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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:15 『千八百年前』

 話し合いの結果、アリスは『真祖』と『従者』の間に生まれるという『混血』に分類される事が判明した。

 そしてそれは、アリスに『真祖』と『従者』の親が存在する事を意味しており――。


「実を言いますと、私はアリス嬢と非常に似ている吸血鬼を知っております」


「――!? そ、その人は――ッ!?」


 ガルベルトの言葉に目を見開き、身を乗り出したアリスが大きな声を上げた。

 アリスのその反応も仕方ないだろう。なにせ、自分に似ている吸血鬼だ。もしかして、肉親なのでは――そう考えるのが自然だ。

 その点で言えば、リノアもアリスとは瓜二つなのだが――。


 ともあれ、机の上にその慎ましい胸を押し付けるようにして、限界まで身を乗り出すアリスに、ガルベルトは苦笑して『落ちつけ』のジェスチャー。

 それを受け、アリスは遅まきながら自分の体勢に気付き、恥ずかしげに頬を赤くして席に腰を下ろした。それを見届け、ガルベルトが先の質問に答えるべく口を開く。


「リアス・ブラッドグレイ。――リノア様の姉君でございます」


「リノアの……お姉さん?」


 そう呟き、アリスがリノアに視線を向けると、いつの間に取り出したのか、リノアはクッキーらしき菓子を頬張っていた。そしてアリスの視線に気付くと、リノアはリスのように丸くなった顔をこくりと頷かせ、


「いぁふ、わぇおあえ」


「……なんだって?」


「『リアス、我の姉』だってさ」


「なんで分かんだよ」


 リノアのくぐもった言葉を難なく翻訳してみせたイチゴに、シンゴは呆れながらツッコミを入れる。

 しかし、ここで新たな名が出てきた。『リアス・ブラッドグレイ』。リノアの姉と言うならば、なるほど。実際にその尊顔を拝まなくとも、アリスと似通った顔をしている事は容易に想像できた。


「――その人の事を、教えて下さい」


 どこか希望を見つけたような、そんな光を瞳に宿しながら、アリスが言った。

 請われた相手、ガルベルトはどこか懐かしむように遠い目をして、やがてその瞳の色を真紅に戻してアリスを見ると、


「それにはまず、今より千八百年前にまで遡らねばなりません。同時にそれが、アリス嬢の求められる答え、その解の一つとなりますでしょう」


 千八百年前――それは気の遠くなるような数字で、しかしその太古の史実を紐解かねば、アリスの望む答えは得られないとガルベルトは言う。

 故に、アリスの応答は必然――。


「聞かせて、下さい」


 真剣な顔で、しかし緊張と興奮を滲ませ、アリスは遠い過去について要求した。その力強い声に、決意の宿る瞳に、ガルベルトはふっと相好を崩すと、


「分かりました。お話しましょう。――我々、吸血鬼の起源を」


 そう前置きして、ガルベルトは机の上に視線を落とすと、ゆっくり語り始めた。



――――――――――――――――――――



「今より千八百年前、邪なる神がこの世界に降臨しました」


「世は混沌に染まり、多くの血が流れ、絶望が全てを支配しました」


「人々は強大な神の暴威に対し、ただただ無力でございました」


「しかし、全ての者が膝を折り、いずれ訪れる破滅に怯える訳ではなかったのです」


「――神に抗う者らが、現れた」


「災厄を退け、最悪の未来を塗り替えんと奮起した彼らは、邪神と戦う為に力ある者らをかき集め、金色の巫女と結託し、凄絶な死闘の末、邪神を次元の狭間、その奥深くへと封印する事に成功しました」


「これが聖戦と呼ばれる、神と人の戦でございます」


「――しかし、邪神は封印される間際、神に矛を向けた者らを等しく呪ったのです」


「その呪いは、戦に参加していなかった彼らの血族にまで及びました」


「老いず、容易に死なず、子も成せない。しかし、その身体は人の身に余る力を宿しており、最初はほとんどの者が呪いを軽視しました」


「それでも、緩やかに過ぎ行く時の流れが、やがて彼らに呪いの恐ろしさを自覚させたのです」


「どれだけ苦痛に喘ごうとも、その身体は死という安寧を遠ざける」


「安寧を得るには、更なる苦痛を積み重ねなければならない」


「老いの先に訪れる安らかな解放すら、その呪いが決して朽ちぬ肉体に魂を縛り付け、望めない」


「かつての英雄たちは、そのほとんどが悠久の時の経過に精神を摩耗させ、果てには苦痛と絶望を高く積み上げ、そこから飛び降りて自決する道を選びました」


「そして子が成せない以上、その血は緩やかに、確実に、潰える運命へと向かうしかなかったのです――」



――――――――――――――――――――



「――以上が、『真祖』が生まれ、そして如何にしてその数を減らしていったかでございます」


 吸血鬼の起源、『真祖』が如何にして生まれたのかを聞き、シンゴはただ黙り込むしか出来なかった。アリスも、イチゴも、シンゴと同じ状態だ。

 それも当然と言えば当然だ。なにせ、『神』などと言う荒唐無稽な存在が出てきた上に、その神の呪いによって『真祖』は魂をすり減らし、最後にはその身の再生力を上回る『傷』を自らに与え、自死の道を選んだというのだから。


「その、『真祖』は……今は、どうなって?」


 シンゴのこぼしたその掠れた問いには、様々な疑問が込められていた。

 はっきり言ってシンゴ自身、どういう答えを求めての質問だったのか、自分でもはっきりとは分からない。

 しかし、ガルベルトはそんなシンゴの問いに答えを返した。


「『真祖』は今、たった一人を除いて、他には一人も存命しておりませぬ」


「た、たった……一人?」


 驚愕に喘ぐように、目を見開いたアリスが震える声でそう漏らした。

 愕然となるアリス、そんな彼女から視線を外し、ガルベルトは机の端に座る少年へと目を向けた。


「その一人というのが、リノア様でございます」


「――!?」


 告げられた事実に、息を呑むのはガルベルトとリノアを除いた三人。その三人分の驚愕の眼差しを向けられたリノアは、無言で、無表情のままだ。


「先ほど述べた神に抗った者らと言うのが、ブラッドグレイの血族でございます。そしてその唯一の生き残りにして、唯一の『真祖』であるリノア様が、大神官の座に着かれるのは必然の事」


 リノアの素性と吸血鬼内における立ち位置、それを述べ終えたガルベルトだったが、やがてその瞳を物憂げに細めると、


「リノア様は、『聖戦』には参加されておりませんでした」


「え、でも、それだと……ぁ」


 呪われないはず――そう言おうとして、シンゴは先ほどガルベルトの語った中に答えがあった事を思い出し、小さな声を漏らした。

 聖戦に参加していなかった血族にまで呪いは及んだと、そうガルベルトは述べた。そしてその神と戦わずして呪いを受けた血族、その一人こそが、リノア・ブラッドグレイなのだ。


 しかしそうなると、一つ疑問が生まれる。それは、他の『真祖』が耐え切れなかった呪いの業に、リノアは耐え切ったという事実だ。

 先ほどからその様子を窺うに、リノアの精神年齢はかなり幼い印象を受ける。そんな彼が、呪いの重みに耐えきれるのか、それが疑問に思えた。


「――リノア様は、眠っておられたのです」


「眠って、いた……?」


 シンゴの抱く疑問に対し、ガルベルトが的確な答えを提示した。それに抜け切らない戦慄を残したまま、シンゴは言葉の意味が分からず眉を顰める。

 そんなシンゴの反応に、ガルベルトは視線を机の上に落としながら語った。


「今よりおよそ八百年前、『真祖』が呪いの重みに耐え兼ねて徐々にその数を減らしていく中、リノア様はお一人だけ封印という形で眠りにつかれたのです」


「封印……」


 呟いて、シンゴはリノアに目を向けた。

 相変わらずのその無表情からは、一体この少年が何を考えているのかはさっぱり読み取れない。しかし、その目はどこか遠く、こことは違う時を眺めているようにも見えた。


「残念ながら、その封印は永久に続く類のものではありませんでした。リノア様が再び目覚められたのは、つい最近の事です。そして、目覚められたリノア様は」


「――家出しちゃって、その先で私に会ったんだよね」


「――!」


 血の呪い、その呪縛から遠ざけられたリノア。しかし封印は解け、リノアは再び目覚めた。そう語るガルベルトに続いて、イチゴの口から衝撃の事実が飛び出した。

 思わず息を詰めて瞠目するシンゴに、イチゴは苦笑しながら当時の事を語った。


「この世界に飛ばされてすぐ、私、リノアに出会ったの。そして色々あって、なんかえらく気に入られちゃってね? ほとんど連れ去られる形でここへ……」


「そんな、事が……」


 イチゴが何故この城にいるのか、それはずっと聞こうと思っていた事だ。しかしこの場では自重して、後でゆっくりと聞こうと考えていた。

 まさかそれが、こんな形で語られるとは思っておらず、シンゴは期せずして得られた疑問への解答に、ただただ驚くしかない。


「――少し、話が逸れてしまいましたな」


 そう言うと、ガルベルトは手を二度ほど叩いた。乾いた音が部屋の中に響き、その突然の行動にシンゴが目を白黒させていると、「失礼します」という丁寧な声と共に、部屋の扉が開かれた。

 現れたのは、執事服に身を包んだ男二人と、メイド服に身を包んだ女二人、合わせて四人の使用人だった。


「長話ばかりでは喉も乾きますでしょう。続きは喉を潤してから、という事でいかがでしょうか?」


 休憩を挟む事を提案するガルベルトの言葉を受けて、シンゴは自分の喉が猛烈に渇きを訴えている事を自覚した。

 ごくりと唾を飲み込み、自らの唾液で束の間の潤いを喉にもたらす。しかしそれは、本当に束の間のその場凌ぎ以外の効果は生まない。


 ちらりとアリスを見てみれば、彼女は不満そうに唇を引き結び、話の続きを求めている様子だ。

 それもそのはずか。今しがた語られたのは、吸血鬼の起源であり、アリスの問うた『リアス・ブラッドグレイ』の事は一つも出てきていないのだから。

 そんなアリスに対し、喉を潤したいなどと口に出来ず、ガルベルトの申し出に答えを返せぬままシンゴが固まっていると――、


「あー、私もちょうど喉が乾いてたんだよね! まだ先は長そうだし、アリスさんも休憩したらどうかな?」


「我も、喉、カラカラ」


 シンゴの事を察してくれたのか、それとも本当に喉が渇いていたのか、イチゴが休憩に賛成の声を上げると同時に、アリスにも勧めた。

 そしてリノアも休憩に賛成となれば、さすがにアリスも頷かざるを得ないと感じたらしく、不承不承といった表情で頷くと、


「……ボクも、少し喉が渇いた、かな」


 とうとう折れて賛成票を投じるアリス。その様子に苦笑してから、ガルベルトが部屋の入口で待機していた四人に目で合図を送ると、それを受けた使用人たちが恭しく礼をしてから入室してきた。

 彼らはてきぱきとした流れる動作で五人分の飲み物、そして簡単な菓子類を用意。やがてそれが終わると、再び綺麗な礼を残して退出していった。


「――今の人らも、吸血鬼ですか?」


「はい、そうでございます」


 目の前に置かれた紅茶のような飲み物、そこから立ち上る湯気を眺めながら、シンゴは今の使用人たちの素性について尋ねた。

 それに優雅な所作で紅茶を口に運ぶガルベルトが肯定の言葉を返すが、彼から答えを得ずとも、使用人らの素性はその真紅に染まる瞳を見れば一目瞭然だった。


「ここの人……吸血鬼たちは、みんなあんな感じなんですか?」


「いえ、個々人の能力や適性に応じ、それぞれ役職を与えております。ただ、この狭い神域の中で出来る事は限られます故、ほとんどの者は使用人のような立ち位置ですな」


 あんな感じ、それをガルベルトは使用人たちの立場について聞かれたものと受け取ったらしいが、シンゴの聞きたかったのは別の事だ。

 メイドの一人の目を見た時、シンゴは激しい衝撃を受けた。そのメイドが美しかったから見惚れてしまったのではない。無論、美女に分類される美貌をしていたのは確かだ。しかし、シンゴが戦慄したのはそこではない。


 ――メイドの目が、恐ろしく冷めていたのだ。


 まるで生きる事に疲れてしまったような、どこか諦念にも似た悟り。時の流れに削られた魂が放つ歪な光。あの瞳の奥から漏れ出たその一端を垣間見た。

 シンゴは熱い茶を冷まさずに口へ運び、その熱で舌先を苛める事で意識を逸らす。身体の震えを、悟られないように。


 その後は特に会話もなく、それぞれが飲み物と菓子を堪能し、ちょうどカップが空になったタイミングで、ガルベルトが話の続きを語るべく口を開いた。


「リアス様は、『聖戦』の最前線で戦いになられました。それ故に、最も強くその身に呪いを受けた方でもあります」


「……最も強くとは、それはつまり、どういう意味ですか?」


 とうとうリアス・ブラッドグレイの名が出てきて、アリスは少しでもその人の事を知ろうとしているのか、貪欲に疑問を挟んでいく。


「そのままの意味でございます。彼女の呪いは『真祖』の中で最も色濃く、そして彼女こそが吸血鬼の中でも最強の存在でした」


 最強の吸血鬼――聞こえはいいかもしれないが、それは逆に、呪いの業も最も重かったという意味だ。その苦痛は、辛さは、当人にしか分からない。

 それと、ガルベルトの話しぶりから察してしまった。おそらくその、吸血鬼の中で最強と謳われたリアス・ブラッドグレイは、もう――。


「その人はもう、この世にいないんですか……?」


 シンゴの考えていた事と同じ結論に達したらしいアリスの問いかけに、ガルベルトは沈黙を選択した。しかし沈黙とは、ほとんど肯定と同義だ。

 半ば確信したような問い方だった事から、アリスもリアス・ブラッドグレイが既に故人であるとは察していたのだろう。しかし、実際にそうだと聞かされたアリスは、目に見えて落胆していた。


 肩を落とし、視線を落とし、顔にも暗い影を落とすアリス。同時に、重たい沈黙が満たされようとしていた。しかしそれを嫌うように――実際、彼女は暗い雰囲気が嫌いだ。それは最も彼女と付き合いの長いシンゴがよく知っている。

 故にこそ、キサラギ・イチゴは、重苦しい沈黙が場を支配する前に、細い糸を手繰るようにして会話を繋げた。


「呪いが強いって事は、再生能力も強いって事で……簡単には死ねない、ですよね? それでも亡くなったって事は、何か他に理由が……」


 躊躇いがちにイチゴが触れたのは、最強の吸血鬼の死因についてだった。

 しかし、言われてみればそうだ。イチゴの推測にもあった通り、呪いが強いとなれば、他の吸血鬼より自害は容易くない。となれば、何かしらあった事になる。


 ――最強を殺すほどの、何かが。


 それは、ほとんど願いのようなものなのかもしれない。だって、悲しいではないか。自らを苦痛の頂きに押し上げてでも、死を選ぶその在り方など。

 結果的に死を迎えたのだとしても、自殺以外の何かであって欲しいと。死を納得できるだけの、他の根拠が欲しいと。


 それは、悲しい現実から目を背けたいだけで、ただの逃げである。そう言われてしまえば、それで終わりなのも理解している。

 それでも、そうだとしても、アリスがずっと望んでいた答えの内の一つが、こんな悲しいだけの話では終わって欲しくなかった。


「――一つ、勘違いを正しましょう」


 縋るような目を向けられたガルベルトは、指を一本立ててそう前置きすると、


「リアス様は、亡くなってはおられません」


「――!? それは……なら!」


 先の沈黙を肯定と受け取ったのは、単なる早とちりである。そう事実を正すガルベルトに、アリスが希望を得たように表情を明るくさせるが――、


「残念ながら、事情はより複雑です」


「――え?」


 首を横に振るガルベルトの言葉に、アリスから困惑の声が漏れた。

 眉を顰めて押し黙るアリスを見ながら、シンゴも彼女と同等に困惑する。なにせ、死よりも複雑な事情だ。死とは終幕であり、忌避すべきものであり、嘆かわしいものだ。それを凌ぐ事情など、あるのだろうか。


「その、事情って……」


 硬直して言葉を継げないアリスに代わり、シンゴが問いを発する。それを受け、ガルベルトは神妙な面持ちでゆっくり口を開くと、


「――リアス様は、八百年前より、ずっと行方不明なのです」


「行方……不明?」


 告げられたその事実に、シンゴ達は揃って息を呑んだ。

 最強にして、最凶の運命を背負った吸血鬼、リアス・ブラッドグレイ。その彼女が消息を絶つ事になった経緯、それがガルベルトの口より語られる。


「今より八百年前、一人の『真祖』がその身を器に、邪神を――『DCL16』を再臨させた事により、悪夢の幕は再び上がったのです」




 千八百年前に起きた神と人の戦い――『聖戦』。

 秒針は更に千年を刻み、時は再び過去――八百年前にまで遡る事になる。


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