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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第4章 とある兄妹の救済
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第4章:1 『見えない壁』

大変お待たせしました! 第四章の開始です!

 ――辺りを見渡せば、そこは限りなく白一色の銀世界。見上げる空は灰色の雲に覆われ、吹雪く白い銀風が視界を塞ぐ。

 この極寒の世界にて寒さへの対策を怠れば、それはもれなく死へと直結する。


 そんな美しくも残酷な世界の中を、ゆっくりと進んで行く複数の人影があった。

 厚手の防寒具に身を包み、白い呼気を吐き出しながら進む彼らは、男二人に女二人の合計四人組のパーティだ。


 そしてその中の男の内の一人が、寒さで小刻みに震える唇をふっと開いた。


「も、もう無理……限界! 頼むから、ちょっと休ませて……っ!」


 凍りかけている鼻水をすすり上げる少年――キサラギ・シンゴは、懇願するように情けない弱音を吐き出した。

 するとその弱音に対して、呆れを孕んだ返答が前方から返される。


「だらしないわねぇ……男の子でしょ? ほら、頑張った頑張った!」


 半泣きのシンゴを叱咤するのは、長い茶髪のツインテールを揺らして振り返る少女――イレナ・バレンシールだ。

 そんな彼女の手は現在、上体を支える体力も尽きかけて前傾姿勢になっているシンゴの片手をがっちりホールドしていた。


 ちなみにだが、シンゴの方は彼女の手を握ってはおらず、むしろ五指を開いている状態なのだが、残念ながらその解放してほしいアピールは彼女には届いていない。

 それに、たとえ意志が伝わったとしても無駄だろう。何故なら先ほど、口頭にてこちらの意志をちゃんと伝えた上で、きっぱりと却下されたばかりだからだ。


「――うん、イレナの言う通りだよ。女の子のボク達でも平気なのに、男のキミがそれってのはちょっとかっこ悪いと思うな」


 イレナの言葉に同調するように、またしてもシンゴの前方から別の声が掛かる。

 その声は、辺り一面に積もる雪よりもなお白く、曇りの一つもない純白の白髪を押さえて苦笑する少女――アリス・リーベのものだ。

 そして彼女の手もまた、イレナと同様にシンゴの片手を握っていた。



 ――シバル雪原。



 『オワリ帝国』を北に抜けた先にある、雪に覆われた雪原地帯。現在キサラギ・シンゴは、少女二人にそれぞれ両手を引かれ、ほとんど引きずられるようにして雪原の中を強引に歩かされていた。


「俺とお前らじゃ身体のつくりが根本的に違えんだよ! 息ひとつ乱さないその領域を基準に言われても不可能なんだって!」


 目尻に凍った涙を光らせながら、シンゴは理不尽を叫んだ。

 そもそも生まれが別の世界であるシンゴと彼女達とでは、一応は同じ人間であったとしても、根本的な部分が乖離している。


 この世界には魔法がある。しかし、この世界の住人ではないシンゴに魔法は使えない。魔法を使う為の器官のようなものが存在していないからだ。

 そして魔法以外に、身体能力にも相違がある。以前シンゴは、イレナが軽く数メートルは跳躍する姿を見ている。


 加えて、吸血鬼というもはや人間ですらない肩書きを持つアリスに至っては、イレナのそれを遥かに上回る、文字通り人外の域である。


「…………」


「ん? ボクの顔に何か付いてるかい?」


 じっとり、とシンゴがアリスを睨んでいると、その視線を受けたアリスが小首を傾げながら、自身の顔にぺたぺたと手を這わせた。

 もちろん、彼女の顔に何かゴミが付いていたから凝視していた訳ではない。意図としては、一応は同じ世界に住んでいたのだから、こちらの事情を察してほしいというものだったのだが、残念ながらアリスには理解してもらえなかったらしい。


「――ま、アレだ。詰まるところ、お前はもっと筋肉を付けろってこったぁな」


 今までの流れと違い、今度は後ろからからかうような声がシンゴの背中に投げかけられる。

 その声に顔だけで振り向くと、頭の後ろに両手を回し、ニヤニヤとした笑みをシンゴに向ける青年と目が合った。


 その笑みがまたイラッとくるもので、シンゴは顔を顰めると――、


「うっせ! アホ!」


「おい!?」


 そんなシンゴの子供みたいな罵倒に、短く刈り込まれたオレンジ色の頭髪をした青年、カルド・フレイズ――通称カズが、ぎょっとして目を剥く。

 カズの反応に味を占めたシンゴは、今度は逆に小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、


「だいたいなんだよその筋肉理論。お前、この面子の中で俺が一番貧弱なのを理解して言ってんのか? ――あ、そっか。そこまで考えが及ばねえからカズは脳筋なんだな」


「上等だゴラァ! その喧嘩、このカルド・フレイズが言い値で買ってやらぁ――ッ!!」


「あ? やんのかこの――おわっ!?」


「ちょっとそこのバカ二人! 喧嘩してないで先に進むわよ!」


 簡単にぷっつんしたカズと至近距離でガンのくれ合いをしていると、不意に身体が傾いでシンゴは驚きの声を上げる。

 未だに繋がれたままだった手をイレナにぐっと引っ張られたのが原因だ。


「わ、分かったから引っ張んなって! え、ちょ、待ったアリスさん! あなたの力だと腕がもげ痛い痛い痛いっ!?」


「ハッ! よかったじゃねぇか、モテモテでよぉ!」


「ぐっ……この野郎……っ」


 腕を組み、憎たらしい笑みを浮かべて鼻を鳴らすカズ。それに対しシンゴは、無言で引っ張るアリスの人外膂力で腕関節に激痛を覚え、涙目になりながら歯軋りする。

 そもそもなぜ、シンゴがこうしてイレナとアリスに手を引かれているかと言うと、どうやら元を辿ればシンゴの迷子が原因らしい。


 『トランセル』に続いて『ウォー』でもその迷子スキルを発動させたシンゴは、その迷子が原因で三人に多大な迷惑と心配を掛けた。

 その件については本当に申し訳なく思うと同時に深く反省している。


 しかしそんなシンゴの反省とは別に、何やらシンゴの知らぬところで『シンゴ迷子対策』なる作戦が練られたらしく、その対策とやらが現在のこの状況だ。

 元来、女の子――それもかなりの美少女二人に手を握られるというのは喜ばしい状況のはずだ。しかし不思議なことに、シンゴの心情はそんな明るいものとはほど遠かった。


 理由は色々ある。あるのだが、やはり一番の理由は――、


「この年でこれは恥ずかしいって……!」


 迷子にならないように、子供がお母さんに手を引かれている。情けない事に、この状況はまさにそれだった。

 もしも手が塞がっていなければ、羞恥で赤くなっているこの顔面を直ちに覆いたいところだ。


 シンゴがそんな事を考えていた時だった。先ほど無言で腕を引っ張り、シンゴの腕関節に多大なダメージを与えたアリスが嘆息と共に声をかけてきた。


「しょうがないじゃないか。これが一番手っ取り早くて効果的なんだ。こうでもしてないと、シンゴは確実に逸れるからね。もしここで迷子になったら、シンゴの場合は吸血鬼の再生能力がある分、たぶん生き地獄だよ? ……それともシンゴは、ボク達と手を繋ぐのが嫌なのかい?」


 言葉の最後の方で、アリスの瞳がスッと細められる。

 その視線に込められた圧にシンゴは「ひっ」と喉を引き攣らせ、それを誤魔化すように咄嗟にアリスとイレナを追い越して先行した。


「さ、さあ! ぱっぱとこの極寒地帯を抜けるか!」


「あ、ちょっ、待ちなさいよシンゴ! アリスの質問にまだ答えて――」


 眉尻をつり上げたイレナが、咄嗟に握る手を引っ張ってシンゴを引き戻そうとした瞬間――それは起きた。


「きゃあ!?」


「――え?」


 腕を引く寸前、イレナの身体が何かに拒絶されたかのように弾かれ、後方へと吹き飛んだ。

 衝撃で手を放したイレナの身体が雪のクッションへと投げ出され、突然の事に思考が白く塗り潰されたシンゴ達は揃って固まる。が、すぐに思考が色を取り戻すと――、


「イ、イレナっ!?」


 血相を変え、シンゴはアリスと手を繋いだままイレナの元へと駆け寄る。

 そして、後ろにいたカズに助け起こされるイレナの全身にさっと視線を走らせ、特に外傷が見当たらない事にホッと安堵の吐息をこぼした。


「いったぁ……何よ、今の?」


 カズに背中を支えられて雪の上に女の子座りしたイレナが、頭に手を当てて首を振りながら言う。

 その様子から、意識の方もはっきりしているらしい。


「ボクにはイレナが……そう、何か見えない壁みたいなものに弾かれたように見えたんだけど……」


「ああ、オレも似たような印象を受けた」


 イレナの傍で屈んだアリスが、イレナを襲った不可思議な現象について自分なりの意見を述べる。そしてどうやら、カズもアリスと同様の感触を得たらしい。

 シンゴは先行していたが為に、イレナの身に何が起きたのか確認できなかった。しかし、二人の意見が被った点から、イレナは何か透明な壁のようなものに弾かれた、で大方間違いないみたいだ。


 ただし、そうなると――、


「本当にそんな壁があんなら、イレナより先に進んでた俺はなんで平気なんだ? それに、アリスだってイレナの真横にいたよな?」


「うん。でも、ボクには何も起きなかったけど……」


 そんなシンゴの疑問に、イレナの傍に膝を着くアリスが困惑に眉を寄せてそう答えた。

 もしも本当に何か透明な壁が存在しているのなら、先に進んでいたシンゴがその壁にぶつからないのは物理的におかしい。仮に深い凹凸のある壁であれば、強引ではあるが、シンゴがイレナより僅かに先行できた事に一応の説明はつく。


 何もない虚空を睨みながら、シンゴがそんな事を考えていた時だ。同じように何か考えていたらしいカズが、伏せていたその顔を上げてイレナを見た。


「イレナ、身体の調子はどうだ?」


「えっと……ちょっと痛かったけど、特に怪我とかはしてないみたい」


 カズの確認に、イレナは己の身体を目視と触診で確かめ、特に問題はないと返す。

 そのイレナの報告に、カズは顎に手を当てて数秒ほど沈黙。そして不意に立ち上がると、膝を着くシンゴの所まで歩いて来て、真剣な面持ちで見下ろしながら言った。


「シンゴ、痛いのは平気か?」


「いや、ぜんぜん」


「分かった。今からオレとお前の二人で先に進んでみるぞ。確かめたい事がある」


「なんで聞いたんだよ……!」


 悪態を吐きながらも、シンゴは嘆息と共に立ち上がる。

 痛いのは嫌だが、確かにここは男であるシンゴとカズが行くべきだろう。


「ボクも……」


「いや、アリスはまだいい。言っただろ? 確認したい事があるって。第一段階の確認が終わったら、アリスにも先に進んでみてもらうつもりだ」


「……分かったよ」


 立ち上がりかけたアリスを手で制し、カズは先ほどイレナが弾かれた場所――その足跡が残っている手前の位置まで歩を進めた。

 シンゴもカズの後を追い、その隣で立ち止まる。


「なあ、確認したい事ってなんだ?」


「――アレ、見てみろ」


「――?」


 質問に対し、カズが顎をしゃくって何かを示した。すると、右遠方に金色の石柱のような物が見えた。

 ここからでは遠くて分かりづらいが、おそらく高さは二メートル近くあるだろうか。今まで気が付かなかった事が不思議なくらいに目立つ色合いだ。


「……なんだ、あれ?」


「向こう側にもあるぞ」


「え? ……あ、ほんとだ」


 右に向けていた首を左に向けると、遠くに二つ目の金色の石柱の存在が確認できた。

 ここでシンゴはハッと何かに気付いたように目を見開き、ゆっくりと隣のカズに顔を向けると、


「なあ……って事は、まさかこれが……」


「ああ……一定以上進めない領域、そして奇妙な石柱。イレナがさっき弾かれたってのは、十中八九――」


「これが、『金色の神域』の侵入不可領域か……っ!」


 ――見えない壁が、シンゴ達の前に立ち塞がる。


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