第4章:14 『混血』
「――ではまず、軽くお互いの自己紹介から入る事に致しましょう」
そう切り出すのは、シンゴの隣に座るガルベルトだ。
そのガルベルトの提案に頷き、シンゴは「そんじゃ」と口を開いて先陣を切る。
「俺はキサラギ・シンゴ。もう分かってると思うけど、イチゴの兄だ」
「そして、私がそのキサラギ・イチゴ。お兄ちゃん……キサラギ・シンゴの妹です」
簡潔なシンゴの自己紹介。それを引き継ぐ形で、後半で引き合いに出されたイチゴが自分の自己紹介を繋げた。
シンゴは当然の事ながら、ガルベルトとリノアの二人も、既にイチゴの事はよく知っているはずだ。
アリスもイチゴとの面識はあるはずだが、あの刹那の邂逅だけでは正しくそうとは言えないだろう。
イチゴもそう思ったのか、今の自己紹介は隣のアリスを見ながらだった。
一方のアリスは、そんなイチゴの自己紹介に対し、先ほどまでの不機嫌そうな表情を緩め、口元に柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。
「ボクはアリス・リーベ。キミとはあの神社で会った事があるけど、初めまして、がしっくりくるかな?」
「あ、やっぱりあの時の人なんだ!」
やはり一瞬の邂逅だった為に確証が持てなかったらしく、記憶の人物がアリスで間違いないと確信を得ると、イチゴは両手を叩いて安堵の笑みを浮かべた。
しかし、対するアリスは申し訳なさそうに苦笑すると、
「あの時、間に合わなくてゴメン。その所為でキミが、この世界でどれだけ苦労したかと思うと、ボクは……」
あの神社での一件について触れるアリスに、イチゴは静かにかぶりを振った。
「アリスさんが気に病む事なんて全然ないですよ。確かにあの後は色々大変だったけど……でもこうして、ちゃんとお兄ちゃんが迎えに来てくれましたから!」
「……でも」
それでも納得しようとしないアリスに、イチゴは正面から真っ直ぐ、その不安に揺れる真紅の瞳を見据えた。
「それに、私はちゃんと見てましたから。アリスさんが物凄いスピードで、私とお兄ちゃんを助けようと懸命に走って来てくれる姿を」
「――――」
イチゴのその言葉に、アリスの瞳が大きく見開かれた。
言葉を失うアリスに、イチゴは肩を竦め、どこかおどけるような仕草で続ける。
「あんなに足の速いアリスさんでも間に合わなかったんですから、それこそ他の人じゃ絶対に間に合いませんよ!」
そう言うと、イチゴは「でも」と繋いで、シンゴを横目に見た。
「お兄ちゃんは間に合った……そうですよね?」
「――!」
イチゴの問いかけにアリスは息を詰めると、やがて複雑そうな面差しでシンゴをちらりと見てきた。
その視線に対しシンゴが何か言葉を返す前に、アリスは視線を逸らしてしまう。開きかけた口を閉じるシンゴの前で、アリスは少しぎこちない笑みをイチゴに向けた。
「そう、だね……」
「――――」
「いや、睨まれてもさ……」
先ほどのやり取りと、シンゴ以外には普通に接するアリスの態度から、イチゴはシンゴが何かしでかしたのだと判断を下したらしい。
シンゴもおそらく自分が悪いのだとは察しているが、その理由にまだ辿り着けていないのだ。故にシンゴは、無言で睨んでくるイチゴの糾弾に対し、ただただ困った顔で頭を掻くしかない。
「――先に進めても?」
「あ、はい……すいません」
早々に雲行きが怪しくなってきた所で、ガルベルトから助け舟が入る。
その助け舟に軽くキョドりながら乗り込むシンゴの横で、ガルベルトは「では」と自分の胸に手を当てた。
「私はガルベルト・ジャイルと申します。この城にて、執事長をさせて頂いております」
「……ジャイル?」
「私の家名に何か?」
「い、いえ! 遮ってすみません、先に進めて下さい!」
「もう、お兄ちゃん……」
助け舟を自ら沈没させたシンゴに、イチゴから呆れた風に嘆息が落とされる。
しかし、今のは仕方がないだろう。なにせ、ガルベルトの家名――『ジャイル』とは、『トランセル』にて面識のある一人の老人の家名だったのだから。
とは言っても、苗字が被るなど往々にしてある事だ。故に、シンゴが質問するべきかどうか決めかねていると――、
「最後になりましたが、我が主の紹介をさせて頂きます」
ガルベルトが次の紹介へと移った事で、質問を挟むタイミングを逃してしまう。
とりあえず質問は後回しにする事にして、シンゴも最後の紹介人物――リノアへと視線を向けた。
そうして全員の視線が集まったところで、ガルベルトが恭しく述べる。
「我ら神官、吸血鬼の頂点に君臨される大神官――名を、リノア・ブラッドグレイ様と申されます」
「えっへん」
「威厳ねえ……」
相変わらずの無表情で胸を張るリノアからは、残念ながらガルベルトの述べたような大仰な威厳は一切感じられない。
一体この少年のどこに、ガルベルトのような人物が崇めるにたる要素があるのだろうか。はっきり言って、今の所その要素は皆無と言っていい。
紹介したガルベルト本人ですら、難しい顔で固まってしまっている始末だ。
「と、とりあえず、これで全員の紹介は終わったわけだ。んで、どうしても最初に聞いておきたい事があんだけど……」
何とも言い難い沈黙が場を満たす中、シンゴは恐る恐る手を挙げた。それに、ガルベルトから「どうぞ」と許しが出るのを受け、シンゴはアリスを見る。
相変わらずシンゴには無言かつ無表情を貫き、目も合わせようとしないアリス。そんな彼女について聞いておきたい事があったのだ。
それは――、
「アリスの体調不良……どうやって治したんですか?」
先ほどから心配でちらちらと様子を窺っていたが、アリスは特に無理をしている風でもなかった。という事は、本当にアリスの体調は回復したのだろう。
しかし、あれはただの風邪などではなかった。症状は近しい部分もあったが、吸血鬼の性質が弱体化される風邪など聞いた事がない。
シンゴ自身どれだけ寝ていたか定かではないが、それほど長くないはずだ。そしてその短時間の間にアリスは回復した。その治療法と病の正体が気になったのだ。
そしてその治療法と病の正体は、シンゴの想像もしていなかったものだった。
「アリス嬢のあの症状は、血の呪いが原因です」
「血の、呪い……?」
完全に想定外の答えがガルベルトから返ってきて、シンゴは首を傾げた。
そのシンゴに、ガルベルトは「はい」と頷き、
「我々神官……吸血鬼は、その呼び名の通り血を吸わねば、自らの血に受けた呪いによって地獄のような苦痛を味わい続ける、という業を背負っております」
「それ、は……」
初耳、だった。まさか、吸血鬼の血にそんな呪いがあったなど。
絶句し、二の句の継げないシンゴの隣で、ガルベルトは眉を寄せた難しげな顔をアリスへと向けた。
「呪いは一般的な風邪のような症状に始まり、やがて吸血鬼の特性を著しく低下させます。そして最後には、苦しみは全身をつんざくような地獄の痛みとなり、血を吸わない限りそれが永遠に続き、症状は進行し続けます」
血の呪い――その恐るべき概要に、シンゴは戦慄に見舞われ瞠目する。
するとガルベルトは、その不審げな眼差しをアリスに向けながら、「だから不思議だ」と不可解な事を口にした。
それに隣でシンゴが首を傾げると、ガルベルトはちらりとシンゴに視線を寄越し、すぐにアリスに戻すと、
「吸血鬼の肉体が呪いに蝕まれ始めるには、ある程度の猶予がございます。その猶予には個人差があり、半年の者もいれば、一年近く平気な者もおります。故に通常、己の呪いのスパンを把握し、定期的に血を摂取して呪いに蝕まれぬようにするのです。……しかし」
「たしかアリスは、一度も血を吸った事がなかったんじゃ……」
「それが問題なのです」
ハッと思い出したようにこぼしたシンゴの呟きに、ガルベルトが神妙な面持ちで頷いた。
過去に一度アリスに聞いた事がある。吸血鬼と言うからには、血を吸った経験があるのか、と。しかしアリスは、自分は血を吸った経験もなければ、吸血衝動に襲われた事もないと答えた。
あの時は、それで問題がないなら――と思ったが、しかし今回、その身に流れる血はアリスに牙を剥いた。
「その、呪いの症状が出始める期間は個人差があるって言いましたけど、アリスの場合はそれがちょうど今だった、って線は……」
「いえ、確かに個人差はあると先ほど申し上げましたが、十年以上も呪いの症状が現れないなど、いくらなんでも有り得ない。長い者でも、二年が限界でした」
「なら、どうして……」
シンゴは困惑を宿した視線をアリスに向けるが、アリスは難しい顔で黙り込むだけで、相変わらずシンゴとは目を合わせようともしない。
その、徹底的にシンゴを無視し続けるアリスの態度に、おそらく原因が自分にあるのだと理解していても、思わず苛立ちが込み上げて来て――、
「……なあ、アリス」
「…………」
「おいって!」
「お兄ちゃん!」
「……っ」
声を荒げたシンゴに、すかさずイチゴから鋭い叱責が飛ぶ。
それを受け、シンゴは歯軋りすると、腹の中で渦巻く熱を吐き出すように深く吐息。そして幾分かの冷静さを取り戻すと、バツの悪そうな顔で顔を逸らす。
「悪い。今のは……俺が、悪かった」
己を必死に自制しながら謝罪を口にして、シンゴは切り替えるように隣のガルベルトへと視線を向けた。
「何か、原因に心当たりとかは……」
「――この世界に、いなかったから」
「――!?」
瞑目し、思考にふけっていたガルベルトがぽつりと呟いた。
その呟きを聞いて息を呑むシンゴだったが、すぐに再起動して、動揺を隠しきれないままに問いを発する。
「どうして、その事を……?」
「私が全部話したからだよ、お兄ちゃん」
ガルベルトがこことは別の世界の存在を認知している事に驚き、何故と問うシンゴの言葉に答えたのは、ガルベルトではなくイチゴだった。
驚きに目を丸くするシンゴだったが、イチゴは逆に疑問げに首を傾げると、
「え、そんなに驚く事なの?」
「だって、さ……そんなの、普通信じる訳ねえだろ。怪しまれでもしたら、大変だろ……」
こことは別の世界が存在し、自分はその世界からやって来た異世界人です――などと、たとえ魔法が存在するこの世界でも、誰も信じてくれないだろう。
だからこそシンゴは、イレナとカズに未だその事実は伝えられていない。
しかし、イチゴはそうでないらしく――、
「あ、ほんとだ! 私、すっごく怪しいじゃん!」
「はぁ……」
「お兄ちゃん、そのため息は何?」
遅まきながら己の迂闊さを自覚するイチゴに、シンゴは先ほどまで燻っていた苛立ちすら忘れて思わずため息。それにイチゴがむっと眉を寄せるが、この件はシンゴに軍配が上がるだろう。
しかしこれで、ガルベルトが異世界の存在を知っていた理由は分かった。
「でも、イチゴと兄妹の俺はともかく、なんでアリスも異世界から来たって分かったんですか?」
「簡単な推理です。今しがた仰られた通り、シンゴ殿はイチゴ様の兄君という事で、こことは異なる世界のご出身だとは察しておりました。そして、アリス嬢はそんなシンゴ殿と共にここへ来られた。自分の事を……吸血鬼の事を教えて欲しい、と。それで、もしや、と思った次第です。当たっており、ほっとしておりますよ」
「つまり、鎌をかけてみた、って事ですか?」
そんな不躾とも取れるシンゴの問いに、ガルベルトはふっと相好を崩すと、
「そのような意図はなかったのですが、結果的にそうなってしまったのは事実です。気分を害されたのであれば、謝罪いたします」
「あ、いや! 全然、そんな!」
頭を下げてくるガルベルトに、シンゴは慌てて両手と首を横に振る。
ガルベルトはそのシンゴの慌て様に苦笑し、しかしすぐに表情を引き締めると、
「実際にその異なる世界とやらに行った事がありませんので、これは憶測にすぎませんが……おそらく我々の呪いは、この世界以外では不活性化するのやもしれません」
「……要するに、呪いはこの世界でのみ発症する?」
話が複雑化してきて、軽く頭痛のする頭を無理やりに捻って出したシンゴの結論に、ガルベルトは「おそらくですが」と首肯で応じた。
つまりまとめると、吸血鬼は血を吸わねば呪いによって蝕まれ、その呪いが発症する期間は個人差がある。そしてアリスが今まで呪いを発症しなかった理由は、この世界にいなかったから、と。
「……そういや、アリスは誰から血を吸ったんだ?」
思考の合間にふと疑問を覚え、シンゴは顔を上げた。
呪いを抑制するのに吸血が必要だと言うのならば、アリスは誰かから血を吸った事になる。一体、誰から血の提供を受けたのだろうか。
「私だけど?」
「……さよけ」
自分を指差し、さらっと告白するイチゴ。そんな怖いもの知らずな妹に、シンゴは脱力感を覚え思わずため息をついた。
聞きたい事はまだ尽きない。が、シンゴばかりが質問するのもあれだ。
そもそもこれは、アリスが求めて実現された話し合いの場である。そろそろ、彼女に譲るべきだろう。
そう考え、シンゴはふうと吐息すると、両手を上げた。
「聞きたい事は他にもいっぱいあるけど、とりあえず、俺の質問タイムはこれで終わりって事で」
シンゴは自分の質問時間の終了を告げ、斜め前のアリスに目を向けた。途端、無表情に徹していたアリスの顔が緊張に強張る。
シンゴの見つめる先で、アリスは己の胸に手を当てると、言葉を選ぶように何度か逡巡。やがて意を決したような表情で、ガルベルトを見据え口を開いた。
「……ボクは、吸血鬼とは、一体何ですか?」
問いを発したアリスの頬は緊張と興奮で紅潮し、食い入るようにガルベルトを――答えを告げるその口元を凝視する。
対し、直球の問いをぶつけられたガルベルトは、己の顎鬚を撫でながらしばし瞑目。やがてゆっくり瞼を持ち上げると、その真紅の目だけをアリスに向けた。
「少し、長くなるやもしれませんが?」
「構いません」
即答で応じるアリスに、ガルベルトは「いいでしょう」と頷くと、話し始めた。――吸血鬼について、語り始めた。
「知っての通り、吸血鬼は人間とは違う点がいくつかございます。並外れた身体能力に、異常な再生力。挙げ始めればキリがありませんので、不要な部分は割愛させていただきます」
そう前置きで断りを入れると、ガルベルトはおもむろに指を三本立てた。
「吸血鬼には種類がございます。『真祖』と呼ばれる、始まりにして純血の吸血鬼。我々の穢れた血を注入され、人の身から吸血鬼となった『従者』。そして、『真祖』と『従者』の間に生まれた『混血』。この三つに区別されます」
立てた指を順に折りながら、ガルベルトは吸血鬼に種類がある事を告げた。
吸血鬼に明確な区別がある事には驚いたが、そもそもシンゴ自身が人の身から吸血鬼となった存在だ。
今のガルベルトの説明に照らし合わせると、シンゴは『従者』に分類されるのだろうか。しかし、シンゴの吸血鬼化ははっきり言って特殊だ。そうと断言し切るのは難しいか。
それに、アリスの方がシンゴよりも判断が難しい。
おそらくアリスは、『真祖』もしくは『混血』に分類されるのだろうが――。
「ちなみにですが、最も数が多いのは『従者』でございます」
「一番、少ないのは?」
「――『真祖』です」
アリスとガルベルトの問答、それを傍から聞きながら、シンゴは頭の中で『従者』『混血』『真祖』とその数が多い順に整理する。
吸血鬼という枠組みにありながら、純粋な吸血鬼である『真祖』が一番少なく、元が人間である『従者』が最も多いとは、なんとも皮肉じみた比率だ。
「アリス嬢は、人から吸血鬼に成ったのではないのでございますね?」
「はい。物心ついた時には……この身体でした」
ガルベルトの質問に、アリスは淀みなく――否、僅かばかりの不安が滲む回答を返した。その自信なさげな態度に違和感を覚え、シンゴは静かに眉を寄せる。
己自身の事にも拘わらず、アリスの声には確信がない。それに、物心ついた時には、という言い回しにも引っ掛かりを感じる。
「もう一つ、お尋ねしてもよろしいですかな?」
「……ボクに、答えられる範囲でなら」
違和感の正体に指先が掛かるよりも早く、ガルベルトがアリスに確認の声を掛けた。それに僅かながらの動揺を以て頷くアリスへ、ガルベルトはスッと細めた瞳を向けると、
「貴女の、過去についてでございます」
「――っ!」
その一言に、アリスが息を詰まらせた。そしてそれは、シンゴも同様だ。
アリスの過去。それは、いつか聞こうと思っていた事だ。まさか、その機会がこのタイミングで――いや、むしろこのタイミングだからこそか。
「『従者』でないと分かっているならば、『真祖』と『混血』を見分ける事は容易いのです。しかしその前に、どうしても腑に落ちない点がございます」
「それは……」
「キサラギご兄妹が異世界の出身だというのは、一つ疑問が残りますが理解しました。ですが、貴女に関しては納得できない。……あちらの世界にはいつから?」
その問いに対し、アリスは未だ動揺の滲む顔を俯かせると、どこか遠くへ思いを馳せるように目を細めた。
その横顔は、何か痛みに耐えているようにも見えて――。
「……物心がついた時には、既にあっちにいました。こっちに来たのは、今回が初めてです」
「なるほど……」
アリスの解答を受け、ガルベルトは難問にぶち当たったかのように複雑な表情となり、静かに唸った。
全員がガルベルトの沈黙に同調し、押し黙る。それが十秒近く続いた頃だろうか、伏せていた顔を上げたガルベルトが先の問いの意図を述べた。
「吸血鬼とは、この世界で生まれた存在。故に『従者』でないのなら、アリス嬢の出生には必ずこちらの世界が関わっているはず」
語るというよりは、ほとんど独白に近いガルベルトの言葉。それを黙って聞くアリスの表情からは、彼女が何を考えているのかは窺い知れない。
アリスがこの世界で生まれ、何らかの理由でシンゴのいたあの世界にトリップした。以前にアリスが考えていた推測だが、それが今かなり現実味を帯びてきた。
「――ご家族は?」
「――ッ」
家族――ガルベルトのその一言に、アリスの顔が悲痛げに歪んだ。
シンゴも考えなかった訳ではない。アリスに家族がいるのか。もしいた場合、その家族とは肉親なのだろうか、と。
アリスの反応から窺うに、おそらくいたのだろう。しかし同時に察してしまう。その家族は、きっともう――。
「フィーア・リーベ、という女性と、ずっと一緒にいました。フィーアは、ボクにとってお母さんのような人だった」
お母さんのような人だった――とは、つまりそういう事なのだろう。
「その女性は、今?」
「もう、死にました」
「……辛い事を、思い出させてしまいましたな」
「いえ、ボクがボクの事を知る上で、これは避けて通れない道です。だから、大丈夫です」
気丈に笑ってみせるアリスだったが、その笑みは弱々しく、そしてどこか自分を責めているようにも感じられた。
そんなアリスに、ガルベルトは柔らかく相好を崩すと、
「好いておられたのですな、フィーア殿の事を」
「……はい」
その短い返事に滲むのは、深い情愛だ。アリスが本当に、フィーアという女性の事を母親のように慕っていた事が伝わってきた。
一瞬の、しかし深く重い沈黙が場を満たす。それを咳払いで破り、「失礼」と謝罪を入れてから、ガルベルトが再びアリスに向き合った。
「アリス嬢は、その瞳の色を消す事が可能ですかな?」
真っ直ぐ、アリスの真紅の瞳を見据えて聞くガルベルトに、アリスはその瞳を黒へと変化させる事で応じた。
それを受け、ガルベルトは瞑目と共に「分かりました」と言うと、開眼――その瞳の色はアリス同様に真紅ではなくなっていた。
「ご覧の通り、私は人の身から吸血鬼となった『従者』でございます。話を聞く限りでは、アリス嬢は生まれながらにして吸血鬼。そして『真祖』ならば、その瞳を人の色には変えられない。以上の事から、アリス嬢は――」
「――『混血』」
「で、間違いないでしょうな」
アリスの呟きに首肯して、ガルベルトがそう結論を締め括った。