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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:18 『花瓶の上手な使い方』

 日が傾き、窓から差し込む朱色の光に照らされる中、その部屋では五人の男女が床の上で車座になって向き合っていた。

 そんな五人の中で最初に口を開いたのは、腕を組んであぐらをかく青年――カルド・フレイズだ。


「まぁ、色々あって、オレもいまいち状況を呑み込めてねぇ。だからまず、情報のすり合わせからやんぞ。いいな?」


「ああ」


 取り仕切るカズに簡潔な了承を返し、シンゴはちらりと部屋の扉を見た。

 扉の向こう側には、執事とメイド、二人の使用人が控えているのをシンゴは知っている。無論、その二人は吸血鬼だ。


 まるで監視されているみたいな状況だが、事実、シンゴ達は監視されていた。

 ある程度、声量を絞れば外に声は聞こえないかもしれないが、基本的に会話は筒抜けだと覚悟しなければならない。


「――その前に、だ」


 と、カズが本題に入る前に、そう前置きを入れる。

 その声にシンゴが視線を戻すと、カズはシンゴの隣に寄り添うように座る少女をまじまじと見ていた。

 カズが一体何を求めているのか察したシンゴは、隣に座る少女を親指で指差すと、


「たぶんもう分かってると思うけど、こいつが俺の妹」


「初めまして、キサラギ・イチゴです。お兄ちゃんがお世話になってます」


 そう言って、イチゴは丁寧にお辞儀し、にこりと微笑んだ。


「へー、意外かも。しっかりしてるわね。シンゴと違って」


 イチゴの挨拶を見て感心したような吐息を漏らすのは、カズの隣でぺたんと女の子座りしているイレナだ。

 そのイレナの評価に、シンゴは渋面となり、


「おい。俺と違ってって、どういう意味だよ?」


「どういう意味も、そういう意味よ」


 苦言を呈するシンゴに、イレナはすました顔で当然の事実を告げるように言う。

 不服げに顔を顰めるシンゴだったが、ここであまり時間は取りたくない。ため息と共に不満を吐き出し、イレナを指差すと、


「この生意気なのが、イレナ・バレンシール」


「なんですって!?」


 シンゴの意趣返しを込めた紹介に目を剥くイレナ。そんな彼女には取り合わず、シンゴはそのまま指を横にスライド。


「で、こっちがカルド・フレイズだ」


「カズでいいぞ」


「イレナさんに、カズさんですね。覚えました!」


 名を呼ぶごとに相手の顔を見て確認し、イチゴは胸の前で拳を握り頷いた。

 そんなイチゴの様子に、イレナとカズは同時に感嘆の吐息を漏らす。それにイチゴが首を傾げると、イレナとカズは互いに顔を見合わせてから、


「いや、マジでちゃんとしてんな、と思ってよ。……本当にシンゴの妹か?」


「まさか、義理の兄妹じゃないわよね?」


「お前ら……」


 血の繋がりを疑問視してくる二人に、シンゴは裏切られたようなショックを受ける。そんな兄の様子を横目に、イチゴはクスッと笑うと、


「よく言われますけど、お兄ちゃんとは正真正銘の兄妹ですよ」


「嘘だな」


「嘘ね」


「嘘じゃねえって!?」


 確信に満ちた二人の声に、シンゴは堪らず声を荒げる。

 それを受け、苦笑を浮かべたイレナが顔の前で手をひらひらと振り、


「冗談よ、冗談。ちょっと場を和ませようとしただけじゃない」


「…………」


 場を和ませようとした、そのイレナの言葉にシンゴは押し黙る。そして、この場でただ一人、会話に混ざってこない少女にちらりと目を向けた。

 そこには、抱えた膝に顔の下半分を埋め、床に視線を落として黙り込むアリスの姿がある。


 いつもの彼女なら、この会話に苦笑しつつも何かコメントを挟んだはずだ。しかし現在、アリスは心ここに在らず、といった様子で無反応である。

 そしてそのアリスのいつもと違った態度が原因で、先ほどから五人の間には少し気まずい空気が漂っていた。

 それを和ませる為だと言われれば、無理に抗議など出来ようもない。


「――それはそうとさ」


 話題を切り替えるようにそう切り出すと、シンゴはイレナに気遣うような視線を向けた。


「もう、大丈夫なのか?」


「――? ああ、うん。もう平気よ。この通りね!」


 最初は質問の意味が理解できずに首を傾げたイレナだったが、すぐにそれが何を指しているのかに気付くと、力こぶを作り笑顔で問題ないと応じた。

 イレナの空間を跳躍する特殊魔法『ゼロ・シフト』は、その汎用性の高さとは反面、多大な体力を消費するという代償を伴う。


 この神域に辿り着く前に雪原の行軍で体力を消費し、その上で『選別の境界』の突破、そして『白猿』の攻撃からカズを救う為に『ゼロ・シフト』を行使し、イレナはその体力を使い果たして気を失った。


 『ゼロ・シフト』の度重なる行使でイレナが倒れるのは今回が初めての事ではない。故に、体力の回復に要する時間もおおよそ把握済みだ。

 その過去の事例に照らし合わせると、イレナの復活はあまりにも早かった。


「――ちょっと、裏技を使ったのよ」


「裏技……?」


 シンゴの表情から何を考えているのか察したらしく、イレナが疑問に答えを提示した。しかしその答えは曖昧で、シンゴは無理解に眉を寄せる。

 するとカズが、そんなシンゴに助け舟を出してきた。


「ここでしか採れない果実や、『冥現山めいげんざん』に自生する薬草を調合して作る、気つけ薬みたいなもんをリンが持っててな。そいつをイレナに飲ませたんだ」


「待った。……『冥現山』ってなんだ?」


 裏技の正体、その概要を語るカズの言葉の中に聞き覚えのない単語を見つけ、シンゴはおうむ返しで尋ね返した。

 それを受け、カズは親指で窓の外――城の背後にそびえ立つ巨大な氷山を示し、


「あのでっけぇ氷山の事だ。ちなみにオレらを襲った魔物どもは、リーダー争いに負けて山から下りてきたはぐれらしい」


「……って事は、あれでまだ弱い方って事かよ」


 告げられた事実に、シンゴはごくりと喉を鳴らす。その時、カズの口から魔物という単語が出た瞬間、アリスがぴくりと反応した事には誰も気付かなかった。


「――っ」


「……イレナ? どうした、大丈夫か?」


 不意に、イレナが眩暈を起こしたようにふらついた。それを見て声を掛けるシンゴの眼前で、イレナは頭に手を当てて首を振ると、


「……平気よ。たぶん、副作用がきたんだと思う」


 どこか気怠そうな顔を上げ、イレナは先刻までの覇気を欠いた弱々しい声で、決して聞き逃せない事を述べた。

 その発言に目を見張り、シンゴはイレナの言う副作用が何を発端としているかに気付くと、小さく息を呑んだ。


「副作用って……まさか、薬のか?」


「……うん、そう。リンが言うには、今のあたしは元気を前借りしているような状態らしいの。そしてその前借りした分の反動が、ちょうど今きたみたい。だけど、別にこれくらいへっちゃらよ。体力には自信があるんだから、あたし」


「…………」


 気丈に笑ってみせるイレナだが、かなり無理をしているのは容易に察せた。

 気を失うほどに消費した体力を瞬く間に回復させる、そんな強力な効能を持つ薬に何のデメリットもないはずがない。


「なに辛気臭い顔してんのよ、シンゴ」


「イレナ……」


「別に、あんたに責任はないじゃない。それでそんな顔されちゃったら、こっちが申し訳なくなるわよ」


「……悪い」


「だから……はぁ、もう」


 弱り顔になるシンゴに、イレナは疲労の滲む顔で苦笑。そして切り替えるように肩を竦めると、辟易とした風に吐息して、


「まあ、こうして未来のあたしの元気を借りて無理して来たはいいけど、結局このあとはとんぼがえりなのよね」


「――――」


 とんぼがえり。イレナの漏らしたその言葉は、逸らし続けていた現実をシンゴに否応なく直視させた。

 事は、三十分ほど前にまで遡る――。



――――――――――――――――――――



 その部屋の中には、殺伐とした空気が漂っていた。そしてその中心で口論を繰り広げるのは、キサラギ・シンゴとアリス・リーベだ。

 しかしその口論は、二人の闖入者によって中断させられた。


「カズ……イレナ……!」


 シンゴは目を見開き、開かれた扉の前に立つ二人の名を呼ぶ。

 そういえば、カズは必ずあとから追いつくと言っていた。とは言ってもそれは、イレナが目を覚まし、動けるレベルにまで回復してからの話だ。

 いくらなんでも早すぎる。そう思うも、カズの隣に立つイレナは顔色も悪くなく、しっかりとその足で床を踏み締めている。


「――ご友人、ですかな?」


「――!?」


 その声にシンゴが慌てて振り返ると、そこには鋭い眼差しをカズとイレナに送るガルベルトの姿があった。

 吸血鬼であるシンゴとは違い、カズとイレナは紛れもなく人間だ。その事実が露見すれば、ガルベルトは二人をどうするか。

 おそらくシンゴ達にとって、良くない展開になるだろう事は想像に難くない。


「――ッ」


 数瞬前までアリスと口論していた事さえ忘れ、シンゴは咄嗟に二人の素性をごまかそうと――否、それではダメだ。素性について追及されぬように、上手くガルベルトを誘導しなければならない。

 二人の突然の登場によって受けた驚愕、それで冷やされた頭をフル回転させ、シンゴは素早く最優先事項を導き出した。


「――ああ、二人は俺の」

「人間、ですな」


「――ッ!?」


 呆気なく、シンゴの目論見は崩れ去った。

 問答の過程をすっ飛ばし、その慧眼で二人の素性を容易く見抜くガルベルト。その瞳が危険な色味を帯びるのを見て取り、シンゴは息を詰まらせた。


「――待って、ガルベルトさん」


 シンゴが最悪のビジョンを脳裏に過らせた直後、険悪な空気を打ち破って響く少女の声が待ったをかけた。

 少女はこの重圧の中でも怯む事無く、その殺気を最も強く放っているガルベルトの前にまで堂々と歩みを進める。そしてその青みがかった瞳で、ガルベルトの真紅の双眸を見上げるように見据えた。


「お願いします。どうか、殺さないで下さい。……もし、私の願いが聞き入れてもらえないなら」


 少女――イチゴはすぐ横にある長机、その上に備えられていた花瓶を手に取ると、机の角で勢いよく叩き割った。

 磁器の割れる甲高い音が部屋に響き、破片が床に散らばる。そうして、花瓶を叩き割って手に残った鋭い破片、イチゴはそれを自分の喉元に突き付けた。


「――私は、ここで死にます」


「ば……バカ野郎ッ!!」


「お兄ちゃんは黙ってて!」


 妹の暴挙に目を剥いて叫ぶシンゴ。しかしそれをイチゴはぴしゃりと一喝。

 先ほどのシンゴの感情任せのものとは違い、その声ははっきりとした理知を宿して放たれた。

 有無を言わせぬイチゴの迫力に、シンゴはぐっと口を噤む。


 そうしてシンゴが黙れば、この場には沈黙が落ちる。

 おそらく、この中で最も弱いはずの一人の少女。しかし当の本人は、誰にも負けない強い光を瞳に宿し、自分より圧倒的に強者である吸血鬼を睨みつける。


「――――」


 ガルベルトは、己自身を人質に脅迫してくるイチゴを見つめ、目を見開いたまま二の句が継げない様子だ。

 鋭い破片の切っ先が押し当てられた首筋、その白い肌を一筋の赤い血が伝う。それを目で追いかけたガルベルトは、直後に視線を戻して息を詰めた。

 いつの間に移動したのか、イチゴとガルベルトの間に、一人の少年がその矮躯を割り込ませていた。


「……リノア様」


 主である少年の名を呼び、ガルベルトが眉根を寄せる。それをリノアは無機質な瞳で見つめながら、ゆっくりとその小さな唇を開いた。


「イチゴ、死ぬ。我、イヤだ」


「…………」


 白髪を揺らして首を横に振り、リノアは子供のような感情論を口にした。

 そんな主をガルベルトはしばし黙って見つめ、やがてその目を閉じると、力を抜くように吐息した。


「なるほど、これがイチゴ様の狙いでございましたか。……私の完敗でございます。お二方には何も致しませぬ」


 両手を上げて、ガルベルトは降参のポーズを取る。それを受け、イチゴがへたり込むように座り込んだ。

 シンゴは慌てて妹の下へ駆け寄り、その場にしゃがみ込んでイチゴに目線を合わせた。するとイチゴは、どこか放心したような目をシンゴに向けてきて、


「あ、はは……腰、抜けちゃった」


「……無茶しやがって」


 力なく笑うイチゴをシンゴは抱き寄せる。触れてみると、その身体が小刻みに震えているのを感じられた。


「……えっと、あたし、まったく状況が呑み込めてないんだけど」


「安心しろ。……オレもだ」


 完全にこの状況から取り残されているカズとイレナがそんな言葉を交換する。

 正直に言えば、シンゴも今がどういう状況になっているのか、はっきりと認識できているか怪しい。まだ頭の中はごちゃごちゃしており、先ほどのアリスとの衝突で掻き混ぜられた感情も上手く整理できていない。

 ただ、一つだけ分かる事もある。それは、イチゴのおかげで、最悪の結果になるのだけは避けられたという事だ。


「――ガルベルトさん」


 ぎゅっと目を瞑り、混乱する思考を保留という形で先送りにし、シンゴは顔を上げてガルベルトを見た。

 視線で先を問うてくるガルベルトに、シンゴは慎重に言葉を選びながら、


「さっきの言葉……とりあえず、信じていいんですね?」


「ええ、シンゴ殿のご友人に危害は加えませぬ。――ただし、いくつか条件がございますが」


「条件……」


 みすみす見逃して貰えるとは考えていなかった為、ガルベルトが条件を持ち出してきた事についてはそこまで驚きはなかった。

 シンゴは警戒を強めながら、無言でその条件とやらの概要を待つ。それを見て、ガルベルトは立ち尽くすカズとイレナに目を向けた。


「まず、確認しなければならない事がございます」


 その言葉に身構えるカズとイレナ。そんな二人を観察するように眺めながら、ガルベルトが問うのは――。


「人の身であるはずのお二方は、どうやって『選別の境界』を越えてこの神域へ入られたのでしょうか」


「それは……」


 やはりと言うべきか、ガルベルトの質問はその件についてだった。

 そしてイレナが言いよどむように口を開いてしまった事から、おそらくイレナが鍵を握っている事には勘付かれてしまっただろう。こんな状況では事前に注意を促す事も出来ないのだから、彼女の失態を責める訳にはいかない。

 焦点は、彼女の奥の手である『ゼロ・シフト』を明かすかどうか、その一点に当てられる。


 そして、イレナの選んだ答えは――。


「べ、べつに、普通に通れたけど?」


「…………」


 見え見えの嘘をつく、だった。


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