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Anomic Generation  作者: 暇犬
June――Tearful Day
10/18

どうやって潰すべきだろう

 季節は梅雨――。

 五月雨サミダレという言葉が五月の雨と六月の雨のどちらを指して言うのか知らないが、そんな風流な言葉がまったくふさわしくないほどに無茶な雨が降り乱れる日が続いていた。

 温暖化のせいか、寒冷化のせいか、北極海の氷が消えそうなせいか、太陽が停滞期に入ったせいか知らないが、季節感を無視した雨が、たわわに実った梅の実を叩き落とさんとするかのように降りしきり、薄型FHDに間違って映った自称情報番組では、頭の足りないコメンテータ共が、相も変わらず異常な気象を人類の宿業のせいにして、内輪の喝さいとネット(お茶の間)の顰蹙を買っていた。

 波乱万丈な修学旅行を終え、元の日常に戻ったオレは、少しだけ交際範囲が広がりかけたように思える教室内で日々を過ごし、相変わらず一人委員会活動のゴミ拾いに励んでいた。

 もちろん、拾うのは無機物のみである。

 梅雨を迎え、そろそろやめ時かなと思うのだが、それでもなんとなくずるずると続いてしまっているのは、実にオレらしくなかった。

 旅行後の緩んだ空気を引き締めるかのように行われた中間考査の結果は、そこそこだった。

 年度が変わって最初の定期考査でどうにか学内一ケタをキープしてほっとしたのもつかの間、世の中は迫りくる灼熱の夏の前奏曲のごとく、日々じわじわと嬲るような蒸し暑さが増しつつある。

 旅行による一時的な解放感もすぐに幻と化し、二年D組の教室内は日が経つ毎に陰気な空気が満ちてゆき、その光景は旅行前のそれとあまり変わらなくなっていた。誰もがそれを異常だと認識しながら、見て見ぬふりをすることでやがてはそれが日常と化す。停滞しつつある 空気の裏側で確かに何かが鬱積し、極限値に達しようとしていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 それは、そろそろ期末テストの日程が眼前に迫り始めたある日のことだった。

 その日、LHRでクラスの三分の二の圧倒的多数の支持によって、学期末に行われる体育祭の実行委員を押しつけられることになったオレは、その結果を黙って受け止めることにした。この事態の首謀者は毎度のごとく柳瀬率いる動物軍団であったが、クラス内のオレに対する悪意と善意の比率がそのまま表されたようだった。

 してやったりとうっすらと嘲笑を浮かべる動物軍団を横目に、そろそろ新たな対策を立てねばならぬだろうかと思い悩む。

 とはいえ、畑を荒らす害獣対策にすら、多方面から何かと正義の横やりが入るご時世である。人語を解し、霊長類ヒト科ホモサピエンスに分類されるDQNへの攻撃に堂々と実力を持ってする事は当然不可能だった。

「困ったことがあったら言ってね。必ず協力するから……」

 修学旅行中、同じ釜の飯だけでなく、同じ店のおやつを食った仲の委員長からのメールでの気遣いがあったものの、一人者には何かと面倒なクラス内政治での身の振り方に頭を悩ませる。

 支持者も派閥もあやふやなまま正論を吐くだけでは、圧倒的多数の数の暴力と傍若無人なマネーパワーに太刀打ちできるものではない。

 我が国の基本概念の一つである民主主義と平和主義の思想は、無責任な国民主権の元、抵抗せぬ真っ当な弱者の基本的人権を踏みにじりまくり、良心的な一学生の日常を窮屈にしているものにすらなっていた。

 根回し、談合、諜報、謀略、セクハラ、パワハラ。

 社会の第一線で活躍する立派な大人達の姿を見習って、そっち方面のスキルを磨き、行使せねばならぬだろう。そしてこの場合、最も有効な手段は……。

「やっぱり、暗殺だよな……」

 長い人類史ではそうそう珍しい事ではない。教科書にすら書いてあることである。現代の世界常識から考えれば、この結論は当然の帰結である……はずだ。

 バレないようにそっとやって、素知らぬふりをする。遠い目をして「時代が変わったのさ」と呟けば、たいていの事はまかり通ってしまう。ヤバくなったら『他人のせいにして罪をなすりつける』という荒業も世の中には存在するという。オレのような凡人にはとても到達できぬ高い境地である。

「映画村の裏講座……、受けとくべきだったかな?」

 などとバカな妄想に浸りながら、オレはごみ袋片手に恒例の学内探索コースを歩いていた。

 あれやこれやと思い耽ったところで実行に移せない以上、残念ながらリアルなオレの現状は全く打つ手なしの堂々巡りである。

 午前中に降りしきっていた雨はすっかりやみ、薄暗い雲がうっすらと空を覆っている。今日はもう降ることはないだろうが、油断はならない。降る時は一気に来るのが昨今の梅雨空である。時に雷やダウンバーストのおまけつきで……。

「センパーイ、ご苦労さまでーす!」

 不意にコートを仕切る金網の向こうでソプラノが響いた。振り向けばポニーテールの少女が、ラケット片手にこちらを向いてぴょんぴょん飛び跳ねている。

「お、おー……」

 挨拶もそこそこに、オレは慌ててその場を一目散に逃げ出した。

「照れちゃって……」

「カワイイ……」

 相変わらずの一部の冷たい殺意のこもった視線の中に、何やらとんでもない声が入り交じっていた。

 世の中では目上の人に『御苦労さま』だの『お疲れさま』だのと言うのは失礼だ、などと大の大人がつまらぬ事で目くじら立てるのが流行りのようだが、彼女――西條彩華――にかかれば、そのような事どうでもいいらしい。

 己の気持ちに正直なその言動は見ていて心地よいものだが、生憎こちらは可愛い後輩女子とナチュラルに会話を交わすという高等スキルを持ち合わせてはいない。

 かつての因縁もあって、普段部活の最中は、極力テニスコート付近に近づかぬようにしているのだが、時折、うっかり彼女の視界内に踏み込んで先ほどのような無邪気な洗礼を受ける。

――もう少し手加減してくれるとありがたいんだけど……。

 少しだけこそばゆい感情とともにゴミ拾いを再開する。やる気が若干みなぎっているような気がするのは……、きっと気のせいに違いない。


 そのまま、しばらくせっせとゴミ拾いに励んでいたオレだったが、特別棟近くに足を踏み入れたところでふと胸騒ぎとともに足をとめた。

目を閉じ、耳を澄ます。

 テスト前の最後の練習日を懸命にすごす部活動生達の活発な掛け声に交じって、耳障りなうめき声が聞こえたような気がした。

 それが聞こえてきたのは特別棟横にある、通称、第三倉庫と呼ばれるめったに使われない場所からだった。

 かつては特別教室の一つだったようだが、加速する少子化によって起きた生徒数の減少とともに使用されなくなり、手ごろな倉庫として、様々なものが放り込まれている。学生の不正な使用を警戒して、空き教室の鍵は学校側によってかなり厳重に管理されているはずなのだが、中にいる奴らは、どうにかしてそれを手に入れたらしい。


 それは聞き覚えのある音だった。

 かつて蒸発する前の親父に半ば強制的に放り込まれ、中学の頃に一時期通っていた道場内でおなじみだった肉と肉がぶつかる懐かしい音。年齢を無視して色々な大人たちとぶつかりあった後のすがすがしい気持ちよさは、今も覚えている。結局、無茶をした挙句の骨折を機に、足が遠のいてしまった訳だが。

 でも、今そこから聞こえるのはあの時の音とは全く正反対の不快さを感じさせた。

 たしかブロック一つ分程度の換気用の小窓がいくつかあったことを思い出し、倉庫の裏手にそっと回る。ほとんど人気のない学内の死角の一つを知っていたのは、ここ数カ月の一人委員会活動の賜物だ。

 いくつかの小窓の中からこちら側が最も陰になっている場所を確認すると、屈んでそっと中を覗き込む。

 部屋の中に広がっていたのは半ば想像していた通りの不快極まりない行動だった。

 室内の半分程度を占めるのは積み重ねられた段ボール箱と学生用の机と椅子。ひどく埃っぽい臭いが鼻につくその場所は、意外に空きが広く、そこに七人の人間がいてもまだ余裕は十分にあった。

 カーテンを閉め切って外に光が漏れぬようにしたその部屋の床の上にうずくまっている人間が一人。そしてそれを取り囲む男三人女三人の計六人。

 それは我がクラスの誇るおなじみのDQN集団と、毎日奴らの標的にされて嫌がらせを受けている福田君だった。

 反射的にスマホを取り出し、カメラを起動する。焦りのせいか震える手で機能をどうにか調節し、室内の様子を撮影する。

 倒れ伏した福田君の身体を無理やり引き起こし、サッカー部の沢木がひざ蹴りを鳩尾に放り込み、隣の田辺に引き渡す。前かがみになった福田君の横腹を殴りつけると田辺は床にほうりだした。ひょろりとした金山が唾を吐きかける。

 男子生徒三人の暴行する姿を眺めながら柳瀬達女子三人が口々に暴言を吐きつける。

「冗談じゃないっての、毎日毎日このクソ暑いのに、うっとうしい図体でうろうろして、このブタが! あんたクサイのよ!」

「さっさと登校拒否しなさいよ! 学校やめたら楽になるわよ! まあ、あんたみたいな奴なんてどこにいっても使えないだろうから!」

「人生終わってるよねー」

 暴言だけでは飽き足らなかったのか、柳瀬が福田君の背を踏みつけた。

「ホント、気持ち悪いのよね、このブタ。で、こんな奴に限って、身の程もわきまえずに可愛い女にエロい奉仕してもらえるなんて考えてるのよね」

「へー、柳瀬あんた、ズリネタにされてんじゃないの」

「冗談じゃないわよ」

 忌々しげに再度倒れた獲物を踏みつける。頭を抱えたまま必死で身を守りながら彼が訴えた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……だからもう殴らないで……」

――ヤバいな……。

 状況を撮影しながらもオレは一抹の不安を感じた。

 彼らは倒れた福田君の身体に躊躇なく加撃していた。倒れた人間の身体は、筋肉がゆるみもろく弱い。おまけに踏みつけることで全体重が乗り、非力な女性の力でもおどろくほどに重いダメージを与えてしまう。

 彼らはそういったことが分からぬままに暴力に酔っているようだった。

 オレが来る前からやっていたようだから、そろそろ福田君の身体は限界のはずだった。

「うるせー、このブタが!」

 強面の田辺が倒れた福田君の頭を踏みつける。

「おい、顔はやめろって。バレたらどうすんだ!」

「少しくらいならバレやしないって。大体こいつがブタすぎて、頭と腹の境目が分かんねえだろ!」

 下卑た笑い声が室内に響いた。頭を抱えたままの福田君の身体を再び立たせて沢木が蹴りつける。

 福田君の太ももを上から蹴りこむ。サッカー部で鍛えた脚力で思い切り蹴りこんだものの、角度が浅く手ごたえは不十分だったらしい。

「おら、ちゃんと立てよブタ! ローキックの練習にならねえだろうが!」

「使えねえゴミのお前をオレ達がサンドバッグとして使ってやってるんだから、ありがたく思えよな」

 田辺が彼を立たせようとするものの、体重のせいかうまく引き起こせない。

「なに逆らってんだ、このブタ! 食後の運動にならねえだろ、テメエ!」

 それでも無理やり立たせようとしたところを横合いから柳瀬が割り込み股間にひざ蹴りを入れた。

 つぶれるような悲鳴を上げて、福田君は股間を抑え、再び床を転げまわる。

「お前、容赦ねえな、使えなくなったらどうすんだよ!」

「別にいいじゃん、こんな奴どうせ一生使い道のないドーテーブタなんだからさ」

 女三人の笑い声が重なった。

 福田君はもう、言葉すら発することもできなくなっていた。

「ごめんなさい」と訴えるその声が耳に残る。彼の身体だけでなく人間としての尊厳すらも踏みつけて笑う動物共の行為にもう、オレは切れそうになっていた。

 かろうじて残った理性を総動員してオレは如何にか自分を抑えつけて考える。

――どうやってこいつらを潰すべきか?

 この手の行為をする奴らの卑怯ぶりは半端ではない。

 口裏を上手に合わせ、次々に嘘で塗り固める。

 ふと、修学旅行以降の奴らの動向を振り返る。

 一、二度、福田君が欠席する事があり、欠席明けの登校日には顔色が酷くすぐれなかった事を思い出した。

 多分、このような事が慢性的に行われていたのだろう。

 もしかしたらクラス内でも気付いている奴がいたのかもしれない。あるいはオレ自身もそういった現実に薄々感づきながら、日々のあわただしさに押されて、無意識に見逃していたような気がした。

 予習に復習に課題に。あるいは委員会や部活動。リア充ならばこれに遊びやデートが、ぼっちなら趣味の一人遊びが加わるだろう。人によっては無責任な期待を掛ける親のご機嫌や鬱陶しいだけの家族の相手もしてやらねばなるまい。何かと高校生というものは忙しいものである。

 眼前で行われているいじめの存在すら認めようとせぬ学校の教師などまず役には立たない。

 半端な知識で全てを知ったつもりの奴らは、DQN共の『言葉』を聞こうとする。理のないやつらに理で対処しようとして嘘にまみれたそれをいちいち取り合うから、虚飾の迷路にはまり込む。そして教師としての立場や対面こそが大事という本音を見抜かれて、その隙をつかれ、いいようにあしらわれる。

 己の無能さから目をそらし、学歴社会の勝者たる自分たちが優秀だと信じて疑わぬ頭でっかちなおバカさん達は、結局、堂々巡りの現実に振り回され、やがてため込んだフラストレーションの矛先は、無抵抗な善良な者へと向けられる。

 半端な事をすれば逆にこちらが潰されるのがオチだった。

 せいぜい証拠の映像を撮ることしか思いつけずにいる俺の眼前で、転げまわって苦しむその姿に唾を吐きかけながら、六人は暫し休憩するようだった。

「それにしても、なによ、央城の奴。人がせっかく実行委員に推薦してやったってのに、すかしやがって!」

「自分に人望があると思って勘違いしてんじゃねえの? 大半がこっちの言いなりだってのに……」

「つけあがってるよな、アイツ、締めるか?」

「まあ夏休み前のお楽しみ。あいつには誰も協力させないからさ」

「でも、それを言うなら東堂でしょ。ちょっときれいだからって図に乗ってさ! 央城とデキてんじゃねえの?」

「うわ、マジ? だっさー。あんたら東堂輪姦(まわ)しちゃいなよ。やりたいって言ってたじゃん、アイツと!」

「うひょ、委員長かよ、いいねえ、それ!」

 会話はどんどんエスカレートしクラスの主だった連中の悪口から、担任教師のヘタれッぷり、次の標的の候補にまで発展する。

 多分、その時完全にオレはブチ切れていたのだろう。

 撮影を止め、十分に証拠になるのを確認することもなく次の行動に映っていた。



2015/10/26 初稿



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