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Anomic Generation  作者: 暇犬
May――School Excursion
5/18

伝統文化、やるじゃん



 修学旅行。

 この国の教育制度に触れたものならば誰もが当然のごとく知るその学校行事は、驚くなかれ、百年以上の歴史があるという。

 本来は学術目的や見聞を広めるなどの目的であったらしい。

 だが、今やそのような目的で修学旅行に参加する生徒は稀だろう。

「ああ、いろいろと学んだな。実に充実した旅路だった……」

 などという手ごたえと共に帰宅の途につく者がいるなら是非とも挙手願いたい。

 年々、娯楽化と物見遊山の色が濃くなり、時として海外に大恥をさらすこともある一方で、世の中にはこのような問題ときちんと向き合っている賢い学校もある。無駄だとみなして廃止したり、当初の目的に立ちかえった宿泊研修なるものに切り替えているという。高額化する費用が、抜けだせぬ格差社会の中でもがきつづける貧困家庭の家計を圧迫する、というあまりに現実的な問題も無視できない。

 今やすっかり学生オレ達を悩ませ、制度疲労を起こしたものの一つであると考えられるこの行事で、一体得をする者がいるのだろうか?

 暫し考え、はたと手を打つ。

 まとまった売り上げが期待できる業者などその典型だろうか。

 生徒と引率教師三百人近くの飲み食いで上がる売り上げは並々ならない。

 後は味も赴きも分からぬ質より量の生徒ガキ共には安く劣悪な国外産を混ぜて適当に、その分教師(オトナ)には上質なサービスを提供しご機嫌を伺えば、粗利とついでに来年の売り上げもウハウハ――などと考えるのは、斜に構えた世間知らずの高校生の妄想である。

 世の中とは、お客様第一主義をモットーに薄利多売、安心堅実、信頼と責任という信念のもと、win-winな商売をする素晴らしい人達で成り立っている…………はずだ、……多分、いや絶対!


 まあ、所詮、オレ達子供などただの金づる扱いでしかないこのご時世。

 生まれたその瞬間から、子を持つ親心に付け込んで、子供をネタに国と企業がよってたかって暴利をむさぼる資本主義社会の構造にがっちりと組みこまれて生きる者たちにとって、子供の養育にかかる経済的負担は並々ならぬものがある。

 赤ん坊の時からバカげた額をむしり取られ、さらに学童期には制服に鞄に、人生の役に全く立たない学習教材に、そして受験勉強からエロ事の指導までをこなす家庭教師になどなど、ぶっ飛んだ金額を突っ込んで有り難がるのが、学歴社会という名の階級制度にがっちりと洗脳された憐れな羊たちの現実である。


 Q、何故、子供が減っていくのか?

 A、一匹当たりのカネかかり過ぎ!


 少子化問題が声高に叫ばれて久しい昨今、単純明快な結論に多額の予算を突っ込んで何の解決策も見出せない元秀才たちは、忙しすぎる故のストレスからインポとなり、ヘンタイに耽って真実を見失う。

 責任を重んじ世の中に対して常識的であろうとする者ほど、歯車となり、その人生は孤独になるという。

 三歩先のことも考えず本能の赴くままに種をまき、厄介事は放置して人任せがデフォルトのDQN共が子沢山になり、さらなるトラブルをまき散らすという世の矛盾を誰も指摘せぬのは、不思議なことである。

 老害共から存在迷惑税や無責任誘発税として合法的に財産を巻き上げ、労働環境を整え、何かとカネが必要な若者に仕事と娯楽と余裕を与えて生活環境を整えれば、嫌でも人は増える。

 ただし、人間が増えたとしても、それをきちんと教育せんのうする環境と共生思想に根差した地域社会が崩壊しつつあるこの現代において、残念ながら国家再生の希望は遠い。


 そんな修羅道真っただ中な時代に生きるオレは、修学旅行なる苦行に向かうため、キャリーバッグをコロコロ転がしながら駅へと向かった。奇しくも行き先は京都。難行苦行の修行場所には事欠かぬという。

 だが人はいかなる苦しい時でも希望を見失わない。

 いかな最悪の環境とてオレにはまだアレとアレを入手するという希望がある。

 アレさえあればあと半年は戦える!

 その一心でオレは、敵味方いずれにも転がりかねぬ級友達とともに列車にのる。

 我が国の技術者達が長年の変態じみた技術と信頼を蓄積して育て上げた世界最高峰の運輸システム、その名も『元祖shin-kan-sen』、もしくは『本家』でも可。

 新型車両が出るたびに徐々に不細工になっていくという唯一の欠点はあれども、事故をおこすと棺桶に早変わりしてそのまま埋め立てられる紛い物やコピー商品にはない安心感は伊達ではない。


 いざ決戦の地・魔都京都へ。

 緊張と不安と陰謀渦巻くその地に向かう超特急列車の中で……、

 オレは……、

 数人の級友達とともに、なぜかのんびり和気あいあいと狩りゲーに嵌っていた。


 ……………………。

 ………………。

 …………。


 自分でも何を言っているのかよく分からないという事は非常に自覚している。

 だが『事実は小説よりも奇なり』という言葉があるように、今のオレはその行動に警戒すべきであろう級友達と共に、時に談笑を交えながらも狩りゲーを心から楽しんでいる。

 状況を整理する為に今一度、時間を巻き戻してみよう。


 大型連休開始の前夜。

 オレは数日前より吟味に吟味を重ねて選択した異世界冒険に出かけるため、アカウント登録を行い念願の異世界への旅に出た。

 美しいグラフィック。練り込まれた戦闘システム。魅力的なキャラクター造形。

 カタログとPVに胸躍らせて飛び込んだ作り物の異世界。

 現実に辟易とした青少年達を魅了してやまないその場所へと足を踏み入れること40時間弱。中古の名作二、三本くらい買えるカネを突っ込んで得られたものは『逃げ出した先に楽園はない』という真理だった。

 現実を儚み、異世界に希望を求めたものの、そこにいたのはやはりオレと同じ俗世の垢にまみれた者たちばかり。

 造り手の無能をひた隠しにするが如く、十八禁でもないのに過剰なエロが無意味に助長され、ばれなきゃ何をやってもいい、とばかりに連続するどこかで見たようなチープ&コピペストーリー。

 錯綜するエゴは、プレイヤー同士の軋轢を呼び、罵声が飛び交い、強力な課金アイテムによって生まれる格差はあらゆる戦略を破壊する。

 そしてそれらを助長させるかの如き更なる課金の誘い。

 高いカネを出して観光地にいったものの、売店の自販機の観光地価格と異国の観光客達のマナーの悪さに人の世の現実をみてがっかりした……、そんな気分だった。

 昨今、巷では、苦しい現実から逃げ出し、楽しい異世界ライフを満喫するという類いの小説がバカ受けらしいが、逃げ出した先も強かに生きる人々の世界であるということを理解しているのだろうか? 一度は逃げ出した人間を容易く受け入れてくれた異世界から、彼らが絶望とともに再度、逃げ出さぬ事を祈るばかりである。

『PVの素晴らしいゲームなんてろくなもんじゃねえ!』

 どこかのスレで力一杯叫ばれた誰かの言葉が真実であった事を、身を以て実感する。

 ついでに『プレゼンの素晴らしい企業なんてろくなもんじゃねえ!』という事実もしっかり付け加えよう。


 夢からさめて現実に戻ってきたオレは、己の愚かさにそっと涙し、全てを消去した。過ぎ去ってしまった四十時間の重さを胸に刻みながら……。

 人は常に現実と向き合わねばならない。

 少々痛い授業料を支払って得られた真理を胸に、オレはリアルな世界での旅の準備を再開する。

 といっても必要な品々はとっくに準備を終えている。おやつとバナナは現地調達で十分だろう。最優先事項であるアレとアレの入手リストにも怠りはない。

 問題は如何にして単独待機時間を恙無く過ごすかという事であろう。

 昨今はソシャゲーなりモバゲーなりでもそこそこの暇つぶしは可能だが、オレには向かない。

 全てが生ぬるく、知的遊戯ゲームのなんたるかを全く理解できていない制作陣を『テメエら、一体、何考えてんだ』と小一年間問い詰めたいところだが、プライドを失くしたカネの亡者には鼻で笑われるだけだろう。

 モラルを捨てた者に道理は通じず、理想で腹は膨らまない。人の世と水の流れは下へ下へと向かっていく。

 これらもまた、現代に生きるオレ達が向き合わねばならぬ現実である。

 という訳で、オレは部屋の押し入れに眠っていた負け犬携帯ハードと、回を重ねるごとに基本思想が劣化していく狩りゲーを始めとした二、三のソフトをチョイスして戦場に赴いた訳だが……。


 旅行当日、新幹線に乗るや否や座席指定を無視して、車両最後尾の隅っこに陣取るとオレはイヤフォンを耳に負け犬ハードのスイッチを入れる。

 購入時にはその改悪評判ですぐに投げ出してお蔵入りしてしまったのだが、ブームが去ってこうして改めてやってみると意外に悪くない。時折挿入されるイベントシーンに、どこかの全く関りのない小説で読んだシーンが重なるのは……、きっと気のせいだろう。

 ピコピコとクエストをこなすこと十数分、気付けば隣にオレとおなじく負け犬ハードを手にした福田君イジメラレッコが座っていた。

「一緒にいい?」

 彼とはほとんど言葉を交わした事はなかったが、なぜかその時、同好の士のノリでついつい首を縦に振ってしまった。

 いつもとは異なる環境におかれての気の迷いだった訳だが、二人でピコピコ、クエストをこなすことさらに数分、気付けば数人の負け犬ハード所持者がオレ達の回りに集まっていた。

「なあ、モバゲーとか、やんないのかよ、お前ら?」

 なにげなくノリで聞いてみたオレの問いに、怒涛の暴論が炸裂する。

「だって、つまんないじゃん」

「あんな退屈なモノにカネ突っ込んで搾取されるなんてバカのすることだよ」

「確率なんていくらでも操作できるって分かってたら、あんなの手ぇ出さないよね」

 級友キミたちよ、制作者様達も一応プロだろう。

 それぞれの矜持を胸に、様々な独自の創意工夫を詰め込んだエンターテイメントを世に供給しているはず(・・)なのだろうから、せめてもう少し内容に触れてやってもよいのではなかろうか。試しに某国民的JRPGの現在について尋ねてみる。

「ネット小説のネタをパクって劣化させたようなストーリーと二番、三番煎じの戦闘システム、一体何が面白いんだい?」

「過去の遺産にすがって前を見ない世界にしがみついて喜んでるのって、時代に取り残された廃人くらいじゃん」

「グラテクを誇りたいんだったら映画でも作ればいいのに……」

「個性や美点を見失って、時代にびくびく媚びへつらい、他人の劣化モノマネでドヤ顔してる『ぱくりえーたー』なんて、死ねばいいのに!」

「結局最後は才能だね。千人の凡才より只一人の天才こそが時代を変えるのさ!」

 すげなく一蹴される。あまりに容赦なさすぎだが、所詮は世間知らずの高校生の戯言か……。

 やがてソシャゲー興亡論から携帯ハード不要論へと話題は移り、勝ち組携帯ハード凋落論にまで至ると、据え置き型回帰時代の到来の可能性について議論される。グラフィック偏重時代の愚かな造り手達への侮蔑は、やがて知的遊戯ゲームとはなんたるかの本質論へと移り変わった。

 途中、互いの主義主張イデオロギーの違いから険悪な空気になりかけたものの、VR技術の一日も早い実現化という共通概念を確認し合う事によって共同声明がなされ、会議は平和的に幕を閉じた。


 気がつけば、いつもは存在希薄なぼっち達と表面的人間関係に振り回されて青息吐息の仮面リア充達が、手を取り合ってリビドーのままに行動し、前席の平均的一般生徒達を立ちのかせ、車内の一角に異様な空気を生み出していた。車両の反対側ではドン引きの女子生徒達が侮蔑と嘲笑の視線とともに、何やらひそひそとささやき合っている。

 ――分かってないね、お前ら。

 確かに思春期の男の子の頭の中(メインメモリ)は女体の妄想でいっぱいだ。脳と股間が直結している事にぼっちもリア充も関係ない。この旅行を契機に誰それとお近づきになりたいという煩悩満ち溢れた思惑はそこかしこに見える。

 だが、それらを遥かに超越する存在などいくらでもある。

 しかも超ハイテクの現代社会において、品性の欠落した異性の在り様に絶望し、それを凌駕する世界を望む挑戦者達は、今やアダムとエヴァを生み出した神の如く、自己のリビドーに忠実で理想的な女体とその魂を生み出そうとしている。

 確かに我が国の変態的技術の粋を以ってしても、それらは未だ完成品として扱われるには様々な問題があり、社会的認知も低い。

 だが来るTPP交渉の実現に先んじて押し寄せてくるであろう、彩り豊かで圧倒的スペックを誇る舶来天然もののド迫力の前には、旧態然とした枠組みの中に胡坐を組んで漫然と時をすごし、大きく後れをとっている我が国の貧弱な国産天然ものは大打撃をうけること必定である。

『盛乳』と『偽乳』に生きる権利はなく、『草食』だの『絶食』だのという概念は所詮、魅力を磨く努力を放棄した己の姿から目を逸らし、表面だけを飾り立てることばかりにうつつを抜かして男性という生き物に怯え、あるがままの彼らと向き合う事から逃げ出したヘタレ女共の戯言にすぎない。

 貞操観念と共に思いやりや恥じらいを忘れ、『女子校生』という若さと愚かさの看板をあげてさえいれば値がつく時代などとうに終わっていることを、理解すべきだろう。


 いつしか、車窓には噴火するぞするぞ詐欺を繰り返して学者達をやきもきさせる我が国最大の雄大な山の景色が広がっていた。

白熱した議論の只中におかれたオレが、静止画保存するのも忘れ、通り過ぎた後で後悔することすらすぐに忘れてしまうのもデフォルトである。

 そんなオレ達を乗せた新幹線は、安心と信頼の実績に反せぬ期待通りの働きによって、敵対的外国勢力(テロリズム)の嫌がらせに会うこともなく無事に目的地へとたどり着いたのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 魔都京都。

 平安の時代からおよそ千二百年以上の古より、我が国の文化の中心地として栄えるとともに、数多の怨念と野望と謀略が渦巻いた都市の名である。

 源平合戦の頃から、『都で何をするか』ではなく、『都に上る事』そのものが目的になってしまった数多の山猿達が引き起こす戦乱は、都にくらす民衆たちに世代を超えて、よそ者に対する疑心暗鬼を植え付けたという。

「おいでやす、京都へ」

 人の良い笑顔とはんなりとした仕草に騙されてはならない。一度彼らの気分を損ねようものなら、長い年月を経て洗練された容赦ない撃退のコンビネーションが待っている。

「ぶぶ漬けでもいかかどすえ?」

 気を付けろ、出されたぶぶ漬けに決して手を付けてはならない!

 そっと会釈と共にその場を辞するのが正しいマナー。

 うっかり箸に手を出したが最後、それまでの笑みは一変して、その街の人々は夜叉と化す。

「あんたさん、ぶぶ漬けの具になりたいんかえ?」

 頭からぶぶ漬けをぶっかけられたその瞬間、彼らの意識はとだえ、二度と目覚めぬ闇の中へと誘われる。

 千年以上もの時の中、裏切りと謀略、支配者たちの都合で引き起こされる無数の戦乱を潜って強かに生きのびた民衆の家屋には、人知れずDQNを始末する様々なからくりがしかけられているという。

 釣り天井に落とし穴、槍衾に座敷牢、などなど。

 現代においてもこれらは、この魔都で家を持とうとすると必ず建築業者がサービスでつけてくれるらしい。法治国家にありながら、これらの仕掛けによって消されたDQN共の行方は、事件とすら扱われず歴史の闇へと葬られ、当局も司法関係者もそろって口をつぐむという。彩り豊かに咲く春のしだれ桜や真っ赤な秋の紅葉は、その根元に密かに埋められた屍達から吸い上げられる血の色――街の裏側でそっとささやかれる魔都怪談物語の一つである。


 勿論、以上は、ネットの片隅の小さな紀行記事に書かれた小話ガセである。そして賢明な読者がそれを目にすれば、彼らはとある基本原則を思い出すだろう。

「ネットの言う事を真に受けてはいけません!」

 だが同時に多くの者たちは一つの格言をも思い出す。

「火のないところに煙は立たない」

 歴史の真実とは往々にして、断片のみが語り継がれるものである。


 そんな都市で三泊四日を過ごす事になるオレ達は、弾丸パックツアーよろしく観光バスに放りこまれ、お定まりの観光地へと運ばれる。

 数年前までは大阪、奈良などへと足を伸ばしたようだが、なにかと社会事情が混迷極まる昨今である。

 今やパスポートなしでは入国できぬ汚水の都や、過剰な動物愛護精神によって我がもの顔で道路を闊歩する角つき偶蹄類に乗っ取られた街でのトラブルを避けたのだろう。

 尤も超電磁特急計画からハブられたというだけで、世界の終わりの如く都市を上げて駄々をこねるという愉快なお国柄である。伝統的観光資源を餌に、はるばる東の地よりのこのこやってきた学生達カモを三泊四日がっちり引きとめ、街をあげてじっくり絞り取ろうという魂胆であることも否定出来ない。

 ともあれ、オレはそんな古の都にそっとたたずむ数多の神秘的な伝統遺産を堪能した。

 チャラチャラピカピカと飾り立てる中途半端な現代建築が微妙に目を引く古都の街並みの中、独特の趣と共に確かに佇む古の伝統建築の数々。

 数多のラノベや漫画――商品の垣根を越えた使い回しで修羅場を乗り切る自転車業界に至っては語るまでもない――ですっかり使い古されたそれらについて、今更いちいち語る必要はないだろう。

 ゴールデンウィーク明けの穴場時期とはいえ、それでも多くの観光客が伝統的な街並みを歩く。学校の必修科目にない訳の分からぬ言葉が飛び交うのは、今やデフォルトだという。

 風情と趣深い情緒あふれる数々の建物はコケやシダに一面覆われ、漂うカビ臭さまでが時の重さを演出する。

――伝統文化、やるじゃん!

 写真や、デフォルメされたサブカル表現では味わえぬ、得も言われぬ本物の重みが、いつしか乾き切ったコンクリートジャングルに暮らす現代の若者(オレ)の心を震わせた。

 世の中には修学旅行に行きたくないばかりに、ありもしない風習をでっち上げて「魔都」だのと悪しざまにディスる短慮で無知蒙昧な高校生もいるというが、とんでもないことである。

 幾世代もの人々によって大切に保存されてきた壮麗な仏教建築の数々と、街の至る所にのぞく伝統美は、千年以上の期間を経て熟成された偉大な文化である。

 葬式はおろか、すでに生ある人々の心の道しるべとしての機能を全く果たし得なくなった伝統的宗教団体唯一の金づる、もとい資産である、東洋随一の重要文化財の数々を、誇りと尊厳をかけて保護管理してほしいものである。


 出し惜しみと一部の高すぎる拝観料には敢えて異を唱えるが……。



2015/10/02 初稿



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