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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:3 『突破』

 カズの活躍により、見えない壁が吸血鬼のみ通れる事がほぼ判明した。

 しかしそれは、アリスとシンゴのみが通れる事が分かっただけで、イレナとカズが未だ通り抜けられない事実は変わらず、根本的な問題の解決には至っていない。


 その点を指摘したシンゴの眼前で、カズ、アリス、イレナの三人が揃って、そういえば――という顔で固まる。

 そんな三人のぽかんとした表情を見ながら、シンゴは思わずため息を吐き、


「で、どうすんだよ、脳筋?」


「なんも、言い返せねぇ……ッ」


 先ほどの呼称を用いて呆れた視線を向けるシンゴに、カズが悔しげに肩を震わせながら俯いた。

 ちなみに、シンゴがこの問題点に気付けたのはただの偶然だ。なので、本来はあまり他人の事を責められる立場にはない。


 ――しかし、だ。


 実のところシンゴは、見えない壁を越える為の条件を看破したカズに対し、心の中で密かに感嘆し、これまた密かに尊敬の眼差しを送っていたのだ。

 そしてその先――全員でここを越える為の答えを待っていたのだが、いつまで経ってもシンゴの欲した答えにカズは触れず、何か嫌な予感を感じて問いを発してみた。その結果がこれだった。


 ――まさか、アリスとイレナまでもがその問題点に気付けてないとは、さすがに思いもよらなかったが。


「――そうだ!」


 気まずい沈黙が四人を包む中、不意にその沈黙を破ったのはアリスだ。

 シンゴ達の視線を集めながら、アリスはスッと遠方――あの奇妙な金色こんじきの石柱を指差した。


「あの石柱、絶対に怪しいとボクは思うんだ。だから……試しに壊してみないかい?」


 名案とばかりに胸を張り、下手をしなくともカズより脳筋思考の提案を持ち掛けてくるアリス。シンゴはそんなドヤ顔のアリスから、遠くに見える石柱に視線を移した。

 たしかに、この吸血鬼のみが通る事を許された不可視の壁と、あの金色の石柱は無関係だとは思えない。ともすればあの石柱は、この吸血鬼以外を拒む壁を生み出す展開装置だとは考えられないだろうか。


 そしてその展開装置を壊せれば、全ての壁を取り除く事は不可能でも、小さな穴くらいなら開けられるかもしれない。

 試してみる価値は十分にあるのでは、とシンゴが考えていると――、


「オレもちょうど、アリスと同じ事を提案しようと思ってたところだ」


「もちろん、あたしもよ」


「嘘つけ」


 真面目くさった顔でアリスの提案に便乗する都合のいい二人に、間を置かずシンゴのツッコミが炸裂した。



――――――――――――――――――――



 ――結論から言うと、石柱を破壊する事は出来なかった。


 近い方、右側に見えた金色の石柱の元まで移動したシンゴ達は、石柱が不可視の壁の向こう側にある事に気が付いた。

 物理攻撃による破壊はこの時点で不可能。ならば、魔法はどうだろうという事になり、イレナが試しに複数のつららを撃ち込んだのだが、全て壁に弾かれて失敗に終わった。


「――待てよ? 吸血鬼の魔法なら通るんじゃねぇか?」


 途方に暮れていたところで、カズがそんな妙案を打ち出した。

 吸血鬼は二人で、内の一人であるシンゴは魔法が使えない。すると必然、石柱に魔法を放つ役目はアリスが担う事となる。


「ボクが言い出しっぺだからね。――頑張るよ!」


 そう言って、胸の前で両拳を握る気合十分のアリスは、新しく習得した風系統の魔法――『ウィンド・デ・ニードル』を石柱に向けて行使した。

 しかしこれは、首を傾げる結果となった。吸血鬼であるアリスの放った魔法は、イレナの魔法と同様に壁に弾かれて霧散したのだ。


「そんな……どうして?」


 唖然としたアリスがこぼした言葉が、他の三人の総意だった。

 打つ手が無くなった四人は、金色の石柱を前に再び途方に暮れる。

 吸血鬼ならば通り抜けられるにも拘わらず、その魔法は拒絶する。まるで何者かの意志が働いているようにも感じられ、シンゴは不気味な寒気を覚えて身を震わせた。


 ここにカズとイレナを置いて行く訳にもいかず、かと言って諦めるなど論外だ。

 しかし、他にこの見えない壁を全員で越える有効な手段は思い付かない。やはりここは、どうにかして目の前の石柱を壊す以外には――。


「……あ。バカじゃん、俺ら」


「おい、シンゴ。その今更過ぎる自己評価にオレ達まで巻き込むな」


「失礼過ぎるだろ!? ――じゃなくて、わざわざ外から壊そうとしなくても、内側から壊せばいいじゃんって話だよ!」


 先ほどからシンゴ達は外から石柱を壊そうと躍起になっていたが、よく考えてみれば、通り抜けられるシンゴ、アリスが内側から石柱を攻撃すればいいではないか。

 そうすれば魔法だけでなく、物理的な手段も講じられるというのに。


 そんなシンゴの言葉を聞いた三人は、まさに青天の霹靂だと言わんばかりにそれぞれ驚きの表情を浮かべ――、


「今日はどうしちまったんだ? お前らしくもねぇ……」


「そうよ。さっきといい、今といい。……もしかして、寒さで頭やられちゃったの?」


「シンゴ。辛いなら辛いって、ちゃんと言わなきゃダメじゃないか」


「寒さで頭やられてんのは俺じゃなくてお前らの方だろ!? つーか何だよ! 揃いも揃って普段から俺の事どういう風に見てんだ!? 俺って別にそんなバカな事してねえぞ!」


 三人のあんまりな評価に、シンゴは全身でのジェスチャーを交え、全力で抗議の声を上げた。


「冗談だ、そんなカリカリするな。それよりアリス、頼めるか?」


「うん、任せて」


「少しは俺にも期待しろよ!?」


 荒ぶるシンゴをカズは苦笑しながら宥め、まるで端からシンゴなど戦力に含んでいないかのような言い草でアリスに確認した。

 そのぞんざいな扱いに更に荒ぶるシンゴだったが、カズは「だったら」と小さなため息と共に前置きし、


「『激情』の力……使えんのか?」


「うっ……」


 カズの鋭い質問に、シンゴは思わず言葉を詰まらせた。

 三人には既に、シンゴが『激情』の権威を獲得していた件については話してある。もちろん、改めて『怠惰』の事もだ。


 ちなみに、『大罪の獣』やシンゴの中に居座るカワード・レッジ・ノウの事は伏せてある。双方とも判明している事も少なく、特にカワードの件はイレナの前では言い辛いからだ。

 本当は、あの校舎での事はあまり思い出したくないという、シンゴのエゴによるところが一番の理由なのだが――。


 ともあれ三人には、シンゴが身体能力向上の権威と、不死の権威を獲得したという情報だけを開示してある。

 そしてここからが問題だ。先ほどの会話にもあった通り、実はシンゴは、『ウォー』で初めて権威を発現させて以降、一度も『激情』を自分の意志で使えていない。


 『ウォー』では無我夢中だった為、無意識の内に何度か使った事はあった。だが、落ち着いて、改めて自分の意志で使おうと試みると、どうしても上手くいかないのだ。

 理由は定かではない。使えない訳ではないと思うのだが、現状では、シンゴは自らの意志で『激情』の力を使う事は出来ない。


「さっきお前は自分で、この面子の中で一番弱いってな事を言ってたろぉが。石柱の破壊はアリスに任せて、大人しくここで待ってろ」


「……分かった」


 カズの正論に、シンゴは幾分か声の調子を落として渋々頷いた。

 すると、ふとアリスがこちらを見ている事に気付き、シンゴは苦笑しながらグッとサムズアップを向けて、


「頼んだぜ、アリス!」


「……粉々にしてくるよ」


「いや、そこまでは……」


 シンゴの言葉に真面目な顔で頷き、何やら先ほどよりもやる気十分なアリスが、不可視の壁の向こう側へと一人歩いて行く。

 そして、金色の石柱のすぐ近くまで近付くと、その瞳を吸血鬼本来の真紅に染め上げ、一息に跳躍した。


「えいやぁぁ――ッ!!」


 気合一声、アリスは空中で身体を捻ると、渾身の脚打を石柱に放った。

 吸血鬼である彼女の脚力ならば、岩くらいなら簡単に砕く。ならば当然、石柱など先ほどの宣言通り粉々に――。


「うぁ――っ!?」


「アリス!?」


 冷えた空気を穿つように放たれたアリスの脚打は、吸い込まれるように石柱へと向かった。しかし足先が石柱に触れる寸前、石柱から黄金色こがねいろの衝撃波が放たれ、空中にいたアリスを弾き飛ばした。


 アリスの身体はそのまま宙を舞い、柔らかな雪の上へと落下する。

 シンゴは慌てて壁を越え、仰向けに倒れ伏すアリスの元まで駆け寄った。


「だ、大丈夫かアリス!?」


「う、うん……問題ないよ」


 シンゴに支えられて身体を起こしたアリスが、今しがたの衝撃により顔を苦悶に歪ませながらも無事を伝える。

 その様子と言葉に安堵しつつ、シンゴは徐々に黄金色の輝きを薄めていく黄金の石柱に目を向けた。


 理屈は分からないが、どうやらあの石柱に直接危害を加えようとすると、今のような衝撃波が発生し、妨害される仕組みらしい。おそらく魔法の方も同じ結果になるだろう。

 そうなると、これは益々もって詰みなのではないだろうか。


 まさしく万策尽きた、そう思いかけた時だ。不意にその絶望を吹き飛ばすように、明るいイレナの声が響いた。


「こうなったらもうしょうがないわね! あたしの奥の手の出番よ!」


「……は?」


 突然何を言い出すのだと、シンゴを含めアリスとカズもぽかんとした顔になる。

 そんな三人の反応が想像していたものと違ったのか、イレナは少々むっとしつつ、ドンと自分の胸を叩くと、


「あたしの奥の手と言えば、『ゼロ・シフト』に決まってるじゃない!」


「いやでも、魔法は壁に遮られて……」


 先ほどイレナの魔法は壁に阻まれたばかりだ。いくら特殊魔法で、そして空間跳躍の魔法と言えど、不可視の壁に阻まれてしまうのではないだろうか。

 そんなシンゴの憂慮に対し、イレナはぐっと胸を張る。


「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない! 試しもしないで否定してんじゃないわよ!」


 そう言うと、イレナは隣にいるカズの腕を掴んだ。

 ぎょっとするカズを尻目に、イレナは不敵な笑みを浮かべて言う。


「ここまで来るのに結構体力を消費しちゃってるから、たぶん二人分の『ゼロ・シフト』だとあたしは力尽きるわね。だから、出来ることなら使わないようにしたかったんだけど、贅沢も言ってられないわ。――カズ!」


「な、なんだ……?」


「連れてってあげるんだから、ちゃんとあたしを『金色の神域』まで責任持って運んでよ! いいわね?」


「ま、待て! 急に――」


 さっさと話しを進めるイレナに、カズが慌てて待ったを掛けようとする。しかし、カズの言葉を聞き切る前に――、


「行くわよ! ――『ゼロ・シフト』!!」


 イレナが詠唱した次の瞬間、二人の姿が消えた。

 そして次の瞬間、シンゴとアリスの後方にどさりという物音が聞こえ、慌てて振り向くとそこには、イレナとカズの姿があった。


 尻もちを着き、己が壁の向こう側にいる事を石柱とシンゴ達の位置から理解し、カズが驚愕に目を見開く。

 そしてそんなカズの隣では、疲れ果てたような表情で、気を失ったらしいイレナが倒れている。


「本当に、越えた……!」


 アリスの驚愕を孕んだ呟きに、固まっていたシンゴの意識が再起する。同時に、全員が侵入不可領域を越える事に成功したという実感が芽生え、口元が徐々に喜びで彩られていき――。


「――?」


 不意に頬を撫でた生温かい空気に、シンゴはふと横を振り向いた。

 そこには――、


「――――」


 眼球の存在しない真っ暗な眼窩を覗かせる化け物が、息のかかるほどの距離でシンゴをジッと見つめていた。


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