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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:2 『通過条件』

 ――『金色の神域』。


 シンゴとアリスの目的地であり、この劣悪な環境の中に身を置く原因となった場所だ。

 そこには吸血鬼が住んでおり、不可解な事に外界との交流の一切を断っている。つまり、鎖国状態だ。


 この鎖国という状況は、別に吸血鬼達が自らそう公言した訳ではない。外の者――つまり、吸血鬼以外の者達が勝手にそう言っているだけらしい。

 理由は、『金色の神域』から吸血鬼は一人も出て来ず、そして誰も外から神域内に踏み入る事が出来ないからだ。


 それが原因で、現在吸血鬼について分かっている事は少なく、しかも知り得る情報のほとんどが、吸血鬼で構成されている『星屑』からのものらしい。

 そんな情報などシンゴにしてはどうでもいいのだが、アリスには他人事ではない。アリスがこの世界にやって来たのは、己自身について知る為であり、その情報がほとんど無いとなっては、吸血鬼が住まうという『金色の神域』に行く他ない。


 そしてなんの偶然か、どうやらイチゴも『金色の神域』にいるかもしれないのだ。

 となれば、何が何でも『金色の神域』に辿り着かなければならないのだが、ここで一つ問題が出てくる。


 その問題とは、鎖国――厳密言えば、『金色の神域』に入れない事である。

 聞く話によれば、『シバル雪原』にはある所を境に先へ進めなくなる場所があるらしい。そしてその目印となるのが、不自然に雪原に立つ奇妙な金色の石柱だという。


「まさか、進めないってのがこういう意味だとはな……」


 腕を組み、シンゴは目の前の何もない空間を睨みながらそうぼやいた。

 そこにはおそらく、壁――目視できない結界のようなものが展開されているのだろう。

 ここをどうにかして突破しなければ、『金色の神域』へ辿り着く事はできない。


「でも、今まで誰も『金色の神域』には入れてないんだろ? じゃあ、どうやってこの先に行けば……」


 その先の答えが浮かばず、シンゴは眉根を寄せて言葉尻を濁す。


「いや、まだ通れねぇと決まった訳じゃねぇ。言っただろ? 確かめたい事があるってよ」


 瞳を細めながら、シンゴの独白に対してカズがそんな言葉を返してきた。

 どうやらカズは何かに勘付いている様子で、シンゴは前を向いたまま視線だけを隣のカズに向ける。


「んで、その確認の為にはまず、俺とカズがこの結界みたいなやつに特攻しなきゃなんねえ、と。……はぁ」


「さっきの続きじゃねぇが、男なら潔く腹ぁくくれや」


 ため息をつくシンゴに、カズが苦笑を浮かべて背中をドンと叩いてくる。

 確かにイレナの様子を見るに、身体の一部が吹き飛ぶような惨事にはならないみたいだが、ある程度の痛みは伴うらしいので、気が引けるのは仕方がないのだ。


 しかし――、


「そうだな……ごちゃごちゃ考えててもしょうがねえか。どうせここを抜けなきゃ、イチゴの元には辿り着けねえんだし!」


「ああ、その意気だ! ――よし、行くぞ!」


 開き直り、己を奮い立たせるシンゴに、カズが手の平に拳を打ち付けて声を上げる。

 その声を合図に、シンゴとカズが同時に雪の上を駆けた。

 雪に足を取られながらも、シンゴは恐怖を振り払うように真っ直ぐ、ただ前だけを見据えて走った。


 イレナの足跡が途切れている部分が徐々に近づき、そして――、


「うぐぉぁ――ッ!?」


 足跡の境界線を越えた瞬間、ほとんど横並びに走っていた二人の内、カズだけが先のイレナと同様に見えない壁に弾かれ、苦鳴を上げて吹き飛んだ。

 そして、シンゴはというと――、


「はぁ、はぁ……なんで、俺だけ……?」


 やはり先ほどと同じように、キサラギ・シンゴだけが弾かれず、先に進む事に成功していた。


「……っ。シンゴ、もっと進んでみろ!」


「――!」


 起き上がったカズが衝撃に顔を歪めながら、そんな事をシンゴに向けて叫んできた。

 イレナとアリスが心配そうな視線を向けてくるが、シンゴは不敵な笑みと共にサムズアップで応じ、ゆっくりと前進を開始した。


「――――」


 意識せず呼吸は深く、遅く、慎重になり、雪を踏み締める音だけが鼓膜を震わせる。

 心臓が早鐘のように鳴り響くが、極度の緊張から脳が処理外へと弾き出す。

 まだシンゴだけが進めると決まった訳ではない。見えない壁が凸凹だった場合を考慮しなければならないからだ。


 ――しかし、そんなシンゴの心配とは裏腹に、進む距離は百メートルを軽く超えた。


「……何も、起きねえな」


 そう呟くと同時に、後ろからカズの引き返してこいという声が掛かり、シンゴはホッと安堵の吐息をついてから踵を返した。

 シンゴが三人の元へ戻ってくると、イレナ同様に負傷はしていない様子のカズがアリスに振り返った。


「次はアリスだ。一人で行ってみてくれ」


「うん、分かった」


 カズの言葉に頷き、戻ってきたシンゴと入れ替わるようにして、アリスが見えない壁の方へと歩き出す。

 シンゴはその背中を見送りながら、眉尻を下げて隣のカズを見ると、


「なあ、やっぱりアリスを一人で行かせるのは……」


「そうよ、あたしも一緒に行った方が……」


 シンゴに同意するように、自らも一緒に、と提案するイレナ。しかしカズは、そんな二人の言葉に首を横に振る。


「いや、一人で十分だ。それにイレナ、お前はさっき弾かれてるだろ」


「でも……」


「大丈夫だ。オレの考えが正しければ、おそらくアリスは――」


 渋るイレナに自信ありげな声をかけ、カズが進んで行くアリスに視線を向ける。

 シンゴとイレナも、遠ざかって行くアリスの背中に心配そうな眼差しを向けた。


 やがて、アリスがイレナの足跡が途切れた部分に差し掛かる。

 訪れるだろうその瞬間に、イレナが思わず目を逸らし、シンゴもやはり止めようかと声を上げかけるが――。


「――抜けた」


 アリスは弾かれる事無く境界線を越え、微かな驚愕を孕んだ呟きを落としたあと、目を見開きながら振り返った。


「……決まりだな」


 目を見開くシンゴとイレナに挟まれながら、カズは満足げな顔で頷くのだった。



――――――――――――――――――――



「――おそらくだが、この見えねぇ壁を通り抜けられるのは、吸血鬼だけだ」


 無事にアリスが戻ってくると、カズが開口一番に驚きの事実を口にした。

 目を丸くするシンゴ達を前に、カズが己の考えを説明する。


「オレはまず、大前提として、あの壁は越えられるものだと考えた」


「それって、俺が弾かれずに先に進めたからか?」


 シンゴの確認の声に、カズは「そうだ」と頷き、


「イレナが弾かれたにも拘わらず、シンゴだけは先に進んでも平気だった。となると、問題になってくんのは、なぜシンゴだけが通れたか、だ。そこでオレは、あの見えない壁を抜けるには、何かしら条件を満たす必要があるんじゃねぇかって思い至った」


「待てよ、一応アリスも弾かれなかったじゃんか?」


 間違いを指摘するシンゴの言葉に、アリスも横で首を縦に振っている。

 しかしカズは、「まあ待て」と手を振り、


「アリスの件については、壁に凹凸が存在する可能性を考慮して、誤差という事でいったん除外しただけだ」


 たしかにカズの言う通り、シンゴもその可能性には至った。しかし凹凸は、シンゴが自らより深く進む事で存在しないと証明した。

 凹凸が想像よりも遥かに深い、という可能性もあるが、少なくともこの結界のようなものが自然発生したものでない事だけは確実なので、そんな奇形にする必要もないと切り捨てる事ができるのではないだろうか。


 考え込むシンゴを余所に、カズの話は続く。


「アリスの件を除外して、オレは壁の突破条件を大まかに二つ考えた」


 そう言うと、カズは指を二本立ててから、一つを折る。


「その内の一つは、性別が壁を超える条件になっているという可能性だ。これに関しては、オレとシンゴの二人で試した時にオレが弾かれた時点で消えた」


「それで女のボクは一緒に行けなかったんだね?」


「そうだ。そして、ここまでで明確に壁を越えられたと判断していいのはシンゴだけだ。オレはここで、通れる者とそうでない者の違いに焦点を当てた。オレとイレナにあって、シンゴにないもの。もしくはその逆で……」


「あたしとカズになくて、シンゴにはあるもの、ね」


 自分自身でも今の情報を噛み砕くように、うんうん、と頷きながらイレナがカズの説明を補足する。

 そしてカズは、立てていた最後の指を折り曲げると、


「あとは簡単だ。この場所が一体何なのかを考えれば、オレとイレナにはなくて、シンゴにのみあるものが見えてくる」


「場所……『金色の神域』……吸血鬼!」


「お、よく分かったじゃねぇか。まあ、さすがにバカでもこれくらいは分かるか」


「最初に自分で答え言ってたじゃねえかよ!」


 からかいを交えてくるカズに、シンゴが唾を飛ばして抗議を入れる。

 カズはそんなシンゴの抗議をあっさり流し、


「これでもう分かったと思うが、工程を経て、オレは吸血鬼だけが壁を越えられるんじゃねぇかって当たりを付けたんだよ。――んで、最後の仕上げに」


「ボクが弾かれずに進めれば、仮定は肯定される。そしてボクが無事だった事から、カズの仮定は無事に肯定された……そうだね?」


「ま、そういうこった」


 アリスの締め括りの確認に、カズが満足げに腕を組んで首肯した。

 すると、今まで相槌を打ちながらカズの話を聞いていたイレナがぱっと笑みを咲かせ、


「すごいじゃないのカズ! よくそんな事に気付けたわね!? もしかたしたらカズって、本当に脳筋なんじゃないのかなって思ってたけど、ちゃんと脳みそあるじゃない!」


「だろ? ……あ?」


 イレナの賛辞に満更でもない様子で鼻を指で擦っていたカズだが、すぐに違和感に気付いて首を傾げた。

 しかし、カズがイレナに対して何か言葉をかけるよりも先に、シンゴが「あのさ」と口を開きスッと挙手する。


「俺とアリスが吸血鬼だから先に進めるってのは分かったよ。でもさ、根本的な問題が何一つ解決してねえじゃんか」


 眉を八の字にしたシンゴの発言に、カズを褒めながら貶すという器用な真似をしてのけたイレナが不思議そうな顔で首を傾げた。


「根本的な問題って、いったい何よ?」


 そのイレナの質問に対し、シンゴは後頭部を掻きながら述べた。


「イレナとカズ、どうやって先に進むんだよ?」


「「「――あ」」」


 ――シンゴを除いた三人の声が、綺麗に重なった。


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