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魔女との取引はご計画的に

 円状に城壁に囲まれた城塞都市、プラウベルド。

 ウェンベルド王国へと続く道に立ちふさがるように存在する堅牢な防壁は、しかしあちこちから煙を立ち昇らせている。

 街中に漂うのは肉の焼ける臭気と焦げ臭さ。

 多くの人が崩れた家屋や未だくすぶる火元へ群がっている。


 そんな中をのしのしと大股で歩く少女と甲冑を着込んだ初老の男騎士。

 ぱっと見では父娘に見える彼ら。

 だが少女は男に怒鳴りつけるように話しかけている。


「ねえ、騎士団長。早朝の戦闘、流れ弾が私の城の近くまで来ていたことはご存知?」


「ええ、敵の攻勢も激化しておりまして…こちらも士気は旺盛ですが如何せん数が…」


「言い訳は聞きたくないわ。近くに着弾するだけでもお母様がヒステリーを起こしてうるさくて敵わないの」


 腰まで伸びた金髪をはらいのけ。


「このままじゃ城門を開け放ちかねないわ」


 告げる言葉は単なるお嬢様のわがままと言った雰囲気ではない。

 騎士団長もそれは理解しているのか黙って頷く。


 二人はそのまましばし街中を歩く。

 攻撃の被害からの復旧に取り組む住民たちを励ますように手を振り、挨拶を交わす。

 顔に浮かぶ笑顔は接着剤で固められたように動かない。



「お出かけは楽しめましたか?」


 帰ってくるなり厭味ったらしく言葉をかけてくるメイドに、金髪の少女、エレオノーラ・プラウダは内心の苛立ちを抑え込み、笑顔で応対する。

 コイツらは、戦いを続けるうえで必要なのは騎士団と高潔な精神だけだと思い込んでいる阿呆共だ。

 心の底でそう吐き捨てながら自室まではおしとやかに歩き付く。


 戸を開くと肩の装飾布を椅子に投げつける。

 音が出ないものを選ぶことに我ながら余計に腹が立つ。

 ドレスにシワがつくことも気にせずベッドに身を投げる。

 そのまま閉じそうになる瞼を止めながら、思い出すのは先ほどのこと。


 ――――――――――――――――――――――――――――


『魔女を…ですか』


 あからさまに渋い顔をする騎士団長に、ええ、と頷き問い返す。

≪魔女≫

 プラウベルトからそう遠くない東の森のそのまた深いところに棲まうおそろしき魔法使い。

 王国雇われの魔術師などでは太刀打ち敵わぬほどの魔法の天才。


『彼ならばこの最悪な状況を打破することなど容易いでしょう?頼らない理由がないわ』


『私は反対です。リスクが大きすぎます』


 続けて語られるのは魔女のかつての悪行。

 曰く、かつて魔女に依頼をした都市は、報酬を払わなかった故に滅びたとか、報酬として娘の心臓を要求されたとか。

 お伽噺の様な現実味を帯びない伝説の数々は、しかし彼女ならばやりかねない、と変な信用性を以てまことしやかに語られている。

 騎士団長の心配の言も何よりだ、それは自分を気遣う故のものであるだろうし。


 けど、と遮るように喋る。


『残念だけれど、もう余裕がないわ。わかるでしょう?お父様は未だ寝たきり、お母様は臆病がすぎる』


 かつて父が健在だったころは民衆の士気も旺盛だった。

 しかし、新興の王国マルニルがウェンベルドに領土戦争を仕掛けて来てすべてが変わってしまった。

 マルニルは今までの侵略国のようにただ戦士団を正面からぶつけてくるのではなかった。


 魔術師を戦争に利用したのだ。

 十数人の魔術師は前線に出てくることなく呪術を以て父を攻撃した。

 お蔭で今や父は満足にしゃべることも、動くことも敵わない。

 解呪のための魔術師を王国から派遣してもらおうにも、マルニルの戦士団は都市を完全に包囲しており、遣いの者は五人送り出して五人とも城壁の内に投げ込まれて帰ってきた。


 いまや民の間にも厭戦気分が蔓延している。

 このままでは敗北は時間の問題だろう。


 そうなればプラウベルトも、プラウダ一族もおしまいだ。

 人を好いたことすらまだないというのに、慰み者となって路傍の草となるのは御免だ。


 なおも難色を示す騎士団長を一刀両断するように。


『どちらにせよ、座して死を待つつもりは私には毛頭ありません。騎士団長、狼煙を上げてください』


 口調は子供のころから頑なになると出るもの。

 これが出ると彼女は絶対に意思を変えない。

 それを騎士団長も十分に理解している。


『仰せのままに』


 苦々しい言葉が絞り出された。


 ――――――――――――――――――――――――――――


 窓の外に赤から紫へと色を変える狼煙が上がってから、メイドが戸を叩くまでそう時間はかからなかった。


 正式な貴族の服装は締め付けがきつくて嫌になる。

 大体コルセットは身体のひねりを阻害するので不便なのだ。

 心中でそう愚痴る程度には余裕があるのだろうかとエレオノーラはひとりごちる。


 カツカツとヒールを鳴らしながら広間へ向かいながら考える。

 包囲されたこの都市にいかにして魔女は現れたのか。


 この際どうでもいいことだろうか。

 どちらにせよ魔女が館に現れたことは確かである。

 それによってあちこちで使用人たちが立ち話をしていることも、自分がそばを通り過ぎても気付かないことも面倒だ。

 幾人かはもう逃げ出しているとも聞く。

 どうやら彼らにとっては砲弾よりもお伽噺の方が恐ろしいらしい。


 広間へ通ずるドアを開けてくれた侍従も、自分が戸をくぐり広間へと進む間に足早に去っていくのが聞こえた。


 普段ならば父が座る装飾過多で座りごこちの悪い椅子に腰を下ろす。

 正面に視線を向けると、うなだれ、黒いローブを纏った痩躯。

 その顔は深いフードのせいで窺うことができない。

 だがローブで浮かび上がる体のラインは男性的に骨ばっている。


 そして視線を横へやれば壁の側に直立する騎士団長。

 向こうもこちらの視線に気付いたのかこくり、と頷く。


 咳払いを一つ。


「この度はわざわざご足労いただき誠にありがたく思う。魔女殿」


「大した手間ではない。お気になさらず」


 返ってくる言葉はやはり男の物で、そして思ったよりも普通の声だ。

 お伽噺では声だけで町中の鳥が落ちたなどもあった気がするが、所詮は尾ひれだということか。

 幾分か安心し、こっそりと息を吐くと。


「本日お招きしたのは他でもない。現在我がプラウベルトがマルニル王国に攻め入られていることはご存知か?」


「存じ上げておりますとも。森の中にまで戦士が入り込んでくるのでこちらとしても大変迷惑しておりまして」


「それなら話は早い。単刀直入に行きましょう。我々としてはマルニル王国の戦士団の排除をお願いしたい」


 正念場だ、と額に汗を浮かばせながら切り出す。

 重ねて。


「もちろんただ働きなどはさせない。報酬として望みの物を、可能ならば何でも差し上げる心づもりだ」


 さあどうだ、と目線を強く魔女へと向ける。

 彼は少々考え込むように側頭部に手をやり。


「では、書庫を。この都市の書物をすべていただきましょう」


 返答は思いもよらないもの。

 思わず、は?と声を上げてしまい慌てて口を閉じる。

 金でも、人間でも、領土や名誉でもなく書物と来た。

 思わず思索にふけるエレオノーラを引き戻したのは騎士団長の反駁。


「それは困る!っと、困ります魔女殿!」


 慌てて言い直した騎士団長は、しかし続けて。


「書物は我々の知識の集約。プラウダ家がこの地を住処と決めて700年の全てです。それを奪われては…」


「クラウス!」


 咎める声に騎士団長は渋々と黙りこくる。

 非礼を詫びながら、しかし騎士団長の言う通りだとも思う。

 国の歴史やいかに祖先が勇敢だったかなどに興味はないが、魔術書、事典、食物の判別書や魔物への対処法など、本に記された重要な知識は数えきれない。


 特に曽祖父の治世が始まったころから、ウェンベルド王国は知恵を集約し後世へ残していくためとして書物化を推進してきたのだ。

 それは民衆へと知識を広めることとなったが、同時に書物無しではわからない知識をも増やした。


 口伝は既に廃れている。

 そこに書物をすべて奪われることは民衆が知恵をすべて奪われることと等しい。


「禁書ですら閲覧することは構わん。だが全て持っていかれてしまっては我々としても苦しいのだ、何とか譲歩していただけないか。他の物、金などなら支払える」


 いつ機嫌を損ねるかわからない、そしてそれによっていかなることが起きるのかわからない状況で、ここまで不遜で入られるのは我ながらやけくそ気味になっているのだろうか。

 対する魔女はまた手を頭にやり、しかし何故か笑う様に。


「…では代わりの条件を。プラウダ家の書庫を私の住処とさせていただこう。もちろん本はお借りする形で」


 再び反駁しようとするクラウスを手で制し。


「お受けいたしましょう、魔女。マルニル王国に手を引かせれば我が館の書庫、明け渡しましょう」


 宣言し、席を立つ。


 魔女も、では、と言い残し広間を出ようとするが、ついと振り向き。


「そういえば、貴方の父君や母君ではなく何故貴方が?」


「お二人とも体調が優れないの。特に母は重症で部屋から出られませんで」


 ――――――――――――――――――――――――――――


 魔女が去っていくや否や騎士団長が詰め寄り説教してくる。

 曰くやはり魔女を頼るべきではなかった。

 曰くもっとましな条件を引き出すべきだった。

 口うるさいそれを適当に聞き流しながらエレオノーラは考える。


 あれは本当にお伽噺の魔女なのか?

 伝承では魔女は女だったはず。

 そしておどろおどろしい逸話を数多く持つはず。

 すべて尾ひれのついたものと切り捨てるのは容易い。


 だが。


 あれは伝承の魔女と同一人物か?


 ――――――――――――――――――――――――――――


「サテツさん、上手くできてたかな?」


 周囲に誰もいない森の入り口。

 フードを首後ろに降ろした男は言葉を放つ。

 その向かう先はわずかに青い色を帯びた小さな水晶玉。

 返答は男の耳につけられたイヤリングから響く。


『上出来でしたかと。概ね予定通りに進みました』


 ですが、と響く声。


『追加の要求、何故エレオノーラの身柄を直接要求しなかったので?』


「そんなことしたら要求は通るだろうけど今後取引できなくなっちゃうでしょ。長期的なスパンで考えた方が良いのさ」


『しかし目的は手早く達成しなければいけないとおっしゃられておりましたが』


「いいのさ。誰かに命令されたまんまに動くのは好きじゃない」


 それに、と続ける。


「可愛い子をひどい目に遭わせるのは趣味じゃないんだ」





 マルニル王国戦士団、六度目の大攻勢まで後四時間。

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