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本日の天気は雨

 六度目の大攻勢は陽が沈んですぐに始められた。

 最初に大砲が前へ出され、砲撃が一斉に開始された。

 全周から放たれる砲弾は、重低音の後、甲高い笛のような音を伴い飛来する。

 着弾箇所はバラバラで、しかしそれが余計に市民の恐怖感をあおる。

 どこに落ちてくるかわからない、ということはどこへ逃げていいかわからないということと同義であり。

 断続的に着弾の轟音と悲鳴、建物の崩れる音が最悪なハーモニーを奏でる。


 次々とやってくる使いの者の報告に即座に指示と連絡を行いながら騎士団長がエレオノーラに大声で話しかけてくる。


「魔女はいつ頃現れるのです!?」


「城壁に梯子がかかるころに!」


 喧しい音に負けないように同じように大声で言い返す。

 事前に詳しい内容は届けられた書簡で把握している。

 出来ることならば攻勢前に叩きつぶしてほしかったが、多くを望むことなど出来るはずもない。


「お嬢様っ…奥方様が大変怖がっておられまして!」


 比較的安全な館の地下に籠っていたメイドが珍しく表へ出てきたと思ったらこれだ。

 頭痛の種を増やされたことに露骨に嫌そうな表情をする、が相手は全く気付いていないのか相変わらず不安そうな顔で。


「やはり先方の和睦案を受け入れるべきでは…」


「いつから家の雇ったお茶汲みは、政治顧問もやるようになったのかしら?」


 厭味ったらしくねめつけると、明らかに不満の色を隠しもしないメイドにこの戦いが終わったらもっとまともな人材を雇おうと心に決める。

 どうせ母の入れ知恵に違いない。

 言われたことを反芻しているだけだから二の句が継げないのだ。


 はあ、と溜息を吐く。

 何故父君はあのような女を選んだのか。

 政略とはいえもう少しはまともな相手を選べばよかったのに。

 そう嘆いても何も始まりはしない。

 説得と言う名の強い口調で続けるように。


「向こうが圧倒的に有利な現状、和睦案をそのまま忠実に実行するとは思えないわ。それこそなんとでも理由をつけて私たちの家族皆殺しなんて簡単に出来るでしょうね」


 おどおどと、助けを求めるように騎士団長へと視線を向けるが騎士団長はばっさりと。


「エレオノーラ様の言うのは大げさだとしても、少なくとも楽観的観測はとてもできる状況ではありません」


 切り捨てられたメイドはがっくりとうなだれ、そそくさと踵を返していく。

 恐らくまた地下室に逃げ込み、肩を抱えて震えているつもりなのだろう。


「援護射撃どうもありがとうございます。いつまでも子ども扱いしてまともに話に取り合わないんだから…」


「無駄に歳を重ねた身です。信用されやすいぐらいの役得は年寄りのものにしておいてほしいですな」


 気が付けば大砲の音は聞こえなくなっている。

 鼓膜の内側でキンキン響く音は鳴りやまずお互いの声は相変わらずろくに聞こえない。

 しかし残念ながら休んでいる暇はない。


「次!弓兵による火矢、来るわよ!」


 そう叫ぶと都市の中心部に位置する見張り台を兼ねた鐘塔に急ぎのぼる。

 てっぺんに着いた頃にはだいぶ息も上がってしまったが、肺の痛みは我慢せざるを得ない。

 見張りの兵の礼に軽く手を上げて返し辺りを見回す。

 遠目にもわかる戦士団の数は、気が遠くなるほどだ。

 それらが一斉に、統率された動きで動き出す。

 決して走るのではなく、ゆっくりとした歩みは確かであるゆえに逆に恐怖を感じる。

 弓兵のみならず戦士、梯子持ちも皆全周囲より迫ってくる。

 故にこの段階になってもどの方角から突撃をかけるのかが読めない。


「どの方角から来ると思う?」


「はっ!申し訳ありませんが今の所判然としません!」


 直立不動で返答する兵士に適当に返す。

 そうこうしている内に弓兵は足を止め、弓を構える。

 つがえられる矢は先端に油を染み込ませた粗布が巻き付けられており、既にゆらゆらと炎が燃えている。


「来る…」


 後ろの兵士が呟くのとほぼ同時。

 伝令の大太鼓が連打を始める。

 そうしてまず全体の1%程が火矢を放つ。

 鈴屋化にも聞こえる音を引いて飛来する矢がまちまちな場所に落ちてくる。

 そしてそれを目標に全体が目測修正。


 一斉に放たれた。


 先ほどとは段違いの飛来音に思わず首を竦める。

 火の光の残像は、いっそ綺麗とすら感じる。

 降り注ぐ火の壁は、大音をたてて突き立つ。

 鐘塔の根本にも幾本も突き刺さる。


「エレオノーラ様!早くお逃げに!」


「ここは石組みよ!そうそう燃えないわ!」


 呼びかけにそう返し視線を再び城下へ向ける。




 そこは地獄と化していた。


 各所で火種は燃え上がり大火事となっている。

 森が近い故にプラウベルトの家は大半が木造、屋根に至っては藁ぶきも多い。

 そこに山ほどの火矢。

 結果は明白であった。


 火の粉の飛び散る中逃げ惑う人々。

 必死に消火に当たるものも居るが、不意にはじけ飛んだ火種が燃え移り火柱と化す。

 聞くに堪えない悲鳴に耳を塞ぎたくなる。


「魔女は、魔女はまだなの?!」


 自然に漏れ出た叫びは祈りにすら似ている。












 そして彼は現れた。

 祈りに呼応するように。


 城壁の上に突然現れたその姿に、思わず目をこすり、ぱちぱちとまばたきをしてしまう。

 来てくれた。

 契約を履行しに来てくれたのだ。


「本当に現れた…」


 茫然、と言った調子で兵士が呟く。

 信じられない、と言った調子なのは彼に限らないだろう。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 顔をいつも通り隠した魔女は内心で息荒く緊張しきりだった。

 なにせ記憶を失って目覚めてからまだ数週間なのだ。

 サテツにスパルタで叩きこまれた内の一つ『姿隠しの魔法』は確かに効果を発揮していたが、だとしても殺気立ち鬨の声を上げる筋骨隆々な集団の間をすり抜けるのはとても生きた心地がしなかった。

 城壁を『歩行の魔術』で垂直に登るのも、いつ落ちてしまうのかひやひやした。


 どうやらかつての僕は随分と無謀だったようだと、そう思いながら眼下を見下ろす。

 城壁の外には大勢の兵士。

 こちらへと歩を進める戦士団は徐々に速度を上げてくる。

 城壁の内には大勢の民衆。

 火炎に囲まれ、苦しむ彼らの姿をしばし眺め思わず考え込んでしまう。


 耳につけたイヤリングが振動する。


『貴方様、首尾はいかほどでしょうか』


「無事に指定位置に着きましたよ、サテツさん」


『こちらでも確認しております』


 じゃあ聞かなくてもいいんじゃないかな、とそう思ったが口には出さないでおく。

 彼女の機嫌をうっかり損ねてしごきを悪化させたくない。


『ではこの後も予定通りにお願いいたします。人を殺すことに御抵抗はございますか』


 この人はいつもこうだ。

 話題の転換が唐突で気遣いとかそういうものがない。

 そして何より。


「聞くように言われたんですか。以前の僕に」


『はい。きっと迷うだろうから、と。そう言われましたので』


 これだ。

 かつての僕は、無謀な上によほど心配性だったのだろう。

 それも押しつけがましい方に、だ。


「心配いりませんよサテツさん。覚悟はしてましたし」


 それに今決めました、とは心の中でのみ言っておく。


 鬨の声が響き、他の戦士団も呼応するように叫びを上げる。

 気圧されそうになるのを耐え、ぶつぶつと詠唱を始める。

 サテツ曰く、詠唱に重要なのは発音ではなく意味を理解することだと。

 それを思い出し強く意識しながら。


『地は不動ならず、揺れ、動き、動作するもの』


 手記の詠唱とはところどころ違うそれは、自らが使いやすいものへと置き換えたもの。

 いずれは完全オリジナルになるのがいいと、そう言われた。


『起これ、塞げ、地は壁なり』


 詠唱完成と同時、光が地面を、城壁を伝い網目状に走る。

 そしてゆっくりとした地揺れ。

 それは戦士団の突貫によるものかと思いきや徐々に強まり。


 地滑りを起こしたような大音とともに戦士団の背後、地面が壁として屹立した。


 高さ有に鐘塔を超えるそれは、戦士団の足を止めるのに十分な存在感を放っており。


『其は鉄、其は矢じり、天より来たる裁きの雨』


 覚悟は決めた、そのはずだ。


『降り注げ驟雨の弾幕!』


 空中にラインが走り、ぽつぽつと光点が現れ、増殖する。


 天へ向けた掌を、戦士団へと振り下ろす。


 降り注いだ。


 地面を抉る大音響は幸いなことに悲鳴を掻き消してくれた。

 鉄の鏃は自由落下を遥かに超える加速を以て破壊の嵐をもたらした。

 土煙が巻き上げられ、赤い霧もわずかに混ざる。


 煙が晴れると、突撃隊が居た場所に、動くものはいなくなっていた。


 注視はしないようにする。

 即座に次の行動を思い出し実行に移す。


『戦士団をたたくだけでは足りません』


 サテツの声をうるさく感じる。


『魔女の名を、畏怖を以て受け入れさせるには更にもうひと押し必要です』


「わかっている。わかっているから言わないでくれサテツ」


『念押しするように、と。そう言われましたので』


 それ以上返事はすることなく。


 既に包囲をしていた連中は動きを止め、戦線を下げ始めている。

 そこを叩く。


RE.use(さいこうし)!』


 叫ぶのは短縮のためとして教わった基礎の基礎。

 再び天に光が走る。


 振り下ろす右手は、今度は隊列を未だ維持したままの弓兵へ。

 途中から斜めに振り下ろす腕を動かし横へスライド。

 軽くステップを踏んで一回転。

 結果は全周への平等な大惨事。


 戦士団への一瞬での大損害、そして今まで圧倒的に有利な攻め続ける側だった結果は。

 壊走だ。


 堰を切ったように一斉に背を向け逃げ出す。

 蜘蛛の子を散らすようなそれを、魔女はどこか無感動な気持で眺めていた。


 城内の市民は敵が去っていくことに気付いていない。

 そもそも未だに火はあちこちで燃え続けている。

 それすらも感情の起伏を起こさせない。


 そして視線を上げると鐘塔が、そしてそこにいた彼女が目に映る。




 わかるはずもないだろうに、彼女の視線からは怯えを感じた。

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