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Anomic Generation  作者: 暇犬
July――Athletic Meet
16/18

一体、この差は何なのだろう



 体育祭当日。

 オレ達実行委員は少し曇りがちな空を気にしつつ、朝からそれぞれの作業をこなしていた。

 一向に当たる気配のないオカルト要素満載の地震予知とは異なり、近年、南の島でバンバン空に打ち上げられる衛星のおかげか、最近の天気予報は恐ろしく精度が高い。いずれ天気予言などという言葉が生まれるに違いない。

 その天気予言が降らぬというのを信じて、実行委員及び、契約実行委員、そして無料パートタイマーたちは校内各所に散って球技大会の速やかな運営に協力していた。

 オレの作った点数計算システムも無事に機能し、初日、二日目としっかりクーラーのきいたいつもの会議室で記録係が上げるデータをのんびり処理しては、体育館前に張り出された臨時校内掲示板への往復を繰り返していた。

 相棒の西條は、どうやらクラス内で戦力として大いに期待されているらしく、手にしたスマホの着メロが鳴るたびに「行ってきまーす」と軽快に駆け出していく。

 さすがに体育会系というべきか、帰ってきたときの顔は勝った時と負けた時で落差が激しかった。

 我らが二年D組は残念ながら、一学期の間に壊滅しかけたチームワークを立て直す事は出来なかったらしく、総合成績は言うに及ばず、すでに学年順位も下から数えた方が早い状態だった。

『央城、help……me……please!』

 ひん死の状態の小野木から救援出動要請のメールが入ったものの、残念ながら今のオレは実行委員としての厳しい責務に追われる立場である。

 しっかりとクーラーのきいた部屋に居座って、冷たいペットを煽り、一人完璧な熱中症対策をしながら、彼に心からの応援メッセージを送った。クラスに貢献し総合成績を上げるよう、小野木達バスケ部員は小宮山さんに発破を掛けられているらしいが、人材にめぐまれぬ小野木は期待には応えられぬようだ。

 良い人材を得るにはしっかりとした熟成期間と安定した社会的地位が必要だというのは尤もな事であり、それが得られなかったオレ達のクラスの惨敗ぶりは当然のことと言えよう。

 夏季休業中、ペナルティとして小野木が小宮参りに詣でるのは決定事項らしい。

 委員長とは相変わらずであり、毎朝、挨拶と事務的なやりとりだけを交わしていた。彼女のおかげで女子の種目調整は問題なく解決し、勝敗はともかく、クラスは平穏なままのようだった。

 笑いあり、涙あり、乱闘ありの試合結果が書かれた記録用紙を一枚一枚処理しながら、オレは顔も名前も知らぬ全校生徒一人一人のドラマを想像する。

「センパイ、一体、何が楽しいんですか?」

 球技大会に一向に参加する様子のないオレの傍らで、西條が小さく首をかしげていた。

 様々なドラマを生み出しつつ、初日、二日目を順当に終えた体育祭は、いよいよ波乱万丈が予想される三日目へと突入しようとしていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その日、明け方に少し降った雨のせいで、実行委員および協力者総出で、グラウンドの整備をし直した事で、開始が予定より一時間遅れたものの、三日目の本祭は無事に開始された。天気の行方を気にしたのは、高校の受験日以来かもしれない。

 全校生徒、及び一部の教職員が一堂に会して行われた開会式で実行委員長によって選手宣誓が行われると、オレは実に二年ぶりの運動会のノリを味わう事になった。

 といっても、相変わらず、競技に参加する暇はない。

 今日のオレは昨日までとは打って替って、大忙しな一日となるはずだった。

 そう、オレは今日この日の為に体力を温存していたのだ、と胸を張る。

 本部テントの末席で、キーを叩きながら《央城システム(仮名)》に次々に行われる競技の結果を入力していく。

 短い準備期間でありながらも、しっかり練られた進行のおかげで、競技は着々と進み、記録係がまとめた競技結果がオレのもとへと届く。

「次行きます。一位A組。二位F組。三位……」

 相棒の西條がはきはきと読み上げ、オレが淡々とそれを打ち込む。例の特訓の成果は、いつか、別の機会に花開き、彼女は真の『早打ちアヤちゃん』の名声を欲しいがままにする事となるだろう。その時まだキーボードやパソコンが健在であればだが……。

 正確さを要求される打ち込みを延々と繰り返してでた競技結果は、すぐに実況役の三年生の手元にあるノートパソコンへと転送される。

 それらは競技と競技の間の空き時間に生徒たちに逐一報告され、場内は嫌でも盛り上がる。

 老いも若きも所詮は数字に支配される時代である。

 目の前に数字をぶら下げられて尻を叩かれれば、条件反射で走り出す悲しき習性かな。

 世界的蹴鞠イベントの開催とともに四年に一度どこからともなく湧きだす青いユニホームを着た応援団のごとく、一時の団結力が生まれ、連帯精神なるものの片鱗を味わうこととなる。ただし逆もまた然り。

 傍らに置かれたレシーバーからはいくつかのトラブルが報告され、それを速やかに処理する小宮山さんの声が聞こえた。

 時間になっても準備位置に現れぬ者は、実況による迷子のお知らせとなって場内を笑わせた。

『まいごのまいごの二年D組『おうぎれんり』ちゃん。『じょうないせいもんまえ』でママがまってまちゅ。いそいでいきましょうね、でもころんじゃ『メッ』でちゅよ』

 そんな呼び出しを食らえば、しばらくの間は笑い物になるだろう。バカ受けの呼び出しは、時間とともにさらにバリエーションを重ねて進化し、好評だった。

 こうして生徒たちは半強制的に速やかな進行に協力させられることになる。


 やがて、競技は前半、最大の目玉となる教職員障害物競走へと移った。


 学内行事とはいえ、所詮はお遊び。お付き合いしてくれる教職員共もお気楽だな、などと思っていたが開始位置に並ぶ奴らは、何やら目の色が違う。

 あたかもグレード1レース出走前のいきり立つ馬群のようである。

 実はつい昨日まで、彼らは進路相談やら三者面談で、不出来な我が子に時代遅れの学歴貴族の夢を見る保護者達、さらにはモンスターぺアレントの相手、突如として勃発する親子喧嘩、夫婦喧嘩の仲裁をさせられていた。挙句にそのような現場の苦労を見ぬふりの上からは、進学率の質と量の向上に発破を掛けられる始末。今やすっかりストレスの塊と化していた。どうやらここでその鬱憤を晴らすつもりであろうことなど、オレ達生徒が知る由もない。

 彼らの大好きな『平等』という言葉にふさわしく、老いも若きも平も管理職も一様に混ざってスタートラインに立つと号砲一発、設置された障害に向かって突進する。

 来年は騎馬戦をやらせたら、そこらの格闘技イベントよりはるかに面白いものが見られるかもしれない。


『おーっと、トップを走るのは校長。続いて二位の万年教頭。その差は三馬身。抜群のバランス感覚で平均台をクリアする老齢とは思えぬその軽やかさの後ろで、二位の万年、人生によろめきつまずきながらどうにか続きます。おっとこれはいけない。追いつけぬと観念し思いつめた万年、懐から凶器を取り出した。目の上のたんこぶを撲殺してその地位を奪う腹積もりか? 己が障害物となって立ちはだかろうとしています!』

『続くは古文教師の江口えぐち。更年期を迎え人生の障害となり果てた古女房を放り捨て、日々のストレスで熟した身体を持て余す若い女性教師と空き教室で禁断の肉欲愛! このまま新たなスタートかと思いきや、女性教師を踏み台にさらに女子生徒の未熟な果実をもぎ取った! 知性など二の次、やはり最後は若さと瑞々しさなのか? 修羅場を鮮やかに駆け抜ける恐るべきロマンスグレー、いや、これぞ現代の光源氏の再来か!』

『そして最下位を行くは体育教師の猪走いのばしり。かけっこならばともかく、知性を必要とする障害物の攻略に脳筋は不利か? おおっと、障害物にかみつき力任せに引きちぎる。これは大会本部も予想できませんでした。協議に入る模様です!』


 勿論、今のはオレの脳内妄想である。だが、大人の障害物競走というのならば、せめてこのくらいやってほしいものだ。

 ここまで数々の名言を放ってきた実況の三年生も、このレースでは慎重に言葉を選んでいるようだ。

 やはり卒業を控え半年後の進路選択で不利となる材料を抱え込む事は極力避けたいらしい。

 長い物に巻かれろ、というのは普遍の原理という事か。

 だが、将来大物になりたいならば、あえて虎の穴に飛び込んで、虎の尾を踏みにじりながらケツを蹴っ飛ばして主を追い出すくらいせねば、この混沌の時代に名を売る事はできぬだろう。モノマネやパクリで売れるのは悪名でしかない、というのは今やネットの常識である。

 オレの妄想実況とは全く関係のないところで、現実のレース展開は刻々とドラマを見せる。思わぬ盛り上がりに会場内は総立ちとなり、意外な表情を見せる大人達の姿に場内が湧いた。

 オレの隣で粛々と記録を読み上げていた西條も、仕事そっちのけでクラス担任の応援に飛び出し、その思わぬパフォーマンスに腹を抱えて笑い、こぶしを握って応援している。

 そんな彼女の後ろ姿に小さく微笑み、オレは一人黙々とレース結果をシステムに打ち込んでいた。

 別段、場内で黙々と役割をこなす進行役や記録係の生徒達を見習ったわけではない。

 多分、教職員達が見せる一人の人間としての意外な表情を、オレは認めたくなかったのだろう。

 もしも、それを認めてしまったならば、オレの中で悪として位置づけられた身勝手で無責任な大人達という偶像が瓦解してしまいそうに思えたからだ。

 盛大な盛り上がりを見せていた教職員障害物競争が終わりを迎え、場内の熱気が冷めやらぬ中、座って作業を続けるオレの傍らに一人の女子生徒がふらりと舞い戻った。

 顔を見上げることもなしに未処理の記録用紙を戻ってきた彼女に差し出した。

「クラス担任、勝ったか?」

 小さく微笑んで彼女を迎えるオレの様子に、少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた彼女――西條彩華の顔に明るい微笑みが戻った。

「すごかったんですよ、センパイ。途中でコケて最下位だったのに、そこから這い上がって……」

 隣の指定席に座るや否や、記録には決して残らぬ担任教師の奮闘する姿を、彼女は興奮気味に語る。

 彼女の所属する一年C組は現状学年トップであると同時に、総合成績でもトップ3に食いこんでいる。なんとしても総合優勝をというのが、担任教師も含めた彼女の所属するクラスの総意らしい。

 すっかり耳になじんだソプラノをBGMに、画面の表の上位と下位で大きく離れた、彼女達一年C組とオレ達二年D組の成績差を見比べ、ふと思う。

 同じ校内にいて、たかだか一年程度の年の差しかないオレ達のこの差は何なのだろう、と。

 カーストだの、格差だの、リア充だの、ぼっちだのと、分かったような口を聞いて勝手に己をおかしな枠にはめ込んで納得している奴らの寝言では図りえない、もっと根本的な違いがあるのではないのだろうか?

 少しばかり難しい顔で考え込んでしまったオレの袖を、西條が遠慮気味に引っ張った。

「あの、センパイ、もしかして、まだ怒ってます?」

「?」

 探るような瞳の彼女の言葉に、一瞬、首をかしげたものの、すぐに彼女の言わんとした事が理解できた。

 仕事を放り出して思わず担任の応援に出向いてしまった己の事を指しているようだ。

 総合優勝を目指すクラスの実行委員でありながら、今日は競技に参加せずにひたすらオレと裏方仕事に徹する彼女は、実行委員の仕事と クラスへの貢献の板挟みで、いろいろと思うところがあるのだろう。

 ゴミの放置にすら良心がとがめる彼女である。オレが、気を悪くしていると考えていたのだろう。

 せっかく気を使って、戻ってきた彼女に有無を言わさず作業の再開を押しつけたというのに、わざわざ自分から蒸し返すのだから、全く困った後輩である。

 一つ溜息をつくと、似合わぬ曇った表情を浮かべる彼女の頭上に、オレは軽く左手刀を落とした。

「痛いですー。なにするんですか……」

 頭にオレの手刀を乗せたまま、彼女は小さく抗議する。

「らしくもなく、遥か彼方に過ぎ去った事をほじくり返すなよ。せっかくの祭りだ。楽しめるときはしっかり楽しまないとな……」

 奇しくもスローガンは『Go! Go! Go!』。

 やっちまったものは濁流に流して、遥か彼方へ忘れ去るのが現代の最先端思想である。

 そのままごしごしと少し乱暴に頭をなでるオレの手を、西條が振り払う事はなかった。いつもの彼女らしい屈託のない表情が蘇る。

「センパイ、こういうのは今の時代、セクハラになっちゃうんですよ!」

「オレは気にしてないぞ、これでおあいこだ!」

「気にするのは、私の方だと思うんですけど!」

「西條、些細な事を気にするな。頭空っぽで笑ってた方が、お前、幸せそうだぞ?」

「うう、また、アホの子扱いして……」

 一週間程度の付き合いで自然になりつつあるバカなやり取りをしながら、ようやくオレ達は作業を再開しようとする。

 と、背後から、不意に声が掛けられた。

「央城……君?」

 振り返らずともその聞きなれた声の主が誰かということは分かった。

 すこし意外だったが、それでもオレは驚く事なく背後を振り返る。

 オレ達の背後に立っていたのは、目立たぬ色の髪留めと鉢巻きで、その豊かで艶やかな黒髪をていねいにまとめた委員長だった。

「よう、委員長、珍しいな、どうかしたのか?」

 西條とバカをやっていたおかげか、オレは久方ぶりに自然な態度で委員長に接していた。

「あ……、うん……」

 しばし、訝しげに、そして探るようにオレの顔だけを見つめていた委員長だったが、手にした紙片をそっと差し出す。

「最終種目の男女混合リレーの選手が変更になったから……」

 手渡された紙片に目を通す。我ら二年D組の運動部がメンツをかけて望む決死の布陣だった。

 紙片の第三走者欄には委員長の名が見える。

 彼女は帰宅部所属だったはずだが、意外に運動神経がよいらしく、この体育祭ではなかなかの活躍をして低迷するクラスの底上げをしているらしい。中学時代に何か運動でもしていたのだろうか。

 そして最終走者には小野木の名がある。

 どうにか学年最下位だけは免れようという、彼のなりふりかまわぬ意地が見えたような気がした。

「悪いな、任せっきりで……」

「ううん……、頼まれた仕事だから……」

 クラス内での実行委員としてのオレの評価は当然低い。

 事情を知っている者には同情され、知らぬ者、あるいは知ろうとせぬ者には実行委員でありながらクラスに非協力的に見える姿勢に、強烈な顰蹙を買っているようだ。当然、本人の意思を無視して自分達が厄介事を押しつけたことなど遥か彼方へ『Go! Go! Go!』である。試合結果如何では、戦犯扱いされることになるに違いない。

 なんとなく滞りがちなオレ達の会話にすぐそばの西條も居心地が悪そうだ。

「あの……」

 何かを言おうと口を開きかけた委員長の言葉を、別方向からやってきた記録係の一年生が妨げた。

「央城さーん。追加の競技結果です。お願いしまーす」

 簡単な打ち合わせしかしていなかったが、記録係のまとめ役となっている南方さんのおかげで、オレのもとへと送られる競技結果は実に分かりやすくまとめられていた。

 短い準備期間のせいで代役が立てにくい進行、記録に関わる生徒の多くがオレ達と同じく競技に参加できずにおり、南方さんもその一人だった。聞くところによると、去年のしょぼくれた文化祭において、ステージイベントの大トリを飾ったバンドのヴォーカルを務め、そのパワフルな歌声で大いに場内を盛り上げたという。その本領は文化祭方面で発揮されるのかもしれない。

「じゃあ、私、もう行くから……」

 オレの手元の記録用紙を目にして、気を利かせてくれたのだろう。立ち去ろうとする委員長にオレは返事をする。

「ありがとな……、色々と……」

「どういたしまして……」

 なんとなく既視感のあるやり取りに、気づいたのだろうか。彼女はわずかに微笑んだ。ただ、やはり距離は遠く感じられた。

 正面に向き直り、傍らの西條に記録用紙を手渡そうとする。

「今の、あの東堂咲耶……さんですよね?」

「どの……かは知らんが、まあ、あれがウチの自慢の学級委員長だ」

 去っていく委員長の背を後ろを振り向いたまま見送っていた西條だったが、すぐにこちらへと向き直る。

 評価の如何は問わず、この学校で学年を越えて東堂咲耶の名前を知らぬ者はあまりいないだろう。社交的な西條なら、友人間のやりとりで知っていて当然だと思えた。

「仲……、いいんですね……。センパイ達って……」

 記録の読み上げの合間の彼女の言葉に思わず、キーを打ち間違える。慌ててキーを訂正し、あのなあ、と彼女の方へ振り向いたが、発言の訂正は要求できなかった。オレを見つめる西條彩華の視線はいつになく真剣だった。

 ひとつ溜息をつき、オレは彼女の認識の誤りを指摘する。

「西條、視力はいくつだ?」

「両眼ともに1.5。虫歯一つない健康優良児です」

 一度耳にしたフレーズだが、以前のおどけた調子はまったく無かった。オレは続けた。

「じゃあ、その自慢の視力であっちの方を見てみろ」

 オレが指差したのは本部テントの右隅。

 熱中症対策も兼ねた救護班の席に座る男女二人の生徒達だった。

 困難なミッションを共有して、恋に落ちた……と言ってよいのかは分からぬが、体育祭実行委員会で運命の出会いを遂げた二人は、わずか数日で恋の絶頂点に向かってまっしぐらである。

 テーブルの下で密かに手を触れ合わせては、真っ赤になって下を向く二人の姿は、さらに周囲の気温を上げていく。

 こんな二人に救護されては、熱中症もさらにひどくなるに違いない。

『はいはい……、おめでとさん……』

『お願いだから……、もう勘弁して……ください……』

『ウワーーーン』

 恋に落ちきったその姿に、周囲はすっかり投げやりである。

 殺意の視線を送っていた者たちも、眩しいバリアに跳ね返され、虚しさに耐えきれず一人また一人と涙ながらにその場から去っていった。

『チクショー、爆発しちまえ!』

 ちゅどーんと音を立てて爆発したのは、他者の幸せを祝福できぬ心貧しき者達のやるせない感情だった。

 いつしか、周囲からは人気がすっかり消え、完全な二人の世界だった。

 本人達は、誰にも気づかれていないつもりなのだろうが、二人の間の異様に微妙な距離感と、放たれるピンク色の空気とハート型のかけらが放射線のごとく周囲を汚染する。

「いいか、仲がいいっていうのは、ああいうのを言うんだ。分かったか、西條!」

「あ、あれは……やりすぎだ……と思います」

 先ほどの謎の無表情はどこへやら。いつもの様子に戻って顔を赤らめ、彼女は視線をそらす。刺激が少し強すぎたらしい。オレも見ているだけでお腹一杯、ゲップが出そうである。

 相棒の認識をきちんと正し、オレは改めて、作業の再開を宣言する。ほんの一時の気の緩みが思わぬ危機を呼び寄せる事は、体育祭開始前日に二人で身をもって学んだばかりである。

「センパイ……、やっぱりどこかズレてます」

 小さくため息をつきながら、西條もまた、己に与えられた役割に戻る。

 ふと、視線を感じたような気がして、オレは背後を振り返った。

 その場所には誰もいなかった。

 ただ少し離れた場所で、周囲の注目を一心に浴びる東堂咲耶の均整のとれた後ろ姿が、生徒達の人ごみの中に紛れる瞬間が見えただけだった。



2015/11/23 初稿



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