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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:13 『最優先事項』

 仰向けで、ジッと天井を見つめたまま床の上に寝転がる少年。

 その顎先にかかるほどの髪は白く、瞳は吸血鬼特有の真紅色。小柄な身体を包むのは、各所に金色の刺繍が施された黒い衣服――所謂、神官服と呼ばれるもので、外見から齢は十歳前後だと推測できる。


 顔立ちは非常に整っており、幼さは残るものの、既に美少年と呼べるレベルだ。

 しかしそれを、双子吸血鬼の片割れ――レミア以上の無表情が台無しにしており、どこか人形めいた無機質な怖気を感じる。

 そんな特徴的な少年だが、しかしシンゴは別の理由で驚きに包まれていた。


「似すぎ、だろ……」


 ――少年の顔は、アリス・リーベとそっくりだった。


 最初、シンゴの上に乗っていたのはこの少年で間違いない。そしてその際、シンゴはこの少年の事をアリスと見間違えた。

 近すぎて顔全体が把握できなかった事を加味しても、白髪、真紅の瞳、黒い服、これだけの類似点だけでアリスと他人を間違えるほど、彼女との付き合いはもう短くない。


「そんでも間違えるって……どんだけ似てんだよ」


 戦慄を隠せないシンゴを余所に、初老の吸血鬼執事――ガルベルトが、先ほどから全く動かない少年に近付き、その場に片膝を着いて声を掛けた。


「リノア様、どうなされたのです?」


 すると少年――リノアはガルベルトを見上げ、そのままむくりと上体を起こすと、次にその無機質な視線をシンゴに向けてきた。

 その無言の視線を受け、頬を強張らせるシンゴに、リノアはスッと持ち上げた指を突き付けて告げた。


「――我、彼の者に、虐げられた」


「……はぁっ!?」


 リノアの口から飛び出した荒唐無稽な告白に、シンゴは一拍置いて驚愕にのけ反る。しかしすぐに再起動して、


「ちょ、ちょっと待て! そんな覚えは――……あ」


 必死に弁明を図ろうとして、シンゴはふと気付きの声を漏らした。

 ちらりと隣を見ると、何やらリノアに辟易した顔を向けていたイチゴが、シンゴの視線を受けて「?」と首を傾げ返してくる。


 ――先ほど。


 イチゴとの感動的な再会――その直前、シンゴはベッドから勢いよく飛び降りる際に、上に乗っていた謎の人物をはねのけていた。

 そしてその謎の人物とは、眼前でジッとシンゴの事を指差し続けるリノアの事であり、あの少年がずっと床に転がっていたのは、シンゴに突き飛ばされたからで――。


「あ……えっと、その……」


 言い方に誇張があるとは言え、シンゴがリノアを突き飛ばしたのは紛れもない事実だ。そしてその事実を糾弾するあの少年は、ラミアとレミアより格上と見られるガルベルトに、敬称を用いられてその名を呼ばれている。


「…………」


 ――蘇るのは、リンとの会話だ。


 リンはアリスを見て、大神官様に似ていると言っていた。

 そしてもう薄々勘付いてはいるが、現在シンゴはブラン城の中にいるのだろう。あの二人に昏倒させられた後に担ぎ込まれたのか、その経緯は定かではない。

 が、今重要なのは、ブラン城の中で、アリスに似ている吸血鬼に、不敬を働いたという事実だ。


 他に逃げ道はないかと必死に脳を回転させるが、残念な事にこれだけの証拠が出揃っている以上、認めざるを得ない。

 つまり、未だシンゴの事をその小さな指で糾弾し続けている『リノア様』の正体は――、


「お、お兄ちゃん!?」


 シンゴはその場に両ひざを着くと、静かに額を床にこすり付けた。そんな兄の醜態を見て、イチゴから驚愕の声が上がる。

 その声を聞きながら、シンゴは――、


「俺の事はどうしてくれても構いません。でも、イチゴだけは助けてやって下さい。……お願いします」


「……ほう」


 土下座しながら謝罪し、イチゴだけは見逃して欲しいと懇願するシンゴに、ガルベルトから感嘆するような声が落とされた。

 現状では、こちらが圧倒的に不利すぎる。シンゴ唯一の矛である『激情』は、既に発動のタイミングを逃してしまった。自発的に権威を扱えない今の状態で、ラミアとレミアより格上と見られる眼前の二人と敵対するのは愚策だ。


 仮に『激情』を発動させた状態だとしても、勝算は限りなく低いだろう。加え、シンゴ一人ならともかく、今はイチゴがいる。

 イチゴを守りながらこの二人と戦う、それがどれだけ無謀な事なのか、さすがにシンゴでも理解できる。


 しかし幸いと言っていいのか、あの双子とリノアの三人と違い、ガルベルトは常識的な会話が可能な人物だ。

 まずは下手に出て、対話による解決を目指す。もしそれでダメならば、無謀でも実力行使に移るしか方法は残されていない。


「――――」


 緊張に頬を強張らせ、息を殺しながら、シンゴは己の髪の隙間から覗き見るようにガルベルトの足を凝視する。

 もしもの時は、身を挺してでもイチゴを守らねばならない。たとえそれで、何度死ぬ事になろうとも構わない。

 それはシンゴの命が無限で、イチゴの命が有限だからではない。


 ――兄が妹の為に命を賭けるのに、理由など必要ないからだ。


 むしろそれが、シンゴ本来の役目であり、唯一の存在価値なのだから。

 そして、シンゴが命を賭けるべき相手は、もう一人――。


「――本当に、よき兄をお持ちで」


 最初に沈黙を破ったのは、ガルベルトの声だった。しかしそれは、シンゴに向けられたものではない。

 シンゴは不安に染まった顔を恐る恐る上げ、ガルベルトが微笑ましそうに見つめる人物――隣に立つイチゴに目を向けた。


「…………」


 イチゴは、自分の片腕をもう片方の腕で抱くような格好で、耳まで真っ赤になりながら、恥ずかしげに顔を俯かせていた。

 そしてシンゴの視線に気付くと、ふいっと顔を背けてしまう。

 そんなイチゴの反応にシンゴが戸惑っていると、ガルベルトがこちらに向けて歩み寄ってきた。


「――っ」


 警戒に身体を強張らせるシンゴだったが、ガルベルトはそんなシンゴの眼前で片膝を着くと、


「心配しなくとも、我々から貴方に危害を加えるつもりなどございませんよ」


 そう言って、柔和な笑みと共に首を振り、シンゴに手を差し伸べてきた。

 一瞬の躊躇が過るも、それを唾と一緒に嚥下し、シンゴはガルベルトの手を借りて立ち上がった。


「……でも、いいんですか? 大神官様……なんですよね?」


 ガルベルトから外した視線を、未だシンゴを指差し続けるリノアに移して問う。

 そのシンゴの質問に答えたのは、ガルベルトではなく、ようやく本調子を取り戻したらしいイチゴだった。


「気にしなくても大丈夫だよ、お兄ちゃん。悪いのは、私が言ってもお兄ちゃんの上から全然下りなかったリノの方だから。――あと、その大神官様って呼び方だけど、リノは嫌がるから、普通にリノアって呼び捨てにしてあげて」


「いや、でも……」


「我、大神官様、嫌い」


「……それだと、自分の事が嫌いって意味になるけど?」


 リノアの間違った言葉選びに、シンゴは恐々とツッコミを入れた。すると、リノアは「?」と首を傾げ、今度は反対にも首をひねり、やがてこくりと頷くと、


「なら、それでいい」


「いいのかよ!?」


 リノアの出したおざなりな結論に、今度は思わず素でツッコミを入れてしまう。

 すると、目を剥くシンゴの隣で、イチゴが小さな嘆息と共に肩を竦めた。


「ね? もうなんとなく分かったでしょ? さっき私が言った、気にしなくてもいいって意味」


「あー……まあ、分かったような……分かんねえような」


 イチゴのリノアに対しての評価にシンゴが判断を下しかねていると、そのリノアが今度はイチゴに指を向けた。


「我、たった今、イチゴにも虐げられた」


「ああ、分かったわ」


 つまりリノアは、見た目同様、中身も子供という事なのだ。そしてイチゴが言いたかったのは、子供の言う事にいちいち反応するな、だろうか。

 しかし、いくら相手が子供でも、目の前でぼーっとしている少年は大神官様なのだ。そんな相手に対し、ここまで強気に出られるイチゴは、はっきり言って只者ではない。


「――まあ、イチゴは基本的に誰に対してもこんな感じか」


「お兄ちゃん?」


 じろり、と横目に睨んでくるイチゴに、シンゴは「なんでもない」と返しつつ腕を組んだ。


「とりあえず、気にしなくていいってんなら、もう気にしない。……でも、そもそも何でリノアは俺の上に乗ってたんだ?」


 一番初めに抱いた疑問について尋ねるシンゴに、イチゴは複雑な表情をリノアに向けながら答えた。


「どうしてかは分かんないんだけど、リノ、お兄ちゃんに興味津々みたいで……」


「…………」


 野郎に興味を持たれるとはぞっとしないが、子供に好かれていると解釈すれば、それなりに嬉しくはある。

 問題は、その根拠なのだが――。


「――それは、友人であるイチゴ様の兄君が、一体どのような方なのか気になられたのでしょう」


「友人……?」


 ガルベルトの言葉の中にあった気になる単語を拾い上げ、シンゴは首を傾げながら復唱した。それを受け、ガルベルトは「ええ」と頷いてイチゴを見ると、


「イチゴ様は、リノア様のよき友で、唯一の友なのです」


「……友、ね」


 ガルベルトの言葉に、シンゴは細めた目でイチゴを見た。するとイチゴは、シンゴの視線に対し苦笑しつつも「うん」と首肯。

 そういえば、先ほどからイチゴはリノアの事を『リノ』と呼んでいる。やけに親しげだと思っていたが、それが友人相手となれば納得だ。

 その相手が、大神官などと言った肩書きを持っていなければ、だが。


「――――」


 どうしてイチゴが大神官と友人になっているのか、そもそも何故イチゴはこの城にいるのか、聞きたい事は山積みだ。しかしいい加減、本題に移らねばならない。

 それは、ラミアとレミアの双子と再会して、気を失う前の記憶を思い出した時からずっと気がかりだった事で――。


「――アリスは、どうなった?」


 自分で思ったより、低い声が出ていた。

 イチゴとの再会に始まり、ラミア・レミアとの二度目の邂逅、そしてその二人よりも格上と見られる執事の登場に、極め付けは大神官様だ。

 感激し、憤激し、動揺し、戦慄した。最初の二つの時点では記憶が定かでなかったが、しかし後者二つの時には既に心の内に抱えていた。


 何をと問われれば、それは当然アリスの事だ。


 早々に尋ねたかったが、ガルベルトとリノアの存在がそれを躊躇させた。

 二人の機嫌を損ねれば、アリスについての答えを得る前に、イチゴに危険が及ぶかもしれないと思い、迂闊な真似が出来なかったのだ。


 慎重に、相手を探るように会話を重ね、警戒のレベルを下げてもよいと判断できた事で、ようやくアリスについて触れられた。

 それまでに募った焦燥感と不安、そして怒りが絡み合い、意図せず声が低くなってしまったのは完全に想定外だった。

 しかし、もう発してしまった声は引っ込められない。だから、ここは敢えて――、


「アリスは――どこだ?」


 目を細め、更に踏み込むシンゴの一段と低い声。それに、問いをぶつけられたガルベルトは瞑目すると、嘆くように吐息した。

 その態度にシンゴはぴくりと眉を上げるが、ガルベルトが何やら自嘲するような笑みを漏らした事で、今度は困惑に眉根を寄せた。


「申し訳ございません。最優先事項を完全に失念していた己に、思わず失笑が漏れてしまいました」


「最優先事項……?」


 問い返すシンゴに、ガルベルトは「ええ、最優先事項です」と首肯した。


「そもそも私がここに訪れたのは、リノア様をお呼びしようと思ったからなのです」


「リノを?」


 ガルベルトの言葉に首を傾げたのは、シンゴの隣のイチゴだった。

 リノアを呼びにここへやって来たと言うガルベルトだが、それが一体アリスの件とどう結び付くのだろうか。全く関係のない話をこのタイミングで持ち出すとも思えない。

 意図を図りかねるシンゴだったが、次のガルベルトの言葉で話が繋がった。


「ええ、アリス嬢が話し合いの場を所望されたので、大神官であるリノア様にご同席願おうと思い、探しておりました」


「話し合い……アリスが?」


 ここでアリスの名が出てくるとは予想しておらず、シンゴは静かに目を見張った。しかしすぐに、ガルベルトの言っている事がおかしいと気付く。

 そもそもシンゴがこの城に訪れたのは、当然イチゴを探す目的もあったが、同時にアリスを襲う原因不明の体調不良、その治療法を同族である吸血鬼に求めての事だ。


 目的の半分はこうして達成された訳だが、未だアリスの体調不良については何の手がかりも得られていない。

 つまりアリスは、未だ原因不明の病魔に蝕まれているはずであり、その容体は一人での歩行すら困難な重度のもののはずだ。


 そんな状態にあるアリスが会話を求めているというのは、些か無理が生じる。いや、アリス自身が無理を通しているのかもしれない。

 アリスの望みは己自身を知る事だ。その望みはもしかして、シンゴが思っているよりも強いものなのかもしれない。


 ――だとしても、だ。


 ラミアとレミア、そしてリノアとは違い、ガルベルトは常識的な人物である――シンゴは現段階で彼をそう評価していた。

 そんなガルベルトが、苦しむアリスに話し合いの場を設ける、そんな軽はずみな行動に出るとはあまり思えないのだ。


 以上の推測を踏まえて訝しむシンゴに、ガルベルトは未だ床に座っていたリノアに手を貸して立ち上がらせると、扉へと移動しながら半身で振り返った。


「――キサラギ・シンゴ殿。ご同席、なさいますか?」


「……ああ、もちろん」


 問いに頷き、シンゴはリノアを連れて部屋の外へと出るガルベルトに続いた。



――――――――――――――――――――



「――お兄ちゃん、なんでさっきから舌打ちばっかしてるの?」


「……別に」


 むっとした顔を振り向かせ、前を歩くイチゴが問いかけてきた。それに対しシンゴは、視線を逸らして素っ気なく応じる。

 現在シンゴは、白壁に挟まれた板張りの長い廊下を歩いていた。先ほどまでいた部屋は二階にあったらしく、今は階段を下って一階に下りて来ている。


 どこの、と問われれば、それは当然ブラン城の中の、だ。

 おそらくそうであろうとは思っていたが、先ほど改めてガルベルトの口からここがどこなのか説明され、晴れてシンゴの推察は肯定された。


 そして同時に、何故シンゴが城の中にいるのか、その疑問についても語られた。

 城前にて起こったラミア・レミアとの戦闘。結果は知っての通り、シンゴの惨敗だった。しかし、気を失い無防備を晒すシンゴを救った人物がいたのだ。

 その人物と言うのが、他でもない――キサラギ・イチゴだ。


 シンゴは、騒ぎを聞いて駆け付けたイチゴによって身元を保証され、ブラン城内――あの部屋へと運び込まれたらしい。

 もしもイチゴが駆け付けていなければ、一体どうなっていたのか。想像するだけで血の気が引いていく。

 たとえ死なない身体だとしても、人並みに痛みは感じるし、それに耐え得るだけの強靭な精神も、シンゴは持ち合わせていない。


 しかし現在、その救世主であるところのイチゴに対し、シンゴは感謝ではなく苛立ちを感じていた。それが先ほどの舌打ちを招いた要因だ。

 そしてシンゴが苛立っている理由だが、それは眼前に展開される光景が原因だ。


「これは、完全に想定外すぎた……!」


 歯軋りするシンゴが射殺すような勢いで睨み付けるのは、イチゴと手を繋ぐ少年――大神官ことリノアだった。

 歩き始めてほどなくして、リノアがイチゴに手を繋ぎたいとねだり、イチゴはそれを笑顔で受け入れ、現在に至る。

 まさか、感動の再会から間を置かず、兄という立場の苦悩に襲われる事になるとは思ってもみなかった。


「もう……なんでお兄ちゃんは、手を繋ぐだけの事をそこまで大事にできるの?」


「お兄ちゃんからしたら、それは十分大事なんだよ!」


「イチゴの兄、情緒不安定」


 荒ぶるシンゴに向け、リノアから鋭いツッコミが入る。それを受け、シンゴは「ぐっ」と喉を詰まらせるが、深呼吸を挟んで自らを鎮静。

 再び顔を前に戻して歩き始めるイチゴとリノアに続きながら、シンゴはこの問題はやるべき事が片付いてから改めて臨もうと心に決める。

 そしてそのやるべき事の内、今すぐにでも出来る事を実行した。


「――ガルベルトさん」


「如何なさいましたか?」


 意識を切り替えたシンゴの呼びかけに、ガルベルトが歩く足を止めずにチラリと視線だけを寄越してきた。その視線に対し、シンゴが問いをぶつけようと口を開きかけた所で、それを制するようにガルベルトが先に答えを述べた。


「心配しなくとも、アリス嬢なら既に回復して、ご壮健でおられますよ」


「な……え?」


 ガルベルトの言葉に、シンゴは思わず足を止めて絶句した。

 アリスが話を求めたと、そうガルベルトは言った。最初シンゴは、アリスが無理しているのではないかと考えたのだが、歩いている内に別の可能性に思い至った。

 それは、アリスの症状が、話をするくらいなら大丈夫なレベルまで改善したのでは、という可能性だ。


 それがまさか、完全に回復しているとは考えもしなかった。

 しかしその話が本当なら、アリスが話しを求めたというのも、それをガルベルトが受諾したというのも納得できる。


「……本当に」

「到着いたしました」


 歩みを再開させ、真偽について確認しようとしたところで、立ち止まったガルベルトが到着の報を告げた。

 思わず口を噤み、踏み出しかけた足を止めるシンゴの前で、ガルベルトは一つの扉を丁寧にノックする。すると中から、「はい」とシンゴのよく知る声が応じた。


 目を見開くシンゴを余所に、ガルベルトは「お待たせしました」と一声を掛けてから扉を開き、その後は扉の横に控えるようにして移動した。

 開かれた扉からリノアとイチゴが先に入って行く。それを立ち止まって見送るシンゴに、ガルベルトが視線を向けてきて、


「どうぞ、お入り下さい」


「ぁ……はい」


 気の抜けた返事をして、シンゴは促されるまま部屋の中へと入った。

 白塗りの壁に、板張りの床。大きな古時計がゆっくりと振り子を揺らし、奥には火の灯っていない暖炉がある。そして部屋の中央には木製の長机が置かれており、意匠の凝られた木製の椅子に一人の少女が座っていた。


 背中に届くほどの綺麗な白髪に、その華奢な身体を包むのは黒一色の衣服。思い詰めたように伏せられたその横顔は、今までずっと見てきたにも拘わらず、思わず見惚れてしまうほど美しく、そして儚げだった。


 やがて、机の上に落とされていた視線が持ち上がり、血のように真っ赤なその双眸がこちらに向けられる。

 その視線は先に部屋へ入っていたイチゴ、リノアの順に向けられ、最後に二人の後ろで呆然と佇むシンゴで止まった。


「――ッ!?」


 シンゴを見た少女は、大きく目を見開いて息を詰めた。

 そのまま固まってしまう少女と入れ替わるように、その元気な姿を見て固まっていたシンゴは再起動。そして、安堵に頬を緩めて少女に駆け寄った。


「よかった! 本当に元気になったんだな、アリス!」


 嬉しそうに声を掛けるシンゴだったが、アリスは驚きで固まっていたその表情を徐々に硬くし、やがて不機嫌そうにシンゴを睨み付けてきた。


「あ、アリス……?」


「…………」


 動揺しながらもその名を呼ぶが、アリスは無言でシンゴの事を睨むだけだ。

 思わぬアリスの反応に、シンゴは困惑して口をまごつかせた。一方、そんなシンゴとアリスに、イチゴとリノアが不審げに視線を往復させる。


「――再会を喜ばれるのはよろしいですが、まずはお座りになられては?」


「あ……っと、はい……」


 扉を閉めたガルベルトの言葉に、シンゴは動揺と困惑を引きずりながらも頷く。しかしすぐに、どの席に座るかで動きが止まった。

 ちらりとアリスを見れば、彼女は無表情のまま黙って机の上に視線を落としている。そんなアリスの隣に座るのは、今は少しだけ気が引けた。


 すると、そんなシンゴの内心を察してくれたのか、嘆息したイチゴがアリスの隣に空いていた席に腰を下ろした。

 そしてイチゴに続き、リノアが当然と言わんばかりに、長机の端――他の椅子よりも豪華な作りになっている椅子に腰掛けた。


 これで残す席は、リノアの対面にある長机の端と、アリスの正面、もしくはイチゴの正面の三択のみとなった。

 さすがにリノアの対面に座るのは気が引け、今のアリスの正面に座るのは彼女の隣に座るよりも気が引けた。


 なので、必然――。


「……はぁ」


 正面の席を選択した兄に、イチゴが盛大なため息を漏らした。

 妹のその反応にシンゴは渋い顔になるが、何も言い返す事も出来ず、黙ってイチゴの正面の席に腰を下ろす。


 そして最後に、シンゴの隣に着席したガルベルトが、「それでは」と座る面々を見渡して――、


「最優先事項――アリス嬢のご要望である、話し合いの場をここに設けさせて頂きます」


 そう、音頭を取るのだった――。


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