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阿呆のピューレ

 やはりというかなんと言うか、自分が意識を失ったままの少女を横抱き、いわゆるお姫様抱っこで抱えながら塔を降りた時にちょっとした騒ぎが起きた。

 当たり前だろう、自国のお姫様が意識を失った状態で得体のしれない奴に抱えられているのだ。

 当然即座に周囲に兵士が集まる。

 こちらを睨みつけてくるもの、武器を抜き構える者、解放を嘆願するものと実に様々だ。


 そこまで恐れるものだろうか、と魔女はぼんやりと考える。

 例え正体が分からなくとも、所詮は人間だろうに。

 魔法を使うとしても他に魔術師もいるだろうに。

 そのあたりの感覚の違いは記憶のない自分ゆえだろうか。


 ぼんやりと考えている中、兵士たちの輪がざわつきとともに割れていく。

 そこからゆっくりと歩み出てくるのは初老の騎士。

 今抱えている彼女と契約した際に同じ部屋で立ち会っていた男だ。

 確かクラウスとか呼ばれていたか。


 彼は目の前へ歩み寄ると膝をつき、うなだれるように頭を下げ。


「魔女よ、エレオノーラ様をお返し願いたい。不満があるならば、代わりに我が首を差し出させていただきたい」


 思わずは?と聞き返しそうになる。

 どうやら彼らにとって魔女とはそこまで恐ろしい存在のようだ。

 以前の僕は随分とあくどい事をしていたのか。

 ある意味別人であるそれと同一視されるのはどことなくもやもやとしたものを感じる。


 しかし仕方のないことなのだろう、と姫様を地面にそっと降ろす。

 ざわめきが強くなる中、出来る限り威厳と不気味さを出すために低く、震えるような声を無理くり引き出し。


「…何も命まで取ろうとは思わん。契約さえ守れば、それでよい」


 返答を待たずに小声で詠唱、姿を消す。


 途端にざわつきが叫びの渦に変わる。

 そういえば突然現れ突然消える姿を見せたのは館の一部の連中だけだったな、と思う。

 クラウス以下大勢が慌ててお姫様に駆け寄る。

 指示が出され館の中へと運び込まれていく。

 それを横目に見ながら、魔女はゆったりと城壁の外へと向かった。


 ――――――――――――――――――――――――――――


「最後の台詞、上出来でした」


 相も変わらず生活感を感じさせない部屋の中でサテツが声をかけてくる。

 脇腹の痛みが中々とれないでいたのでいたので診てもらったところ、数本ひびが入っていたいたとのことだった。

 その状態でよくもまああんなに動き回れたものだと思う。

 アドレナリンでも出ていたのだろうか。


 サテツ曰く、防御魔法がもっとうまく使えていればそもそも痛みすら感じないらしいが、そのレベルにたどり着くのはどれほどかかるのやらわからない。

 お蔭で今現在ざっくりとした手当を受けているわけである。


「そりゃあどうも。でもみんな、そんなに魔女が怖いんですかねえ」


「私にはわかりかねます、が、貴方様は以前意図的にそうなるように仕向けているとおっしゃっておりました」


 ろくでもないことをしてくれたもんだと、がくんと肩を落とす。

 お蔭で人助けをしたにもかかわらずあの対応だ。

 流石にへこむ。

 いっそ正体を盛大にばらしてしまえばどうかと以前提案してみたのだが。


『あちらこちらから討伐の軍隊が山ほど訪問してくれるでしょう。以前に比べ力の劣った貴方様ではどうしようもないでしょう』


 とにべもなく却下されてしまった。


「差し当たっての応急手当は完了しました。しかし治るのに時間がかかります。ですので時間短縮も兼ねてこれから治癒魔法の訓練を行っていただきます」


 自然治癒ではいけませんかね、という不平は飲み込んでおく。

 実際問題覚えておいて損はない、極めて便利な技能であることは間違いないのだから。


 しかし覚えるための練習が嫌なのだ。

 努力することは別に嫌いではない、好きでもないが。


 問題は具体的な練習方法である。

 魔法の習得を目指すのに必要なことはひたすら詠唱を繰り返し、その言葉の意味するところ、起こしたいと目指すことを強く意識することである。


 つまるところ成果が全くと言っていいほど目に見えないのである。

 傍目には変わり映えのしない反復は、すぐさま分かり易い結果を欲しがる自分のような人間にはただただ辛いのである。

 しかし死の間際、どうしようもない後悔の場を得てしまうのも真っ平御免だ。

 だからきっと自分は、嫌々言いながらもきっと練習を続けるのだろう。

 そうどこか他人事のように考えた。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 魔女が館へ再び現れた。

 そのニュースは衝撃と混乱を以て街中を駆け巡った。

 市民が又聞きの噂話に花を咲かせる中、騎士団長クラウス・スヴァスチカはカツカツ、と神経質そうにつま先を床に打ち付け続けていた。

 エレオノーラの母であるエマヌエル夫人が人払いを命じたため、魔女と夫人、そしてエレオノーラの居るであろう広間にて護衛を行うことができないのだ。

 無論ドア一つ隔てた場所に兵士たちは待機している、がしかし例え一瞬の隙であろうともそれが致命となる可能性を考えると、とてもではないが気が気ではない。


 どうか御無事で。


 騎士団長は我が儘で、この上なく才覚を見せる少女の無事を祈ることしかできないでいた。


 ――――――――――――――――――――――――――――


「この度は、我が国を侵略せんとする蛮族連中を叩きつぶしていただき、誠にありがとうございます」


 香水の強い香りが鼻をつく眼前の女性は、エマヌエルと名乗った。

 いかにも貴族然とした印象を与えてくるその姿は、率直に言って威圧感を与えて来るので苦手だ。


「大したことではない。契約を無事果たしていただいた以上、何の問題もない」


 無理に低い声を出し続けていれば、今に喉が枯れて地声からガラガラになってくれないだろうか。

 そんな益体もないことを考えながら生返事をする。


 何やらこちらをべたべたにほめたたえる言葉が続いているようだが、正直言って欠片も頭に残らない。

 サテツの説明では、この街の領主の妻は、ウェンベルド王国がプラウダ一族の恭順に対する政略結婚の一種として差し出してきた王の娘で、無能を鍋で煮詰めて裏ごししたようなものだとの認識を街中から受けているらしい。

 淡々とした台詞でそう説明するサテツの姿はかなり可笑しいものがあった。

 思わず緩みそうになる口元を抑え、顔を上げると。


「……けでありますの。このような小生意気な小娘の言葉を聞いていただき、感謝の極みですわ」


 そう言いながらグイッと隣の席に座る少女、エレオノーラの頭を押し付け無理矢理下げさせる。

 思わず口角が笑みとは違う吊り上がり方をするが、何とか抑えようと努める。


「つきましては魔女様、我が愚女エレオノーラの頼みを聞いてやってはくれないでしょうか」


 頼み?と聞き返すと、エマヌエルに促され、エレオノーラがぽつぽつと喋り出す。


「…侵略を行ってきた国、マルニル王国への反攻作戦がウェンベルドより出されました。つきましては、騎士団の障害の排除を頼みたいのです」


 その発言を聞いて思わず苦笑する。

 何が娘の頼みだ、と。

 しかしそれに対する返答をする前にエレオノーラは面を上げて。


「それともう一つ」


 と続ける。

 お?と思いながら視線をやると、どうやらエマヌエルも想定外の事らしく目を見開いている。


「我が父、エドゥアルド・プラウダは現在、マルニルの魔術師の呪いを受け続けており前後不覚の状態です。父を救ってほしいのです」


 お願いします、と頭を深々と垂れるとそれに付随するように手入れの行き届いた長い金髪も垂れ下がる。

 わなわなと震えながらエマヌエルが割り込むように。


「娘が出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません…」


 と言いながら再び娘の頭を押し下げる。


 しかしそれでもなおお願いしますと頼み込んでくるエレオノーラを見ていると、ふつふつと感情が湧き上がってくる。

 サテツとの事前の話し合い、もとい一方的なレクチャーで依頼は断ることになっていた。

 しかし。


「その依頼、お受けしよう」


 思わず口が動いてしまった。

 帰ったら絞られるだろうな、と後悔の念がよぎるが今さら仕様がないと腹をくくる。

 耳のイヤリングの機能を切ると。


「父上を救うこと、約束しよう」


「それではマルニルへの攻撃は…」


 先ほどからわななきが地揺れのレベルになり、顔色が赤くなったり青くなったりせわしないエマヌエルの言葉に苦笑とともに。


「マルニルの魔術師を排除する。それだけでは騎士団の障害の排除には足りぬかね?」


 少々声を張るようにするだけで、顔色が土気色に変わるのだから恐れられているというのも悪くはない。


「報酬は、おって連絡させていただこう」


 この街からこれ以上何を搾り取っても得はしない。

 そうサテツに言われたことだけは守っておく。

 折檻を受ける覚悟はできてはいるが、あんまりにも強烈なのはさすがに御免だ。

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