうとしたのだが、結果としてただシンゴの名誉が損なわれただけで終わってしまった。

 さすがに弁明しておこうかとシンゴが悩んでいると、レミアが先の否定、その理由を口にした。


「レミアとラミアお姉さまは、シンゴさんよりずっと年上ですから」


「…………そういえば、吸血鬼でしたね」


「はい」


 レミアの告げた理由を受け、シンゴはたっぷりと間を置いてから、自分の認識――その大前提が間違っていた事を悟る。

 なるほど、確かに吸血鬼は恐ろしい程に長寿だ。となれば、一見して少女に見えるこのレミアも、実年齢はシンゴより相当上であっても不思議ではない。


「ちなみに、レミアって何歳?」


「女性に年齢を尋ねるなんて、礼儀知らずにも程があると思います」


「ま、まあ、そうっすよね」


 頬を引き攣らせて笑うシンゴを、レミアは腕を組んで冷めた目で見てくる。

 まずい――そんな言葉がシンゴの脳裏を過った。このままでは、せっかく見えた光明を自らの失態で閉ざしてしまう結果になる。どうにかして、レミアを納得させるには――。


「――俺は」


「はい」


「お前らと恋仲になるくらいなら、イチゴと結婚する」


「…………」


 ――我が身を犠牲にするどころか、ほぼ自殺に等しかった。


 何とも言えないものを見る目でレミアがシンゴの事を見てくる。

 ここにきて、レミアの色々な表情を見られているように思う。割合としては、負の方面の表情が圧倒的に多いように感じるが。

 それに今の言い方では、二人の事を必要以上に貶しているようなものだ。反感を買ってもおかしくない。――そう、思っていたのだが。


「なるほど。どうやらイチゴさんの言っていた事は本当だったみたいですね。……分かりました。シンゴさんがラミアお姉さまにたかる虫ではない、それは認めてあげます」


「お前、今まで俺の事を虫と同一視してたのかよ。……あと、気になるから一応聞くけど、イチゴはお前になんて言ったんだ?」


「年々お兄ちゃんの愛が家族に対するものから逸脱してきているように感じる。そろそろ本気で兄妹の一線を踏み越えてきそうで気が気じゃない、と言ってました」


「心外!?」


 予想もしていなかった精神的ダメージに、シンゴの足がふらつく。が、膝を着くのだけは寸での所で堪え、気合で上体を持ち上げた。

 そして話を本筋に戻すべく、何でもない風を装いながら、


「俺の事は気にしなくていいから、ラミアの事について教えてくれよ」


「泣きながら言われても困るんですが……分かりました」


 全く以て何でもない風を装えなかったシンゴに呆れながらも、レミアは目を閉じると、「そうですね」と胸の前で祈るように手の平を組んだ。

 その頬はどこか嬉しそうに緩み、何から話そうか考えるその姿は、見ているこっちまで微笑みがこぼれてしまいそうで――。


「――?」


 ふとシンゴは、場の空気が変わった事を察知して頭の上に疑問符を浮かべた。

 部屋の中を見渡しても特に変わった所はなく、天井や床、廊下へ通じる扉にも変化は見受けられない。

 気のせいか、とレミアに視線を戻した瞬間、シンゴは身体の中心を電流のように確信が駆け抜けるのを感じた。


『シンゴ……おそらくだが』


『ああ……たぶん、俺は』


 異変に気付いたベルフが念話で話しかけてくるのに、シンゴも己の失態を悟って戦慄を滲ませた返答を返した。

 そう、おそらくシンゴは――、


『……地雷、踏んだかも』


 ――次の瞬間、レミアが爆発した。


「ラミアお姉さまはとっても、とってもとっても、と〜ってもすごいんです! 強くて、明るくて、優しくて、可憐で、頭も良くて、とにかく! 筆舌し難いほど最高で至高で最強なんですッ!!」


「ぃ――っ!?」


 パッと華やいだ笑みを咲かせ、詰め寄りながらレミアが早口にまくし立ててきた。その圧をもろに浴びて、シンゴは思わず身を引く。

 しかし、レミアはその開いた分を即座に埋め直してきて、


「それに比べレミアはダメダメです! 何を取ってもラミアお姉さまの足元にも及びません! いえ、そんな考え自体がおこがましいというものです! 反省です! でもまあ、胸はレミアの方が二ミリ大きいですけど……ですがそれは、ただ単にレミアが太っているだけなんです! つまり、レミアはデブ! 家畜以下ぁッ!!」


「ち、ちょっと落ち着けって……! あんましそんな大声上げると……!」


「いいえ、これが落ち着いていられますでしょうか! レミアはまだラミアお姉さまの全てを語り終えてません! あと、どうしてシンゴさんはぼけっと突っ立ってんですか!? ラミアお姉さまのありがたい武勇伝をこれから語ろうと言うのに、それが拝聴する者の姿勢ですか!? 正座してください! 今すぐ! そこに! おっちんしてくださいッ!!」


「お前キャラ大変な事になってんぞ!? あと、おっちんって何だよ!? いや、そんな事より、まじでこんな大声出してっと――」


「――どうなるのかなー?」


「「――ッ!?」」


 不意に響いた第三者の声、その聞き覚えのある声に、シンゴとレミアはぎょっとして扉の方へと目を向けた。

 いつの間にか開いていた扉、そこには――、


「レミアー? 二号くーん? ……やる気、あんの?」


 恐ろしい笑みを浮かべた鬼が、腕を組んで仁王立ちしていた。



――――――――――――――――――――



「ご、ごめんなさい、ラミアお姉さま……!」


「ツーン、だ」


 ――場所は戻って、中庭。


 現在シンゴの目の前では、機嫌を損ねたラミアにレミアが必死に平謝りする光景が展開されていた。

 レミアの姉演説の声が大きすぎたのが原因で、シンゴ達はあっさり見つかってしまったのだ。そして遊びに対し妙な矜持を持つラミアがへそを曲げ、かくれんぼは中断。そのまま中庭へ集合という運びとなったのが、事の顛末である。


「くそっ……あの部屋しか見れなかった……ッ」


『あの少女の姉への入れ込みが、まさかあれほどに強いとは想像もつかなかった。シンゴ、こればかりは仕方がない』


『仕方がないって……』


 悔しさに拳を握り締めていたシンゴに、ベルフが慰めの言葉を掛けてきた。

 レミアの姉に対する想いがあれほど強いとは、シンゴも想像もしていなかった。確かに、仕方がない。だが、仕方がないで終わらせられないのがまた、現在シンゴの置かれた状況だ。


『無論、それは分かっている。しかし、何も収穫が無かった訳ではないはずだ』


『……どういう意味だ?』


『当初の方針を忘れたか? 昼間に行うはずだった、吸血鬼に対する聞き込み。交渉に使えそうな情報は引き出せなかったが、それでもあの双子の事はある程度知る事が出来たはずだ。……特に、レミアという少女。あの姉を神聖視する部分は、今後何かに使えなくもないはずだ』


『――!』


 ベルフの念話を受け、シンゴは目を見開いてレミアに視線を向けた。

 レミアの、あのラミアに対する強すぎる想いは、上手く誘導出来ればレミアをある程度シンゴの思うように動かせるかもしれない。

 そういう意味では、確かにベルフの言う通り、収穫だったかもしれない。


『……まあ、出来ればそんな方法取りたくはねえけどな。それこそ、本物の下衆になっちまう』


 異常と称するに値するレミアの想いだが、しかしどこまでも純粋だった。レミアは、ラミアの事を、本当に心の底から尊敬しているのだ。

 それを利用するなど、あってはならない。ならないが、それでもいざという時は――、


『――まあ、今後の俺の頑張り次第って事か』


『ああ。まだ猶予はある。私も、より知恵を絞ろう。今回の件は、私の失態でもあるのだからな』


 前向きなベルフの言葉に、シンゴは背中を押されるような心強さを感じた。改めて、ベルフの存在のありがたさを痛感する。

 思い通りにはならなかったかくれんぼだが、前向きに捉えて今後の糧にしようと、シンゴが気持ちを新たにしていた時だった。

 どうやら、一応は許してもらえたらしいレミアが、肩を落としながらシンゴの前を通り過ぎようとした。


「……よし」


 シンゴは一瞬だけ考え、意を決するように頷くと、「なあ」とレミアの肩を叩いて呼び止めた。

 振り向いたレミアは、相変わらずの無表情だが、その紅の瞳は死んだように濁っており、シンゴは「うっ」と喉を詰まらせる。


「……できれば、レミアの事はしばらく放っておいて欲しいです」


「ま、まあ、失敗は誰にでもあるから、そんな気にすんなよ。――ああ、あと」


「――?」


「姉演説の続き、またいつか聞かせてくれよ」


「――っ」


 シンゴの頼みを受け、レミアが驚いたように目を見開く。やがて、幾分か調子を取り戻した様子で「はい」と頷くと、そのまま城内へと戻って行った。

 その後ろ姿を見送りながら、自分に対するレミアの好感度が改善された手応えに、シンゴはぐっと手の平を握った。


 ――その、直後。


「――あまり、深入りしない方が身の為よ?」


 耳元で囁かれたその声は、脳を甘く溶かすように妖艶な響きで以て、シンゴの鼓膜を優しく震わせた。

 ぞわりと、遅れて全身の産毛が総毛立つ感覚でシンゴは我に返った。そしてゆっくりと、その声の主である彼女――城の中へと戻るその背中に押し開いた目を向け、


「今の……ラミア、だよな?」


 その疑問に応える事無く、ラミアは城の中へと完全にその姿を消した。

 中庭には静けさが戻り、シンゴは世界から取り残されたような気分を味わいながら、ごくりと生唾を呑み込むと、


「――あ。イチゴ」


 完全に忘却していた妹の存在をふと思い出したのだった。


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