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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:50 『交わりの時読み』

「なるほどねー……」


 石壁に囲まれた地下の一室で、起伏に富んだ肢体を紫紺のローブに包んだ美しい女性が、その薄紫の髪を撫でながら感慨深げに頷いた。

 部屋はある程度の広さがあり、今しがた声を漏らした女性の影を、四隅に備え付けられた『陽石ようせき』の淡い光が怪しげに映し出している。


「――あの、まずはお礼を言わせてください。困っていたボク達を助けて頂き、本当にありがとうございます。ウルトさん」


 そう言って、背中に届くほどの白髪を揺らして頭を下げるのは、黒一色の装いでその華奢な身体を包む少女――アリス・リーベだ。

 そんなアリスに、ウルトは苦笑を浮かべて手を振ると、


「乗りかかった船だもの。最後まで面倒を見るくらい、どうって事ないわ」


「……ありがとうございます」


 ウルトの声に深く頭を下げ、アリスが改めて感謝の意を告げる。すると、そんなアリスの両隣から別の声が二つ上がった。


「いや、ホントに助かった。はっきり言って、オレ達は今回の騒動に関しちゃ完全に蚊帳の外だったからな」


「そうよ。必死になってシンゴを探し回っている内に、当の本人はなんかとんでもない事に首を突っ込んでて、挙句……」


 短いオレンジの頭髪を乱暴に掻き回し、眉尻を下げるカズの言葉に続き、イレナがそう言いながら背後――部屋の奥に備え付けられた寝台で静かな寝息を立てる、キサラギ・シンゴを見た。

 そんなイレナに続き、他の面々もシンゴに目を向ける。


「本当にびっくりしたわ。外がやけに騒がしいと思って出てみたら、そこら中の廃墟が半壊して、地面は抉れ放題の穴だらけ。極めつけは、倒れたキサラギの周りで右往左往するあなた達。――はっきり言って、状況を理解するのに苦労したわ」


 当時の状況を改めて振り返るウルトの言葉に、アリス達三人は恥ずかしそうに揃って身を小さくさせる。

 そんな三人の様子に、ウルトは口元を隠してくすくすと笑った。


 ウルトには既にアリス達の知っているだけの事情は説明してあり、逆にウルトとシンゴの関係等についても話し終わった後だ。


「でも、キサラギが見せたというそのデタラメな力については、わたしも初耳なのよね……」


 寝台で眠るシンゴの横顔に目を細めながら、難しげな顔でウルトが呟く。

 そう、ようやく再会が叶った四人だったが、直後に『罪人』の襲撃に見舞われた。その『罪人』は恐ろしく強く、アリス達では手も足もでなかった。厳密には、不意打ちで重傷を負ったアリスは戦闘に参加はしていないのだが、そんな中、単身でその『罪人』に立ち向かったのがシンゴだったのだ。


 当初は、シンゴが戦闘に関しては何の役にも立たない事を知っていたカズ達は揃って止めたのだが、結果は目を見張るものだった。

 『罪人』の操る不可思議な赤い布の猛攻を、シンゴは異常と称するに相応しい驚異的な身体能力を駆使して凌ぎ切った。


 最終的に二人の衝突は、双方共に決定打を与える事が出来ず、向こう側の唐突な撤退によって幕を閉じた。

 直後、シンゴはネジが切れたように倒れ、回復したアリスがシンゴを抱き起しながら激しく取り乱し、その狼狽がカズとイレナに伝播して――そのタイミングでウルトが、という流れだ。


「このバカのあんな動き、今まで一度も見た事がねぇ。隠してたって線は、コイツの性格からして考えられねぇし……あとは、逸れている間に何かがあった、と考えるのが妥当なんだが……」


「さっきも言ったけれど、その力についてわたしは何も聞いてないわよ」


 顎に手を添えながら眉間に皺を寄せるカズの言葉に、ウルトが神妙な面持ちで否定を入れる。

 そして、それを最後に部屋の中に沈黙が落ち、皆の視線が再び眠るシンゴへと注がれた。


「――やっぱ、本人に聞くのが手っ取り早いか。逸れていた間に何があったのかとか、その他諸々も、な」


「…………」


「どうしたんだい、イレナ?」


 本人に聞くのが一番だとカズが決断を下す中、眠るシンゴを無言で見詰めるイレナの思わしげな横顔に、アリスはふと何かを感じて問いかけた。

 しかしイレナはすぐに作り笑いを浮かべ、「なんでもない」と首を横に振るので、アリスも渋々納得して顎を引く。


「それにしても、あの時わたしが会ったのは『罪人』が化けた偽物で、いま目の前にいるのが本物のイレナ・バレンシールだというのは、本当に驚いたわ……」


 そう言って、ウルトが微笑と共にイレナの顔をまじまじと見やる。

 一方のイレナは、そんな興味深そうなウルトの視線に、居心地悪そうに頬を掻くと、


「あたしだって、まさか自分に化けた『罪人』がいて、シンゴと一緒に行動していたなんて言われても、まだ信じられないわよ……」


「それにあの女、シンゴと知り合いみたいな感じだったよな? たしか名前は……」


「――沢谷優子、だよ」


「そう、それだ! ――なんだアリス、お前も知り合いか?」


 神妙な面持ちでアリスが告げたその名にカズが指を鳴らすが、すぐに眉を上げて問うてくる。

 その問いかけに対しアリスは、ちらりとシンゴに視線を向け、刹那の沈黙を置いて目を細めると――、


「彼女とは、ボクとシンゴがいた村で一度だけ会った事があるんだ。ただ、会ったのは一回きりで、残念だけど分かっているのは名前と容姿くらいだよ」


「そうか……」


 アリスの提供した偽りを交えた情報に、カズが腕を組みながら難しい顔で唸る。

 嘘を吐く事に対しての罪悪感が、アリスの心に微かな痛みをもたらす。しかし、ここで正直に真実を明かす事は、無用な混乱を招くだけで愚策だ。

 いずれこの件に関しても、一度シンゴと話し合わなければならないだろう。


 ――そんな事を、アリスが考えていた時だった。


「――ウルトお姉ちゃん。お客さん」


 石扉の隙間から顔を覗かせた一人の少年――マルスが、来客の報を告げた。

 訝しげに眉を寄せるウルトだったが、マルスの後ろから姿を現した男を見て、その表情が納得に変わる。そして苦笑するような、どこか皮肉を効かせた笑みを浮かべると、その男に声をかけた。


「表情から察するに、あまりいい成果は上がらなかったみたいね。――龍我」


「失礼します」


 礼儀正しく頭を下げて入室してきたのは、黒髪をオールバックに纏め上げた、鋭い目つきをした巨漢だ。

 その巨体は確かに目を引くが、しかしより注意を引くのがそのアンバランスな装いだ。


「上着はどうしたの?」


「少し、色々ありまして……」


 歯切れ悪く答える龍我の上半身の装いは、下の白いズボンとミスマッチで、インナーのような物が一枚だけと非常に上下のバランスが悪い。

 もしもウルトとの会話がなければ、アリス達は龍我のセンスに渋い顔をしていただろう。


「――ああ、紹介するわね。こっちの大男は賀茂龍我かものりゅうが。これでも一応、偉い役職に就いている奴よ」


「賀茂龍我って……まさか!」


「イレナ、知ってる人なのかい?」


 龍我の名を聞いて目を見開くイレナに、アリスが質問を飛ばした。

 しばしの間、口をぱくぱくさせていたイレナだったが、やがて再起動すると勢いよく立ち上がり、龍我を震える指で指差すと――、


「あの『無刀の鬼』と呼ばれる騎士団団長に勝ったって噂の……騎士団の副団長!?」


「それは素手のみでの話だ。互いに全力でぶつかれば、俺ごときでは数秒も持たねぇさ」


 驚愕に目を見開くイレナに、龍我は肩を竦めて謙遜を述べる。しかし直後、イレナを見る龍我の瞳が急に細められ、そのままじっと凝視される。

 その視線に目を白黒させながら、イレナは苦笑いを浮かべて首を傾げる。


「え、えっと……何?」


「――名は?」


「い、イレナ・バレンシール、だけど……」


「……そうか。どこかで聞いた名だと思ってたが、お前が団長の気にしていた――」


「――?」


 視線をさらに鋭くさせて不可解な事を呟く龍我に、イレナは頭上に幾つも疑問符を浮かべ、困惑に傾げる首の角度を増やす。

 やがて龍我は静かに吐息すると、「気にするな」と気になる事を言ってから、その視線をウルトへと向けた。そして、驚愕すべき事実を口にする。


「ノーミが死んだ」


「――っ!?」


 その告白にウルトが息を呑む。しかしその動揺も一瞬の事で、ウルトはすぐに瞳を鋭くさせて問い返す。


「あなたが嘘を吐く様な男じゃない事は知っているけれど……本当なのね?」


「はい、この目で見てきました。死因は不明ですが、他殺なのは間違いない」


「……そう」


 龍我の肯定の言葉を受け、ウルトは脱力するように吐息する。


「ノーミ、と言うと、さっき話に出てきたノーミ・エコだよね?」


「ええ、そうよ」


 アリスの確認の声に、ウルトが首肯してそうだと答える。

 そしてそのままウルトは眉間に皺を寄せ、口元を手で隠しながらぶつぶつと思案するように独り言を呟き始める。やがて思考の整理が終わったのか、力なく苦笑して顔を上げた。


「そうなるとやっぱり、『ウォー』はかなり慌ただしくなるわね。ただ、わたし達のような日陰者からすれば、かなり厳しい状況だわ」


「それはどういう事ですか?」


 アリスの質問に、ウルトと龍我は顔を見合わせる。そして口を開いたのは龍我だ。


「単純な話だ。ノーミはいわば、この都市の経済の心臓。それが無くなれば――」


「あ……」


 事情を察し、アリスの口から思わず声が漏れた。そして心配そうな視線をウルトに向ける。隣のカズも、同じような視線をウルトへと送っている。

 しかしここで、残った一人――イレナから思わぬ提案が上がった。


「それなら、うちの修道院に来ればいいんじゃない?」


「修道院?」


 形のいいその眉を持ち上げるウルトに、イレナは「うん」と頷いてから説明する。


「あたしの育った、バレンシール修道院。一度燃えちゃったんだけど、そろそろ新しい修道院が出来てる頃だと思うわ。受け入れに関しても、ユピ姉にあたしの名前を言ってくれれば――」


「たしかにユピア様は懐の広いお方だが、イレナ。いくらお前の頼みでも、相手はもう一国の王だぞ。そう易々と受け入れてくれるか?」


「それは……」


 カズの言葉にイレナの表情が曇り、声が尻すぼみになっていく。

 しかしここで、思わぬ人物から援護射撃が入った。


「なら、俺の名を使え。さっきも出たが、これでもいちおう騎士団の副団長だ。それなりの発言権がある」


 そう言うと、目を丸くする面々の前で、龍我は一枚の手紙のようなものを取り出し、それをウルトに渡した。


「もしもの時の事を考えて、予め用意しておいた保険案です。受け入れ先に関しては未定だったんですが、バレンシール修道院なら安心できる。費用に関しては、俺が全員分出します。ウルトさん、その書状を団長に渡してください。その際に俺の名を出せば、あの人なら上手くやってくれる」


「……いいの?」


「もちろんです。今までお世話になってきた、せめてもの恩返しです。受け取ってください」


 受け取りを渋るウルトの手に、龍我が書状を強引に持たせる。

 ウルトはまだ納得できていないのか、しばし手の中の書状に視線を落としていたが、やがて遠慮がちな表情で顔を上げて、


「でも、龍我。『大食』に関しては、今まで何ひとつ……」


 どこか申し訳なさそうなウルトの声に、しかし龍我は首を横に振る。


「『時読み』で奴の足取りが掴めないのは、ただ単に俺の未来が奴と交わっていないだけです。それに、ウルトさんも言ってたはず」


「――?」


「『時読み』とはあくまで、高確率で訪れる未来を啓示するものであり、その目的は示された未来を変える為にあると。だったら、俺のこれからの歩き方次第では、いずれ――」


「……そうね。ええ、そうだったわ」


 龍我の言葉に目を閉じたウルトの顔から、先ほどまであった負い目のようなものが薄らいだ。

 そしてウルトは書状を大事そうに懐に仕舞うと、アリス達が初めて会った時から常に浮かべていた、あの感情の読み辛い不敵な微笑を浮かべて龍我を見る。


「それじゃあ、進むべき道に迷ったら、いつでも訪ねて来なさいな。読んであげるわ」


「――はい」


 ウルトの言葉に頷くと、「それと」と言いながら、龍我は二枚目の書状を取り出した。そしてそれを、眉を寄せるウルトに渡して言う。


「使い走りのような事をさせて申し訳ありませんが、これを団長に渡してください」


「それは構わないけれど……これは?」


「今回の調査報告書です」


 その言葉に目を丸くし、ウルトは自分の手に握られた調査報告書とやらに視線を落とす。そして訝しげな表情で顔を上げると、


「もしかしてあなた、王都には帰らないつもりなの?」


「ええ、帰れない理由ができましたもので」


「帰れない理由……ああ、そういう事ね」


 龍我が王都に帰れない理由、その原因を即座に察したウルトが納得の声を上げた。

 ウルトは目元を優しく細め、龍我をからかうように見やると、


「ここにいないからもしやとは思っていたけど、なるほどねぇ。龍、というのは、あなたの事だったわけ」


「それは……?」


「あの子の『時読み』の話よ。その事、キサラギはもう知っているのかしら?」


「はい、既に伝えてあります」


「そう……」


 胸のつっかえが取れたような、どこかほっとした様子で吐息を漏らし、ウルトは真摯な目で龍我を見上げて言った。


「よろしく頼むわね。あの子も、苦労の多い人生を歩んできたみたいだから。――さしずめ、龍我パパかしら?」


「ウルトさん……俺は」


「ふふ。そんな顔しないの。あの子もあなたが付いていれば安心だけれど、くれぐれもグレさせないようにしなさい」


「……善処します」



 ――その会話を最後に、賀茂龍我は去って行った。



「――ごめんなさいね。あなた達を置いてけぼりに話し込んでしまって」


 龍我の背中を見送ったウルトが、申し訳なさそうな顔でアリス達に謝ってくる。

 アリスは口元に微笑を浮かべ、ウルトに首を振ると、


「いえ、ボク達は全然。ウルトさん達の今後の事についての話しだったんですよね? そんな大事な話に横槍を入れる訳にはいきませんから」


「あら、薄々感じてはいたけれど、しっかりしているわね。その調子で、今度こそキサラギの手綱を手放さないようにね?」


「はい。シンゴの手はボクがしっかり繋いで、決して放さないようにします」


 力強く頷くアリスだったが、その横から対抗するようにイレナの手が上がった。


「あたしも空いた方の手をがっちり握って、氷漬けにして固めておくわ!」


「……これ、オレも乗らないといけない流れか?」


 頬を引き攣らせたカズの言葉に、女性陣三人が顔を見合わせ、同時に吹き出した。

 その笑い声を前に、カズも相好を崩して苦笑する。そして眠るシンゴを見ると、「年寄りだとよ」と笑いながら声をかけ、それが更に女性陣の笑いを誘った。

 やがて笑いが収まると、ウルトが「それで」と声を三人にかけてきた。


「あなた達はこれからどうするのかしら? キサラギの妹を探すのなら、候補は二つ。近い所から『オワリ帝国』。そして最北端を目指すのなら、吸血鬼達の住まう領域――『金色こんじきの神域』ね」


「――っ!」


 ウルトの挙げた二つの候補のうち、後者にアリスの目が見開かれる。

 ちなみにだが、ウルトにアリスが吸血鬼だとは告げていない。それ故か、アリスの反応にウルトは首を傾げて不思議そうな顔だ。


「いえ、その……」


「――その前に、お礼がしたいわ」


「え?」


 言い淀むアリスに何かを感じたのか、ウルトが微笑みながら目を閉じ、話題を変えた。

 首を傾げるアリス達三人だったが、いつの間に取り出したのか、ウルトの手の平に乗せられた丸い水晶を見て、三人共揃って息を呑む。


「あなた達の未来を読んであげるわ。そうね、まずは……カルド・フレイズ」


「お、おう!?」


「わたしの前にきなさい」


 急に名を呼ばれて声が裏返るカズに微笑みかけ、ウルトが自分の前を指差す。

 カズは困ったように後頭部を掻き、助けを求めるようにアリスとイレナを見た。しかし二人して「どうぞ」と手で勧められ、生贄に捧げられる。


「お前ら……っ」


「早くなさい。己の未来を知っておく事は、決して悪い事ではないわ。それに、未来は変えられるものよ。その為の『時読み』なのだから」


「……ええい、分かった。やったらぁ――ッ!」


 少女二人に売られたカズは、しばらくこめかみをひくつかせていたが、やがて覚悟を決めた――というよりはやけくそ気味に決意を固め、椅子を移動させてウルトの前に腕を組んでどっかりと腰を下ろした。そして目をかっ開くと――、


「らっしゃい――ッ!」


「……カズが壊れた」


 威勢のいい店主のような声を上げるカズに、アリスの率直な感想が飛ぶ。

 それを意識して無視し、カズがウルトを真っ直ぐ見る。準備が完了したのを受け、ウルトが手元の水晶に手をかざした。すると、水晶が淡い紫色に輝き出す。


「――っ」


 息を詰め、カズが頬を強張らせながら待つ間、アリスとイレナは輝く水晶に興味津々な様子で、徐々に前のめりになって行く。

 しかし部外者二人とは違い、実験台にされたカズの心情は穏やかでない。


 やがて、その緊張感に耐え兼ねたカズが、思わず待ったを掛けようと手を持ち上げかけたところで――、


「――汝、欠けた世界にて魔と戯れる時が訪れる」


「お……おう?」


 不意に告げられた『時読み』の結果に、カズは目を白黒させる。

 しかし、カズが平静を取り戻す前に、女性陣から我先にと手が挙がった。


「次あたし!」「ボクも!」


「そんなに慌てなくても大丈夫よ。ちゃんと全員読んであげるから」


「あの、オレの……」


 じゃんけんを始めるイレナとアリスに微笑みかけるウルトに、カズが恐る恐るといった様子で声をかけた。

 そんなカズの声に振り向くと、ウルトは「?」と首を傾げる。


「いや、そんな分かりませんみたいな顔しないでくれ。さっきの、まったく意味が分かんねぇんだが……」


「当然よ。わたしも分からないから」


「――は?」


 言われた事が理解できず、カズの口から呆けた声がこぼれ落ちる。


「『時読み』は詳細を知る事は難しいのよ。読み上げた中にあった単語から、おおざっぱに推測するのが関の山ね」


「なんだよ、そりゃ……」


 げんなりとして肩を落とすカズだったが、不意に背後から伸びてきた手が優しくその肩に置かれた。

 カズはその手に思わず嬉しそうに振り向くが、そこに立っていた少女――イレナが、満面の笑みで小首を傾げながら一言。


「次あたしだから、どいて!」


「…………」


 意味の分からない不穏な啓示をそっと胸の奥に仕舞い込み、カズは眠るシンゴの前に腰を下ろすと、布団を引き上げてシンゴの口と鼻を覆った。

 謂れの無い八つ当たりを受けてシンゴが苦しげな呻き声を漏らす傍ら、じゃんけんにより二番の席を獲得したイレナが『時読み』に入る。


 ――水晶が淡く輝き出し、その未来を示す。


「――汝、己が何者なのかを知る時が訪れる」


「あたしが……え、なに? 何者?」


 頭の上に疑問符を無数に浮かべながら席を立つイレナに代わり、心なしかそわそわした様子で席に腰を下ろすのは、じゃんけんで負けて最後となったアリスだ。

 そんなアリスの目の前で、輝く水晶に手をかざすウルトが微かに眉を寄せた。


「これは……いえ、問題はないはず」


「――?」


 前の二人とはウルトの反応が何やら違っており、アリスの顔に不安の色が過る。

 期待半分、不安半分の眼差しでアリスが見詰める先で、ウルトが眉間に皺を寄せながらもなんとか『時読み』を完遂させる。

 そして吐息と共に脱力し、閉じていた目を開けてアリスを見ると、咳払いをしてから背筋を伸ばして結果を告げた。


「汝――もうこれ、堅苦しいわね。アリス。あなたはいずれ、金色こんじきの女神と共に旅立つ事になるわ」


「金色の……女神?」


 投げやりに吐息し、ウルトが軽い調子でアリスの『時読み』の結果を告げた。

 その中にあった『金色の女神』という単語にアリスが首を傾げる。


「初代レッジ・ノウの異名と被る点もあるけれど、あっちは巫女なのに対し、こっちは女神なのよね。おそらく関係はないでしょう。もしかしたら、ただの比喩みたいなものかもしれないわ」


 ウルトは指を顎に当て、思案するように視線を虚空にさまよわせると、やがて「たとえば」と言って顎から離した指を立てる。


「金色の装飾が散りばめられたドレスを着た、どこかの貴族の成金令嬢とかイメージにばっちりじゃないかしら。低頭する平民の前で、私の事は女神と呼びなさい、とか言いながら高笑いするタイプ」


「……なんか、すごくイヤだ」


 ウルトのたとえ話により、頭の中に高笑いする成金貴族令嬢の姿が鮮明に浮かび上がり、アリスは渋い顔で不満を唱えた。

 『時読み』は各々の未来を提示したが、結果は揃って首を傾げるものばかりだ。

 しかしウルトはあまり驚いた様子でもないので、こういった結果になる場合の方が多いのだろう。


 ――ただ、一つだけ気になった事があった。


「ウルトさん。ボクの『時読み』の時だけ、何か様子が変じゃなかったですか?」


「そんな大した理由じゃないわ。あなたの未来は、少しだけ読み辛かっただけよ。ちょっとだけ、ノイズがかかっていたくらいね。前にも一度同じ事があったから、気にするような事ではないわ」


「……ものすごく不安なんだけどなぁ、ボク」


 人差し指と親指の間で「ちょっと」を表すウルトに、アリスは再びげんなり顔。

 結果はどうあれ、これで三人の『時読み』は無事に終わった。残すは、アリス達が次に目指すべき場所についてなのだが、当事者であるシンゴが眠ったままでは、決めようが――。


「――さて。最後にあなた達の探し人がどこにいるか、読んであげるわ」


「そんな事が出来るのか!?」


 水晶を手に立ち上がったウルトの言葉に、呼吸に苦しむシンゴを見て鬱憤を晴らしていたカズが、驚きの声を上げて振り向いた。

 当然その反応はアリスとイレナも同様だ。そして三人の驚愕の視線に晒されるウルトは、微笑みながら首肯する事で可能だと答える。


「本当はキサラギの未来を読むのが手っ取り早いのだけれど、それは諸事情により不可能。だけど、今はキサラギと行動を共にするあなた達がいる。今から行うのは、『時読み』の亜種――『まじわりの時読み』よ」


 そう言うと、ウルトは「下がって」と手で三人を壁の隅に追いやり、水晶を片手に部屋の中央に立つ。

 そして順に、カズ、イレナ、アリスと見やり、最後に手元の水晶に視線を落とした。

 次の瞬間、ウルトの手の平に乗せられた水晶が深い紫色に輝き出し――、


「――えいやッ!」


「「「ええ――っ!?」」」


 ――気合一声、ウルトが水晶を思い切り床に叩き付けた。


 そんなウルトの突然な行動に、アリス達の驚愕の声が綺麗に重なる。

 当然、叩き付けられた水晶は見事に粉々だ。

 呆気に取られる三人だったが、ウルトが静かに瞑目し、意識を集中させている事に気が付く。


 よく見てみれば、床に散らばった水晶の破片は未だに光を放っており、むしろ割れる前よりもその輝きは強くなっている。

 それを受け、今しがたの行為が正しい手順なのだと三人は理解した。


 ――正直、理解に苦しんだのは共通だ。


「――氷雪の吹き荒れる白き世界、聖獣が眠りし極寒なる北の果て。古より神に仕えし神官達の守護する土地にて、そなた等の運命を収束させし、この世の者ではない少女に未来は交わらん」


 仰々しい文句を告げ、ウルトは額に汗を浮かばせながら脱力するように息を吐いた。

 どうやら『交わりの時読み』とやらは成功したらしい。そして告げられた文句の中には無視できない単語が幾つも散りばめられており、アリス達は揃って押し黙る。


「……この世の者ではない」


 アリスがぽつりと呟く。おそらくこの一文の真の意味は、アリスとシンゴにしか理解できないだろう。

 つまり、この世の者ではないとは、この世界の住人ではないという意味だ。ならば、この『時読み』が指し示した少女は、間違いなくイチゴの事だ。


「聖獣ってのはつまり、宝を守る神の事か? んで、白き世界ってのを、雪が降り積もってるって意味で受け取るなら……」


「少なくとも、『オワリ帝国』ではないわね」


 カズの推測を引き継ぎ、イレナが二つの選択肢の内の一つ――『オワリ帝国』を候補から除外する。すると自然、残るは選択肢は一つ――。


「――どうやら、キサラギの妹は『金色の神域』にいるようね」


 ウルトがそう締め括り、アリス達の目指すべき場所が決定した。

 そんな中、アリスは手を挙げてから質問を挟む。


「そこって、吸血鬼達が住んでるんだよね? たしか、鎖国してるって話じゃ……」


「ええ、問題はそこね。あと、『時読み』では神に仕える神官と出たけれど、本来なら吸血鬼と出るのが普通のはず。北の宝を守る神と何か関係があるのか、まったく別の事を示しているのか……」


 アリスの疑問を肯定しながら、ウルトが『神官』という部分にも触れる。

 目的地は決まったが、問題は山積みだ。そしてその問題の山の中には、アリス自身の問題も含まれる。


「――吸血鬼」


 アリス・リーベがこの世界にやってきた最大の理由――己自身を知るという本願への道に、こういう形で繋がるとは思ってもみなかった。

 そしてこれは単なる偶然か、アリスが目指していた先は、キサラギ・シンゴの目指すべ先と交差していた。


「――――」


 アリスは『金色の神域』とやらについて話し込むカズとイレナ、そしてウルトから視線を外し、寝台で静かに寝息を立てるシンゴを見た。

 互いに目的が成就されれば、その先どうなるのか。シンゴは元の世界に帰る方法を探し、必ず帰ると言っていた。ならば、アリスは――。


「――それを決める為に、私は」


 憂いに睫毛を震わせながら、アリスは伏せた瞳でシンゴの横顔を見詰め、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。


「――アリス?」


 しばらくそうしてシンゴを見ていると、背中にイレナの心配そうな声がかけられる。

 アリスはその声に振り向くと、先ほどまでの思考を切り捨て、笑みを浮かべながらなんとなく質問した。


「なんでもないよ。――それより、『オワリ帝国』って面白い名前の国だね?」


 あくまで話題を変える為のその質問に答えたのは、イレナではなくウルトだった。


「あら、知らないの? 国名は初代の帝が付けたのよ。帝は代々『オダ』の家系から選ばれていて、そもそもその『オダ』が変わり者揃いでね。国も影響を多分に受けて……どうしたの?」


「いえ……なんでもない、です」


 そんな訳もなく、予想もしていなかったカウンターに笑みを引き攣らせるアリスは、その動揺を鎮めるのに必死だ。

 そしてそんなアリスの後ろでは、未だに呼吸困難で苦しんでいるシンゴが、助けを求めるように呻き声を上げ続けていた――。


あと1話投稿で3章終了の予定です。

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