充実した旅だったでしょうか
翌日の古都の空は実に気持ち良く晴れ渡っていた。
五月晴れという言葉が五月の空を指していうのか、六月の空を指して言うのか知らないが、そんな文学的な言葉が実にふさわしく感じられるほどの気持ちよさだった。
朝食後の全体ミーティングと班長会議を手短に終えると、学生達はめいめいの目的地に向かって、旅館を後にする。
「そういう訳で、今日は行動を一緒にすることになったんで……、よろしく」
委員長の友達兼取り巻きの『その一』さん及び『その二』さんの生温かい視線と、分不相応な幸運を妬む野郎共の熱い視線の集中砲火を浴びながら、オレは戦場への第一歩を踏み出した。
「よかったぁ。一人でも欠けるとつまんないもんね」
――どうして、ついてくるかなぁ? こういうときは遠慮するでしょ、普通?
「そうだよねぇ。今日一日、楽しくすごそうね」
――まあ、いいけど。今日一日迷惑かけないでよね……。
心ない笑顔を張り付けて挨拶を交わし、オレは速やかに彼女達三人の三歩後に身を置いた。
三歩下がって『死』の影を踏まず。
踏み込み方を間違えれば残りの高校生活は灰色を通りこえて、真っ黒になるだろう。
オレのストレスゲージは最初からMaxを振り切っている。
実社会にでれば、望まぬことを強制させられるのは当然という。今からその予行演習であるとでも思えばいいのかもしれない。
将来、就職活動をする際には社内旅行のあるなしを検索…………。
修学旅行、学びたくないことも少な…………。
なんだか虚しくなるのでもうやめよう……。
背後を歩くオレの内心など気にも留めず、付箋をあちこちに張り付けた雑誌をのぞきこんであれこれと希望を言い合う三人とともにオレは地下鉄に揺られ、目的地へと向かう。どこから回るか、休憩のおやつはどこがいいか、とはしゃいでいる彼女達の年相応の姿になんとなくほっとする。このままこちらに注意が向かぬことを祈ろう。
途中、乗り換え駅を経由することで、当然、学生達の姿は徐々に少なくなっていくはずだった。
だが、オレ達の周囲からは一向に、霧ヶ峰高生の制服姿が消えることはない。
最初の目的地にたどりつく頃には、一クラスを軽く超える生徒達が、オレのすぐ後ろを歩いていた。
後ろからなんとなくこぼれてくる会話の端々をとらえることで、オレはようやく事態を把握する。
東堂咲耶目当ての野郎共とそれを目当ての女子生徒、そしてさらにそれを目当てにする野郎共、そしてそれを目当ての……。
孤独をこよなく愛するはずのオレは、あろうことか一方通行の青春と打算が複雑に絡み合ってできた集団の中に埋没しつつあった。
――メ、メンドクサイことになってきた……。
確かに予想していなかった訳ではない。
だが、実際にその場に立たされ、背後から受ける圧力というものは、想像したものとは全く違う筆舌しがたいものである。
「こ、これがプレッシャーというものか……」
商業主義に踊るバカな作り手とファンと呼ぶのもおこがましいブタどもにいいように蹂躙され、時代遅れのオワコンとなりはてた物語の登場人物よろしく、オレはぽつりとつぶやいた。
電車を降り改札をぬけたところで、いよいよ目的地へと近付いたオレ達と、後続の集団にあった差は徐々に詰められ、やがて零となる。
「東堂さん、久しぶり。君もこっち方面なんだ、偶然だね」
「あっ、横嶋君、そうなんだ。色々と行きたいところがあってね……」
秘技、『故意』と書いて『偶然』と読む!
『嘘言ってんじゃねえよ』と誰もが突っ込むようなことを、堂々と真顔でやってのける恐るべきスキルが世の中にあることを実感する。
対する委員長もいつもの委員長スマイルで応対する。
委員長に声をかけたのは軽音同好会所属の横嶋君。二人は去年同じクラスで、どうやら横嶋君とやらの方が委員長に気があったらしい。
背後から小声で聞こえてくる噂好きな事情通さん同士の解説がとても便利だった。
「じゃあさ、途中まで一緒に行こうよ」
横嶋君とやらの何気ないようで極めて緻密な計算のもとに発せられた誘い文句に、周囲がすかさず同調する。委員長に断るすきを与えぬ絶妙な仕込みだった。
――おい……。
あっという間に同調の空気が広まり、委員長の表情がわずかに曇る。
「えー、いいなあ、じゃあ私達も一緒に行っていい?」
「そうだね、みんな一緒の方が楽しいもんね」
「仲間はずれはかわいそうだよ」
横嶋君目当ての女子生徒達がすかさず食らいつく。一時間もたてば、集団は数の暴力で占拠されていることだろう。
――おいおい……。
気持ちよいはずの五月晴れの空の下、だんだんと雲行きがあやしくなる状況にオレは当惑する。
ふと、今日までの苦難の日々を振り返る。
班員数が四人か五人かをめぐって行われたいくつもの駆け引き。
クラスは一時、内紛寸前で、旅行当日には名誉ある脱落者も出た。
俺自身、あまり敵に回したくないやつらまで敵にして、保身を図らざるを得なかった。失くしたものはきっと少なくないだろう。
だが、そんな苦悩も犠牲もすでに遥か彼方の話である。
事態は常に刻々と変化していく。
自由行動時の数多の取り決めを軽やかに踏みつけて、欲望の赴くままに事を進めようとする若者達の集団は、『みーんな一緒』を合言葉に、学内での決めごとなどあっさり無視していく。そもそも現実を直視しない学内の決めごとの方が問題なのかもしれない。
勝手に話を進めていく横嶋君とその周囲の有象無象にとり囲まれた委員長。
その表情こそいつもの委員長だが、たくさんの付箋が付いた旅行雑誌を丸めた手がわずかに震えているように見えた。
もし彼女に向けられたのが明確な『悪意』ならば、いつもの彼女らしく毅然と振る舞ったことだろう。
だが、今彼女に向けられているのは『善意』の顔をした『何か』だった。
その本質が怪しげな下心にまみれたものであっても、それが表面的に『善意』を取り繕い、圧倒的な数の暴力で支えられている以上、その提案を断るのは難しい。断り方次第で集団は一気に悪意へと傾きかねない。
『東堂咲耶』というきらびやかな看板ですら、己のリビドーに忠実な大衆の機嫌を損なえば、とたんに泥だらけに汚される。
同じ格好をした顔のない奴らの傍若無人な振る舞いに心痛める者もまた、別の場所では顔を失い知らず知らずに何かを汚す。
現代社会に生きる者の大いなる矛盾である。
少し離れた場所で委員長の友達『その一』『その二』さん達も当惑しているようだ。
「なあ、委員長……、困ってんじゃないのかよ。助けてやらなくていいのか?」
彼女たちにそっと近付き、当たり障りない助言をしたつもりだったが、返ってきたのは思わぬ敵意だった。
「あんただって同じでしょ!」
「どうやって咲ちゃんに取り入ったか知らないけどさ。少しは咲ちゃんの迷惑考えなよ!」
「はい?」
思わず目が点になる。
彼女達にとっては、オレも横嶋君とやらも同じ穴の狢らしい。
彼女達の予定を阻んでいるのは強引に押しかけてきた『横嶋君と困った人達』のはずなのだが、なぜか睨みつけられたのは、ままならぬ現実に振り回されているオレだった。
――おいおいおい……。
本当にメンドクサイことになってきた。
これだから修学旅行になんて来たくなかったんだ。
わざわざカネ出して遥か京都くんだりまでやってきて、何が悲しくてストレス抱えて右往左往しなければならんのだろう。
眼前に広がる理解しがたい光景をぼんやりと眺めてみる。
孤独を愛する俺にはいまいち縁の薄い、これが俗にいうリア充とやらの集団なのだろう。
その輪に入れてもらえぬ嫉妬交じりのボッチの怨嗟の声が何かと電子網を飛び交う昨今だが、これがそんなにいいものなのかよ、とふと思う。
相手が困っていることも気づかず、夢中で自分のエゴを押しつける奴。
他人の隙間に入り込んで己の利とするために、数の暴力を使って画策する奴。
仲間外れになりたくなくて一生懸命、周りの顔色をうかがいながら調子を合わせる奴。
そして、友達だよねと言いながら、いざというときにはその友達の盾になってやることすらできない奴。
『みんな仲良く一緒に』などと聞こえのいい言葉の裏側に、誰かの犠牲と不幸が確かに存在する。
もしかしたら、みんな仲良く一緒に『不幸になろうよ』、というのがその本質なのかもしれない。
押し寄せる輪の中で途方に暮れる委員長。
ついさっき電車の中で楽しげに予定を話し合っていた時の彼女はどこにもいない。昨夜、ベンチで話した時の姿すらも。
なんだかバカバカしくなって回れ右をしたくなる。たが不意に脳裏にとある笑顔が思い浮かんだ。
はあ、と一つ溜息をつく。
――いいや、どうにでもなれ!
オレはスマホを取り出し、昨夜ゲットしたばかりの委員長のアドレスを呼び出した。一つ大きく息を深呼吸すると、彼女にコールする。五回のコール音の後で「はい」という緊張気味の委員長の声が聞こえた。
「もしもーし、委員長さんのお宅でしょうか?」
周囲にいるすべての人間に聞こえるように声を張り上げる。彼女からの返事はない。背後からの視線を一心に集めたところで声のトーンを少し落として続けた。
「いろいろ立て込んでるところ悪いんだけどさ、約束、まさか忘れてないよな!」
「えっ……?」
当惑が交じった声は当然である。そんなもの最初からあるわけがない。どんどん突っ走る事にする。
「ひでえな、もう忘れたのかよ。『修学旅行なんてつまらんから休む』って言ったオレに『委員長権限で集団行動の楽しさを教えてあげる』っていったのは委員長自身だろう。このまま人の迷惑も考えずに押しかけて勝手なこと言う、顔も名前も知らんドアホな有象無象と一緒にいたって面白いわけないよな! そういう訳で、賭けはオレの勝ち。約束通り旅費は全額委員長負担っていうことでよろしくな!」
我ながらよくもまあ、口から出まかせがすらすらと出たものであると感心する。
当然オレの暴言に、背後の有象無象から殺気がほとばしる。DQNよりは格上の扱いをしてやっているのに、わがままな人心とはなんとままならぬものだろう。
――彼女は気づいてくれるだろうか?
ここまで比較的良好な人間関係を彼女との間に作れていたような気がしていたものの、普通なら嫌われて当然だろう。
――まあ、いいさ。
その時はその時、当初の予定に戻ればいいだけの話である。ふと、生八つ橋とすぐきを買いに京の都を一人彷徨うオレの姿が脳裏に浮かぶ。
――あれ?
脳裏に浮かんだ己の姿はなんとなく寂しそうに見えた。旅行前はあれだけ楽しみだった単独ミッションがなんだかつまらないものに感じられた。
――オレ、もしかして何かを楽しみにしてた?
突然、生まれた訳の分らぬ感情に動揺する。オレは一体、何を期待していたんだろう。
そっと背後を振り返る。
何やら憤慨しかけた有象無象共の向こうで、スマホを耳にこちらを向いている委員長と目が合った。
暫しの沈黙の後で委員長の表情がふっと緩んだ。一瞬、昨夜、ベンチで話した時の彼女の姿が重なった。
「バカ!」
言葉と同時に彼女はスマホを切る。バッグにスマホを戻すと彼女は、明るく微笑みながら横嶋君に向き直った。
「ごめんね、横嶋君。聞いての通り、私、今、央城君と絶対に負けられない賭けの最中なの。今のままだとかなり旗色悪いからちょっと本気にならないといけないんだ。そういう訳で一緒に行けなくて御免なさい。みんなと楽しい旅になるよう祈ってるよ」
「ま、待ってよ、東堂さん。それなら……」
ぺこりと彼に頭を一つ下げると、東堂咲耶は毅然とした表情とともにすたすたと歩きだした。振り返る様子は微塵もない。
「待たせて、ゴメン」
二人の友人を促し彼女はオレのもとへとやってくる。そのまま引っ張るように彼女はオレの手をとった。
東堂咲耶の意外な行動に誰もが唖然とする中、オレ達四人は元来た道を引き返し始めた。
「お、おい……」
いいのかよ、と尋ねようとしたオレに、傍らを歩く東堂咲耶は小さくのたまった。
「ありがとう、央城君。助け船は……泥船だったけど……」
「わ、悪かったな」
それでも彼女は微笑んでいた。つかんでいた手をそっと離して二人の友人を振り返る。
「さてと、じゃあ、私達も本気になっちゃおうじゃないの。央城君に『楽しかった』と言わせると旅行代金が全額返ってくるんだって!」
「咲ちゃん、それ本当?」
「さすが央城君、太っ腹! 張り切っていこう!」
「ちょっ、ちょっと待て、それとこれとは……」
再び雑誌を広げて彼女達は新たな予定を相談しはじめる。思わぬご褒美目当ての彼女達はすでに目の色が変わっていた。
口は災いのもと。
ドつぼにはまる
自業自得。
修学旅行、学ぶことは決して少なくない。そして、体験に勝る学習はないという。
旅行先でそれらの意味を次々に身をもって学ぶ間抜けな高校生の名を「央城連理」という……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
冷たい水の感触で押し寄せる眠気を吹き飛ばす。
ハンドタオルをこすりつけるように顔を拭うと見慣れたそれが洗面台の鏡に映る。さすがに睡眠時間二時間はきつい。うっすらと目の下にクマができているようにみえた。もっともそんな間抜けな顔をしているのは俺だけではない。
東京方面上りの新幹線車内にいる霧ヶ峰高生の大半が、今のオレとさほど変わらない。その半数は心地よい列車の振動に揺られながらウトウトしかけている。あと数時間でオレ達の修学旅行というイベントは終わりを迎えることになる。
自由行動日を終えた三日目の夜、大半の生徒は羽目をはずし、消灯時間の後もごそごそと最後の夜をそれぞれ楽しんでいた。
誰々がアルコールを持ち込んだ。
誰々が女子部屋に突撃した。
何組の二人が押し入れでヤッていた。
ほとんど徹夜状態で思考がぼやけたままの朝の食事時には、あちらこちらで虚実入り乱れた噂話が、現実及び仮想現実空間を飛び交っていた。帰ったら例の掲示板は祭り状態に違いない。
エンスト気味の身体を無理やり引きずって、洗面台を後にしようとしたその時、不意に一人の女子生徒とすれ違う。
目を真っ赤にしたその顔は同じクラスの女子生徒、男女二人ずつ仲良し小良しのはずの四人組の一人だった事を思い出す。小さくすすり泣きながらトイレに飛び込んでいく彼女に気づかぬふりをし、一つ溜息をつく。
――思い出も色々か。
修学旅行に参加した学生の数だけ思い出の数も種類もある。
反対側のデッキに身を移し、高速で後方へと流れていく景色を横目に、オレはスマホを取り出して旅の思い出を振り返った。三日目の自由行動日のデータ量がやけに多いのは……想定外だった。
『央城君、楽しかった?』
『い、いや……、まだまだこんなもんじゃな……』
『そっか、じゃあ、次行ってみよっか』
旅費目当ての委員長達とそんなやり取りを何度も繰り返しながら、オレ達は三日目の自由行動を満喫していた。
委員長達とやり取りした静止画の中に映るオレは、らしくもない不器用な笑顔を浮かべ、間違いなく旅を楽しんでいた。
途中、川に落ちかけるほどに……。
委員長の友達『その一』、『その二』、否、遠見さんと高柳さんとの関係も途中までは、そこそこ良好だった。帰りがけに偶然見つけた漬物屋で上物のすぐきの小樽を見つけて問答無用で飛びついたことで、又、変人扱いに逆戻りだったが……。
宅急便で送った土産物のほとんどが自分用のものばかりという寂しい現実は、そっと胸にしまっておこう。
――べ、別にいいさ。これで後、半年は戦える!
半年後のオレはきっと今とそんなに変わっていないだろうけど……。
そろそろ目的地が近付いたところでオレは再びスマホを起動する。
時速200キロ以上のスピードで窓の景色が飛んでいく。
そんなに急いでどこへ行く、と尋ねたいところだが、時代はそれでも満足しないという。何年か後の後輩達は景色一つ見えない時速500キロ以上の超電磁特急の旅にどんな面白さを見出すのだろう?
そんな疑問に首をかしげながら、オレはなだらかな稜線の美しい被写体へとスマホを向けた。
車窓に現れたのは、頂上にまだ雪を残したわが国最大級の山の景色。
数年にわたって行われる噴火するぞするぞ詐欺にやきもきさせられても許されてしまうのは、我が国有数の霊峰の特権であろう。あれやこれやと立ち並ぶ建築物のせいで、車窓からのベストショットのシャッターチャンスは至極短い。
タイミングを図って連続モードで撮影し、奇跡的にとれた一枚のみを選択して、思い出の締めとする。
――まあ、こんなもんか……。
混迷の二十一世紀、大噴火とともに山の形が変わらぬことを祈るばかりである。
ふと、背後でドアの開閉音が聞こえ、一人の女子生徒が現れた。
委員長だった。
大半がぐったりとしている車内で、友人達とそこそこ高いテンションで会話していた姿を思い出した。
「央城君、何してるの?」
「ん? 締めの一枚をと思ってさ……」
撮れたばかりの霊峰の画像を彼女に見せる。
「あ、いいなぁ、きれいに撮れてる。それ、もらってもいい?」
三日目の自由行動でそのやり取りにすっかり慣れ、オレは彼女の端末に撮れたばかりのそれを転送した。
「じゃあ、私も、締めの一枚を……」
スマホを取り出し、オレのすぐ隣に立つとカメラを起動する。自由行動のおかげで、まったく抵抗を感じなくなっていたことに気づかぬほど、それは自然な行為だった。いつも緊張感を覚えていたはずの彼女の香りが、いつしか当たり前のように感じられた。
「はい、笑ってー」
有無を言わさず小さくシャッター音が聞こえた。
「お返しね」
撮ったばかりのツーショットがオレの端末に転送される。
締めの一枚としては、無人の世界遺産よりも、こちらの方に温かみが感じられ、ふさわしいように思えた。
「ねえ、央城君、修学旅行、楽しかった?」
オレの隣でいたずらっぽく彼女が笑う。
始まりは多分、修学旅行の班分けをめぐっての議論だったのだろう。
あの時差し出された紙片は、今、思い返せば彼女の挑戦状だったのかもしれない。
なんだかんだと屁理屈をつけて旅行をサボろうとした面倒くさがりのひねくれ者に、彼女は見事に勝利していた。
なかなかの委員長ぶりである。
とはいえ、楽しかったと素直に白旗をあげるのは少しばかり癪に思えた。
「ま、まあまあだった……かな」
オレの返事は予想通りだったらしい。
「相変わらず、強情だね……」
小さく微笑み、彼女はその場を立ち去ろうとした。ふと何気なく、彼女を呼び止める。
「なぁ、委員長」
振り返った彼女にオレは自然に口を開いた。
「ありがとな、色々と……」
一瞬、驚いたような表情を浮かべた後で、彼女は笑った。
「どういたしまして……」
足取り軽く彼女はその場を立ち去っていく。デッキに一人取り残されたオレは再び窓の外の景色に目を向けた。
帰ったらまた退屈で平凡で少しばかり陰湿な日常が待っているのだろう。
この旅行でなんとなく何かを得たような気分になったオレを乗せ、新幹線は一路東に向かって邁進する。
『色々と学ぶことのできる充実した旅だったでしょうか?』
もしも監督官庁にヒアリングを受けることにでもなったなら、この学校行事の継続に一肌脱ぐことにしよう。
2015/10/22 初稿