ー弐ー
こよみが晴明さんの他の式神達と対面~
ちまちまとしか更新できませんが頑張ります!
ちなみに式神たちの名前は、翠嵐:すいらん 炎渦:えんか 夏霧:なつぎり です。
わかったことがいくつかある。
一つ目、今こよみがいるのは元々生きていた平成の世ではなく平安の世であり、ここは京の都の一角であること。
二つ目、こよみを『作った』というこの男は、平成の世でもよく知られる稀代の大陰陽師、安部晴明であると言うことだ。
信じられるわけがあるかと思っていたのだが、目の前で陰陽術を使われて信じざるを得なかった。
「えーと、あの晴明さん?」
「晴明様、だ。私のことはそう呼べ」
「はいはい……で、晴明様。あたしはどこに連れてかれるんですかね」
何の説明もなしに元いた部屋から連れ出されたこよみは数歩前を歩く晴明に尋ねるが、彼には答える気がないらしく『黙ってついてこい、ついてくればわかる』の一点張りだ。
仕方なしにおとなしく晴明の後ろをついて行くと、ある一つの部屋の前で立ち止まった。
「ここですか?」
「あぁ、ここだ」
部屋の中には男か女かまでは分からないが三人程居るようで話し声が聞こえてきている。この屋敷の使用人等であろうかと考えていると晴明がその部屋の障子戸を引いた。
「待たせたな、これが今回の式神だ」
「ど、どうもー、初めまして……」
晴明のあとに続きおずおずと部屋に入ったこよみが目にしたのは顔面偏差値の高い男性二人と少女一人だった。
少女の方はこよみに興味津々なようでじっと晴明の横にいるこよみを見つめているが、男性二人はそうでもないらしくチラリと視線を向けるだけだ。
「この子がそうなんだ~、初めての後輩だぁ」
きゃっきゃと可愛らしい声で嬉しそうに笑う少女はこよみに駆け寄るとその手をとった。
こよみのことを後輩と呼ぶからにはこの少女も晴明の式神なのだろうということがわかる。恐らくは男性二人の方も式神であろう。
「初めまして、わたしは翠嵐!よろしくね」
「はぁ…よろしく……あ、えっとあたしはこよみです」
「こよみかぁ~、晴明にしては可愛い名前をつけたね?」
翠嵐と名乗った少女はからかうような口調でそう言う。すると晴明は面倒そうにそれを否定した。
「それは私がつけたのではない。こいつは少々特集でな……」
瞬間、三人の顔に驚きの色が浮かぶ。やはり自分の名前を初めから持っていると言うことは普通あり得ない事なのだろう。
「元々真名がある式神、か…不思議な子を作ったねぇ晴明」
「偶然の産物だがな」
「しかし名付ける手間が省けたじゃないか。あとは仮名だ」
「あ、あのー…ちょっとお聞きしたいんですが」
意味のわからない単語につい口を挟んだこよみだったが、二人の視線を集めることになってしまい口ごもる。
しかし会話をとめてしまった以上やはり何でもないとは言い辛い。こよみは晴明に馬鹿にされることも覚悟で真名と仮名とは何なのかを尋ねた。
「それも知らんのか…真名とは正式な名のこと、短い呪のことだ。お前たちにとって人に真名を教えるということはその者と契約することを意味する。お前の場合は本来真名も仮名もわたしが付けるのだが特例というやつだ」
「なるほど…てことは、ほかの人と契約することにならないために必要なのが仮名ってことですか」
「無知の割に察しはいいらしい。そういうことだ」
そういうと晴明は満足げに笑う。
無知の割りに、は余計だとむっとするこよみだったが晴明はそれすらも面白そうに見ている。なんとなくわかってはいたことだが晴明は人をからかうことが趣味らしい。
「翠嵐ちゃんのも仮名?」
「そう、そっち二の人も晴明が付けてくれた仮名があるよ。ねー?」
「あぁ、勿論。僕は夏霧で、そっちの壁際の目つきの悪い彼が炎渦だ」
翠嵐に話かけられたそれまで晴明と話していた男、夏霧はにこりと笑いそう答える。もう一人の方をけなしているのは無意識ではないだろう、表情がとても楽しげだ。さすが晴明の式神、性格が彼ととてもよく似ているらしい。
一方で目つきが悪い、と称されたもう一人の炎渦の方は不機嫌そうに眉を寄せ顔を背けていたが、その場の誰もが慣れっこなようでまったく気にしていないようだ。
特に翠嵐は炎渦に見向きもせず、晴明によりかかってこよみの仮名をどうするのだと興味心身で聞いている。
「そうだな…久遠でどうだ」
「時の流れつながりだね。良いんじゃないかな?」
どうだい?と意見を求められたこよみは、与えられたばかりの仮名を復唱してみた。
慣れない名は少し違和感を覚えたが、久遠という名自体は好きになれそうである。
「その名前気に入りました!」
ありがとうございますと笑顔で言えば、珍しいことに晴明は少し照れくさそうに『そうか』とだけ呟きふいっと顔をそらした。
すかさず翠嵐と夏霧がからかおうとしたが晴明に睨み付けられ諦めた様だ。
「…晴明、そいつも大内裏に連れて行くのか」
低めの落ち着いた声、それは翠嵐のものでも夏霧のものでもない。今まで一切しゃべらなかった炎渦が口を開いたのだ。
「そのつもりだが、何か言いたいことでもあるか?」
「そいつが戦力になるとは思えない、足手まといになるようにしか見えないぞ」
「連れて行くのに反対、ということか。しかし役に立つか立たんかは使ってみなければわからない、連れて行く以外にどう実力をどう判断する」
「あばら屋にアヤカシ出るというものがあったろう、あれをこいつにやらせればいい。あの程度を一人で片付けられないなら用無しだ」
炎渦の言葉に晴明はほんの少し考えたがすぐに『いいだろう』と答える。
こよみとしてはいい訳がない。なんせ自分の知る限りでは特殊能力なんてものは持ち合わせていないのだ、そんなアヤカシの出るあばら屋なんかに放り込まれればただではすまないことが目に見えているではないか。
拒否ができるものなら丁寧にお断りしたいところだが……晴明の顔を見ればすぐにわかった、そんな選択肢は自分に用意されていないのだということが。
連れて来られたそこは<いかにもアヤカシが出ます>という雰囲気漂うボロ屋であった。
都の外れに在るそのあばら屋は、元々下級貴族が娘と住んでいたのだという。貴族はそれはそれは娘を可愛がり、何よりも大切にしてたのだが娘は流行病で亡くなってしまったのだそうだ。それから貴族は精神を病んで娘は誰かに殺されたのだと思い込むようになり、世の生きとし生ける人を恨み、呪って自身も病で亡くなったという。
「それ以来そこの前を若い女が通ると攫われて、男が通ると八つ裂きにされて道に転がってるんだって。夜に貴族の霊を見たって人もいるみたい。恐ろしいから調伏してくれって言うのが依頼だよ」
仕事内容を話し終えた翠嵐は『わかった?』と笑顔で聞いてくるがこよみは引きつった笑みを浮かべ頷くほかない。
「あの…晴明様?そんなところにあたし一人を放り込む気ですか」
「放り込むなど人聞きの悪いことを言うな、お前の能力を信じて此処を任すのだ」
嘘をつけ、と言いたくなるのを何とかこらえる。そんな事を言おうものなら十にも百にもなって言葉が返ってくるのはまず間違いないからだ。
「あぁそうだ、間違ってもアヤカシをあばら屋外に出すなよ?外に出られえると厄介だからな」
「いやあの・・・出すなとか言われても・・・・・」
「お前は”私の式”だ、その程度できないとは言わないな?」
そんなのどうなるかわからない、といいたかったわけだが見事に先を読まれ何もいえなくなったこよみは、いい笑顔を浮かべる晴明を恨めしそうに見ながらも頷くほかないのだった。
あばら屋の中は明かりなどないので当然暗く、床板も腐り始めているせいでとても歩きづらい。それでもなんとか歩みを進めていくと爪先に何かがこつりと当たる。
先程の話もあるので嫌な予感しかしなかったが足元の丸みを帯びた何かが気になってしまい、こよみはそれをおそるおそる拾い上げる。硬く白いそれにはぽっかりと開いた穴、それはまさしく・・・
「っ・・・・や、やっぱり髑髏」
ここは自分でなんとかできるようなところではない、そう感じて、もう戻って晴明に馬鹿にされたとしてもこんな場所で死ぬかもしれないよりは良い、とこよみが来た道を引き返そうとしたそのとき辺りの様子が一変した。
まとわり付くようにじとりと重い空気、明らかに自分に向けられる殺気、まるで素人であるこよみにですら今この場所に得たいの知れない何かがいることがわかる。
「誰だ……誰だ、お前は……」
地のそこから響くような声、それはとても恐ろしい。
そろりと振り返ればそこには乱れ髪に烏帽子、青白くこけた頬、眼球のあるべき場所はただ底知れぬ闇があるだけというおどろおどろしい姿の男が一人たたずんでいた。
自分でもわかるくらいに血の気が引いていく。きっと今のこよみの顔は面白いくらいに血の気が無く真っ青であろう。
「だ、誰って……」
「…お前だな、お前が娘を………」
「はぃ?!ちょ、まっ…」
ゆらりと迫る男、例外なくこよみも”娘を殺した者”とみなされてしまったらしかった。もしかしなくてもこれはピンチというやつである。
くるりと踵を返すと一目散に走り出す。
どこへ行けばいいかなど皆目検討もつかないが今はとにかく進むしかない。しかしこの真っ暗かつ老化の進んだあばら屋である、床板が腐り朽ち果てた家財が転がる場所を走るのだ、当然足元が確かでないので当然スピードはあまり出ない。
そもそも出口というのはあの入ってきたところ以外にあるのだろうか、もしかしてあれ以外に無いのでは、などと考えて大きく頭を振る。
「こんなとこで死ぬなんて冗談じゃないっ」
必ず生きてここを出て晴明に文句をつけてやるのだと心に決め、男と少し距離ができた隙に物陰へと隠れたこよみがどこかに外へ出られる場所はないかと探していると、かすかだが人の声が聞こえた気がした。
「見つけ……わた……を…」
本当にかすかなそれは中々聞き取れずどこから聞こえているのかもわかりづらい。
そもそもこんなところにこよみ意外に人がいるのかが怪しいのだからただの空耳だったのでは、とそう思っているところへまた先ほどの声が聞こえた。
「やっぱり聞こえる…女の人、っぽい?」
そろりと物陰を出て声のするほうへと足を進めるとだんだんと声がはっきりしてきた。
「見つけて…私のことを……」
「…うーん、これってもしかしなくても、生きてない人の声、だったり」
つっと流れる冷や汗、外れてほしい勘であるがおそらくこれは正解である。
しかし不思議なことにあの男のような禍々しい雰囲気は無く、感じられるのは寂しさや悲しさのようなものだけなのだ。
「探して、ってどこをよ…」