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Anomic Generation  作者: 暇犬
July――Athletic Meet
14/18

所詮、お前はスポーツマン



 夏至を過ぎたとはいえ、夏の夕暮れはまだまだ日が高い。

 いつもなら一人でトボトボの帰りの駅までの道のりを、オレは思わぬ同行者と連れだって歩いていた。

「それにしても南方さん、カッコ良かったですよね、デキル女って感じで……」

 下駄箱を出たところで追いついてきた彼女のポニーテールが、オレの肩ほどの高さでぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 一年C組西條彩華。

 硬式庭球部所属の彼女は、オレと同じく所属するクラスの体育祭実行委員に選ばれ、今日の会合に出席していた。向かいの席でニコニコ手を振る相変わらずの屈託のなさにオレは少々、戸惑っていたが……。

「あっ、でもセンパイもなかなかでしたよー」

「そうか?」

 何かと評判の後輩美少女にそう言われると、なんとなく悪い気はしない。

「こう、最後にズバババーンと見事にやっつけられる悪役ヒールっぷりがよかったです。ナイスでした。ラスボス……みたいな? ちょっと母性本能くすぐられたかも……」

 思い切りずっこけた。

 西條彩華、見事な足元へのライジングショットだった。返答に窮するオレを気に留めることなく彼女は続けた。

「でも、一時はどうなるかと思ったけど、きちんとまとまってよかったですよねぇ。やっぱり皆で知恵を出し合って力を合わせれば……的なノリで……」

 根っからの体育会系らしい。

 踊るものと踊らせる者という区分けなら彼女は前者だろう。

 尤も双方がうまくかみ合ってバランスが取れることで物事は動く。どちらか一方に偏っても駄目ということだろう。どんなに踊らせるものが巧妙に仕掛けたところで、上手に踊る者がいなければイベント事は成立しない。

「……だから、って……、センパイ、聞いてます?」

 かなりハイテンションなノリで喋り続けるその傍らで、考え事をしていた俺に気づいたらしく、その愛らしい顔立ちがプクリと膨れる。人によってはあざとい仕草と捉えられるが、彼女には妙に似合っていた。

「さては今、南方さんの事を考えてましたね……。とっても煩悩にまみれた目をしてますよ、センパイ」

「なんでだよ!」

「えー、でも二人してじーっと見つめ合ってたじゃないですか、会議中ずっと……」

「あのなあ、君の目は節穴か? 視力いくつだよ?」

「両眼ともに1.5。虫歯一つない健康優良児です!」

 エッヘンと胸を張るが、スレンダーという言葉がふさわしいその小柄な体型は、一学期間、東堂咲耶を見慣れた目では若干、否、かなり物足りない。もっともすらりと伸びた手足とテニスで鍛えたであろうスタイルはなかなかのものであるが。

「あれはな、世間一般では、挑戦状をたたきつけられているっていう図式なんだよ」

「センパイ……、噂にたがわず、やっぱり少し、ズレてますね……」

「なんだ、その可愛そうな子を見るような目は……」

 年上に対して実に失礼なやつである。

 ちょっとだけ憤慨して見せるオレの肩を、少しだけ背伸びして「元気出せよ」とばかりにポンポンと叩くと、彼女は再び歩き始める。すっかりペースを握られっぱなしのオレは一つ溜息をつき、その一歩後に続いた。

 なんとなく会話が途切れそうだったので、何気なく彼女に尋ねてみた。

「なあ、西條。どうして体育祭実行委員なんかになったんだ?」

 その問いに振り返って小さく首をかしげた彼女は、すぐに屈託なく笑った。

「どうしてって、友達に頼まれてなんとなく……かな。『彩華ちゃん、スポーツ得意だよねぇ』『うん』『じゃあ、体育祭実行委員やってよ』『いいよ』みたいな……、ノリで?」

「…………」

 オレの想像だにできぬ世界がそこにあった。西條に、実行委員やっかいごとを押しつ……、否、頼んだ友達という奴の表情が目に浮かぶようだった。

 どうやら、そのあたりの事は彼女には読めていないらしい。本人が気づいていないのだから、あえて指摘する必要はないだろう。無意識に憐みのこもった視線を送りつつ、ポンポンとその肩を軽くたたく。

「西條……、ガンバレ!」

「な、何なんですか、そのアホの子を見るような目は!」

 フギャーと子猫のように憤慨する彼女と並んで再び歩き出す。

 天真爛漫という言葉がよく似合う彼女のおかげか、オレはいつの間にかすっかり自然な調子で彼女と会話をつづけていた。いつもは少しばかり長く感じる駅までの道のりがあっという間に終わり、オレ達は改札で別れることとなった。西條はオレと反対方向の電車らしい。

「センパイ!」

 改札を抜けたところで彼女はオレを呼び止める。

「一週間しかありませんけど、よろしくお願いしまーす」

 ぺこりと頭を下げる。ふと初めて会った時の光景がその姿に重なった。

「ああ、こっちこそ、よろしくな……」

 そのまま、彼女に背を向け階段を上る。少しだけ時間をおいて、彼女がパタパタと走っていく音が背後に聞こえた。

 階段をあがったところでタイミングよくやってきた電車に乗り、対面のホームに何気なく視線をやる。階段を駆け上がってきた彼女が電車の中のオレを目ざとく見つけ、いつものように手を振った。

 苦笑いしつつ、小さく手を振り返す。

「もう少し、手加減してくれるとありがたいんだけどな……」

 彼女には聞こえないだろうその言葉とは裏腹に、心の中はなんとなく心地よかった。ここしばらく積りに積った色々なもやもやが一気に晴れていくように感じられた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌日の昼、その日二度目となる学食メニューに思いをはせるオレの眼前で、不意に座っていた小野木がくるりとこちらを振り返った。

「随分と、顔色が悪いな」

 オレの先制攻撃に小野木がグヌヌと言い淀む。原因は前の時間に帰ってきた答案用紙のせいだろう。

 幸い得意科目でもあって予想通りの結果に、オレは気分よくその日の昼食へと出かけるところだった。

 どうにか立て直すと彼は、思わぬ反撃カウンターを繰り出した。

「昨日、コミさんとやり合ったんだって?」

 一瞬、何のことだか分らなかったが、すぐに心当たりの出来事が思い浮かんだ。

「コミさんって……。もしかして小宮山さんのことか、実行委員長の?」

「他に誰がいる?」


 小野木よ、昨日の今日でなぜにお前がそれを知っている?

 お前はもしかして学園の凄腕ハッカーか何かか?

 あるいは学園の裏側に存在するとされる影の統治機構の諜報員か何かなのか?

 もしかしてオレは、謀略を張り巡らされ破滅と隣り合わせの危機的状況の世界の中で、綱渡りを繰り返す学園物の主人公なのだろうか?


 だが、驚愕するオレの前に導かれた解は、実に平凡極まりないものだった。

「コミさんは俺達男子バスケ部のキャプテンだぜ」

「なんだ……、そういう事か……」

 がっくりと肩を落とす。現実リアルとは所詮、その程度のものである。小野木は続けた。

「昨日、練習の終りにふらりと現れてな、しばらく体育祭関連でこっちには出てこれないって聞いてて、みんな喜んでたのによ……」

「もしかして、嫌われてんのか、あの人?」

 ちょっと意外だった。

「ある意味ではそうだな。味わい深い濃さの素敵な練習メニューを組んでくださるという点において……」

 通称、小宮参りというんだが……、と、ふっと遠い目をして小野木が言う。

「つまり、人望があるってことか」

「まあな……」

 ようやく昨日出会ったばかりの実行委員長のイメージとつながった。

「で、そのコミさんがお前の事を聞くわけだ、俺に……」

「それは、それは……」

 随分と印象は悪かったに違いない。

「生意気な奴だって言ってただろ?」

 俺の言葉に小野木がきょとんとした表情を浮かべた。

「何言ってやがる、逆だよ。あの人、結構お前のこと買ってたぜ? 面白いやつだってよ」

「へえー」

 これまた意外だった。

「まあ、癪なんでついでにない事ない事たっぷり吹き込んでおいたけどな……」

「おい……」

 にやりと笑う小野木の姿に溜息を一つつく。ついでに尋ねてみる。

「あの人って、もしかしてすごい人か?」

「すごいの基準によるけどな……」

 首をかしげる俺に小野木は続けた。

「選手としては上の下ってところだけど頭脳派だからな。チームの人心掌握なんてお手の物さ。今年は顧問もやることがなくてほとんどまかせっきりだしな。まあ、インターハイは逃しちまったけど……」

「いいのかよ、三年の夏って、部活動生にとって大事なんじゃないのかよ? そんな時に体育祭なんて……」

「何言ってやがる。大半の三年はもうとっくに引退だぜ。今やってるのは、夏に大きな大会を控えてるところくらいだな。まあ、それでもあまりそっち方面は重視してないみたいなんだよ、あの人。所詮、部活動は部活動って割り切っちゃっててさ。全くもったいないというか……」

 はあ、と一つ彼は溜息をつく。才能あふれる者のさりげない振る舞いは、才能なきものからみれば垂涎の的なのだろう。

「まあ、そういう訳で、そんなあの人にお前は目をつけられた訳だから……」

「なんだよ……」

 にやりと笑う小野木に不気味な物を感じる。わざとらしく俺の肩をたたき、彼は続けた。

「色々とこき使われるに違いない事を、経験上、約束しよう……」

「ちょっと待て、おい!」

「気にするな、体育会系ノーキンの宿命だ!」

「俺は断じて違う! 一緒にするな!」

「何をいまさら……、第一、お前のノリは体育会系(おれたち)よりももっとタチが悪い。気づいてないのか?」

「…………!!?」

 絶句する俺に対して小野木は満面の笑みを浮かべる。

「まあいい。そういう訳でここからが本題だ!」

「お、おう……」

 事態は俺の知らぬところでいずこかに暴走しつつあるようだ。

「俺の予想ではお前はコミさんに、重要な役割を押し付けられ、おそらくこっちには手が回らぬようになるはずだ」

「こっちって?」

 首をかしげるオレに小野木は、はあ、と一つ溜息をつく。

「まあ、なんと予想通りの反応をする奴だとは思ったが……。こっちってのは、自分のクラスだ、我らが二年D組だ」

「な、成程……」

 小野木の言いたいことがようやく見えてきた。一年以上の付き合いのおかげか、どうにか意志の疎通はできているようだ。

「そういう訳で、俺が男子の方の種目調整をやってやる、どうだ?」

「お、おう、それは助かる、だが、なぜ、そんなに協力的なんだ?」

 らしくないその振る舞いに首をかしげる。

「央城、お前の辞書に『友情』という言葉は……」

「ない!」

 胸をはって堂々、宣言する。

「フッ、哀れな奴よ……」

「で、本音は何だ? 大方、小宮山さんがらみってところか?」

「グ、グヌゥーー」

「フッ、哀れな奴よ……」

 悲しき体育会系ノーキン宿命さだめといったところだろう。一人右を向けば右を向き、山に籠るといいだせば皆で山に籠る。

 嗚呼、人間関係なんと面倒臭き事かな。

「このままお前に任せておけば、非協力的な奴らの存在を理由に、クラス全体で体育祭拒否宣言を出されかねんからな……」

「そうか……、その手があったか!」

「…………」

 なぜ、その事に気付かなかったのだろう?

 参加クラスが一つ減れば、それだけ実行委員会の手間も減る。いや、クラスが参加しなければ、オレも実行委員のお役御免となるではないか!

 いつものオレなら当然思いつくはずの、美しく合理的な結論を導き出せなかったそのふがいなさに、思わず首をかしげる。どうやらオレの中で何かが狂いつつあるようだ。

 藪蛇だった事に気づいて苦笑いしながら、小野木は続けた。

「まあいい、とにかく男子の方は任せとけ。で、女子の方だが……」

 言葉を切ると、背後を振り返る。

「おーい、東堂、ちょっといいかぁ?」

 少し離れた席に座っていた彼女の背がピクリと揺れた。今日の昼食は弁当らしく、いつもの友人二人とともに昼食をとろうとしているところだった。

「何?」

 小野木に呼ばれた委員長は、怪訝な表情で俺達の元へとやってくる。構わず小野木は続けた。

「東堂、悪いんだけどさ、ここにいる央城君が日頃の悪逆非道ゆえに自業自得のドつぼにはまりこんで、近く男バス名物『小宮参り』に詣でるらしい」

「おい……」

 委員長も何の事だかわからず、きょとんとした表情を浮かべている。

「ついては体育祭関連でD組(こっち)に手が回らなくなるらしいんでな、女子の方の種目調整を頼みたいんだけどいいかな?」

 彼女はすぐに答えなかった。オレの顔をじっと見つめる。しばらくして彼女は似合わぬ小さな声で尋ねた。

「私で……いいの?」

 らしくない口調だったが、先日のやり取りを思い返せば仕方ない事だろう。住む世界が違うだのと好き勝手言った手前、頼めた義理ではないが、せっかくの小野木のアシストである。有難く使わせてもらうことにしよう。

「悪いな、委員長、勝手なこと言って悪いけど、やってくれたらすごく助かる」

「分かった」

「詳しい事が決まったら連絡するから……。それまでは……」

「うん」

 しばし躊躇ったような表情を浮かべてその場に留まっていた彼女は、「じゃあ」と言って座席へと戻った。オレも小野木と連れだって学食へと向かう。

「何か、あったのか、東堂と?」

 廊下を出たところで小野木がさりげなく尋ねる。

「別に、大したことじゃないさ」

 そう、些細なことである。つまらない、取るに足りない、一年後にはお互い忘れ去っているはずの単なるアクシデントである。

 学食への道を歩きつつ、小野木がぽつりと言った。

「さては、お前、東堂を襲ったな?」

 迷いなく軽い回し蹴りを入れる。

 バスケ部らしく鮮やかな身のこなしとフットワークで小野木がそれをかわす。

 かわされた蹴り足でそのまま着地する、奴の足の甲の上に……。

 小野木が間抜けな悲鳴を上げた。

――バカめ、所詮、お前はスポーツマン。与えられたルールの枠内での思考と行動パターンが身にしみついてしまっているのさ。

「お、お前、将来有望なバスケマンの足の上に……、この恩知らずめ」

「さて……、何のことだ?」

「この間、たっぷり飯を奢ってやっただろうが……。今日だって……」

「あれか……、あれはいいものだった。きっと一生オレはあの味を忘れないだろう。今日もよろしく頼む」

「ふざけんな! 大体、世間一般の常識的に考えて、奢るのは今日はお前の番だろうが!」

「常識……、なんだそれは? うまいのか、どんな味だ?」

「成程、お前は身体で教訓を学ぶタチらしいな」

 周囲のド顰蹙を無視して、オレ達はそんなバカをやりつつ学食へと向かう。

 それは迫りくる真夏の暑さを迎える祭典前のちょっとした余興のようなものだった。



2015/11/13 初稿



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