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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:10 『豊穣の加護』

 リン・サウンドの先導の下、シンゴ達は彼女の家を目指して森の中を歩いていた。現在シンゴの背中にはアリスが背負われており、隣を歩くカズの背にはイレナが背負われている。

 竜に追われる途中、一度はアリスを背負ったのだから、最後まで自分が責任を持つべきだとシンゴは主張したのだ。


 そして、歩きながら色々とリンから話を聞く事が出来た。

 まず、『選別の境界』の事。吸血鬼とそうでない者を選別して、吸血鬼以外を拒絶する不可視の壁――所謂、結界のようなものらしく、それはシンゴ達の推測通りだった。


 次に、先ほどの白い竜の撤退の件。シンゴは『選別の境界』を越えた時点で、既に『金色の神域』に入ったものだと考えていたのだが、どうやらその認識は間違っていたらしい。

 リンによれば、あの不自然な雪の途切れ目を越えてからが『金色の神域』だとの事。


 そして『金色の神域』には、魔物が入ってこられない結界のようなものが張られているらしく、あの竜が突然撤退したのはそれが原因らしい。

 吸血鬼のみが通れる『選別の境界』、そして魔物を寄せ付けない『金色の神域』。二重の結界によって外からの侵入を頑なに拒む、吸血鬼が住まう領域。シンゴは今、その中に足を踏み入れているのだ。


 しかしここで、一つ疑問が生まれる。何度も言うが、『金色の神域』に住まうのは吸血鬼だ。となれば、今シンゴ達の前を歩くこの少女――リン・サウンドは。


「アタシが吸血鬼? そりゃありえねーって。恐れ多すぎて、冗談でも騙れねーよ。アタシは普通に人間。――氏子うじこだ」


 ――と、シンゴの考えは否定された。


 確かに、『金色の神域』には吸血鬼しかいないなどと誰も言っていないし、聞いた事もない。

 しかし、またしても気になる単語が出てきた。リンは自らに『氏子』なる呼称を用いたが、先ほどの『神官』と何か関係があるのだろうか。


「――!」


 シンゴがその件について触れようとしたタイミングで、不意に森が開けた。

 森を抜けたシンゴ達を出迎えたのは――、


「とりあえず、『金色の神域』へよーこそだな。そしてここが、アタシの生まれ育った集落だ」


 そう言って振り返ったリンの後ろには、彼女の言葉通り、集落が広がっていた。

 立ち並ぶ家々はどれも普通で、道行く人々も、今までシンゴがこの世界で見てきた人達となんら変わりはない。ただ、老若男女問わず、誰もがシンゴ達に珍獣を見るような目を向けてくるのは、どういう事だろうか。


「ああ、気にしなくてもいーぜ。基本、外から人なんてやってこねーもんだから、みんな物珍しいんだよ。実際、アタシも驚いたし」


「なるほど……『選別の境界』が原因、か」


 納得しながら額の汗を拭うカズの言葉に、リンが「そーいうこと」と頷いた。

 『選別の境界』がある限り、ここで暮らす人々が合わせる顔はほぼ固定される。そこに見知らぬ顔ぶれが現れれば、なるほど、この視線の嵐も頷けるというものだ。


「にしても、ちょっと落ち着かねえな、これ。自慢じゃねえけど、こんなに注目の視線を浴びたのは、授業中に寝ぼけて叫んだ時以来だわ」


「たしかに、自慢じゃねーな、それは」


 シンゴの独り言に、リンが律儀にもツッコミを入れてくれた。

 自分で言っておいてなんだが、無性に悲しくなってきたシンゴは、誤魔化すように顎を伝う汗を拭い――、


「……汗?」


 汗を拭ったところで、シンゴはふと疑問を感じて首を傾げた。隣のカズを見てみると、彼もシンゴ同様に汗だくで、しきりに汗を袖で拭っている。

 防寒具に身を包み、その上で魔物との戦闘に逃走劇、そして極め付けは人を背負っての行軍だ。汗を掻くのも無理はないが、それにしても不自然なほどの暑さだった。


「――――」


 頭上を仰げば、そこには青空が広がり、輝く太陽の光が照りつけている。しかしその青空は、円を描くような曇天に囲まれており、まるで台風の目の真下にいるようだった。


「なんて言うか……不思議な場所だな」


「んだと? 文句があんなら、集落代表として、このアタシがなんでも聞くぜ?」


「あ、いや、そうじゃなくて……!」


 目尻を吊り上げるリンに、シンゴは慌てて首を振って否定。が、こんな事をしている場合ではないと、背負うアリスに目を向けた。

 アリスも防寒具を着こんでいる所為か、上昇している体温も相まって、かなり暑そうだ。首筋にかかるアリスの吐息も、火傷するほどに熱い。


「オイ……アリスの奴、冗談抜きでやべぇんじゃねぇか? リン、悪いが、とりあえず先にアリスを休ませてやってくれ」


 シンゴが言おうとした事を、カズが先にリンに言ってくれた。

 リンはアリスを見ると、難しそうに眉を寄せて――、


「ちょっとヤバそーだな。アタシの家はこっからもっと奥だから、ちょいペース上げた方がいいかもしれねーな」


「ああ、それで問題ねぇ。――シンゴ、もう少しだ。根性見せろよ?」


「…………」


 そんなカズの言葉に、シンゴは無言のサムズアップで応じた。

 実のところ、シンゴはかなり消耗していた。吸血鬼の再生能力も、『怠惰』の権威も、体力までは回復させてくれないからだ。


 最初こそぶっ倒れた『激情』だが、体力が付いてきたのか、それとも権威が馴染んできたのか、今はどうにか意識を保てている。しかし正直なところ、気を抜くと今にも倒れそうだった。

 それでも男の意地で、アリスを背負ったままぶっ倒れる事だけは堪えていた。カズは、そんなシンゴの安っぽいプライドを的確に見抜いた上で、今のような言葉を掛けてきたのだ。


 アリスを預かるとは言わず、発破をかける。同じ男であり、共に苦楽を乗り越えてここまで来たカズだからこその言葉だ。

 そんなカズの優しくない優しい気遣いに、シンゴはふっと口元を緩ませ、


「――ありがとな、カズ」


「……一体なんの話だ?」


「いや、なんもない」


 そんな短い言葉を交わすと、人々の注目を集めながら、シンゴはリンに続いて集落の中に足を踏み入れた。



――――――――――――――――――――



「――ねーちゃん! まさかまた神域の外に出てたのかよ!? あぶねーってあれほど口を酸っぱくして言って……誰、その後ろの人たち?」


 リンの家に辿り着いたシンゴ達を出迎えたのは、クセのあるくすんだ金髪に碧眼という、リンとよく似た特徴を持った少年だった。

 その風貌と、リンの事を「ねーちゃん」と呼んでいるところを見るに、どうやら彼女の弟らしい。


「アタシの客。ちょっと病人いっから、そこどけなー」


「ちょっ、ねーちゃん!? え、病人!? うわ、大丈夫かよ、その人……!」


 シンゴ達に目を丸くする少年を押し退け、リンが強引に玄関口のスペースを確保する。「……ったく」と呆れた顔でため息を吐く少年を見るに、どうやらリンは家族相手でもこの調子らしい。少年の苦労が忍ばれる一幕だった。


「事情はよく分かんないけど、またねーちゃんの『筋が通らない理論』が発動したのは分かった。……えっと、とりあえず入ってよ。すぐにベッド用意するから」


 そう言うと、少年は駆け足で奥に引っ込んでいった。

 その背中を見送り、シンゴはぽつりと――、


「なんと言うか……しっかりしてるな」


「――だろ?」


 シンゴの弟に対しての評価に、何故か姉のリンがドヤ顔で胸を反らす。

 そんなリンに渋い顔をしていると、何やら隣でカズがしみじみとした風に、


「上がダメだと下が優秀に育つってのは、案外本当の事だったんだな……」


「おい、なんで俺を見ながら言うんだよ?」


「アタシも、今のはちょっと聞き捨てならねーな?」


 二人分の抗議の視線を受け、カズは小さく嘆息。そして玄関に向けて歩き出しながら、


「んな事はいいから、さっさとアリスとイレナを休ませるぞ。早く中に入れ」


「アタシの家だ!」


 先ほどの姉弟のやり取りを焼き直すように、今度はカズが噛み付いてくるリンを押し退けて家の中へ。

 その後ろに、納得いかないといった顔のシンゴとリンが続くのだった。



――――――――――――――――――――



「――すまないね、力になれなくて」


「……いえ、診て貰えただけで。その、ありがとうございました」


 申し訳なさそうに禿頭を撫でて退出していく男に、シンゴは愛想笑いの下に落胆を押し隠しながら頭を下げた。

 現在シンゴ達がいるのはリンの部屋だ。そしてベッドの上には、今も苦しそうなアリスが横になっている。ちなみにイレナは隣の部屋のベッドに寝かせてある。


 あのあと、リンの出来る弟――名をゴンと言うらしい――が呼んで来てくれたのが今の男だった。この集落で唯一の医者らしい。

 しかし、結果は先の通りだ。診察に結構な時間を掛けてくれたのだが、それでもアリスを苦しめる病魔の原因はついぞ分からなかった。


「どうなってんだよ……ッ!」


「落ちつけ、シンゴ」


 俯き震えるシンゴの肩に、後ろからカズの手が乗せられた。しかしシンゴは、その手を振り払って振り向くと、


「アリスは今、再生力が落ちてんだぞ!? このままじゃ……!」


「……なんだと? そりゃどういう事だ?」


「だから――!」


 アリスの吸血鬼としての力が弱体化しているかもしれない、そうシンゴがカズに説明しようとした時だった。何やら先ほどから無言で、ジッとアリスの事を見つめていたサウンド姉弟の二人が、不意に不可解な事を口にした。


「んー、やっぱ似てんよなー」


「あ、ねーちゃんもなんだ。おれも似てるって思ってたところ」


「……何の話だよ?」


 誰が誰に似てようと、今はそれどころではない、とシンゴは声を上げかけるが、寸前でそれを呑み込む。この二人には多大な恩があるのだ。幼稚な癇癪で八つ当たりするなど、バカを通り越して最低だ。


 拳を固く握り締め、なんとか自制したシンゴの問いかけに対し、リンがアリスを親指で指差して言った。


「いや、この白髪のねーちゃんだけどな。初めて会った時から誰かに似てんなーと思ってたんだよ。んで、こうして改めて見てみたら……」


「アリスさん、大神官様にすごく似てるんだ」


 姉の言葉を引き継いだゴンが、そう締め括った。

 またしても出てきた『大神官』という名称。そしてその人物がアリスと似ていると言われれば、もはや無視出来ない案件だ。


「ここに来るまでにも何度か聞いたけど……それ、誰?」


 シンゴは何気なく発したつもりだったのだが、その質問を聞いた姉弟は何故か驚愕に目を見開いてのけ反った。

 そんな二人の妙な反応に、シンゴは何かやらかしただろうか、と不安になって隣のカズに目を向ける。しかしカズも首を傾げているのを見て、自分の発言に特に問題はない――そう思ったのだが。


「だ……」


「だ?」


「大神官様を“ソレ”呼ばわりぃ――っ!?」


「うおっ!?」


 勢いよく立ち上がったリンが絶叫を上げた。その大声に驚くシンゴの目の前で、リンに続いてゴンまで立ち上がる。こちらにも怒鳴られると思って身構えるシンゴだったが、ゴンは隣のリンに顔を向け、


「ねーちゃん! 病人がいるのにそんな大声上げんなよ!」


「っと、わりー……」


 弟の叱責を受け、バツの悪そうな顔でリンが丸椅子に腰を下ろした。しかしすぐにシンゴを睨み付けてくると、


「んでも、今のは茶髪がわりーだろ。大神官様を“ソレ”呼ばわりとか」


「だから名前で……まあ、もう別にいいけどさ。というか、俺達は外から来たって言っただろ。ここの常識とか知らねえって」


 眉を歪めるシンゴの言い分に、リンは「そんでも!」と指をこちらに突き付けてきて、


「今後、大神官様に対しての無礼は無しな!」


 そう釘を刺してくるリンに、シンゴは渋々と両手を上げて「分かったって」と了承。これ以上こんな問答に時間を割いている暇はない。それにこの短くない付き合いで、リンの意志を曲げるのは容易ではないとも察しがついている。


「それで、そろそろオレ達にも説明してくれや。アリスとそっくりっていう大神官様について、な。……もちろん、アリスのこの症状と関係があんだよな?」


「ったりめーだろ。さすがにこの状況でそんな筋の通らねー寄り道なんざしねーっての」


 説明を求めるカズに対してそう返すと、リンは咳払いをしてから指を立てた。


「いいか? 大神官様は、この集落より北にあるブラン城に住んでらっしゃる。城には大神官様の他にも、大勢の神官様もいらっしゃる。もちろん、大神官様も神官様も人間じゃねー」


「……吸血鬼、か」


「そ」


 カズの呟きに相槌を挟み、リンは腕を組んで更に続ける。


「もー分かってると思うけど、この集落にいるのは全員普通の人間だ。あと、神官様らはアタシらの事を『氏子うじこ』って呼ぶな。意味は……そーいや、アタシもよく分かんねーな」


 今まで何の疑問も抱いてこなかったのか、リンが『氏子』という自分達の呼称について首をひねる。

 そのまま説明義務を放棄して自分の世界に入ってしまったリンに代わり、姉とは違って優秀な弟――ゴンがその後の説明を引き継いだ。


「おれら氏子は、大神官様たちのおかげで平和に暮らしてられるんだよ!」


 憧憬にも畏敬にも似た感情を瞳に宿して力説するゴン。その力の入りようは置いておくとして、『おかげで』とはどういう意味なのだろうか。

 そんなシンゴの疑問に答えを提示したのは、自分の世界から帰還した(諦めた)らしいリンだった。


「『豊穣の加護』だ」


「豊穣の……加護?」


「ココと外の違い、もうなんとなく分かんだろ?」


 シンゴのオウム返しに首肯し、逆に問いをぶつけてくるリン。その問いを受け、シンゴは顎に手を当てて刹那だけ考え込むと――、


「……気候?」


 と、不安げな視線と共に答えを述べた。するとリンは、一瞬の沈黙の後に「へえ……」と感心したような声を漏らし、ニヤリと笑った。


「案外やんじゃん。当たりだぜ」


 リンの正解を告げる声に、シンゴはふぅと脱力。さすがにこれは外さないだろう。

 そして今の問答のおかげで、『豊穣の加護』について大まかに推測できた。


「つまりアレか。ここの温暖な気候は『豊穣の加護』によるもんで、その加護は大神官様の力、と?」


 シンゴと同じ結論に達したらしいカズがそう述べ、確認の視線をリンに向ける。するとすぐに、リンから「そーいうこと!」と首肯が返ってきた。

 シンゴはそんな二人のやり取りを横目に見ながら、


「そういえば……」


 呟くシンゴの脳裏に蘇るのは、ここに来るまでに遠目に見た広い田畑の光景だ。

 この集落から少し離れた位置にある田畑には、様々な種類の作物が青々と実っていた。それはもう、育ち過ぎではないかと若干引いたくらいに。


 あの不自然な晴天、春のように穏やかな気候、育ちまくる作物、それら全てが『豊穣の加護』によるものならば、その加護を操る『大神官』に対し、これほどリン達が敬意を向けるのも納得だ。


 しかし、ここまで話を聞いた限りでは――、


「大神官様の凄さはよく分かった。それで、この話のどこにアリスの症状との関連性があんだ?」


 貧乏ゆすりをしながら、カズが若干の苛立ちを孕んだ声音で核心を突く。

 先ほどから黙って聞いてはいたが、この姉弟は終始『大神官』がいかに凄いかを語っただけで、肝心のアリスの症状に関連する話は一つも出てきていない。

 その点を指摘するカズの言葉と、隣のシンゴの苛立ちを孕んだ視線を受け、リンは「焦んなって」と苦笑。そして、ベッドの上のアリスを指差すと――、


「この白髪のねーちゃん、吸血鬼なんだろ? そんで、大神官様にそっくりだろ? だったらもう、大神官様に頼るしかねーじゃん」


「「…………」」


 吸血鬼は吸血鬼に、リンは尊敬する大神官様に、この案件を丸投げしたのだった――。


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