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気付かなければ幸いか

「端的に言うと、プラウベルト領主エドゥアルドを回復させることは可能です」


 その台詞を魔女は逆さになった姿勢で聞かされている。

 頭に血が上り顔がむくむ感覚にぐったりとしながら。


「そ、そりゃあよかった。具体的にどうすればいいの」


「呪いと言えど結局は魔術です。人に害を為そうとする意志が具現化して影響力を持つようになるのです」


 つまり、と人差し指をたてて。


「呪わんとする意思以上の思いを以て、領主の幸運、健在を祈るのです。これは治癒魔法の応用ですので比較的簡単な手法です」


 血が頭に昇ってきたのか目の前が赤くなってきた。


「成功すれば貴方様の目指すプラウベルトの信頼を勝ち取ることは容易いでしょう」


「ところでいつ頃降ろしていただけるのでしょうか」


 そう言うと即座に足を縛り上げ吊り下げる縄を掴んで揺らされる。

 まだ食事をしていなくてよかったと思う。


「貴方様が反省するまで、です。今回の勝手な行動、どのような影響を与えるかを鑑みれば到底看過できるものではありません。たっぷりと後悔していただかなくてはいけません」


 どうやら折檻はまだまだ続きそうだ。

 いっそ気絶出来たらいいのに、と思う魔女の思考はぐるぐると回り続けた。


 ――――――――――――――――――――――――――――


「こちらがプラウベルド最大の蔵書量を誇る書庫、我がプラウダ一族が貯め続けてきた知識のるつぼです」


 魔女は今日も深い黒の衣装に身を包んでいる。

 朝から随分と驚いた。

 なにせ魔女がみたび広間へと現れたのだ。

 一体全体何をしに来たのかと思ったが。


「書庫への案内を、頼む」


 思いもよらない魔女の「頼み事」に唖然としたものの、そこからが大変だった。

 なにせ城内の侍女は案の定誰もやりたがらない。

 騎士団長は自分が、と立候補してくれたものの書庫へ入れるのを母が嫌がった。

 結果として消去法的に自分は今現在、魔女を案内する侍女の真似事をやることとなっている。


 書庫には本が隙間なく詰め込まれた本棚がいくつも並び、収まりきらないものは床に乱雑に積み置かれている。

 日のあたらない部屋は、劣化した紙の匂いとカビ臭さ、埃っぽさに包まれている。


「一応、ざっくりと類型ごとの分類はしてあるそうですが、正直言ってバラバラに放り込まれてると言わざるを得ませんね」


 そう言いながら振り向くと、驚いたことに魔女は随分と嬉しそうにしている。

 顔もろくに見えないのに何を、と思うかもしれないが雰囲気だけで十分わかるほどに喜色にまみれているのだ。

 うきうきと、まるでステップでも踏み出しそうなその姿は、「魔女」という単語とはあまりにも似つかわしくない。


 油断してはいけない。

 これでも気絶させた自分を人質に脅しをかけてきたと聞いている。

 極悪人が久々に煽った酒に笑顔を浮かべていようが本質は変わらないのだ。

 自戒の意味も込めて言い聞かせる。


 魔女は本棚に向かうとあちらこちらから本を引き抜き机に向かう。

 その自然な流れに思わず当然のように見送ってしまうが。


「あ、あの魔女様?本に夢中になっていただけるのは大変ありがたいのですが、いつ頃までこちらに滞在されるので?」


「ここは既に契約の上我がものとなった。ならば何時居ようとも問題はあるまい?」


 大有りだ。

 そう心中で叫んではみるが悲しいかな相手の方が正しい。

 正しくなかったとしても言い通せる気はしないが。


 それはともかく、どうやら館に魔女が住み着くことになりそうだ。

 国中の書物を奪われるのとどっちがマシだったかな、と今さら考え込んでしまう。



「ああ、そうそう」


 魔女が声を上げる。

 一挙手一投足にびくびくとしてしまうのは我ながら情けないことだ。

 子供に興味を示される虫もこんな気分なのだろうか。


「この後、父にかけられた呪いとやら、治しに参ろうか」


 一々この魔女は人を驚かせる行動を心掛けているのかと疑いたくなった。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 昨日の血反吐を物理的に吐く練習で、何とかある程度の練度に達することはできた。

 練習台として自らを用いる羽目になるとはさすがに思わなかったが。


『かごいっぱいの小石を降らせます。成功すれば幸運にも一発も当りません。失敗すれば当たります。不運ですと当たり所が悪く死にます』


 とか冗談がきつい。

 冗談抜きでぶつけてくるあたりが特にそうだ。


 お蔭で逆さ吊りと相まって昨晩から頭痛が止まらない。


 エレオノーラに案内された父君の部屋は、随分と物悲しいものだった。

 ベッドや部屋の造りこそ豪勢なものの、装飾品はさして飾られず、御付きのものも一人だけ。

 城主エドゥアルドは目をうつろに開いたまま、ベッドに横たわり指先一本動かさない。

 水差しを半開きの口に差し出されても大半がこぼれてしまっている。


「かつては立派な為政者だったのに、今はこの有様です」


 悲しみをにじませ呟くエレオノーラの表情は暗い。

 もしここで見事父を救ったならば多少は笑顔を見せてくれるのだろうか。

 そんな下心を持ちながらも、焦点の定まらない父親の下へ近寄る。


 頭上に手をかざす。


『汝に幸いあれ。汝に災い降りかかることなかれ。全ては川が流る如く』


 詠唱は相も変わらずシンプルなものだ。

 この魔法は効果が発揮されているのかどうかが目に見えてわからないのが難点だと、そう思う。

 石のように可視的な苦難を防ぐならばともかく、同じ魔術の、呪いなど相手取るのは実に難しい。

 多分成功しているだろう、ぐらいの感覚ではあるが、その不安を表情にはけして出さないようにしておく。


 望むは眼前の男の快癒、男の幸せ祈るのは趣味じゃないなと今さらながら気付く。


 ああ、頭が痛む。


 願わくばこの都市の書庫に「僕」の欲しがっていた知識のあることを願おう。


 終わりを得るためにも。

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