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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:9 『リン・サウンド』

 『激情』も炎翼も消え、絶体絶命に陥ったシンゴを救ったのは、素性の知れぬ一人の少女だった。そして嬉しい事に、少女はこのまま協力を継続してくれるらしい。

 地獄に仏とは、まさにこの事だろう。そして、その仏の少女はと言うと――、


「男だろ! もっと根性見せろよな、茶髪!」


「茶髪言うな!」


 少女の呼び方に不満を唱えるシンゴは、『激情』使用の反動による倦怠感に苛まれながらも、少女の指し示した方向へと懸命に走っていた。

 その後ろに迫るのは、怒り狂う白い竜の猛追だ。


 逃げるシンゴの隣には、気絶したアリスとイレナを抱えたカズが走っている。本当ならもっと速く走れるだろうに、カズは決して先に行こうとはせず、律儀にもシンゴのペースに合わせてくれている。こんな状況にありながら、だ。

 その優しさが嬉しくもあり、歯痒くもあった。


「――――――――ッッッッ!!!!」


「『フレイム・ヂ・バレット』!」


 何度目とも知れぬ少女の詠唱。放たれた炎弾が竜の顔面に着弾する。

 『激情』による攻撃にも耐え切った竜が、顔面を焼く炎に絶叫を上げ、堪らず追跡の足を止める。

 この一連の流れは先ほどから何度も繰り返されていた。シンゴの威圧を二度も受けていた事からも察せられるが、『白猿』同様この竜も知能はそれほど高くないらしい。


 ただ、苦手な炎を何度も喰らって逆上しているのか、それとも執念なのか、竜は諦めずにずっとシンゴ達を追いかけて来る。

 そろそろ体力も怪しくなってきて、何度か転びそうになってはカズに腕を支えられる、というお荷物ぶりをシンゴが発揮し始めた頃だった。


「――? ありゃなんだ!?」


 走るカズが前方を見て疑問の声を上げた。その声を聞き、シンゴは息も絶え絶えに顔を上げる。すると、不自然に雪が途切れている箇所が視界に飛び込んできた。

 雪の存在していないのは前方の一部分だけではない。まるで境界線が引かれているかのように、そこから先は全て雪が存在していない。


「あの雪の途切れ目まで全力! そんくらい出来んだろ、茶髪!」


「だから……!」


 少女の煽るような文句に、シンゴはぎりっと歯を食い縛ると、


「ちゃんと名前で呼べやぁぁ――ッ!!」


 抗議の絶叫を上げ、シンゴは残った体力を全て使い切る勢いで加速。走る速度にあまり変化は感じられないが、それでも少女の煽りに乗っかる形で余力を振り絞り、雪の途切れ目を目指して全力疾走。

 そして――、


「ぶぁ――っ!?」


 身体が雪の途切れ目を越えた瞬間、柔らかい雪から急に硬い地面になった事と、その変化に対応するだけの体力も気力も使い果たしていたのが原因で、シンゴは派手に顔から転倒。しかし、顔をこする痛みに声を上げるよりも、シンゴは切り傷だらけになった顔を慌ててはね上げると、倒れたままの体勢で首だけを後ろに振り返らせた。


 そこには予想違わず、度重なる炎弾によって顔面を焼けただれさせた竜がいた。

 彼我の距離はおよそ五メートル。この竜からすれば、ほぼ無いに等しい距離だ。

 腹の底に穴が空いてしまったような、スッと中身がこぼれていく感覚が襲ってくる。そしてそれに、重たい冷気が流れ込んでくるような不快感が続いた。


 ――魂が凍える感覚とは、こういうのを言うのだろうか。


 永遠にも感じられる竜とのにらめっこの中、シンゴはそんな場違いな感想を抱く。

 しかし、いつまで経っても眼前の竜は襲ってこず、本当に時が止まってしまったのかと思い始めた頃、ジッとこちらを見つめていた竜が動いた。


「――っ!?」


 息を詰めるシンゴの目の前で、竜はゆっくりとこちらに背を向けると、そのまま尾を揺らしながら森の奥へ引き帰し始めた。


「――へ?」


 その想定外の行動に、シンゴの口から気の抜けた声がこぼれる。

 あれほど怒り狂い、執拗に追いかけ続けてきた竜が突然の撤退だ。これには誰もがシンゴと近しい反応になるだろう。


「シンゴ、大丈夫か!?」


「――!」


 去って行く竜を呆然と見送っていたシンゴは、名前を呼ばれてハッと我に返った。

 慌てて身体を起こし、名を呼んできた声の主に顔を向ける。すると、こちらに向かって駆け足でやってくるカズの姿が視界に飛び込んできて、思わず――、


「……まさか、カズの顔を見てほっとする日がくるとは思わなかった」


「人がせっかく心配してやってんのに、随分な物言いだな、オイ?」


 苛立たしげに眉を寄せるカズに、シンゴは「いや、冗談だって」と苦笑。そして無言で差し出されたカズの手を掴んで立ち上がった。しかしふと、カズの肩に二人の少女の姿がない事に気付き、心臓が嫌なはね方をする。


「安心しろ、二人ならそこだ」


 先回りして言うカズが指差す方に首を向けると、そこには木の幹によりかかるアリスとイレナの姿があった。二人とも特に外傷もなく、シンゴは荒立つ心臓を落ち着かせるように、胸の上に手を当てて深々と吐息。


「とりま、全員無事でよかった。……なんで無事なのか、さっぱり分からねえけど」


「――そりゃ、神域内に入ったからに決まってんじゃん」


 呟いた疑問に答えが返ってきて、シンゴとカズは同時にその声の方へと振り返った。するとちょうど、シンゴ達を助けてくれた少女が歩み寄って来るところだった。


 少女はシンゴとカズ、そして近くの木の幹に身体を預けるアリスとイレナにさっと視線を送ると、「全員無事みてーだな!」と胸を張り、少年のような笑みで白い歯を覗かせた。

 そんな少女の言葉に、シンゴは気になる部分を見つけ――、


「今、なんて? 神域内に入ったとか言わなかったか、あんた?」


「命の恩人に対してアンタ呼ばわりはねーだろ、茶髪?」


 笑顔一転、シンゴの言葉に不機嫌そうに眉を寄せる少女。これにはさすがに自分に非があると認め、シンゴは「わ、わるい」と弱り顔で後頭部を掻いた。


「でも、その茶髪はやめてくれって」


 眉を歪めるシンゴの言葉に、しかし少女はシンゴ以上に眉を歪めた。


「いや、さっきも名前で呼べとか吠えてたけどさ、初対面でいきなり名前知ってたらこえーだろ」


「あー……まあ、仰る通りで」


 少女のド正論に、シンゴは恥ずかしげに頬を掻いて視線を逸らした。

 先ほどは肉体的にも精神的も追い詰められていた所為もあり、何も考えずに条件反射で叫んでしまったが、確かに初対面であるこの少女がシンゴの名を知っていたら、それは一種のホラーである。


「じゃあ、まずは自己紹介からか。――俺はキサラギ・シンゴ。助けてくれてサンキュな……えっと」


「リンだ。リン・サウンド」


 言葉に詰まったシンゴに、少女――リンが自分の名を明かす。それにシンゴは「ありがとな、リン」と改めて感謝の言葉を述べた。


「んで、オレがカルド・フレイズだ。カズでいい。それとスマン、さっきは本当に助かった」


 シンゴとカズの感謝の言葉を受け、リンは「いいって、別に」と照れ臭そうに鼻の下を指でこすり、


「偶然通りかかっただけとは言え、あの状況でアンタらを見捨てるなんて、たとえ大神官様が許しても、アタシ自身が自分を許せねえかんな!」


 何とも頼もしいセリフだが、その中に知らぬ単語を見つけてシンゴは首を傾げる。が、とりあえずそれは後回しにして、最初に聞こうとした事について尋ねる。


「それで話を戻すんだけど、さっきの神域内ってのと、あの竜が急に諦めて帰って行ったのは……」


 そのシンゴの質問に対し、リンは心底不思議そうな顔で小首を傾げた。


「なんでって……神域内に魔物が入れる訳ねーじゃん。常識だろ、そんくらい?」


「いや、常識って言われても……」


 当然だろ、という顔を向けてくるリンに、シンゴは困り顔を浮かべた。

 一方、シンゴの反応が予想と違っていたのか、リンはきょとんした顔になり、


「――? 神官なのに、なんで知らねーんだ?」


「……神官?」


 先ほども出てきた『神官』という単語に、シンゴは隣のカズと顔を見合わせた。

 どうやらシンゴは、どこかの誰かと勘違いされているらしい。


「別にコイツは神官なんて大層な男じゃねぇぞ。……ちなみにだが、なんでそう思った?」


 親指でシンゴを指したカズの言葉に、リンは腕を組んで「は?」と眉を寄せる。


「なに言ってんだ? だって吸血鬼だろ、アンタら?」


 リンは眉を寄せながら、シンゴの右目――先ほどの顔面スライディングによって発現した真紅の瞳を指差した。

 それを受けて、シンゴはようやくこの会話のすれ違いの原因に気付く。


 そもそも吸血鬼は、『金色の神域』の住人だ。そしてシンゴの真紅に染まった瞳を見て、リンはシンゴを『金色の神域』に住まう吸血鬼だと誤解したのだ。そしてそんなシンゴと共にいたカズ達も、同じく吸血鬼だと判断した――事の顛末はこうだろう。


「いや、俺達は外から来たから常識も何も……あと、吸血鬼なのは俺と、そこの白い髪の女の子だけ。あとの二人は普通の人間なんだけど」


「…………はあっ!?」


 シンゴの説明を腕組みして聞いていたリンが、一瞬の沈黙を置いてから驚きの声を上げた。

 そして動揺に唇を震わせながら、ゆっくりとシンゴ達を指差してきて、


「それじゃアンタら……『選別の境界』を越えて来たのか?」


「選別の……なんだって?」


「『選別の境界』! 吸血鬼以外は外から絶対に入ってこれねーのに、なんで普通の人間が入れてんだよ!?」


 目を剥いて、前のめりになりながら大声を上げるリン。その早口の説明にシンゴは首を傾げていたが、隣のカズが「ああ、アレの事か」と納得の声を漏らす。


「カズ。一人で納得してないでさ、俺にも教えてくれって」


「バカ。リンの言う『選別の境界』ってのは、オレ達が越えてきた、あの見えねぇ壁の事だ」


「ああ、あれか!」


 カズの説明でようやく理解に達したシンゴが、手の平をぽんと打つ。しかし、そんなシンゴ達の会話を聞いていたリンは、先ほどよりも大きな戦慄に震えながら、


「信じらんねー……アレを越えて中に入ってきた人間なんて、アタシ初めて見たぜ」


 そう言って、リンは興味深そうに、普通の人間であるカズを見た。そしてこの流れならば、必然的に話題は――、


「どうやって越えて来たんだ?」


 ――と、なる。


 一瞬、シンゴとカズは互いに顔を見合わせた。『ゼロ・シフト』は、イレナ本人が奥の手と言うように、シンゴ達にとっても同様の認識だ。それを簡単にネタばらししていいものだろうか。しかし、恩人でもあるリンに隠し事をするのもどうかと思う。そんな逡巡が、シンゴとカズの間で交わされた。


 ――しかし、シンゴとカズが『ゼロ・シフト』について語る機会は失われた。


「うっ……ぁ……っ」


「――アリス?」


 緊張の沈黙を破ったのは、木の幹にもたれかかっていたアリスの呻き声だった。

 シンゴが振り向くと、アリスがかなり苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、青を通り越した白い顔になっていた。


 シンゴはアリスに慌てて駆け寄ると、玉のような汗が浮かぶその額に手を当てる。手の平を通して伝わってくる熱は、平常時からは考えられないほどに熱い。体調がさらに悪化してるのは明らかだった。


「な、なあ……話はあとでいいか? 今はアリスを休ませたいんだけど……!」


 焦燥感を滲ませて振り向いたシンゴに、リンは腕を組みながら苦しそうなアリスをしばし観察して、「みてーだな」と神妙な顔で頷いてくれた。

 そして――、


「よし。その白髪のねーちゃんと、そっちの栗髪ねーちゃん。とりあえず、アタシんちに連れてくか」


「……構わねぇのか、リン?」


 シンゴの横に屈んでアリスの顔を覗き込んでいたカズが、リンの言葉に目を丸くした。一方のリンは、カズの確認に張った胸をドンと叩き、


「さっきも言ったじゃねーか。アタシは筋の通らねー事は嫌いなんだ。ここまで来て見捨てるなんて、んな目覚めのわりーことしたくねーっての!」


「リン……! すまねぇ……恩に着る!」


 カズが頭を下げるのを見て、シンゴも立ち上がって頭を下げた。そんな二人の誠意に、リンは慌てたように手を振って――、


「よ、よせって! 別に感謝されたくてやってんじゃねーって! これはアレだ……そう、だから……アタシ自身の為なんだよ!」


「「リン……!」」


「だーっ! もう、その目やめろぉ――ッ!!」


 顔を赤くして悲鳴を上げるリンに、シンゴとカズは感謝と尊敬の眼差しを送るのだった――。


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