思い出は機械的
けたたましく鳴り続けるアラームは最早鼓膜に何の感動をももたらさない。
赤色回転灯のきらめきが網膜に貼りついてチカチカする。
退避を呼びかけるアナウンスを無視しコンソールに貼りつき両手を躍らせながら黒髪を荒いオールバックにした男は額の汗を袖で拭う。
「行儀が悪い」
そう言いながらハンカチを投げ渡してくるのは色素の抜けた白髪を肩まで伸ばした白衣の女性。
「ここにつながる隔壁はあらかたロックしておいたわ。後は脱出用の一つだけね」
そう言いながら女性は肩掛けしたアサルトライフルを床に投げ落とす。
床では多くの死体が血だまりを作り出している。
白衣のポケットから煙草を取り出し咥えると何かを探すようにポケットを叩き舌打ち。
「ライター持ってない?」
「タバコ吸わないもんで」
あっけらかんと肩をすくめる男は一息ついたという風にコンソールに背を向け。
「集められた時間能力者たちの解放手続きも終了した。あとは彼らを連れ出して作戦完了、だな」
「私ガキって苦手なのよね。何で引率しなきゃいけないのやら」
そうして床に落とした銃を拾い直すと。
「それもこれも惚れた弱みってやつかしら。アンタみたいな男に惚れるんじゃなかったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。さ、時間もないしさっさと逃げようか」
そうね、と呟く女性は銃を構えながら唯一の通り道である緊急避難出口へとつながるドアを蹴り空ける。
ドアの向こうは変わらず赤色灯とアラームの渦で女性は思わず顔をしかめる。
しかし赤い光の中に誘導用の緑の光が通路に沿い点滅しており。
「事前連絡通りE3で彼らと合流、そのまま脱出次第機動隊の保護下へと移る」
「言われなくても覚えてるわよ。結局ここまで助けに来なかったくせに偉そうなんだろうなあ連中」
「おや、僕だけでは不満だったかね?」
「もっと楽だったろうなって事よ」
そりゃ違いない、と男は笑い。
ドンッ、と女性を通路へと突き飛ばした。
不意を突かれた女性はなすすべなく倒れ込む。
「何を…!」
首だけを後ろへ回して抗議の声を上げる女性の前で隔壁が閉じる。
開きかけの口をつぐみ、一瞬呆然とした女性はしかし慌てて立ち上がりドアを叩く。
「ちょっとどういうことよ!さっさと開けなさい!」
「仕方ないんだ。仕方ないんだよアリサ」
隔壁越しの声色は謝罪するようで。
「EPAは既に最終行程へと移ってしまっている。意図的な暴走を防ぐには事前にエネルギーを正しく消費させるしかないんだ」
なあ、と男は呼びかけるように、なだめる様に声をかけ。
「任せたよ」
扉の向こうから聞こえてくる泣き声を振り切るように男はコンソールへと再び身を向ける。
遠ざかっていく足音に安心を得つつ男は深く息を吐き。
「キスの一つでもしておくんだった」
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2077年(正化18年)2月20日、都内某所。
前日早朝に発覚した過激派グループによるテロ計画。
時間能力者を集め、秘密裏に国内へと持ち込み小型EPA(超能力加速装置)を用いて半径50㎞圏内を1時間後へと転移させ同時間同世界に同存在は併存しえないという時間軸の性質を利用し1時間後の存在もろとも消滅させんとする計画は、潜入捜査を行っていた協力者の存在により事前に察知するところとなり、能力保持者保護庁より一名が派遣。
無事計画は阻止された。
テロリスト集団は全員が自爆テロ目的であったようで施設内での交戦で全員が死亡。
保護された能力保持者は30名を超えており出自もさまざまであり、現在施設において保護を受けている。
なお、当該作戦においてEPA暴走阻止により地下施設は消滅、派遣された能力者も行方不明となったことをここに追記しておく。
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目が覚めると、そこは深い森の中であった。
周囲のあちこちに点在する金属質な破片は自らとともに跳ばされた部屋だったものであろうかと入江・景はぼんやりと考える。
暴走するEPAの指向先を未来から過去へと切り替え、範囲へ用いられる莫大なエネルギーの大半を時間軸へと転用した。
結果として自らは恐らくは遥かなる過去へと跳ばされることとなった。
身体が無事なままなのは幸いだったと、そう思うのは現実逃避だろうか。
倒れ込んだままの景の鼻に香るのはほのかな煙草の匂い。
右手に握りしめたままのハンカチからの香りは意識を半強制的に覚醒へと導く。
それに伴い押し寄せてくるのは感情の奔流。
思いは絶叫となって森へと響き渡る。
幾時間程が経過したろうか。
叫ぶ喉すらもう潰れたのか、声を上げるのを止めた景はしばしの空白の後、ばね仕掛けのように身を跳ね起こすと歩き出す。
目的はあちらこちらに散らばった破片たち。
「そうだ…出来る…出来るはずなんだ」
うわごと染みた呟きとともに行うは機械片の解体、分解、そして再構築。
現代世界における超能力とはすなわち思い込みである。
出来ると、そう思うことが思考のみならず現実へと干渉を可能とする。
それが超能力である。
古くはモーセ、そして聖人と呼ばれる者たちから妖怪、高僧、それらの不可思議な力を理論立てて説明したのが第一次大戦後のドイツの自然学者ループレヒト・ギュンターである。
それ以降超能力者はしかし、体系立てられたことによりその数を激減させる。
現代では主に幼児期、少年期に発現しいずれ消え去るものが大半となっていた。
しかし歳を重ねても能力を失わないものも居た。
彼らは国の監視の下に置かれていて。
そう、出来るはずなのだ。
例えぜんまい人形だろうと。
だって自分は世界でも指折りの超能力者だったのだから。
破片はみるみる丸みを帯びた形へとつくりかえられていく。
そしてパズルのピースをはめ込むように、数日昼夜を問わず組み上げられたそれは正に人の形をしていた。
人と区別のつかないそれを眼前にして景の目に光が宿る。
完璧だ。
記憶の中の彼女と瓜二つどころか同じと呼んで差支えのないそれに、景は瞼を押し上げる。
反対の手に持つは赤い、宝石のような硝子玉。
美しい、と何度も語り掛けた彼女の瞳と同じ色だ。
慎重に眼窩に押し込み瞼を押し下げ、もう片方の目も同様にする。
荒い息遣いだけが響く空間で、閉じられた双眸はゆっくりと開かれる。
「初めまして、造物主。ここはどこでしょうか。私は何者でしょうか。何のために造られたのでしょうか」
感情の起伏を全く感じない声。
無機質で、オルゴールのように美しいその声を聴き、景は愕然と口を開ける。
一拍の後、くつくつと喉が鳴り始める。
「は、はははははあはあはははははははははははははははは!」
笑いを堪えることはなく、しかし怒鳴り声を上げる。
「なんだこれは!こんな失敗作(もの)が!こんな出来そこないが彼女だとでもいうのか私は!?」
それを全く表情を動かすことなく見続けるそれに景は投げつける様に。
「教えてやろう!与えてやろう!お前の名前はサテツ、蹉跌の人形だとも!」
むかしむかし、そのまたむかし。
もりのなかにはおそろしいまじょがすんでいました。
プロローグ的なモノになります。